大阪ディープサウスまほろば食堂始末記 /黎明にカムイ先生奮闘す、trapちゃんがアシスト

二市アキラ(フタツシ アキラ)

文字の大きさ
6 / 36
第2章 出逢い

06: キョウ

しおりを挟む
    神無月が副担任を受け持っている、学担・数学教師の加賀美が自分の娘の都合で有給休暇になり、彼は一日、彼女の学級の面倒をみる事になった。
 近くに親もおらず、バツイチの彼女は、自分の一人娘に何かがあると、どうしても休まざるを得ないのだ。

 生徒達は最初こそ「今日はカムイがカガミンの代わりに来たぞ」と大人しめにしていたが、一日が終わる頃には神無月は、彼等の傍若無人振りのせいで、へとへとになっていた。

 7限ある授業コマでそれぞれの教科担当から、加賀美学級への文句がでなかったのは、強面の体育授業だけで、後は総て、授業中アイツが邪魔をした、あの子が暴言を吐いたの苦情のオンパレードだった。
 該当学年の保護者の中には、この加賀美学級の荒れた状態を聞き及んで、だから女教師は舐められるんだとか、女だから厄介者生徒を押しつけられたんだとか、見当外れな事を言う人間がいるようだったが、実際はまったく違った。

 この問題児の集まった、いや集められた学級は、この一見大人しく線の細そうな女教師だから辛うじて持っていて、毎年難渋する新年度のクラス編成会議で、そんな彼らをまとめて引き受けると自ら言い放って「立った」のが加賀美なのだ。

 そう、加賀美は今時珍しいほどの古風な熱血教師だった。
 そんな加賀美が、テレビドラマみたいに生徒から思い切り慕われたり、保護者から信頼を寄せられるヒロインになれないのは、彼女が徹底して厳しいからであり、その上、なまじっか線の細い美貌を持っている為に、冷たそうな印象があるからだった。

 だがその本当の所は、同じ教師仲間なら直ぐに判る。
 そして生徒の方も、反抗し悪態をつきながらも、最後の最後にはこの加賀美の言うことを聞いていた。
 それは神無月には、到底到達できないレベルだった。

 なのに神無月は、世間的には、この「生徒に舐められる頼りない女教師」を補佐するために転任してきた強面の若手教師をいう役柄になっていたのだ。

 強面の教師など、もとより神無月の柄ではなかったが、彼自身が教師をやっている事に疑問を感じ始めていた時期でもあり、神無月はこの新しい赴任先で、意識的に破天荒をやっているような部分が確かにあった。
 前任校では決してやらなかった生徒への暴言、威圧も、問題にならない程度に意識して使ってみる事にしていたのだ。
     そうヒールを演じていたのである。 
  ただそれはあくまでも神無月が演技しているだけの話で、長い学校業務が終わる頃には、彼はもうへとへとになっていた。


 学校からの帰り、神無月の足は、自然とまほろば食堂に向かっていた。
 今夜はあのキョウと名乗った少年が居るだろうかと、妙に気になった。
 高校生と言えば、自分が毎日相手をしている生徒達とそう年齢が離れている訳ではない。
 それでもあの少年を見ていると心が和む。

 中学校にも真面目な生徒は大勢いるが、彼らが教師に対して向けている視線には、どこかに構えがあった。
 荒れている学校だからという面もあったが、何か他にもあるような気がしていた。

 みんな、つまり教師も生徒も、学校というシステム、あるいはそれが求める集団の形自体に、疲れているのだ。
 そして荒れてくると、学校はなおさら管理を強めなくてはいけなくなり、次の「荒れ」は、それを上回ろうと益々酷く陰湿になっていく。
 そんな中、生徒に理解の手を差し伸べて、という姿勢の教師から順に倒れていくのが不思議だった。

 まほろば食堂で会うキョウには、そういった自己保身に汲々とする人間の殺伐さがない。
    何処かのんびりとしている。
 客と店側という神無月との関係性で言えば、当たり前と言えば当たり前だったが、神無月にはそれが有り難かった。
 自分の関わっている生徒達だって、きっと別の何処かでは、別の可愛らしい貌を見せている筈だと思えたからだ。

「おっ、今夜もお疲れだね。」
 店に入ってカウンター席に座った途端、親父がそう言った。
 そう言ってくれるだけで、有り難かった。
 職場の人間は全員疲れていて、「お疲れ」が常態モードで、だれもそんな事を口にしない。
 相手を労ったら、自分の苦労の値打ちが下がるみたいな追い詰められた関係だった。

 それにこの親父は、そういうことを営業ではなく、本気で自然に口に出来る。
 苦労人なのだ。
 神無月は、ちらりとタコ焼き台の方に視線をやるが、そこには誰もいなかった。
 キョウはこの店の従業員ではないから、居なくても当たり前なんだと、神無月は自分を納得させた。

「何か、お勧めある?」
「今日は、朝から関東だきを仕込んだんだ。いいぐわいに味がしゅんでる、食べてみるかい?それと、ごんぼとかしわの炊いたごはん。もちろん炊飯器には、白いメシもあるけどな。」
 関東だきとはおでんの事だし、しゅむというのは染みこんでいるの意味だが、この親父は決してそういう平均的な言い方をしない。

「いいね、それ。二つとももらうよ。で、おでんには何があるの?」
「そこんとこの壁の上に書いてあるよ。毎晩、書いてるんだけど、気がつかない?」
 そう言った親父の視線の先を神無月が辿ると、確かに店の壁の上部に、年季の入った小黒板が掛けてあって、白墨によるクセのある字で「今日のお勧め」と書いてあった。
 これでは「おまえら、何聞いてんだ!ここに書いてあるだろうが!」と、生徒には責められないなと、神無月は恥じ入った。

「あっと、ならとりあえず大根とごぼてん、こんにゃくに厚揚げね。それとからしはタップリ、アルコールは銚子で熱燗一本。お願い。」
「あいよ」
 親父がそういって調理場の奥に移動した時に、店の入り口近くで、カブのエンジン音が聞こえ、やがてそれが止まった。

 続けて店の引き戸が開くと、ハーフヘルメットを阿弥陀に被ったキョウが勢い良く入ってきた。
 片手の先には、結構重そうなビニール袋がぶら下がっている。
 うしろを振り返った神無月と、キョウの目があった。

「あっ、いらっしゃい!」
「ああ、キョウ君、今日は休みかと思ってたよ。」
「急な大口の注文が入っちゃって、このままだと、途中で粉が足りなくなる感じなんで、仕入れにいって来たんす。」
「へぇー、流行ってんだ。確かにキョウ君のタコ焼き美味いもんね」
「味の方は自信ないすけど、こんな夜中に、タコ焼いてるのはこのヘンじゃウチくらいですからね。」

 キョウはぶら下げていたビニール袋を胸元に引き上げて、それを大事そうにポンポンと叩いた。
 どうやら近くのコンビニで小麦粉の小袋を調達したのではなく、遠征してきたらしい。

「でも俺、粉だけは拘ってるんすよ。料理の腕なんか端からないし、せめてそういうのに拘らないとね。」
 そういうと、もう良いだろうという感じで言葉を残し、キョウはタコ焼き台の側にある調理場への入り口にすっとんでいった。

「近所のオカマバーから、今夜急にパーティーをやることになったから、タコ焼きを都合してくれって電話がかかってきたんだよ。こっちは関東だきがあるから、それじゃだめかって聞いたら、タコパみたいなのがしたいんだとか、レンジで温め直して、アレンジはこっちでするとか、聞いてもいないこと言って挙げ句の果ては、俺っちの料理の味は、古くさいとか言いくさって、あのお釜ども。」

 そう言いながら、湯気が上がっているおでんを皿に盛った物を、カウンターテーブルに置いた親父だったが、口調はそれほど憎々しげではなかった。
 そのオカマバーとは、普段からある程度の親交があるのだろう。

「そんなバーってあったっけ?」
「本通りの方だよ。ちょっと奥まったところにある。他にも怪しい場所が、いくつかあるけど、お客さんが知らないのは無理ないさ。でもあんたみたいな、お客さんが面白がって行くようなところじゃないよ。」
 今度は本気の口調で釘を刺された。


 よこはめ たてはめ ホテルの小部屋
 くちづけ お股の なすびの先に
 ブロウす 縦笛 随喜の涙
 あの人は イッテ イッテ しまった
 あの人は イッテ イッテ しまった
 もうおしまいね~

 タコ焼き台の方からキョウの鼻歌が聞こえてきた。
 どうやら出前の準備が整ったらしい。

「彼、なんだか、ご機嫌だね。」
「そりゃ、自分の作ったものが沢山売れるんだ。、、、それにアイツは、ああいう世界に興味があるのさ。」
 親父は後の台詞を言いにくそうに言った。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

俺は陰キャだったはずなのに……なぜか学園内でモテ期が到来した件

こうたろ
青春
友人も恋人も居ないボッチ学生だった山田拓海が何故かモテだしてしまう。 ・学園一の美人で、男女問わず憧れの的。 ・陸上部のエースで、明るく活発なスポーツ女子。 ・物静かで儚げな美術部員。 ・アメリカから来た金髪碧眼でハイテンションな留学生。 ・幼稚園から中学まで毎朝一緒に登校していた幼馴染。 拓海の生活はどうなるのか!?

God Buddy

燎 空綺羅
キャラ文芸
アメリカ合衆国、ミズーリ州コロンビアを舞台に、ゾロアスター教の2神の生まれ変わりである少年たちが、仲間たちと共に、市民を守る為に戦いを繰り広げる物語。 怒りと憎しみを乗り越えられるのか? 愛する人を救えるのか? 16歳のオーエン・テイラーは、悩み、苦しみ、運命に抗いながら、前へと進んでゆく。 過ちを抱えながらも、歩むしかない。 この物語は、オーエン・テイラーの、成長の軌跡である。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?

すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。 お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」 その母は・・迎えにくることは無かった。 代わりに迎えに来た『父』と『兄』。 私の引き取り先は『本当の家』だった。 お父さん「鈴の家だよ?」 鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」 新しい家で始まる生活。 でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。 鈴「うぁ・・・・。」 兄「鈴!?」 倒れることが多くなっていく日々・・・。 そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。 『もう・・妹にみれない・・・。』 『お兄ちゃん・・・。』 「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」 「ーーーーっ!」 ※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。 ※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 ※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。 ※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)

お隣さんはヤのつくご職業

古亜
恋愛
佐伯梓は、日々平穏に過ごしてきたOL。 残業から帰り夜食のカップ麺を食べていたら、突然壁に穴が空いた。 元々薄い壁だと思ってたけど、まさか人が飛んでくるなんて……ん?そもそも人が飛んでくるっておかしくない?それにお隣さんの顔、初めて見ましたがだいぶ強面でいらっしゃいますね。 ……え、ちゃんとしたもん食え? ちょ、冷蔵庫漁らないでくださいっ!! ちょっとアホな社畜OLがヤクザさんとご飯を食べるラブコメ 建築基準法と物理法則なんて知りません 登場人物や団体の名称や設定は作者が適当に生み出したものであり、現実に類似のものがあったとしても一切関係ありません。 2020/5/26 完結

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

不可思議カフェ百鬼夜行は満員御礼

一花カナウ
キャラ文芸
【キャラ文芸大賞に参加中】 カフェ百鬼夜行に集まるのは不可思議な噂や奇妙な身の上話。 呑気な店長・百目鬼(どうめき)と、なりゆきで働くことになった俺・獅子野王(ししの・おう)はお客のあれこれに巻き込まれながら、ゆるゆると日々を送る。 ※カクヨム、ノベルアップ+、pixivにて先行公開中

処理中です...