鏡面惑星/ライズ・アンド・フォール

二市アキラ(フタツシ アキラ)

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第1章 彼らの世界/誤謬

01: 闇ファイト

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    サーガ断崖へ彼らはたどり着いた。

 サーガ、この名称は、過去の地球文明における中世北欧地域でのヴァイキング植民行為前後の史実や英雄伝説を『サーガ』と呼んだ事実に関連付けられている。
 それはイーヅル国の人々が、自らの姿を太古のヴァイキング達になぞらえようとしたからである。

 しかしそれは現在の話で、地殻大変動以前のイーヅル国建国期においては、人々はこの丘陵を『サーガ断崖』とは呼ばず、単に『裁きの丘』と呼んでいた。

 『裁きの丘』に『サーガ』、いずれもその言葉に平穏な響きはない。
 つまりそれらの言葉は、今も昔も、この地こそがイーヅル国興亡史の血にまみれた因縁の生まれた場所である事を意味している。

 現在のサーガ断崖の地形は地殻大変動を経て、丘の西側が大きく陥没し、丘の頂上部分は、大きくえぐれ込んだ大地から空につきあげる大型帆船の尖った舳先のようになっている。
 断崖の下は、地盤が数キロに渡り陥没し、それは一見すると昔ながらの自然な大渓谷のように見えた。

 今、その大渓谷へ、空から大きな影が投げかけられ、やがて影は流れるようにゆっくり移動して行った。
 聖者の一人が、空を飛ぶそれを確かめるように空を見上げた。
 そこには、長い尾を空に引きずりながら、悠然と飛び去っていく巨大な翼竜の後ろ姿があった。


 10人の聖者達は荒廃しきった世界を歩きつめ、ようやくこのサーガ断崖にある廃墟で、世界の理を語るという一人の巫女に巡り会う。
 聖者の内4人がトゥルースヒューマン、6人がヒューマンフォージャリーだったが、今はこの内訳さえ、なんの意味もない。
 かって起こった大規模な地形の変化と同様に、母星で起こったΩシャッフルを起源とし幾多の国々の興亡を経て、この星の人型生命体の種の全ては幾重にも入り交じっていたからだ。

 むろん、過去にはその混濁を嫌い、人間とその他の人型生命体とを別けていた文明国家もあった。
 この惑星でもそう遠くない過去においては、人間を中心とした知的生命体が、母星の人類文明を踏襲し、この荒れ果てた星の上で散らばり、そしてそれぞれの「国」を形成していたのだ。
 だが今やそれも、果てしない内乱や国同士の戦いの末に崩壊しつつあった。

 それらの国々を、10人の聖者達は通過し、今ようやくこのサーガ断崖に辿り着いたのである。
 彼らは、彼らが信じたかっての神を捨て、巫女が語る物語の中に、この世界全体の「救い」を求めようとしていたのだ。

    10人の聖者達を含めて、この鏡面惑星の人間達は、自分達の出自に付いてかなりの誤解をしているようだった。
    その誤解は、母星が崩壊した原因や、自分達がこの惑星に移動した方法、又、自分達の文化が何ゆえに成立しているか等など根元的なものにまでおよんでいた。

   ただ、それらしい一応の解釈らしきものを彼らはもっている。
   それにそれはそれで充分なのだ。
   全ての真実を知った所で、諸元たる母星を失った彼等にはどうしょうもない事なのだから。
   だが皮肉な事に、10人の聖者達が求める世界全体の「救い」は、それが真実だと信じられている"現在の誤解"を打ち砕いた向こう側にこそ存在するものだった。

    ・・・・・・・・・

 蓮(レン)は、一家に残された有り金52グレロの金を掴んで家を出た。
 家の誰に許しを得たわけでもない、独断だった。
 一家の長老であり、蓮にリアルチャクラを鍛錬する為の武闘術を教えた老人は病に伏せていたし、最近の「授かり物」である蓮の弟は得体のしれない流行病に罹患していた。

 通常の状態であれば、52グレロは、彼ら一家が二週間なんとか食いつなげる額だった。
 だが52グレロでは、老人の薬代も、弟を医者に掛からせる事もできなかった。
 やがて弟を襲った病原菌は、家族内の抵抗力の弱い者から順にその毒手を伸ばして行くだろう。

 感染者を隔離することなど、彼らの世界では不可能な事だった。
 その者達が生き残らないだろうと周囲の人間が判断すれば、家ごと焼かれる。
 …それがこの世界の掟だった。

 この状況を打開する為には、非常の蓄えである52グレロを元手に、一気に大金を稼ぐしかなかった。

 この世界で賭け事が許される場所は一カ所しかない。
 そしてそこで最高の倍率で勝ったとしても、はした金である52グレロが元手では、現状を変える金額にはとどかない。
 唯一、他に考えられる方法は、蓮自身が賭の対象そのものになる事だった。
 つまり試合に出て優勝して金を得るか、試合をお忍びで観戦に来るトゥルースヒューマンの目に止まり、我が身を買い取られるという形で彼らに「投げ銭」を与えて貰う事だった。


 その部屋の全ての暗さを払拭するために、蓮はいつも嫌悪感を感じているあの真夏の狂ったような日差しが欲しいと思った。
 それ程、陰惨な部屋だった。
 これなら蓮の住まいである朽ち果てた日陰の少ない石造りの家の方が、同じボロ屋でも乾いた印象があって、まだましだった。

 所々反り上がり茶色い染みの浮き上がったベニヤ板を壁にした控え室には、沈欝な男達の様々な体臭が充満している。
 男達はそれぞれ全員が様々な色や形のマスクを付けていて、彼らの陰鬱な雰囲気に怪異さを付け加えている。
 機械オイルの臭い、金属の削り屑の金臭い臭い。
 汗と脂肪の腐敗したものが混じりあったもの。
 そのすえた体臭に惹かれてか、季節外れのツェンツェン蝿が飛び回っていた。

 この部屋の中で、唯一陰鬱な雰囲気を否定しているのは、壁に押しピンで止められた初代チャンピオン・鵂鶹(イイトヨ)の日に焼けた肖像写真だけだった。
 過酷な重労働の連続する彼らの生活の中で、仰圧のはけ口として半ば自然発生的に生まれた真夜中のストリートファイトが、形式的に定着し昇華したものが、闇ファイトの前身だった。
 そしてこの闇ファイトが、まだ本来の本質をとどめていた頃の初代チャンピオンが、鵂鶹だった。
 黄ばんだ写真の中の鵂鶹の梟マスクから、憧れの視線を落として、蓮は心の中で呟いた。

「こいつらはどれぐらい身体にリアルチャクラを持っているのだろうか?」
 蓮は、マスクを付けた顔を伏せながら秘かに周囲を伺い始めた。
 例えば蓮の正面の男だ。

 落書きだらけのベンチに座り込んでいる紫色の化鳥マスクを被った痩せこけたその男だって、リキのリアルチャクラを持っていれば、恐ろしい怪力を発揮するのだ。
 又、それと同様に、蓮の斜め向いのカメレオンマスクのデブ男にしても、その外見を裏切って、リングの上では素晴らしい俊敏性を対戦相手に見せつけるのかも知れなかった。
 全ては、男達の内側に隠されたリアルチャクラ次第だ。
 それが試合の趨勢の全てを支配する。

 『それにしても、、これでは。』と蓮は、自分の買い取ったすべらかなマスクの表面を指で触りながら浅いため息をついた。
   それに合わせて頭頂部端のポニーテールが揺れる。

 そんな彼の様子を見て、化鳥マスクを付けた痩せ男の黒く落ち窪んだ瞳が、蓮を嘲うような光を放った。
 そう見えたのは、試合前の緊張状態に置かれた蓮の気のせいかも知れなかったが、蓮にはそう思えるだけの理由があった。


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