婚約破棄された悪役令嬢は何もかも失いました

東山りえる

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1話

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きらびやかなシャンデリアの光が、磨き上げられた大理石の床に反射している。

優雅なワルツの音色、華やかに着飾った貴族たちの楽しげな笑い声。

王宮で開かれる夜会は、いつもと変わらず、この世の栄華をすべて集めたかのような光景だった。

「リヒャルト様、今宵も素敵ですわね」

「ありがとう、マリアム。君も、その深紅のドレスがよく似合っている」

私は、婚約者であるリヒャルト・フォン・ヴァイス公爵令息の隣で、かろうじて微笑みを作る。

子爵家に生まれ、幼い頃に公爵家の嫡男であるリヒャルト様との婚約が決まった。

それは誰もが羨む、約束された輝かしい未来。

そう、信じていた。

けれど、ここ最近のリヒャルト様の態度は、どこかよそよそしく、冷たい。

私を見るその青い瞳に、かつてのような熱は感じられなかった。

不安が胸をよぎるけれど、それを口に出すことなどできはしない。

ただ、淑やかな婚約者を演じ続けるだけ。

「少し、飲み物を取ってくるよ」

そう言ってリヒャルト様が向かった先には、小さな人だかりができていた。

その中心にいるのは、リリアーナ男爵令嬢。

儚げな美しさと庇護欲をそそる振る舞いで、今、社交界の話題を独占している女性だ。

リヒャルト様は、彼女にグラスを渡すと、それはそれは優しい笑みを浮かべた。

私には、決して見せてくれないような、甘い笑顔を。

胸が、ちくりと痛んだ。

その時だった。

リヒャルト様が、リリアーナ嬢の手を取り、まっすぐにこちらへ歩いてくる。

そして、私の目の前でぴたりと足を止めた。

何事かと、周囲の視線が私たち三人に突き刺さる。

ざわめきが、さざ波のように広がっていく。

「マリアム」

リヒャルト様が、静かに私の名を呼んだ。

その声は氷のように冷たく、私の背筋を凍らせた。

「君に、話がある」

リヒャルト様はそう言うと、私の手を取り、広間の中央へと有無を言わさず引きずっていく。

ワルツが止まり、会場は水を打ったように静まり返った。

全ての注目が、私たちに集まっている。

「皆様、しばしご静聴願いたい!」

高らかに響く声。

一体、何が始まるというの……?

リヒャルト様は、私の隣にリリアーナ嬢を優しく立たせると、まるで罪人を断罪する裁判官のような目で、私を見下ろした。

「ここにいる我が婚約者、マリアム・フォン・アイゼン! 彼女が、私の愛するこのリリアーナ嬢に対して、数々の非道な嫌がらせを行っていたことが判明した!」

「え……?」

頭が、真っ白になる。

リヒャルト様が何を言っているのか、まったく理解ができなかった。

「階段から突き落とそうとしたり、ドレスを汚したり、あらぬ噂を流したり……。マリアム! 貴様という女は、なんて嫉妬深く、陰湿なんだ!」

「お、お待ちください、リヒャルト様! 何かの間違いです! 私には、何一つ身に覚えが……!」

必死に否定の言葉を紡ごうとするが、リヒャルト様の怒声がそれをかき消す。

「まだ白を切るか! この悪役令嬢め!」

悪役令嬢。

その言葉は、まるで毒矢のように私の心臓を射抜いた。

周囲から聞こえてくるのは、驚きの声、そして軽蔑と非難の囁き。

「まあ、あの方がそんなことを……」

「ヴァイス公爵家に嫁ぐというのに、なんて浅ましい……」

誰も、私の無実を信じてはくれない。

リリアーナ嬢が、リヒャルト様の腕にしがみつき、か弱く震えている。

「マリアム様……わたくし、何も望んではおりません。ただ、これ以上は、もう……」

その涙ながらの訴えが、私の罪を確定させた。

ああ、そう。

これが、狙いだったのね。

私を悪役に仕立て上げ、追い出すための、茶番。

「リヒャルト様……」

何か言わなければ。

私の無実を、訴えなければ。

けれど、喉から出てくるのは、か細い空気の音だけだった。

絶望が、全身を支配していく。

リヒャルト様は、そんな私を冷酷に見据え、最後通告を突きつけた。

その声は、広間の隅々まで、はっきりと響き渡った。

「よって私は、この国の安寧と正義のため、マリアム・フォン・アイゼンとの婚約を、今この時をもって破棄することを宣言する!」

ガシャン、と。

世界が崩れ落ちる音が、確かに聞こえた。

私は、大勢の貴族たちの冷たい視線の中で、ただ一人、立ち尽くすことしかできなかった。

真っ黒なドレスに身を包んだ、悲しき悪役令嬢の誕生だった。

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