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#篭絡ツールMSS④

リタ・フェラーリとの出会い

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    ムラヤマに関する任務は、なし遂げた。
    あれは私が本来持っている気質にはない、荒事中心の仕事だったから、私にインストールされたピオーネ独自の暴力への傾斜から回復するのに少し時間がかかった。

   しかし思った以上に任務は上手くやり遂げた筈だ。
   だから組織における私への処遇に少しは優遇が加えられても良いと思ったのだが…。
   優遇といっても、特に多くを望んだ訳ではないのだ。
   望んだのは、常態の任務である"売春"の役回りと云うか、その趣向を私好みのものにして欲しいという程度の事だった。
   同じリッパーでも同僚のジョー・ハマーぐらいの実力があれば、それも可能なようだが、新米の今の私ではそんなものは通らないようだ。

   その理由は簡単で、お客様は、ペニスの付いた生き人形である「私・ブラックパール」と遊びたくてお金を払うのであって、表情も変わらない単なるダッチワイフを抱いても、ましてやダッチワイフから女王様等をされても奴隷としては、ちっとも気持ちよくならないからだ。
    つまり需要自体が少ないということもあるのだ。

 ・・・そう、私が昔から一度やってみたいプレイは、本当にリアルに自分自身がダッチワイフの中に入って「アレやコレや」をやる遊びなのだ。
    まあ私はその性癖のせいでREKALL Jのリッパーに嵌められたのだが…。

    ダッチワイフ化した私なら、フェラもアナルも手コキ足コキ、スカトロ、その他のあらゆる変態プレイなんでもOKなのだが、そこはダッチワイフのやること、動作はぎこちなくて決定的に積極性には欠ける(笑)。
 フィメールマスクを被るとか、女性化ボディスーツを身につけるとかじゃなくて、あくまでも「ダッチワイフ」なのだ。
    私は人間ではなく、喜怒哀楽のないただの無機質な物体になって人に愛されたいのだ。
    勿論、こんな事を考えている私が完全に壊れている事は判っている。
    かってワタシは葉雨座賢治という名の平凡な一人の男だったという事も忘れ果てる程に。


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    裏リコール社が運営するR晩餐クラブ支社・KYOTOはデリバリータイプだが、バーチャル空間と実質空間の混合集成がほぼ完璧の域に達している。
    例えばクライアントが広大な庭を所持しているなら、裏リコールはそこにクライアントの為の王宮や森等を作り上げる事が可能だ。
    ……そこではどんな欲望でも叶う。
   望むならば殺人さえも。

 クライアントであるミン氏の分厚い手の平が、眼の前に置かれた人型の置物の頭を撫でる。
    勿論、女の形をした等身大の置物が動くはずがない。
「これは我々の同志が好んで使われた拷問機械だ。特に気位の高い男にはよく効く。なによりもこちらが楽しめるし、置物として売り飛ばせば多少の儲けにもなるしな、、。」
 陶製の気品のある顔に、はめ込まれたガラスの瞳の中に黒い円形の陰が移動する。

「私は、黄色人種なのに白人のような顔をしたお前が大嫌いだ。」

 ドアがノックされた。
    ミン氏が再びREKALL Jが彼に与えた朱雀の「顔」を被り直す。
「顔」はその内部のナノマシンが使う「繋ぎ止める力」で一瞬の内に朱雀の表情を取り戻した。

「朱雀様、玄武様の伝言です。侵入者の二人を捕まえたらその者達を使って久しぶりに屈辱ステージを開催したいからその段取りを頼むと。」
「うむ。玄武の執念深さには呆れるが、あれは楽しみでもある。」

 答えを待っている部下の前で、そう朱雀の声音でつぶやいてみたミン氏だったが、こんな時、朱雀がそう反応するものかどうかは自信がなかった。
 段取り屋のミン氏の頭の中で一連の事務手続きが組み立てられる。
   だがミン氏はもう解放軍配下の部下ではなくリーダーの朱雀と呼ばれる一人前の戦士なのだ。
 
   朱雀ならこんな時、肝心な事だけを家に伝えて後は自ら動くことは決してない。
 ミン氏を死んだことにして部下の中から誰かを昇格させようか、、、。
    それとも、、。
 ミン氏は目の前で放尿ポーズをとり続けている全裸の陶製人形をちらり見た。
     ミン氏の影武者をたてるのも面白い。 
    どのみち俺はあのけちくさいミンに戻るつもりはないのだ。
    俺の皮をはいで誰かに与えてミンに仕立てよう。
 そうだ、、その中身は女がいい。
    そうすれば俺は俺自身とマグわえるのだ。
    当てはある。REKALL Jでは客にそのイマジネーションがありさえすれは、なんでも、どんな世界でも再構築可能だ。


     ヨンジャの街で、昔の女に産ませた娘を飼ってある。
 上玉だったからいつか売りに出そうと思って大事に育てて来たのだ。
    あいつを使おう。
    俺が今、使っているナノマシンの半分でも皮に移しシンクロさせれば、女は俺の皮を着こなせる筈だ。
 そのミン氏の妄想は、朱雀のモノに似せた男根を勃起させた。
    ミン氏はにやりと笑ったつもりだが、その顔を覆っている朱雀の顔は不気味に引きつれただけだった。

「ご苦労、了解した。細かな段取りはミンにさせると言っておいてくれ。もう下がってよいぞ。」
 こうして玄武の伝言を伝えに来た部下は何の疑問も持たず、部屋を退出した。
     この部下の目に焼き付いたものは、朱雀という怪物じみた老人の股間が膨れあがっていた事だけだった。

 朱雀は、シルク地のズボンを引き下ろすと、目の前の人形の耳の下にあるダイアルを回した。
    人形の顔の内側からアガガというピオーネの声が漏れる。
 人形の下顎が下がると同時に、その両頬の内側に仕掛けられせり出してくる突起物の為にピオーネの口が強制的に大きく開けられた。

「これの欠点は下に埋め込んだ男の為にもう一度、紅を引いてやる必要がある事だな。それがいいという客もいるが、私はそんな男が嫌いなんだよ。」
 そう言いながも、ミン氏は己が怒張したペニスを人形の口の中に突っ込んでいった。
 人形の中からピオーネのなんとも言えぬ声にならぬ声が響いた。

「・・おお気持ちがいいのか、、。そうか、、。今、、良いことを思いついたぞ、、屈辱ステージのリングサイドには、お前を飾ってやろう。初デビューって奴だ。もしかしていい買い手がつくかもしれんぞ。」

    白く艶やかなセラミックで形成された、中身のない太股や腕、胴体、頭部の殻。
 それらがアタシの全身を一片の隙間もなく覆い尽くしている。
 私のセミロングの髪もペシャンコになって極薄のヘルメットみたいな人形頭部の裏側に収まっていて、時々感じるむず痒さに手を伸ばそうとするのだけれど、勿論、人形に閉じこめられている私は腕さえ上げることが出来ないでいる。

 私を動かすことが出来るのは、私の全身を覆っているセラミックパーツの結合部分にある締め付けネジと、それを開け閉めする権限を持った人間だけだ。

 視野の限られた判るの人形の瞳に、人影が映る。 
    今夜は「男」らしい。
    男は、、足を軽く引きずっている、、老人だ。
 老人はアタシに近づいて来て、雪に落ちた牡丹のような仮面の唇から10センチほど耳の方向へ水平移動した所にある開閉ねじを回し始める。

    キリキリキリ、、。

 私は老人の企みが判ったから、その動きに逆らって口を閉じようとした。
 でもセラミックの仮面の裏側に取り付けてある太い針金のような金具が、判るの口の中に差し込まれており、それがジャッキの役目を果たしていて、どうしてもあがらえきれない。

 やがて人形の仮面からむき出しになった私の口に、老人のニコチン臭い息と、死に損ないの舌が侵入してくる。
 悲鳴や罵声の変わりに人形の口の下に隠された私の口から流れ出るのは、アガアガという情けない声と、恥ずかしいくらいに流れ出る大量の涎だ、、、。

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 ・・これより二日前の事だ。


 等身大の人形の中に無理矢理埋め込まれたピオーネに、不思議な老人が世話役についた。
    裏リコール社のバーチャル世界の残酷で面白い所は、バーチャルを生み出す為にリアルを餌とする所だ。
 
   老人はボロ布を縫い集めたようなフード付きマントを着ているので、その中の身体の子細は判らないのだが、彼の身体が酷く損傷しねじ曲がっているのは、視線の固定されたピオーネにも直ぐに判った。
 ピオーネは、この老人と自分に与えられた食事の時間に少なからずの会話をした。
    そのきっかけは、この老人が人形の口を開くためのネジをゆるめながら「朱雀と玄武の二鬼にこんな目に遭わされる、、。あなたは日本人か?」と日本語で問うた事にあった。

「そうだよ。昔、日本に侵略されたどこかの国の復讐鬼の事なんて知らない、私はただの普通の平均的な日本人だったんだよ。…裏リコールには、この程度の仕事をこなす人間は沢山いると思うけど、日本人とすぐ判るような雰囲気わを維持してるは私位だろうね。幾らバーチャルで上書きをしてもそういった心情マテリアルは誤魔化しきれないようだしね。」
 いつになくピオーネは饒舌だった。
    理由は簡単な事だ。
    喋り続けなければ、心が己の置かれている肉体の状況に取り込まれてしまうからだ。

 全身を固定され続け微塵も動けない姿勢が、これほど辛いことだとは、あらゆる武道を苦もなく極められる身体構造に改造されたピオーネにとっても、初めて思い知らされる身体状況だった。
 
    しかもこの人形は女の形をしていて放尿のポーズを取っているのだ。
 これは自分が望んでいたダッチワイフへの変身でない…ダッチワイフに与えられる愛でもない。只の拷問だ。
    だが弱音を吐くことはピオーネに新たに芽生えていたプライドが許さなかった。
    新たな人生には、幾ら奇妙でも新たなプライドが必要だった。
「性愛の旅は色々な事を教えてくれる。その最大のものは、人間追い込まれた時に何処までが許されるか、許されないのか、、、あるいは何をさして人間とよぶかだよ。」
「あなたはそれが判っているのか?」
 老人はそう問い直してくるが、その声には実がなかった。
    心は既にここにあらず、ただ空蝉のような残骸が、己を未だに意志ある人間だと思いこみたいが故に喋っているようだった。

「いいや、判らない。だからそのルールを自分で決めた。それから私は少しだけ生きるのが楽になった。」
 空蝉と言えばピオーネも同じ事だった。
    だがピオーネの場合は、老人とは逆で「空の姿」が、彼を呪縛しているのだった。

「私の彼の場合はそれが決められなかった、、。」
「過去形だね。もうその人物には会えないのか?
二人してリコール社の闇に呑み込まれたのか?」

「、、、、。排泄の時間だ。下のバルブを空ける。出しておいた方がいい。私がいつもここに来れるとは限らないからな、、。逆流すると困るだろう。誰もこの戒めを解かないのだから。」
 ピオーネも老人も、お互いの持ち場に帰る時がやってきたのだった。

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   私がムラヤマを確保した事で裏リコールは、本格的に次の狙いであるジェィド・ウィルソン へのアプローチを始めるらしい。
    ムラヤマがその後、どうなったのかは私の様な下っ端には聞かされないし、私自身も興味はない。
   ただ私にインストールされた戦闘的なブラックパールの資質を先鋭化させ続けるのは、疲労が伴って嫌だったから、ムラヤマとの事が終わって正直ホットはしている。
    だが、それもいつまで続きはしないのだ。
    現に私は、次の任務の為に用意されたと云うサポーターを紹介されていた。

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 『顎がだるくなるまでおチンチンをしゃぶる。それがボクの仕事だから、、。』
   そのお人形の顔には極太ゴシックでそう描いてあった。

 私が初めてリタ・フェラーリに出会ったのは本部の廊下だった。
     どういうわけだか、リタ・フェラーリが出来損ないのMSSを身につけていたので、気障りで仕方がなかった。

 MSS。つまりメディカルスキンスーツの技術は、私という生きた実験体のお陰で、性転換や身体性能強化の領域で、ほぼ完成の域に達していた。
 現にその時の私は、自分の元の性である男でなくMSSの被服によって二次女性、更には三次男性として本部に訪れていたのだ。

 私の偽装男性器は、巧妙な神経伝達機能と接続性によって、排泄は勿論の事、快楽も感じ取れるし、ダミーの精液さえ射精することが出来る。
 数こそ多いとは言えないものの、そのレベルのMSSがR晩餐クラブでは標準となっている筈なのに、リタ・フェラーリが身体に張り付けていたのは出来損ないの旧態依然としたシリコン皮膚だったのだ。

 いかにも人工的な薄桃色に艶光りする肌に、白いブラウスを着てフレアースカートを履いたリタ・フェラーリは、まるで等身大の少女人形のように見えたものだった。
 そしてその横に突っ立っている腹の出たペンギンみたいな教官は、昔懐かしい「人さらい」と言った役所か、、。
 教官の体つきはユーモラスなのだが、その貌はイワトビペンギンのごとく長くて不揃いな眉と鋭い目があり、更には鶏冠状に立ち上がったギザギザの髪と鷲鼻がつけ加わって極め付きの凶悪さを保持していた。

「歳が若そうね。一消費者としてリコールの罠に落ちたんじゃないんでしょ。医療機関からの横流し?あの娘、火傷かなにかを負わされたの?」
 私は私の側にいた、久しぶりに会った私の元教官であるジョー・ハマーにそう訊ねた。
 リッパーの構成員同士はお互いの立場を哀れんだりはしないが、相手が年端も行かぬ子どもの場合は話が違う。

「・・・い、いや。」
 ハマーは、精神的な圧迫を感じると右足のつま先を地面にこすりつけて回す奇妙な癖がある。
    ほぼ奇形と言って言い程の身長しかないハマーが、それをやるとまるで幼い男の子が拗ねているように見える。
 ハマーが私の視線を追って、その先にリタ・フェラーリの奇妙な肌があることを知って狼狽し始める。
   その様子を見て私はピンと来た。

「、、あの子の格好も、あの教官様のご趣味ってわけだ。そろいもそろって、ここの男達と来たら変態ばかりだぜ。」
 そもそもハマーは、男の癖にゴムで作った少女の着ぐるみを身につけて悦に入るような、強度のラバーフェチで、私もこのリッパーに拾われた時は「教官」の趣味を随分押しつけられたものだった。
     だがハマーの名誉の為に言っておくが、彼の性向は成人を対象にしたヘテロセクシャルであり、ロリコン趣味等では決してない。

「あの教官?コウテイの事か。ピオーネの目から見れば・・そう言う事になるかな、、が、正確に表現すると彼は裏リコールの人間ではない。 ある組織から出向して来て今の任に付いているだけだ。ここに来て3ヶ月になる。 最近外回りの多いピオーネが知らないのも無理はないがな。」
 私はリッパー内に出向者などという「被害に遭わなかった人間」が存在するという事実自体に軽い驚きを感じた。
 だが考えてみればこれだけの大きな組織なのだ、裏リコールに服從を誓った者だけを構成員とする純血主義が貫けるはずもなく、そういった人事もあり得ない事ではなかった。

 第一、裏リコールが復讐という情念だけで動いている互助組織ではなく、ここには社会そのものと言って良い複雑なバランスシートが存在している事を私は最近いやというほど思い知らされていたのだ。
   そして彼らはこの経済社会の頂点に立とうとしている。
    だが、ただ儲けたいから企業組織体を設けているのではないのだ。

「まだ若い、、子どもと言っていいんじゃない。ハマー、、あなたが面倒みてあげれば良かったのに、、なんだかあの娘、怯えてるみたいに見える。」
 こちらが露骨に観察しているにも関わらす、ペンギン教官はリタ・フェラーリの細い手首をしっかり握ったまま、あれこれと本部の各施設を彼女に説明し続けていた。
 二人は、本当に童話に出てくる「悪い人さらい」と「可哀相な少女」にそっくりだった。

「なあピオーネ、おまえ勘違いしているようだから言っておく。あの子は怯えてなんかいない。そうだな、、壊れているんだ。我々の上層部はあの子を解放したがっている。幾ら細工を施しても、これからもあの子は使いモノになりそうにないしな、、。肉体の欲望が強すぎるんだ。それに対して外部から横槍を入れて、あの子をココに繋ぎ止めようと自分の組織を使って圧力をかけさせているのが、コウテイさ。勿論、あの子をこちらにサルベージさせたのもあいつだ。お膳立ては予め出来ていたんだよ。俺から言わせると、奴はこの組織に、提携とかの口実で、ただ遊びに来てるだけだ。ここには他にはない遊び道具が山ほど在るからな。」

 人の良いハマーが他人の事を吐き捨てるように喋るのは珍しい事だった。
   それにコウテイという組織内のコードネームも妙に引っかかるものがあったが、私はあえてそれらにこだわらないようにした。
 私はいつの間にか、自分の任務以外の事柄には深く関わらない習慣が身に付いていたのだ。
    これ以上、他人の不幸をしょいこむのはまっぴらだった。
   だが何故か、彼女の事は気になった。

「詳しいことはよく判らないし、詮索しようとも思わない。でも何とかしてやりなよ。あっちは外様。ハマーの実力ならなら何とでも出来るじゃない。あの娘、可哀想だろうが。」
 リタ・フェラーリは私たちの視線を感じるのか、時々、ペンギン教官の身体の陰からこちらを盗み見るような仕草をした。

「だから、まだ勘違いしてるぜ。あのお人形さんは自分の意志でペンギン野郎にくっついているんだ。それに言っとくがあの娘は男だぜ。」
 ・・それがリタ・フェラーリと私の出会いだった。

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