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第四章
32 現在と過去の違い
しおりを挟む次の日、公爵様はピレーネを小広間に出させて私に弾かせた。
お昼前に調律の人が来たせいか、私が弾いてみると音は狂って無かった。
何曲か公爵様の前で曲を弾いたら天井から花がそよそよと降って来た。
「素晴らしい音楽だったが……この花は何だ?」
「さぁ? わたくしにもよくわかりません、ピレーネを弾くといつも振ってくるんですよね~」
「そうか」
公爵様は頭を傾げながらも納得? した様だった。
小広間の観客用の椅子に座っている公爵様の隣に、私は壁際に置いてある丸椅子を運んで持って行った。
隣に置いて座る。
「ん? どうした?」
「あの……わたくし、公爵様に聞きたい事がございます」
「ん? 何だ?」
「公爵様はフォスティーヌ様と愛し合って結婚したんですよね? なのにどうして第二夫人を?」
公爵様は目を瞬いて乾いた声で笑った。
「はははっ、……私がフォスティーヌと愛し合って結婚した? どこでどうなってそういう事になったんだか……」
「? 恋愛結婚じゃなかったって事ですか?」
「ああ、私とフォスティーヌは恋愛結婚などでは無い、ただの政略結婚さ。フォスティーヌの実家は公爵家ではあるが、資産の無い家名と家柄だけの公爵家だった。だが、土地だけは沢山あってね、あれの親がうちの親と勝手に婚約を決めたのさ。
私は結婚したがらなかったから、親の命令で結婚した。……フォスティーヌはプライドの高い女だ、自分の家が貧乏公爵家だから政略結婚したなんて周りの者に言えなかったんじゃないか? 自分は愛されて恋愛結婚したと周りの者に吹聴したんだろう、それを信じた者がそういう話になったのかねぇ……、私には分からん」
他人事の様にひんやりと話す公爵様に私は何か寂しさを感じた。
「公爵様は結婚したがらなかったと言ってましたが……好きな方がいらっしゃったんですか?」
「私には好きな者などいなかったよ。私はね……軽蔑されるかも知れないが……大人の女はだめなんだ」
「大人の女はだめ……?」
んんん? 大人の女がだめって事は……幼女趣味? ロリコンて事……!?
「で、でもその……失礼な事を聞く様ですが……フォスティーヌさんとは致せたんですよね?」
「フォスティーヌと結婚したのは私が20歳で彼女が15歳の時だった。15歳でもぎりぎりだったなぁ……だから夜の生活は、結婚してすぐの一年間しかしなかった」
「……あの、公爵様のそれって、フォスティーヌさんは知ってるんですか?」
「言える事じゃないから言っていない。だから……知らないだろう」
「えっ? でも、ちょっと待って下さい! 第二夫人がいますよね? 公、あっ、フェリシアンよりも年上だって聞いてるけど、その人とは? 致したからお子さんがいるんだと思うんですけど……その人は特別だったんですか?」
公爵様はくくくっと笑った。
「彼女とは私が19歳の時に知り合って、彼女は2歳年上なんだが、多分私を騙そうとしたんじゃないかな? 凄く酒を飲まされた日があって、私が結婚してから間もなくその時の子が出来たと言われた」
「え? ……えっと?」
「彼女は私を飲ませた日に、私に致されたと言ったんだが……幾ら飲んでいても大人の、しかも自分より年上の女に、私の食指は動かない、彼女は嘘をついたんだ」
「? えっと……、と言う事はその嘘を受け入れちゃって結婚したんですよね? どうして?」
「フォスティーヌから逃げたかったからさ」
「んん? ……公、あっ、フェリシアン、わたくし意味が分からないです」
「フォスティーヌとは致していた事があるからね、その後も当然求められた。だけど、私は出来なかった。彼女を愛する事が出来なかったんだよ。でも結婚相手だからね、求めるのは当たり前だ。それに私が応えられなかっただけで……だから最初から何もないエラの所に逃げるのが楽だった。フォスティーヌは浮気したと思ってくれている様だったからね」
「あの……離婚するわけにはいかなかったんですか? フォスティーヌさんと……」
「言ったよ、離婚してくれって。だけど彼女は半狂乱で怒り狂った。元々プライドが高い女性だから、自分と離婚してエラだけを選ぶのが許せなかったみたいだ。 と言ってもエラを選ぶわけじゃないし、エラはエラで面倒な女性だからね……ははは」
私には公爵様が言っている事が本当なのか嘘なのか分からない。
レイジェス様がグレーロック城で私に打ち明けた話と全然違うからだ。
私は公爵様をじっと見つめた。その瞳に嘘が無いか見極める為に。私が真面目な顔でじっと見つめると、公爵様も私を見つめた。真っ直ぐに私の瞳を見るその目は、真実を語っている様に見えた。
「……今話した事は嘘じゃないんですね?」
「ああ、本当だ。私が幼女趣味だと自分の性癖を晒したのは君が初めてだ」
私は困惑した。そんな大事な事、私に言っちゃってもいいの?
「……どうしてわたくしに言ったの?」
「……君が私の知ってる子に……どことなく雰囲気が似てたからかな? 嘘を付きたくなかった」
そう言えば初めて会った時に『ローズ』と呼ばれたのを思い出した。
「フェリシアン、もう一つ聞きたい事があるの……。レイジェス様の事、自分の息子だと思ってる? それとも……他の者の種だと?」
「レイジェスは私の子だろうね、髪は黒いが」
「え? 認めるんですか?」
「フォスティーヌは浮気できる様な器用なタイプでは無いし、私自身も見に覚えがあるしね? それにレイジェスの瞳は紫だ。赤い瞳の彼女と青い瞳の私の間に生まれれば紫色の瞳になる、疑い様が無い」
「え? じゃあどうして……」
「ん?」
じゃあどうして、レイジェス様は自分が本当の子だと認めて貰えなかったとずっと考えていたんだろう? でも、死に際には謝ってくれたと言っていた。たしか……レイジェス様に謝って、その後【お前は間違いなく私の子だ、フォスティーヌには悪い事をした】って言ったんだっけ……。
ん? このセリフ、よく考えてみるとフォスティーヌさんへの懺悔の気持ちが強い言葉かも知れない。う~ん。でも誰かがレイジェス様に公爵様が実子だって認めていないって言ったから、そう思い込んでいたんだよね……?
さっき公爵様もフォスティーヌさんとは恋愛結婚なんかじゃないのに、大恋愛の末結婚したみたいになってて、誰が言ったんだ? って思ってたよね。
誰かがそう言い含めたんだ……誰かは分からないけど……。
私が暫く考え込んでいると公爵様が私に話しかけてきた。
「どうしたんだい? ずっと黙って……何か考えているのかい?」
さっき公爵様は私に初めて自分が幼女趣味だと言う事を告白したと言った。それが本当なら……多分レイジェス様は公爵様の幼女趣味の事を知らないんじゃないかと思う。まぁ、もし知ってたとしても人様に言える様な事じゃないしなぁ……。
「ねぇ、フェリシアン、『ローズ』って誰?」
公爵様は苦い微笑みを浮かべながら静かに語り出した。
「……プリストンにも闇はあるんだが……まぁ、今回はギレスの話をしよう。プリストンでは未成年の蜜花を奪っちゃいけないだろう? だからね、私はギレス帝国に行って女の子を買い漁っていた。8歳位から12歳位までの子達。みんな可愛らしかったよ」
私はそれを聞いて驚いた。……幼女の買春……。
この世界には奴隷がいる、奴隷とかがいる世界だから、そんな事も有るんだろうけど……平和な世界で育ったせいか想像がつかない。
「……その中から、買うだけじゃなくて、付き合いたいと思う子はいなかったんですか? 凄く好きになっちゃった子とか……いなかったの?」
「あの子達は皆小さな子だけど商売女でね、あんなに幼いのに蜜花じゃないんだ。私が求める女の子は清廉で高潔で神聖な美しさの、光り輝くような女の子だ。……そんな女の子なんて現実にはいない。ギレス帝国だとね、蜜花の女の子を集めてオークションをやる所があるんだよ。もちろん会員制で、入会金も会費も凄く高い。そのオークションで私も蜜花の女の子を落とした事がある。可愛かったなぁ……あの子は」
「……その子はどうなったんですか?」
公爵様はどこか遠くを見つめる瞳をしていた。
「彼女の蜜花を貰って、二週間ほど一緒に過ごした後、彼女は自殺した。私はプリストンの人間だからね、あちらに住むわけにはいかない。置き去りにされると思った彼女は先の事を考えて絶望して自殺した。私はプリストンに連れてこようと思ってたんだ。なのに……。あちらではオークションで蜜花の子を落としても、蜜花を奪ったあとは、娼館に売りつける事も多い。さっきの幼い娼婦に堕ちるわけだ。彼女はそうなりたく無いと思ったんだろう……」
ふと見ると唇を噛み締めて俯いていた。
「その子の事が好きだったんですね……」
「わからない。オークションの時に初めて見て、落として、たった二週間しか彼女といられなかったし……こんな風に話し合う時間なんて……彼女との間には無かったからね」
その彼女が『ローズ』さんなんだと話を聞いていて分かってしまった。
「先程、政略結婚が恋愛結婚みたいになっていて、その話の出所がフォスティーヌさんかも知れないと言っていたじゃないですか?」
「ああ、言ってたね」
「じゃあ、レイジェス様が公爵様の子じゃないかもって疑われていたって話しは誰から出たと思いますか?」
「……ん? レイジェスが私の子ではないと疑われているのか? 何でそんな事を知りたがる?」
「フェリシアンが最大の秘密をわたくしに教えて下さったので、わたくしも最大の秘密を言いますね? わたくしの知っているレイジェス様は24歳で、わたくしと婚約しています」
「……それは政略的な婚約なのか?」
「違います。愛してる、結婚して欲しいと言われました。ちゃんと申し込まれています」
それを聞くと公爵様は笑っていた。
「どうして笑うんです?」
「我が息子も私と同じ幼女趣味だったのかと、しかも君を選ぶ辺り趣味がとても良い、私と似ている! 実に愉快だ! あ~はっはっは!」
「……酷いです、レイジェス様は幼女趣味なんかじゃ……」
「じゃあ何故君を選んだ? まともな男なら8歳の女の子など選ばない! いや、羨ましいよ、24歳で君と婚約出来るなんて。私は現在25歳だが、フォスティーヌは20歳だし、エラは27歳、おばさんだな。私にはどちらも魅力的には見えない。腐った肉の塊りにしか見えない」
27歳は確かに年を取ってるかな~と思うけど、20歳はまだ若いじゃない?
20代をおばさん呼ばわりすること無いのになぁ……と凄く思う。
でも、よく考えたら幼女趣味の公爵様からみたら15歳以上はみんなおばさんなのか。
「わたくしは真実を知りたいの。……レイジェス様が気にしていたんです、自分は誰にも愛されてなかったって。そんな事無いって伝えたくって……」
公爵様は驚いた様に目を見開いた。
「ああ……君は本当にレイジェスを愛してるんだね」
「? ええ、じゃなきゃ婚約しません」
公爵様は口元に手を充て何やら考え込んでいた。
「元の時代に戻れたら、レイジェスに誰から話を聞いたのか、聞けばいい。それが一番手っ取り早くないか?」
「ん? 確かに……そうですね!」
私の顔がぱぁ~っと明るくなると公爵様は笑った。
私も釣られて笑っていると小広間の扉を開ける音がした。
振り向くとレイジェス様とセバスで一緒にボール遊びをしようと私を誘ってくれた。
「じゃあ、わたくしは二人とボール遊びに行きますね」
私がそう言って席を立つと手首を掴まれた。
「待ちなさい、私も一緒に行く」
「ええっ?」
「私だってボール遊び位出来るぞ? レイジェス! 私も一緒にやるぞ!」
「お、お父様が!?」
「何だ? お前は父である私と遊びたくないのか?」
公爵様は大人げ無くレイジェス様を威圧した。
……まったく、この人は……。
「皆であそぼ?」
私がそう言うとレイジェス様とセバスは元気に『うん』と言った。
先に走っていく二人を見て私は公爵様に振り向いた。
「フェリシアンも行きましょ!」
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