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第1話 少女のあがき

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 がれきの中で目を覚ました。
 目を開けると、目の前に見た事が無い様な、真っ白な顔色をした母の顔が有った。
(え?何で?)
 思わずびくりと動いた瞬間、ずきりと体中から痛みが響く。
 内心の悲鳴を必死に噛み殺す、一体何が有ったのか、血の気を亡くした母の顔は、何故か満足そうな笑みを浮かべて居た。

「首尾は如何だ?目ぼしい物は有ったか?」
「湿気た村ですが、まあ、そこそこって所ですね。」
 少し遠くで、男達が話して居る。顔も見て居ないのに、声だけで何故か下種びた笑みを浮かべて居る様なイメージが湧いて来る。
「後は良さげな女でもいりゃあ・・・」
「まったく、お前ら無駄に殺しやがって、死体じゃ起たねえだろうが、良いの見つけてこい」
「へいへい」
 じゃりじゃりと足音が近づいて来る、身体を小さく丸めて、死んだふりをする、やめて、此方に来ないでと内心で祈る、ガタガタ鳴りそうになる歯を食いしばって静める。怖い物を見ないようにと目をぎゅっと瞑った。

 近くを歩いて居る様な足音は聞こえなくなった、居なくなった?
 少しだけ確認しようと目を開ける。
 目が合ってしまった。
「おや、嬢ちゃん、元気そうだねぇ?」
 ねっとりと、臭い息の怖い人が居た・・・
「・・・・・・・」
 思わず目を剥き、起き上がって逃げようと・・・
「おっと、逃がしちゃあ勿体ねえ」
 起き上がろうとした所で、足を踏み付けられて、バランスを崩して受け身も取れずに瓦礫に顔を沈める。
「良いねえ、生きは良さそうだ、暴れてくれないと面白くねぇ」
 私の細やかな抵抗は、この男にとってはたいした事も無い遊びなのだろう。首元を掴まれて、真っ直ぐ目を合わされる。
「ほらほら、何かしてみろ」
 男は臭い息を吐き出し、笑みを浮かべながら、片手で私の首を絞め、もう片方の手にナイフを構える。苦しい・・・
「ほら、無駄に殺すなって言っただろうが」
 咎める様に別の男が止める声が聞こえるが、私の首を掴んだ男の手が緩む様子も無い。
 必死に私も暴れるが、其の両手は空を切り、男の手を握っても悪あがき以上の意味が無い。
「止めろっての」
 男が蹴飛ばされて突然横に倒れる、一緒に捕まれていた私も倒れて、横面を瓦礫にぶつける。
「まったく、最初に首絞めて落としちゃあ面白くないだろうが、いたぶって遊ぶにも風情ってもんがあるだろうが、なあ?」
 男を蹴り飛ばした別の男は、先程の男と同じ様な下種びた笑みを浮かべて膝立ちの体勢で、私の左腕を掴んだ。
「獲物は早い者勝ちってのがルールじゃ無いですか」
 先の男が文句を言いつつ立ち上がる、怖い人が増えただけだ。
「何か文句あるか?」
 後の男が怖い顔を浮かべる。
「いや、無いです・・・」
 前の男はあっさりと引き下がった。
「さーて、如何してくれようか」
 助けは来ないらしい。
 諦める?
 ・・・・・嫌だ!
 咄嗟に、足元の瓦礫を弄る、何かを掴んだ、咄嗟にそれを握りしめ、男の顔に叩き付ける。
 掴んだ物は、折れた刃だった、戦った誰かの持ち物、持ち手なんか無い、只の刃。
 叩き付けたその刃は、都合良く男の目に突き刺さった。
「な?!此奴?!!」
 男は一瞬呆然とした後で目を押さえて下がる。
「だから先に絞めちゃえば良かったのに」
 仲間で有るらしい先の男の口調は呆れ気味どころか、笑って居る。
「こいつは俺が貰いますよ、寝ててください」
 先の男は、怖い笑みを浮かべて、何の事も無い様に後の男を刺す。
「な、この野郎・・・」
「その傷じゃあ戻れませんからね、足手まといは要らねえんですよ」
 先の男は笑う。
 そんな嫌な光景を見ながら、私はその刃を握りしめて、男を睨み付ける。
 どくんどくんと心臓の鼓動に合わせて痛みが響くが、其れしか頼る物が無い。
 ぽたりぽたりと、傷口から血が垂れて行った。
 ドクン!
 不意に自分の心臓の音が大きく響いた。
 ドクンドクンと、心臓が耳から出る様に音が響く。
 足元の瓦礫が不意に動いた。


 ガラガラと瓦礫を押し退けて起き上がった其れは、一目で分かる様な死体だった。
「な?! なんだ此奴?!」
 男は、その動き出した死体に剣を突き刺すが、その死体は気にした様子も無く、男の首を掴み、握り潰した。
「お前ら? 何やってるんだ?」
 少し遠くに、身なりの良い服を着た男が見えた、取り巻きらしき者も見える。
 ああ、偉い人だ、こいつか・・・・
 先程の恐怖は鳴りを潜め、只憎しみばかりが増えて行く。
 どくんどくんと、高鳴る心臓の音に合わせて、手から血がしたたり落ちて行く。
 足元の瓦礫の中から、又死人が起き上がる、血が流れて行く感触以上に、身体の力が抜けて行くが、頭に流れ込んでくる憎しみが、思考を埋め尽くす、睨め、殺せ、力を寄越せ。
 あの人は隣の家のお兄さん、細工屋のおじさん、花屋のお姉さん・・・
 瓦礫から立ち上がるのはすべて私の知り合いだ、小さな町なのだから当然だ、もう生きて居ないと言う事は其の身体の状態と、肌の色で判る、酷い傷を負っていると言うのに、もう血が流れる様子も無い、起き上がったその死人たちは、其の取り巻きの攻撃をものともせず、剣で斬られようと、槍で刺されようと、矢が刺さろうと、意に介した様子も無く、只進み、目の前の人間を殺して行く、やがて私の視界には動いている人間は居なくなった、其処で安心したのか、私は意識を手放した。

 もう、悪い人はいないよね?

 無理し過ぎよ、もうちょっと上手くやりなさい。

 何故か、母の声を聴いた気がした。
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