邪霊駆除承ります萬探偵事務所【シャドウバン】

二市アキラ(フタツシ アキラ)

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第六章

『男達の世界』#26 囮も仕事のうち

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「菅!出てこい!そこにいるのは判ってんだ!」
 若い男の胴間声が響く。
 益増組の誰かだろう。
 警察では、あり得ない。
 もしインプリが俺を人質にとって抵抗したら、、また厄介な事になる。
 だがそれ以前に、益増にとって俺は、人質としての値打ちがある人間なのだろうか?

 俺の意志を読みとったかのように、インプリが低く嗤った。
 そして彼の気配が完全に消えた。
 結構、身近な距離で、パンパンと乾いた銃撃戦の音が聞こえた。
 乱れたような数人の足音や、物が倒される音も聞こえる。
 悲鳴や、うめき声も混じり始めた。

 俺は恐怖で身がすくんだ。
 いつ流れ弾に当たってもおかしくない状況だったのだ。
 それなのに、俺は見ることも動くことも適わなかった。
 そうしている内に、俺の裸の肩に誰かの手が置かれた。
 俺は恐怖の余り飛び上がった。
 実際、俺を固定している椅子が、ガタリと大きな音を立てた。

「私ですよ。インプリは逃げちまった。ふがいない部下を持つと苦労する、、。」
 どんな時でも冷静な声を出せる人間、、それは廻戸だった。
 廻戸は、インプリが俺を尾行し拉致するのを見越した上で、一旦、俺と別れたのだ。

「大丈夫ですか?」
 廻戸は俺の頭部を覆っているラバーマスクをはがしてくれた。
 ゴムの密着から解放されて汗が滝のように滴り落ちる。
 ついで廻戸が魔法のような手際で、細身のナイフを取り出した。
 恐らく俺の戒めを、解き放つつもりなのだろう。

 俺はそれを止めた。
 こんな、人を餌にして平気なやつに、協力するのは癪に障るが、俺も探偵の仕事をしなくてはならない。

「待ってくれ、先に写真だ。」
 廻戸が一瞬、訝しげな顔つきをする。

「どこかに、俺の上着が捨ててあるだろう。隠しポケットの中に仕事用のデジカメが残っている筈だ。それで俺を撮ってくれ。なけりゃ、あんたのスマホでもいい、、ああ、先にマスクを付けた状態のを撮った方がいいか、、。カメラが見っかったら、マスクをもう一度俺に付けてくれ。」

「やってもいいが、なんのためです。時間がもったいない。」

「時間って、インプリの事はもう組に連絡をいれたんだろう。他の奴に、まかせておけよ。第一、あんたが今直ぐ追ったって、間に合いやしない。」
 廻戸は黙って、俺の戒めを切る為に、ナイフを握りなおした。
 お前の戯言は聞き飽きたという顔をしている。

「まてまて、言うよ!詳しく説明するよ、俺が悪かった。あんたらは東京を納得させる理由が欲しいんだろう?例の物語作り!それだよ、その為の準備だ!」
 頭の回転の速い廻戸は、頷いて立ち上がり、俺の上着を探しに出かけた。


「・・一つ方法を考えついたんだ。あんたが欲しがってた物語だ。簡単な方法だよ、、。インプリと零はいつもつるんでた。でっち上げでもいいから、二人のホモセクシュアルな関係を東に伝えてやるんだ、。この場面が、いい証拠写真になる。ただし、主従は逆転させてだ。インプリが零の上に立っている必要がある。無理矢理、インプリが零に男色を強いていてって感じだな、、。、、けど今度ばかりは、零が本気で東京のお嬢さんに惚れて、それで嫉妬に狂ったインプリが彼女を殺した。極めて残虐な方法でだ…いたたまれなくなった零は、みんなの前から姿を消した。どうだ?簡単だろ?ただし条件付きだ。この話を成立させるのは二人とも死んでいる必要がある。零に近い誰かが、零を庇ったりして、どこかに隠したくなるかも知れないが、生き延びた零は間違いなく、又、あれをやる。そうなったら、いくら物語を作ったって同じ事だ。」

「、、判ってますよ。又、あなたのことを見直しました。いい考えだ。」

・・・・

       
「この写真なら東側に説明するときに役に立ちます。なにせ、本物だけが持ってる生々しさがありますからね、、、あなたの証言付きだし。本当に生々しい、、あなた、ボロボロだ。」

  廻戸は自分で撮影した俺の惨めな姿が写っているカメラのモニターを確認してから言った。
     それからシャツを身につけ終わった俺に、上着を差し出して来る。
    妙な気分になった。
    俺は廻戸と友達になった覚えはないし、廻戸自身が友人をつくるようなタイプでもないのだ。

「ついでに、この部屋の様子も、あちこち撮っとこうと思ってます。ここは、インプリと零さんの愛の巣だったんでしょうな。」
「ああ、、そういう事になるな。」

 俺達がでっち上げを仕組むまでもなく、この部屋は、実際そうだったのかも知れない。
 俺は改めて、倉庫跡を改造した、だだ広い部屋の様子を観察してみた。

 先ほどまでは気づかなかったが、お香の匂いとゴム特有の甘ったるい匂いが部屋中に充満している。
 天井からは、骨太な梁が剥き出しになっており、そこいら中に滑車や移動の為のレールが取り付けている。
 これでインプリ達が、SMの「吊り」をやっていたのなら、彼らのあの時の様子は、肉弾相打つスポーツの様相を帯びていたかも知れない。

 その他に、洋装店の展示棚のような洋ダンスに、ハンガー。
 それらのあらゆる収納に、革製品やラバー製品がびっしり詰まっている。
 そしてもう片一方の部屋の壁面は、大型の姿見や、ビデオ機材で埋め尽くされていた。

 、、だが、「人体を解剖」する為に必要な用具や設備は、この部屋には何一つとして見つけられなかった。
 この部屋は、インプリの根城か、文字通り零とインプリの「愛の巣」なのだろう。
 皮剥ぎの作業場は、どこか別の場所にあるのだ。

「今日の事は、一部始終会長に伝えます。もしかしたら、あなたは今日で、この依頼から解放されるかも知れませんね。インプリが、あれだけ動いたんだ。轟物語の辻褄があわせやすい。それに証拠の品なんて、方向性が見えた今となっては、余り重要ではありませんからね。人は自分たちの都合の良いように物事を解釈するものだ。いずれにしても、貴方へのこちらからの連絡は、明日の遅く、おっと失礼、もう日付はかわってますから、今日の遅くになります。それまで、ゆっくりして下さい。」
 そこで言葉を切って、一応、廻戸は優しげな笑みを浮かべた。

「それから今後は、仕事が終わったら歩きを止めて、タクシーを使うことですね。インプリを我々が仕留めるまでの話ですが。今日は、組の車を表に回してありますんで、それに乗ってやって下さい。私はご同行出来ませんが、、、。」

 廻戸が背を向け掛けた時、俺は待ったをかけた。

「シズルから出た後、あんた、俺をつけていたんだろう?俺は、餌だった訳だ。」
「、、それもあなたの仕事のうちなんですよ、、。」

 廻戸は振り返りもせずに、そう言い残した。

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