大阪ディープサウスまほろば食堂始末記 /黎明にカムイ先生奮闘す、trapちゃんがアシスト

二市アキラ(フタツシ アキラ)

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第2章 出逢い

09: ウースターソース

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    神無月にとって、その日は比較的平穏な一日だった。

 相変わらず加賀美の憂鬱は晴れなかったが、いくら彼女が熱血教師だからと言って、映画に出てくる探偵のように街を走り回って姿をくらました岩田 舜を見つけ出すことは出来ないし、それは本来、教師の仕事ではない。
 もちろん、それは神無月もおなじ事だった。

 クラブ指導を終えて、生徒指導もない日は早く家に帰る事が出来るのだが、神無月は学校に居残って溜まった仕事を片付け先の仕事の目鼻を付けた。
 中学校教師の仕事というのは、多岐にわたっていて、授業と生徒指導とクラブで完結するわけではない。

 校務分掌というものがあって、進路指導だとか、校外指導だとか色々な仕事分担があり、その中には、事が始まる数ヶ月前から準備にはいらないといけないものもあるのだ。
 とにかく、前倒しでもなんでも、出来る時にやっておかないと、ひとたび生徒指導で問題が起こると、時間などあっという間に蒸発してしまうのだ。

 神無月は、教材研究など、生徒指導の合間にやるのもだと最近は思い始めていた。
 極端な話が「明日に回せる仕事は明日にしろ」という戯れ言葉が教師仲間にはある。
 そうしなければ「自分の生活時間」が、まったく無くなってしまうのだ。

 それでも、今日は心にいつもより余裕があった。
 神無月の足は、家ではなく、まほろば食堂に向かう。
 まほろば食堂で飯を食って、少しのアルコールをのみ、親父と話をして、キョウの可愛い顔を見たい、、そう思うのだった。

 店にはいると、カウンター席にはすでに先客がいて、その人物は、小皿と日本酒を前に、親父と頻りに話し込んでいた。
 商店街の金田さんだった。
 話の雰囲気が結構深刻そうだったので、神無月は彼らか離れた席に腰を落ち着けた。

 タコ焼き台を見ると、薬味やらマヨネーズの様子から稼働してる感じがしたので、キョウは店の奥で何かの仕込みをしているのかも知れなかった。
 金田さんの方からは、しきりと「中国人のくせに」という言葉が聞こえた。

 親父が神無月の方へ注文を取りにやって来て、今日の金田には関わるなと目で合図を送ってくる。
 金田は相当、悪酔いをしているようだった。

「何にする。こっちのお勧めは、鯖の煮付けだけど、あんたは青魚が苦手だったよな。」
「、、どうもあの臭みがね、、島育ちなのにおかしいよね。でもフライものはいけるよ。そうだ。白身魚のフライとか出来る?キャベツタップリで、ウースターソースで食べたいな。」
「了解。フライは普通だが、今日のキャベツはいいよ。なに、それ、仕入れたスーパーの手柄だけどな。」
 親父の方も、これで暫く金田の相手をしなくてよいと明るい声で言った。

 そこに店の奥から、お盆に小型のコンロをのせたキョウが出てきた。
 金田の方に運んでいく。
 見ると一人鍋のようだった。
 確かにまほろば食堂のメニューに一人鍋はあるが、この食堂で良く出る商品ではないので、たまに注文されると手間がかかるだろうと、素人の神無月にも判った。

 一人鍋の注文を断らず、その準備を親父がキョウに命じたのか、キョウがその仕度を買って出たのかは判らない。
 ただ今日の金田を見ていると、この男の機嫌を損ねないようにする事は、正しい判断だと思えた。

 金田の前の日本酒の銚子の数は少ないが、既に何処かで飲んで出来上がっている感じがした。
 酔いだけなら自動販売のワンカップを飲めば、簡単に出来上がる。

「坊主。お前も中国人嫌いだよな。日本人だもんな。」
「はぁ、、。」
 急に話しかけられてキョウは困っているようだ。
 客との会話については、対応力が高い少年だったが、自分の持っている正義漢を瞬間的に誤魔化せる程ではないようだった。

「いや別に、国や国籍がどーのって前に、俺に危害が加えられないのなら、俺、他人の批判とか、悪口は言わない主義なんで。」
 普段愛想の良いキョウは、何故か、そういう所では引かない。

「この街が乗っ取られてもか?この店だって、これから先どうなるか判らないんだぞ!」
 金田が声を荒げた。
「おいちゃん。玉子割ってあげようか?肉とかシラタキとか、ネギとかに付けて食べると美味しいよね。」
 キョウは全然関係のないことを言った。

 キョウの細長くて綺麗な指が、小鉢に入れてある生卵に伸びる。
 半分程度の酔いで絡んできているのなら、こういうあしらいをやっても金田の意識は途切れないが、泥酔に近い今は直ぐに切れて違う方向を向く。
 泣いている子どもを、違う興味を与えてやって泣きやますのと同じだ。

「、、ああ、頼む。」
 それでも金田は拗ねたように言う。
「ついでに溶いて上げるよ。おいちゃん、手元が妖しいよ。こぼしちゃうんじゃない?」
「ああ、、」
 なんと金田は涙声になっていた。
 その後、金田は鼻を啜りながら鍋を黙々と食べている。
 このあしらいの様子を側で見ていた神無月は、『なんだこの男の子は、、。』と、ゾクッとした。

「キョウは自分の親父で、ああいうのは慣れてるんだよ。」
 親父が出来上がった白身魚のフライをカウンターに置きながら小声で言った。
 そのキョウが、店の奥に戻る前に、軽く神無月に挨拶をした。
 そのまま立ち去るかと思えたのだが、キョウは何かを思い出したように立ち止まり、お盆を胸に抱えてこういった。

「カムイさんって、中学校の先生でしたよね。俺、先生に後で話があるんだけど良いですか?」
「ああいいよ。何時でも。」
 そう答えながら何故か神無月は、胸の高まりを憶えていた。
 『俺、おかしくなってないか?』
 神無月は熱々のフライの衣の上にウースターソースを回しかけながらそう思った。

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