魔術師長様はご機嫌ななめ

鷹月 檻

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第五章

3 イズモ会議 二

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 オートマタに促されて研究室に入ると、そこは宇宙船を思わせる様な部屋の作りだった。
入って左には壁の上部から中あたりまで透明窓の部屋があり、その部屋のドアの向こうにはいくつも無造作にゲージが重ねてあった。ゲージの中には見たことも無い動物がいる。どうやら実験に使われているらしい。部屋の中央には大きくて広い机があり、巨大でごつい機械が乗っかっている。形状から見て顕微鏡か? 右には棚があり、手前の棚が薬品入れの扉付きの棚、次がビーカーやフラスコなど道具置き場っぽくなっていて、一番奥の棚は何かの専門書らしきものがたくさん収納されていた。

「いきなりだけど、あなたの血を頂戴?」
「へ? 血?」
「9代目のナナシ様が、あなたともう一人だけが世界を救えると言ったのですよね?」
「そ、そうですけど……」
「では試さなくてはいけない。大丈夫、ちくっとするけど、すぐ終わります」

 オートマタは中央の机の横にある、多分採血用だと思われる小さな肘置き付きのテーブルの前に私を座らせた。
駆血帯くけつたいを巻いて私の腕から採血をした。採血管3本分採って、私の採血は終了した。

「コットンで暫く押さえていなさい」

 オートマタは机にあった呼び鈴を押した。

「アリア、あなたの話を聞いて考えたのだけど、9代目ナナシ様は誰かと一緒に死のうとしていた様に思うのですが……、あなたはそれが誰だか分かりますか?」
「えっ、あの、わたくしはあの青白いナナシ様とは会ったことも話したことも無いんです。今日、黄金色のナナシ様に会ったのも初めてだし……。あれはずっとわたくしが見た訳の分からない夢だと思ってたんです。だからわたくしがそんなこと分かる訳ないと思うんですけど……」

 研究室のドアをノックする音が聞こえ、その話は終了した。

「天使が迎えに来た様です。あなたも宴に行って楽しんでらっしゃい」
「オートマタ……さんは行かないの?」

 オートマタはフッと微かに笑った。

「あなたの血液を調べなくてはね。私の事は『オートマタ』と呼び捨てで構わない。私はただの管理人で神ではないから」

 私はお辞儀をしてから研究室を出た。天使の後に付いて大広間へ向かった。
大広間へ行くとそこは暗い空間だった。
高い天井には天窓があり、そこからは星空が見える。
私が天界からこちらへ来るときは朝だった。私の時間感覚が確かなら、今はまだお昼位なはずなのに、何故星空が?
壁には一定間隔にキャンドルホルダーがあり、蝋燭に灯された炎がゆらゆらと辺りを照らしている。
部屋を見渡すと各々にテーブルとフロアソファーがあり、2人~4人程度で一つのフロアソファーを使っている様だった。
テーブルにはスタンドシャンデリアがあり、それにも蝋燭に火が灯されていた。

「アリア様のお席はこちらでございます」

 天使に案内されて自分の場所に着座した。フロアソファーは思ったよりもふかふかしている。一人で手持ち無沙汰にしていると、天使たちが料理と飲み物を運んできた。それはお寿司とお神酒だった。
目の前に大好物を出されては黙ってられない!
私はがつがつとそれを食べまくって、ふと、先にこちらへ来ている父神様はどこにいるんだろう? と思って薄暗い室内を見たけど、広いし、どこにいるかよく分からなかった。
食べ終わって少し膨らんだお腹を撫でていると父神様が来た。後ろには母神様とその第一夫さんがいる。

「ん、オートマタの用事はもう終わったのか?」
「はい、採血をしてからちょっと話をして終了しました」
「採血? まぁいい、べテルを連れて来たぞ。会いたかったろう?」

 私が立ち上がって会釈をすると母神様と旦那さんもお辞儀をしてから私の右隣に母神様が座った。その隣に旦那さん、父神様は私の左に座った。

「アリア、元気そうで何よりです。少し大きくなりましたね」
「はいっ! 少し背が伸びました!」
「あなたを抱きしめてもいいかしら?」

 母神様は私の顔を見て微笑んだ。
だから、私は自分からぎゅっと抱きついた。母神様のやわらかいぽよぽよ弾力のある胸が私を阻むけど、構わずぎゅうぎゅうした。

「凄く、久しぶりな感じがして……なんだか変な気持ちだわ?」

 母神様の瞳にはじんわりと涙が浮かんでいた様な気がした。私が神呪でハンカチを出してその涙を拭くと母神様は私の頭を撫でた。

「ふふっ、神呪を覚えたのね」
「まだちょっとだけですけど」

 私が母神様の膝に対面で抱っこされていると隣にいた母神様の旦那さんが私を見て言った。

「べテルの娘神だけあって、やはり美しいね」
「べテルだけの娘ではない、我とべテルの娘だ」
「べテルの娘という事は、私の娘でもあるという事ですよ。アズライル様」

 父神様は明らかにむっとしていた。

「この神はね、わたくしの第一の夫でイグナートというのよ」

 私は母神様に抱っこされながら軽く会釈をした。

子供神こどもがみは大変珍しい、私にも抱かせておくれ? ベテル」

 母神様は私をひょいっとイグナート様の膝に乗せた。

「えっ?」

 いきなり知らない人の膝に乗せられて困惑していると、イグナート様は私をぎゅっと抱きしめた。

「本当に小さくて、私の体にすっぽり収まってしまうね」

 はっ? 何、初対面なのにぎゅってしてんの、この人!
私が戸惑っていると両頬をがっちり掴まれた。逃げようと顔を動かそうとしたらキスされた。

「!? んっ、んんっ!!」

 頭に来て、肩や顔をバシバシと叩いているのに、全然こたえてないし。
イグナート様の舌と唾液が口の中に入って来て気持ち悪かった。
しかも、私の股の下に硬い物が当たって、ぞっとした。

「んんっ! やっ!!」

 私が暴れていると父神様が立ち上がり、イグナート様から私を取り上げた。

「我の娘に何をする!! この場から去れ!」
「アズライル、そんなに怒らなくても……。イグナートは子供神であるアリアに興味を持って、ちょっと味見をしただけよ?」

 私は母神様のその一言にびっくりした。

「アズライル様はさすがまだ清い身である、……お堅い方ですね」
「我をそなたらと一緒にするな」
「私達みたいな神の方が多いのですよ? 周りをよく御覧下さい?」

 イグナート様がそう言うので辺りを見ると、どこのテーブルを見ても神達がお互いの体に触れ合い睦み合っていた。
さっきの会議に出ていた雰囲気を見ると女神様は少ない。当然男同士であんあんしていたりするテーブルもあるわけで……。薄暗いからはっきりとは見えなくて、つい、じーっと見ていると父神様に耳を引っ張られた。

「痛たたっ!」
「とにかく、そなたらはこの場を去れ。これの教育上よろしくない」

 母神様とイグナート様は自分達の席に戻った。父神様ははぁ~とため息をした後、どかっと私を抱っこしたままフロアソファーに座った。

「前はあんなじゃなかった」
「え?」
「ベテルだ。以前の彼女はあんな……『味見』などと言うような者では無かった。第一の夫を迎える辺りから少し変わった様な気がした。我の気のせいなのか……?彼女はどうしてああなってしまったのか……」
「わたくしは以前の母神様のことは分からないけど……神様達がエロいのは分かりました。でも、こんな所で、こんな事していいのかな? って思うんですけど?」
「良い訳なかろうが。大体『イズモ会議』とは会議とは名ばかりで、神々が集まり宴をして飲んだくれるだけに過ぎない『会』だ。地球で言う所の『忘年会』みたいな物だと思ってくれればいい」
「じゃあ、いつもはこんなエロっちぃ展開ではないって事ですね?」
「ああ、真面目に会議したのも今回が初めてだし、そなたが言う『エロっちぃ』展開になっているのも、今回が初めてだ。何かがおかしい、狂ってる」
「どうしたんでしょうね? ウィルスの影響ですかね?」
「まぁ、それくらいしか考えられないな」

 父神様がお神酒を取って杯に注いでそれを一気に飲んだ。

「そなたも飲め」

 私にも杯を渡して注ぐ、私はぐいっとそれを飲んだ。父神様がまた自分の杯に注ごうとしてたので、私は徳利を取って父神様の杯に注いだ。全部飲み干すと、空にした杯をまた出すので、また注いだ。

「父神様、ピッチ早くありません?」
「大丈夫だ、これくらいで酔いはしない」
「わたくし、膝から下りましょうか? 重くありません?」
「そなたは軽すぎる。あれにちゃんと食わせて貰っているのか?」
「レイジェス様はわたくしに良くして下さいますよ? 前よりも食べれるものが増えましたし」
「そうか、なら良い」

 父神様は私の頭を撫でた。慈しむように。

『ミドルキュア! ミドルキュア!』

 私が魅了を解除すると父神様はむすっとした。

「そなたの『魅了』はとても心地良い、解除されたくないというのに」
「わたくしは父神様の娘でいたいですからね」
「そなたはいつまでも我の娘だ」

 父神様は私をぎゅっと抱きしめたままフロアソファーに寝転んだ。

「さて、飲んだら眠くなった。我は少し眠るが、何処にも行くなよ? そなたは小さいから珍しくて興味を持たれやすい。イグナートみたいな者もおるかもしれんからな」
「ひぃっ! わたくしはここにいます!」

 私は父神様の体の上から自分の体をずらして隣に横になった。
視線を感じて父神様を見ると翡翠の様な碧の瞳が私を見つめていた。

「あれもこんな気持ちなのか……」
「……あれ?」
「レイジェスだ」
「レイジェス様?」

 父神様はもう眠りに落ちていた。
レイジェス様がどうしたんだろう?
周りからは喘ぎ声が聞こえてくる。男の艶のある声も、女の嬌声も。私はお神酒を二杯飲んで、父神様の腕枕で寝た。




 暫くして目が覚めた。
目を開くと天井が見える。天井の天窓の外はまだ星空だ。
もしかして、ここの天窓の外はずっと夜空なのかも知れない。
何故かブランケットが掛けてあった。体を半身起こして辺りをきょろきょろすると天使が他の眠っている神達にブランケットを掛けていた。
目の前のテーブルを見ると私が食べたお寿司のお皿は下げられていて、替わりにデザートのお皿が置いてあった。乾燥しないようにかフードカバーが掛けてあった。
近くにいた天使を呼んで紅茶を入れて貰えるように頼んだ。
取り皿にスィーツを盛って食べていると天使が紅茶を持って来てくれた。
それをちょっと置いてわざと冷めさせる。
モンブランを食べていて喉が詰まりそうになって紅茶を飲んだらまだ熱かった。

「あちっ!」
「大丈夫か?」

 自分の後ろを見ると父神様が起きていた。

「びっくりしたぁ~」
「あれだけもぞもぞ動かれれば、起きるのも当たり前だろうが」
「あ、すいません」
「よいよい」

 父神様は小さな光を飛ばして少し離れた所にいる天使を呼んで紅茶を頼んだ。

「どれ、そなたがそんなに美味そうに食べるのなら、我もそのスィーツを食べてみるとしよう」

 父神様はショートケーキを取って食べた。天使が良いタイミングで紅茶を持って来て、それを飲む。

「父神様に質問なんですけど」
「ん? 何だ?」
「父神様は9代目ナナシ様にお会いしたことはありますか?」
「ああ、何回かある。私を生んだのは9代目ナナシ様だからな」
「ええっ!? お父さんなの!?」
「少なくとも惑星を預かる主神しゅしんみな、ナナシ様とノルン様から生まれる。まぁ、9代目ナナシ様は『片神かたがみ』だったがな」
「『片神』って?」
「ナナシ様は運命の女神と共に10億年毎に対を成してこの『混沌の狭間』に生まれる。9代目ナナシ様には対になる運命の女神がいなかった。対のいないナナシ様の事を『片神』とも言う。あまり良い言葉ではないから普段はそんな呼び方はしないがな」
「……じゃあ、9代目ナナシ様は、ずっと一人だったんだ?」
「そうなるな」

 ずっと一人は寂しそう、そう考えて不思議に思う。
9代目ナナシ様は『彼女と一緒に逝こうとした。でも、失敗した』って言ってた。
対になる運命の女神様が居なかったのなら、ナナシ様が一緒に死のうとした『彼女』って誰?
もしかして、これって凄く重要な事なんじゃないかと思う。
私が考え込んでいると暗い部屋なのに目の前がほんのり明るくなった。
目線を上げるとテーブルの前にナナシ様がいた。隣にはノルン様もいる。

「そちらの卓にお邪魔しても良いか? アズライル、アリアよ」
「どうぞ、こちらへ」

 父神様は軽く会釈をしてナナシ様を私の隣に座るように勧めた。
ナナシ様が私の隣に来て温かみが広がった。
あの夢の中で会った、9代目ナナシ様も温かかったのを思い出した。
ナナシ様を見ると炎が揺らめいた。

「どうした? アリア」
「ナナシ様って、どこが顔なの?」

 ナナシ様とノルン様が声を出して笑った。
その後、ナナシ様の体から白いもやと光が出て、ナナシ様は姿を変えていた。
その姿はレイジェス様と似ていた。髪は金髪で瞳は琥珀色だったけど。

「変身出来るんですね!」
「お前の婚約者と似せてみた。似てるか?」
「凄いそっくり! でもどうして?」
「この顔が好きなんじゃないのか? 顔があれば、お前を見ていることも分かるだろう? 手があればこうして頭を撫でる事も出来る」

 ナナシ様は私の頭を優しく撫でた。その手から温かみが伝わる。

「私にも撫でさせて頂戴」

 ノルン様が腕を伸ばして私の頬を撫でた。でも特に嫌な感じはしない。

「ぷにぷにね」

 そう言って笑う。

「我の娘をおもちゃ扱いしないで頂きたいのですが? 子供神が珍しいからと弄る方々が多すぎる」
「アズライルは娘の見張りで大変そうですね」

 ノルン様がくすりと笑って父神様に言うと、父神様はぶすっと機嫌悪そうな顔になった。

「お二方ふたかたは何か御用があってこちらへ来たのでは?」
「お前は9代目ナナシが唯一生んだ神だが、先代ナナシが一緒に死のうとした『女』が誰だか分かるか?」

 私の頭を撫でながら父神様に聞くナナシ様。父神様は私の頭を撫でる手を気にしている。

「そんな事、我が分かる訳ない、いくら父神と言えど、そこまで何でも言い合う仲では無かった。……あっ、そう言えば、ナナシ様はよくベテルをこの『混沌の狭間』に呼んでいた。まさかな……」
「「……」」

 ナナシ様とノルン様は黙ってしまった。
そのあとは他愛も無い話をしてお二人は自分の部屋へ戻られた。

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