魔術師長様はご機嫌ななめ

鷹月 檻

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第三章

31ステルス機能搭載メイド

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 コンコンと私は、とある部屋のドアをノックした。
ドアを開けた本人は凄く驚いている。

「姫様!? どうしてこちらに!? ここは使用人の宿泊棟ですよ?」
「ええ、お城の使用人女性用宿泊棟は、女性の方が一杯で入れなくて、サーシャだけ別館のこちらの棟になったと聞きました。で、サーシャは今日はお休みで、宿泊棟にいますよってアーリンが教えてくれたの。だから来ちゃった! えへへ~」
「えへへ~じゃないですよ……まったく」

 サーシャは廊下をきょろきょろ見てから

「早く入って下さい?」

 と言って中に入れてくれた。
備え付けの少し小さな机にサーシャの書いた小説やイラストが散らばっている。

「わぁ、新作を作っているの?」
「はぁ、6月の流星祭に合わせて即売会があるので、その時に出店しようかなと思っているのです」
「おおお、この世界にも即売会があるのですね!」

 私がちらりと見たそれは、アラン×レイジェス様のBL本だった。サーシャは主にBL小説を書いていて、なんとか他の人にも映像的に分かって欲しいと思い、ついにはイラストまで描く様になった。イラストも練習中で最初はちょっと微妙だった絵がどんどん上手くなっていて、なんとなくレイジェス様とアランじゃない? って分かってしまう程の腕前になっている。

「姫様はよく怒らないですね? ご自分の婚約者がBLネタにされていると言うのに……」
「だって、わたくしもBLは好きですから! レイジェス様はイケメンですし! でも、しいて言うならレイジェス様は受けより攻めだと思うんですよね~」
「それは毎日旦那様に攻められているからそう感じているだけで、BL的な見解から見れば旦那様は間違いなく受けですよ!」
「あ~……言われてみれば、守ってあげたくなる時が多々ありましたわ?」
「でしょでしょ?」
「他にサーシャがこれはって言うカップルはないの?」

 サーシャが目を閉じて考え込んでいる。なので私が話を振ってみた。

「ルイスって知ってる? 凄い美少女みたいな男の子なんだけど……」
「!! もしかして金髪っぽい黄色い髪の?」
「そう!、その子」
「あの子男の子なんですかっ!? 美しすぎます!」
「だよね~そう思うよね~」
「ルイスさんは男色家なんですか?」
「そんなに良くお喋りしたわけじゃないので分からないんですけど、アランに触られるのは嫌だって言ってたわ? でも、わたくしにそんなに反応もして無かったんですよね……」

 サーシャの目がきらりと光る。

「それって、もしかして……」
「わたくしが思うに、アランがタイプじゃないってだけで、本人は気付いてないかもだけど、男色家の可能性がありそうですよね?」
「あるある! 怪しい~! あっ、姫様、お茶飲みます? お安いお茶しかございませんが……」
「わたくし、お安いお茶でも平気ですよ? 飲めれば良いんです!」
「ですよね~! 姫様はそういう方だと思ってました!」

 サーシャはお茶の準備にお湯を沸かし始めた。

「で、で、で、ルイス君をくっ付けるとしたら、姫様だったら誰ですか?」

 サーシャが目をきらきらさせてくる。
私は真剣な顔をした。

「これは極秘情報ですが……」
「極秘情報!?」
「実はエドアルドが男色家です!」
「なんですってぇぇ!? あの普段無表情なエドアルドさんが? 自分のラブな子には甘々ですって!?」
「いや、そこまで言ってないし、サーシャ……」
「妄想が美味しすぎる! そうですよ、普段仏頂面の無表情な男が、可愛らしい少女みたいな男の子の愛を知ってどんどん表情が生き生きとしてくるんです! 姫様!」
「はい?」
「燃料投下ありがとうございます!」
「何だかとんでもない物を投下しちゃった様ですが? 大丈夫?」
「はい! 今ので素麺そーめん3杯いけます! 創作意欲がふつふつと湧いてきました!」
「お役に立てて嬉しいですわ……おほほほ、あっ! ねぇ、サーシャ、オーティスはネタにならないの?」

 サーシャは腕を組んでう~んと唸った。

「ネタにしてもいいけど、彼の場合綺麗なんですけど、なんていうか……冴えないおやじに引っかかりそうって思って。あんまり萌えの対象にならないと言うか」
「そういえば、今回は彼氏と一緒に過ごすって事でお城に来ませんでしたよね」
「ええ、彼氏って、きっとおじさんですよ! そういうイメージですもん」
「おじさん相手じゃダメなの?」
「え~~~、おじさんは範囲外ですね~美しくないじゃないですか」
「じゃあ、ダンディな人だったらいけちゃうんだ?」
「いけちゃうかも知れませんけど、なんかオーティスて不幸美人というか、幸薄そうというか、だからハッピーエンドになるように思えないよ~!」
「見た目でアンハッピーにしないであげてっ!」

 お湯が沸いたのでサーシャはお茶を入れてくれた。
お安いと言った割りに美味しいお茶で、番茶っぽい味がした。

「所で、何で私の所に姫様が来たんですか? 何か理由があったんでしょ?」
「いえ? 特には? 本当はタウンハウスのサーシャのお部屋に突入したかったんですけど、セレネにばれてしまうとお小言が酷いし、マナーのハンナ先生にも告げ口されちゃうから、行きたくても行けなかったんですよぅ。でも、ほら、グレーロック城はそんなにうるさい大人もいないし! ちょっと位いっかな~なんてね? 思っちゃったわけです」

 サーシャは呆れた様に私を見た。

「まぁ、姫様らしいといえばらしいですけど、これじゃあマナーを習わせてる意味がないかも知れませんね?」
「え? どういう事?」
「普段している言動というものは無意識に出てしまうのですよ、だから普段から気を付けなくてはマナーは身に付かないのです。でも、普段がこれでは……」
「え~、サーシャって意外とお説教する人だったのですね」
「当たり前ですよ。姫様がきちんとされていないとご迷惑が掛かるのは旦那様なのですよ? 妻としてもう少ししっかりして頂かなくては!」
「え~」
「え~じゃないですよ、旦那様が今後姫様以外とくっ付くなんて考えられないんですから、貴方しかいないのですよ?」

 サーシャに言われてティオキア舞踊の夜から冷たいレイジェス様を思い出した。
忘れていたいのに。

「本当に今後もわたくししか考えられないのでしょうか? もっとおっぱいの大きな大人の女の人といた方が、レイジェス様は幸せの様な気がします」

 サーシャは私を慰めるようにぎゅっと私の手を握り締めて言った。

「姫様、世の中おっぱいじゃないんです! 巨乳じゃないんです! 無いぱい、ちっぱいのどこが悪いんです? 中にはちっぱいが好き!という殿方も何処かにいるはずです! 旦那様も本当はちっぱいが好きかもしれません! しょんぼりしてはダメです! さぁ、そのまな板の様な胸を張って!」

 私は死んだ魚の様なじと目でサーシャを見た。
全然慰められている感じがしない。
そして私の視線がサーシャの胸に行った。
サーシャ……貴方もちっぱいだったのね!
私の視線と言いたいことに気付いたサーシャがうんうんと頷いて、私達はひしっと抱き合った。
その後サーシャとお茶を飲みながらバカ話をしたり、BL話をしたりで盛り上がって、時間を見たら夜の7の刻だった。

「姫様、そろそろ夕食のお時間ではないですか? 本館にお戻り下さいませ」
「サーシャ達はいつもどこで食事を取っているの?」
「私はこちらの宿泊棟の一階に食堂があるのでそちらで頂いていますが、アーリン達は本館の使用人専用の食堂で食べておりますね。南棟が主に使用人達の居住区になってますからね」
「じゃ、わたくしはもう行きますね。ありがとうサーシャ、楽しかったわ」
「姫様の息抜きになれて良かったです」

 私はサーシャと握手をして別れた。
いつも護衛を付けろって言われていたけど、今日は何も言わずに出てきてしまった。
お部屋に戻ったらレイジェス様に叱られちゃうのかな?
でも、何だか私の事を避けてるから、特に怒りもしないかも知れない。
私が別館の女性用の使用人宿泊棟から、とぼとぼと城の脇門である、小さな木の扉を潜って城内に戻ると、ばったりとユリウス様に会った。
何故ここに?
ユリウス様は一人きりで私も一人だった。

「何処かにお忍びで出かけていたのですか?」

 そう聞かれて嘘を付く事も無い。

「ええ、側仕えのサーシャの所に遊びに行ってお話しをしていました」
「護衛も付けずに? 師長様に付けろと言われていませんでしたか?」

 ユリウス様が一歩、また一歩と私に近づいて来る。なので私も一歩、一歩と後ろに下がる。

「師長様が心配するでしょう?」

 レイジェス様は知ろうと思えば私の居場所なんてすぐ分かる。ダイヤのピアスがGPS装置なんだから。それに、今のレイジェス様が私の心配なんてするのかな……?

「どうしたのです? 師長様と喧嘩でもされましたか?」

 私は頭を振った。

「喧嘩なんてしてません」

 ユリウス様がまた一歩私に近づく。そして私は一歩下がれず壁を背にした。

「アリア様、貴方は嘘が下手だ。顔に出ている……何かあったのでしょう?」
「あったとしても、ユリウス様に言う様な事でもないですから、大丈夫」
「アリア様、私はあなたの心配をしているのですよ?」

 ユリウス様が私の後ろの壁に両手を付いて、私はユリウス様に囲い込まれる様な体勢になっている。ちょっとこの体勢はまずい。私は今アメシストのペンダントをしている。触れられたらユリウス様は寝ちゃう。大の男にこんな所で眠られても私一人じゃ運べないし、レイジェス様を呼んだら触れられたって分かってしまう。
だからここはユリウス様に触られない様にしなければいけない。
なのに、ユリウス様は十分近いのに顔を寄せて私を覗き込む。

「私にこんな事をされて、何故人を呼ばないのです? 他の男ならとっくに色々されていますよ?」
「ユリウス様がそんな方ではないって信じてますから」
「私はあなたの信頼を裏切るかも知れないのに?」
「……どうしてそんな事を?」
「…人間なんてみんな身勝手です、自分の欲が最優先だ。信頼だってそうだ。貴方を信頼させて騙そうとしているのかも知れない……もっと人を疑え!」

 ユリウス様に怒鳴られてしまった……。
いつも優しい口調で話しをしているのに、こんな風に怒鳴られると驚いてしまう。
私が一瞬目を伏せてまたユリウス様を見た時に、ユリウス様の背後に目が行った。
ユリウス様の背後にサーシャが立っていた。
しかもこの囲み込まれた状況を、嬉々としてぷるぷる震えながら、喜んで見ている。
どうしたの? と目配せしたらハンカチを出して振っていた。
あ、それ私のハンカチ……。どうやらハンカチを忘れたのに気付いて届けに来たらこの状況だったっぽい。

「貴方は無防備過ぎるんだ! 私が愛していると言ったのに……こんな風に私に囲い込まれるなんて!」

 ぎゃああああ! サーシャの前でそんな事言われても!
サーシャがニヤニヤしている……。
ユリウス様が熱の篭った水色の瞳で見るんだけど、私は後ろのサーシャが気になって仕方ない。もう見ないで! あっちに行って? と瞳で懇願するけど、サーシャは興味津々でユリウス様を見ている。
あ、このサーシャの視線はBLカップル探索モードに入ってる。要するにユリウス様のお相手を誰だったらいいかな~? と考える妄想タイムだ。
こうなったら暫く妄想の世界に入って戻ってこない……。

「アリア様、ちゃんと私の話を聞いてくれていますか? 何です、さっきから後ろばかり見て」

 と言ってユリウス様が後ろを振り向いた。
え? これ、サーシャばれたでしょ? そこにいるの。
と思ったらユリウス様が全然気付いていない。

「誰かがいるってわけじゃないんですね」
「え? ええ……」

 いや、サーシャがいるし。なんで気付かないの?
確かに私もたまにサーシャが居る事に気付かない時があるけど……。
恐るべし! サーシャのステルス機能!!

「あの、わたくしこれから食堂に行って夕食を取ろうかと思っていたのですけど、ユリウス様もご一緒にいかがですか?」

 にっこり微笑んでみた。これで誘われて食堂に行って~!
ここに二人でいたらユリウス様に何されるか分かんないし、私に触れたら寝ちゃうし、どっちにしても面倒な展開なの! お願い! 食堂に……!
祈るような気持ちでお願いしたのに、ユリウス様はそう簡単に行かなかった。
仕方ないのでユリウス様にミドルキュアを掛けた。

「ミドルキュア! ミドルキュア!」

 念のために二回掛けた。

「お願い……一緒に食堂へ行きましょう?」

 半分涙目になったせいか、ユリウス様は興奮して私にキスしようとした。
私はそれを顔を背けて拒否した。大丈夫、まだ触れてない。
サーシャが凄く近くまで来て私とユリウス様を観察している。
もう、いっそユリウス様に人が見てますよ? とか言っちゃった方が良いのかしら? でも、私だったら今の状況でそんな事言われたら、恥ずかしくて死ねるわ。
どうしようか考え込んでいるとサーシャが手を上げた。
そして口パクで『私がなんとかしますよ! まかせて!』と不安な事を言ってきた。
そしてサーシャは走り込んで来て、ユリウス様の背中を勢いよくドン! と押した……最悪な事にユリウス様は私にキスしてしまった。

「……えっ!?」

 とユリウス様が言った瞬間、眠りに落ちていた。
どさりとその体がゆっくりと床に落ちる。

「何やってるの!? サーシャ! おかげでキスしちゃったじゃない!」
「え? 嫌だったんですか!?」
「嫌に決まってるでしょ! わたくしにはレイジェス様がいるのに……!!」
「だから私が聞いたじゃないですか、突撃していいですか? って、そしたら姫様がどうぞ! って言うから私は突っ込んだんですよ?」
「あの口パクってそういう意味だったの!? でも私、どうぞ! なんて言ってないわ? 大体なんで突っ込んできたの!?」
「何やら私達二人の間で誤解が生じていた様ですね?」
「みたいね?」
「「で、どうする? これ……」」

 二人で床に伸びているユリウス様を見つめた。

「こういうのはどうでしょう? 姫様は食堂へ食事に行って、私はハンカチを忘れた姫様に届けようと歩いてたら、失神しているユリウス様を発見して、執事のオリオンさん、でしたっけ? あの方に報告するという流れは?」
「あ、そういえばオリオンも男色家だと思います」
「え! それは私が絶対報告せねば! この案件で行きましょう!」
「え、ええ、でも、サーシャはお休みなのに手間の掛かる事をお願いするのよ? 悪くない?」
「大丈夫です! リアルで男色家が見れるなんて、ご褒美ですから!」

 私は呆れたけど、サーシャの振り切りっぷりに笑った。

「じゃ、お言葉に甘えて食堂に行くわね?」
「ええ、あとの事はこの私にお任せ下さい!」

 ドン! と無い胸を叩くサーシャに一抹の不安を感じたけど、任せることにした。




 私が食堂に行くとレイジェス様がお茶を飲んでいた。そして不機嫌そうに私を睨む。

「どこに行っていたんだ? メモ書きも無かった様だが? それに護衛も連れて行って無かったな?」
「こうして何事も無く此処にいるんだからいいじゃありませんか。エドアルド、料理を早く持って来て? お腹がとても空いているの」

 私がエドアルドに微笑むとエドアルドは厨房へ行った。
私は素知らぬ振りでレイジェス様の隣に座る。視線を感じたので見上げると、まだ眉間に皺を寄せて私を見ている。
レイジェス様は私の頬を触ろうと手を伸ばして、ぎゅっと引っ込めた。
どうして? ……私に触れないの?
私がレイジェス様を見るとレイジェス様はその顔を逸らした。
レイジェス様はお茶を飲み終えると部屋に戻ってしまった。
エドアルドが料理を持って来て、私はそれを食べたけれど、何だか味がしない。
私が元気が無かったせいか、エドアルドがセバスを呼んできた。

「どうされました? 姫様、元気が無い様ですが?」

 私の顔を覗き込むセバス。

「ちょっとおでこを失礼しますよ?」

 そう言ってセバスは私のおでこに自分の右手を乗せて熱を測った。

「ふむ、熱は無い様です」

 私はセバスに熱を測られて焦った。ペンダントが発動していない!
触られたら発動するんじゃないの?
私はセバスの袖を引っ張って言った。

「セバス、ちょっと来て?」
「?」

 セバスは疑問符の付いた顔をした。私はセバスの袖を握った。

「こっち!」

 食堂を出て左にすぐある、小さな待合室にセバスを連れて行った。大きな観葉植物が衝立代ついたてがわりになって待合室の外から見ると、私達二人の姿は見えない。

「どうしたんです?」
「セバス、この私のペンダント、どういう物かわかる?」
「え? それってもしかしてマジックアイテムなのですか?」
「マジックアイテム?」
「以前、姫様のペンダントに旦那様が魔法を掛けていたでしょう? 魔法が掛かっていてお守りみたいになっている物を総じてマジックアイテムと呼びます」
「じゃ、これはマジックアイテムだと思うんだけど……」
「旦那様は以前ペンダントが何の役にも立たなかった事を悔いていましたから……もうマジックアイテムは作らないと思っていました。それにこれは……良く見ないと分かりませんね? 何か阻むものが掛かっている」

 私は頷いた。

「これを頂いた時、わたくしに触れた者が眠ると教えて頂きました。だから皆でダンスをする時は外していたのですけど……さっきセバスに触られても発動しなかったから……」
「発動条件が有ると思われたのですね?」

 私はまた頷いた。セバスは腕を組んで暫く考え込んでいた。

「発動条件を細かく設定も出来ますが、それは面倒ですし……私が考えるに一回発動したらもう一度魔術式を書き込むタイプかと……思うのですが……」

 セバスが私に問いかける様に見つめる。
それは、一体誰に触れられたのです? と詰問するような瞳だった。

「……これはもう発動してしまったのですね?」

 セバスが確認するように言って、私は泣きそうな顔で頷いた。

「どういう状況だったのですか?」

 と聞かれてサーシャにユリウス様が突き飛ばされて私に当たってしまった事をさっくりと説明した。その際に唇と唇が当たっちゃってキスしてしまった事も言った。
どうせ、私は顔に出るし、嘘なんか付けないし。

「サーシャはまた、無謀な事を……」

 セバスがこめかみを押さえている。

「……セバス、レイジェス様には他の方とキスしちゃった事……黙っていて……」

 セバスは、はぁ、とため息をして言った。

「そんな物はただの不可抗力で、キスでも何でもないですよ。貴方の心は何方に有るんです?」

 そんなの一人しかいない。

「……レイジェス様」

 セバスは私の頭をわしゃわしゃっと撫でて言った。

「揺るぎ無い……その想いを忘れなければ……不可抗力の出来事なんかで、貴方の事を責める事など誰にも出来ません」

 私がセバスを見上げると、セバスの赤い瞳が微笑みで細くなった。

「でも、困りましたね。一回発動したとなると、魔術式の書き換えをしないともう一度発動はしません。つまり今そのペンダントは機能していないと言う事です」

 私は自分の首に掛けているアメシストのペンダントを見た。

「魔術式の書き換えは旦那様しか出来ませんよ?」
「書き直して貰うには発動した事を話さなきゃいけない?」

 私がセバスに問うとセバスは暫く考え込んでいた。

「旦那様は発動した理由を聞くと思いますが、姫様が話したくなければ……話さなければ良いと思います」
「わたくし、このままで良いと思ってるのですけど、ダメかしら?」
「ペンダントが発動しない状況だと、何かあった時に困りますよ?」
「セバスの言い方だと何か起きると思っているの?」
「サーシャがいなければ、姫様はユリウス様に何をされていたか分からない。囲い込まれていたのでしょう?」
「触れても眠ってしまうから何も出来なかったのよ?」

 セバスは渋い顔をした。

「それはペンダントの機能が生きていたからです。今同じ目に合ってごらんなさい? 何をされるか……。姫様では何の対応も出来ない。旦那様に言いにくいなら私から言ってみましょうか?」

 私は焦ってセバスの袖を掴んで頭を力一杯振った。

「ダメ! 言わないで! これ以上嫌われたくないのっ!」

 セバスが私を訝しげな目で見たあと眉に皺を寄せた。

「これ以上嫌われたくない……?」
「あっ!」

 私は両手で口を押さえた。セバスは私の手首をぎゅっと握り上げて言った。

「何を隠しています? 正直に言って貰いますよ?」
「何も! 何も……隠してなんていません!」
「へぇ?」

 セバスは私の手首をぎゅううっと握り、上に引っ張った。
少し体が浮いて、自分の体重の重みで引っ張られている手首が痛い。

「セバス……痛いわ……?」
「姫様が正直におっしゃらないので、これはお仕置きです。きちんと私に言えば放します」

 私はセバスが引っ張る手首の痛みに耐えていたけれど、涙が出てきて大理石の床にカツンと乾いた音を立てて落ちた。

「強情な」

 セバスは私を床に立たせてから、屈んで落ちたダイヤを拾った。
私の瞳を確認して真剣に言う。

「私は貴方の秘密を守ります。だから本当の事を言って下さい」

 真剣に言うセバスの瞳を見て、私の心の中の濁流がせきを切った様に溢れ出す。
私は屈んでいるセバスの首にしがみ付いた。

「ひっく……ちょっと前から……レイジェス様の様子が変で……ひっく……わたくしと目も合わせてくれません……ひっく」

 私が泣きながら言うとセバスは私の頭を撫でた。

「姫様、姫様が旦那様に何もしていないなら、それは旦那様の心の問題でしょう」
「……こころ?」

 セバスは執事服の上着の内ポケットからハンカチを取り出して私の顔を拭いた。

「旦那様の心の中の問題は、旦那様が何とかするしかございません」
「あ……んなに……冷たいのに……わたくし……一緒にいても……いいの?」
「一緒に居たくなければ、旦那様が姫様に直接言うでしょう? 傍にいて見守って上げて下さい」

 私は頷いた。

「サーシャがその後どうしたか気になりますね、呼び出しましょう。こちらで少しお待ち下さい、姫様」

 セバスは通信機器を使うのに食堂に戻った。私が待合室の据え置き型のL字型の長椅子に座わって待っているとセバスがまた戻って来た。

「サーシャがこちらに来ると申しました。暫くお待ちください」

 セバスが私の隣に座った。
私の顔を覗きこんだあと膝に乗せてる私の手を大きなその手で握った。

「大丈夫ですよ、姫様が心配する事は何もありません」

 私はその大きな手に握られたままサーシャを待った。




「お待たせしました!」

 サーシャが走って来た。
セバスがこめかみをピクピクさせている。

「サーシャ、早速聞きたい事があります。君は何故ユリウス様に突進したんだ?」

 サーシャの笑顔が引きつっている。

「こう、何て言ったらいいのでしょう? 見ていて歯がゆかったんですよ」
「はっ?」
「私から見るとあの状況は【寸止め】ですよ! やるならやる! ですっきりして欲しかったんですよ! 私が!」

 セバスはサーシャの言い分を聞いてこめかみを押さえた。

「おかげで姫様はユリウス様とキスを致してしまった訳だが……君はこの事についてどう責任を取るつもりだ?」
「一応口パクで姫様に突進しますよ? って聞きました」
「そこで誤解が生じたんです、私はそんな風に言ってると思わなかったから」

 そう私は言った。
セバスがこめかみを押さえたままサーシャに言った。

「もう、起きてしまった事をどうこう言っても仕方ない。それで、ユリウス様の方はどうなった? オリオンを呼んだのですか?」
「ええ、執事のオリオンさんを呼びました。なかなか美麗な方ですが歳を経ていて私の好みではありませんでした、あっ、BL的な好みっていう事ですよ?」
「サーシャ、君のBL的な好みは聞いていません」
「オリオンさんを呼んで、彼が来てユリウス様を介抱したら少しユリウス様が意識を取り戻したんですよね。まだ朦朧としてましたけど」
「何か言っていましたか?」
「アリア様はどこだ? って。ユリウス様はご自分が何者かに襲われたと思っていた様です、私の存在には気付いて無かった様ですね。なので、姫様は夕食に行きましたよ? と誤魔化して置きました」
「それだけ分かれば十分ですね。ご苦労様サーシャ、戻って良いですよ」

 サーシャは一礼して自分の宿泊棟に戻った。
セバスはサーシャが去ったのを確認してから私に言った。

「もし、ユリウス様に何か聞かれたら、アリア様は普通に別れて夕食を取っていたと言って下さい。ユリウス様が一人でいる所を何者かに襲われた。というていで話を進めましょう」
「え? そんなの無理があるのでは?」
「無理でもそうして下さい、じゃないとユリウス様はあなたとキスをしたと思い込みますよ? 途中で去った貴方はユリウス様とキスはしていません。キスをしたというのはユリウス様の妄想です。そういうていでお願いしますね? わかりましたか?」

 私は頷いた。
その後セバスは食堂へ戻り、私はこのまま東棟のお風呂に一人で行った。
鍵を掛けて脱衣所に入りドレスを脱ぐ。今日のドレスは左の脇の下にあるファスナーで着脱出来るので一人で脱ぐのは楽だった。
下着も全部脱いで浴室に入ると、浴室入り口の右側にバスチェアが置いてあり、それを浴槽の凄く近くに持っていく。湯桶にお湯を汲んでから、備え付けの石鹸置き場から石鹸を取ってきて、両手で石鹸をもみもみこしこしして泡立てる。
その泡で自分の体を足から洗う。下から上へ洗って最後にお股を綺麗に洗い湯船に浸かった。

 あ~いい湯だ。体の疲れや心の疲れがふわっと軽くなる。
どうせ一人だし、はしたないって怒られた平泳ぎをしてみる。すいすいっと。
平泳ぎもつまんないので、今度は鼻を摘まんで潜ってみた。潜って数を数えてみるけど15くらいまでしか数えられなかった。

「ぷはぁ! あはははは!」

 顔が濡れてるから泣いても分からない。
湯の中だから泣いったって涙はそのまま流れて行くし。
広いお風呂にぽつんと一人でいると凄く寂しくなってきた。

「うぇっ……うっ、うっ……レイジェス様ぁ……」

 私はもう一度湯の中に潜った。

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