婚約破棄された悪役令嬢は何もかも失いました

東山りえる

文字の大きさ
11 / 11

最終話

しおりを挟む

それから、半年後。

季節は巡り、暖かな春の日差しが、新しくなった虹色のテントをきらきらと照らしていた。

その日のテントの中は、いつもの公演とは違う、特別な熱気に満ち溢れていた。

客席には、団員たちだけでなく、これまでの旅で出会った、たくさんの馴染み客たちの笑顔が並んでいる。

私は、テントの裏にある、楽屋用のトレーラーハウスで、セラフィーナさんや料理長のおばさんたちに囲まれていた。

「まあ、マリアムちゃん……なんて綺麗なのかしら……」

セラフィーナさんが、目に涙を浮かべて、うっとりと呟く。

鏡に映っているのは、純白のウェディングドレスに身を包んだ、私の姿だった。

そのドレスは、有名なデザイナーが作ったものではない。

団員たちが、私のために、一針一針、心を込めて縫ってくれた、世界に一つだけのドレスだ。

上質なシルクの生地に、繊細なレースの刺繍。そして、スカートの裾には、よく見ないとわからないくらい小さく、虹色の糸で七つの星が縫い込まれている。

「本当に、夢のようです……」

鏡の中の自分を見ながら、私は呟いた。

ほんの一年前まで、私は、偽りの婚約者と共に、豪華だが冷たい城で、決められた人生を歩むはずだった。

悪役令嬢と断罪され、すべてを失い、絶望の淵にいた。

あの時の私が、こんなにも温かくて、幸せな未来を迎えられるなんて、想像できただろうか。

「さあ、花嫁さん。準備はいいかい?」

料理長のおばさんが、私の頭に、野の花で作った可憐な花冠を乗せてくれる。

「主役が、待ってるよ」

その言葉に、私はこくりと頷いた。

楽団が奏でる、優しく、そしてどこか陽気なウェディングマーチに導かれ、私は、ゆっくりとバージンロードの代わりに敷かれた、真新しい絨毯の上を歩き始めた。

絨毯の両脇には、団員たちが、正装で並んでくれている。

その先で、アクセルさんが、少し緊張した面持ちで、私を待っていた。

彼も、いつものラフなシャツではなく、団長としての威厳を示す、黒い上等なジャケットに身を包んでいる。

それは、彼に驚くほどよく似合っていた。

彼の隣に立つと、彼はそっと私の手を握ってくれた。

その手は、いつもと同じように、大きくて、温かかった。

私たちの目の前には、牧師様の代わりに、すっかり元気になったピエロのボブさんが、少しだけおどけた、しかし厳かな表情で立っていた。

「えー、本日ここに、我らが愛する団長アクセルと、我らが舞い降りた女神マリアムの、結婚の儀を執り行います!」

ボブさんの高らかな宣言に、テントの中が、温かい拍手と歓声に包まれる。

私たちは、お互いに向き合い、誓いの言葉を述べた。

「私、アクセルは、生涯、マリアムを笑わせ続けることを誓います。彼女が悲しい時も、辛い時も、俺が必ず、その隣で道化になって、彼女を笑顔にしてみせます」

「私、マリアムは、生涯、アクセルさんの隣で笑い続けることを誓います。彼がどんな困難にぶつかっても、その隣で、太陽のように、彼を照らし続ける存在でありたいです」

私たちの、私たちだけの、誓いの言葉。

ボブさんが、涙を拭うふりをしながら、おどけて宣言する。

「では、誓いのキスを!」

アクセルさんが、ゆっくりと私のベールを上げる。

その黒い瞳が、愛しさに満ちた光で、私をまっすぐに見つめている。

私たちは、唇を重ねた。

その瞬間、楽団の演奏が、一気にアップテンポなマーチに変わる!

パーン!というクラッカーの音と共に、天井から、色とりどりの花びらが、雨のように降り注いできた。

曲芸師のギードさんたちが、私たちの周りで、祝福のアクロバットを披露する。

年老いたライオンのレオンまでが、大きなあくびで「がおー」と祝福してくれた。

それは、虹色旅団らしい、世界で一番、賑やかで、温かい結婚式だった。

私は、アクセルさんと手を取り合い、仲間たちが作る花道を歩き始める。

みんなが、「おめでとう!」と笑顔で声をかけてくれる。

私は、一人一人に「ありがとう」と微笑み返した。

そして、愛しい旦那様になった、隣のアクセルさんを見上げる。

彼は、今まで見た中で、一番幸せそうな顔で、笑っていた。

婚約破棄された、悲しき悪役令嬢。

それが、かつての私の名前だった。

でも、今はもう違う。

私は、音楽と、たくさんの仲間たちと、そして、最高の愛を見つけて、元気を出した。

心から、笑えるようになった。

「私は、世界で一番の、幸せ者です」

私の小さな呟きは、祝福の音楽にかき消されたかもしれない。

でも、私の手を取る彼の手に、きゅっと力がこもったから、きっと、伝わったのだと思う。

私たちの旅は、これからも続く。

まだ見ぬ、新しい街へ。

新しい虹を探す、旅が。

でも、もう何も怖くない。

だって、私の隣には、あなたがいるのだから。

悪役令M嬢の物語は、ここで終わり。

ここからは、虹色旅団の団長夫人、マリアムの、幸せな物語の、始まり、始まり。

しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

『龍の生け贄婚』令嬢、夫に溺愛されながら、自分を捨てた家族にざまぁします

卯月八花
恋愛
公爵令嬢ルディーナは、親戚に家を乗っ取られ虐げられていた。 ある日、妹に魔物を統べる龍の皇帝グラルシオから結婚が申し込まれる。 泣いて嫌がる妹の身代わりとして、ルディーナはグラルシオに嫁ぐことになるが――。 「だからお前なのだ、ルディーナ。俺はお前が欲しかった」 グラルシオは実はルディーナの曾祖父が書いたミステリー小説の熱狂的なファンであり、直系の子孫でありながら虐げられる彼女を救い出すために、結婚という名目で呼び寄せたのだ。 敬愛する作家のひ孫に眼を輝かせるグラルシオ。 二人は、強欲な親戚に奪われたフォーコン公爵家を取り戻すため、奇妙な共犯関係を結んで反撃を開始する。 これは不遇な令嬢が最強の龍皇帝に溺愛され、捨てた家族に復讐を果たす大逆転サクセスストーリーです。 (ハッピーエンド確約/ざまぁ要素あり/他サイト様にも掲載中) もし面白いと思っていただけましたら、お気に入り登録・いいねなどしていただけましたら、作者の大変なモチベーション向上になりますので、ぜひお願いします!

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

婚約破棄された氷の令嬢 ~偽りの聖女を暴き、炎の公爵エクウスに溺愛される~

ふわふわ
恋愛
侯爵令嬢アイシス・ヴァレンティンは、王太子レグナムの婚約者として厳しい妃教育に耐えてきた。しかし、王宮パーティーで突然婚約破棄を宣告される。理由は、レグナムの幼馴染で「聖女」と称されるエマが「アイシスにいじめられた」という濡れ衣。実際はすべてエマの策略だった。 絶望の底で、アイシスは前世の記憶を思い出す――この世界は乙女ゲームで、自分は「悪役令嬢」として破滅する運命だった。覚醒した氷魔法の力と前世知識を武器に、辺境のフロスト領へ追放されたアイシスは、自立の道を選ぶ。そこで出会ったのは、冷徹で「炎の公爵」と恐れられるエクウス・ドラゴン。彼はアイシスの魔法に興味を持ち、政略結婚を提案するが、実は一目惚れで彼女を溺愛し始める。 アイシスは氷魔法で領地を繁栄させ、騎士ルークスと魔導師セナの忠誠を得ながら、逆ハーレム的な甘い日常を過ごす。一方、王都ではエマの偽聖女の力が暴かれ、レグナムは後悔の涙を流す。最終決戦で、アイシスとエクウスの「氷炎魔法」が王国軍を撃破。偽りの聖女は転落し、王国は変わる。 **氷の令嬢は、炎の公爵に溺愛され、運命を逆転させる**。 婚約破棄の屈辱から始まる、爽快ザマアと胸キュン溺愛の物語。

これで、私も自由になれます

たくわん
恋愛
社交界で「地味で会話がつまらない」と評判のエリザベート・フォン・リヒテンシュタイン。婚約者である公爵家の長男アレクサンダーから、舞踏会の場で突然婚約破棄を告げられる。理由は「華やかで魅力的な」子爵令嬢ソフィアとの恋。エリザベートは静かに受け入れ、社交界の噂話の的になる。

溺愛王子の甘すぎる花嫁~悪役令嬢を追放したら、毎日が新婚初夜になりました~

紅葉山参
恋愛
侯爵令嬢リーシャは、婚約者である第一王子ビヨンド様との結婚を心から待ち望んでいた。けれど、その幸福な未来を妬む者もいた。それが、リーシャの控えめな立場を馬鹿にし、王子を我が物にしようと画策した悪役令嬢ユーリーだった。 ある夜会で、ユーリーはビヨンド様の気を引こうと、リーシャを罠にかける。しかし、あなたの王子は、そんなつまらない小細工に騙されるほど愚かではなかった。愛するリーシャを信じ、王子はユーリーを即座に糾弾し、国外追放という厳しい処分を下す。 邪魔者が消え去った後、リーシャとビヨンド様の甘美な新婚生活が始まる。彼は、人前では厳格な王子として振る舞うけれど、私と二人きりになると、とろけるような甘さでリーシャを愛し尽くしてくれるの。 「私の可愛い妻よ、きみなしの人生なんて考えられない」 そう囁くビヨンド様に、私リーシャもまた、心も身体も預けてしまう。これは、障害が取り除かれたことで、むしろ加速度的に深まる、世界一甘くて幸せな夫婦の溺愛物語。新婚の王子妃として、私は彼の、そして王国の「最愛」として、毎日を幸福に満たされて生きていきます。

P.S. 推し活に夢中ですので、返信は不要ですわ

汐瀬うに
恋愛
アルカナ学院に通う伯爵令嬢クラリスは、幼い頃から婚約者である第一王子アルベルトと共に過ごしてきた。しかし彼は言葉を尽くさず、想いはすれ違っていく。噂、距離、役割に心を閉ざしながらも、クラリスは自分の居場所を見つけて前へ進む。迎えたプロムの夜、ようやく言葉を選び、追いかけてきたアルベルトが告げたのは――遅すぎる本心だった。 ※こちらの作品はカクヨム・アルファポリス・小説家になろうに並行掲載しています。

悪役令嬢に転生したと気付いたら、咄嗟に婚約者の記憶を失くしたフリをしてしまった。

ねーさん
恋愛
 あ、私、悪役令嬢だ。  クリスティナは婚約者であるアレクシス王子に近付くフローラを階段から落とそうとして、誤って自分が落ちてしまう。  気を失ったクリスティナの頭に前世で読んだ小説のストーリーが甦る。自分がその小説の悪役令嬢に転生したと気付いたクリスティナは、目が覚めた時「貴方は誰?」と咄嗟に記憶を失くしたフリをしてしまって──…

「陛下、子種を要求します!」~陛下に離縁され追放される七日の間にかなえたい、わたしのたったひとつの願い事。その五年後……~

ぽんた
恋愛
「七日の後に離縁の上、実質上追放を言い渡す。そのあとは、おまえは王都から連れだされることになる。人質であるおまえを断罪したがる連中がいるのでな。信用のおける者に生活できるだけの金貨を渡し、託している。七日間だ。おまえの国を攻略し、おまえを人質に差し出した父王と母后を処分したわが軍が戻ってくる。そのあと、おまえは命以外のすべてを失うことになる」 その日、わたしは内密に告げられた。小国から人質として嫁いだ親子ほど年齢の離れた国王である夫に。 わたしは決意した。ぜったいに願いをかなえよう。たったひとつの望みを陛下にかなえてもらおう。 そう。わたしには陛下から授かりたいものがある。 陛下から与えてほしいたったひとつのものがある。 この物語は、その五年後のこと。 ※ハッピーエンド確約。ご都合主義のゆるゆる設定はご容赦願います。

処理中です...