氷の令嬢は、婚約破棄の先で微笑う

東山りえる

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翌日、私はサイラスを伴って王都の市街地へ足を運んだ。評議会の話が正式に決まる前に、町の様子を見ておきたかったのだ。ソフィアの背後を探るうえでも、貴族の館ばかりにこもっていては情報が偏る。

「セレナ様、念のため警護を固めましょう。最近は物騒な噂も多いですから」

サイラスが周囲を警戒するように目を光らせる。私は街並みを見渡しながら小さく息をつく。美しく整備された石畳の道を行き交う人々は、活気に満ちているように見える。しかし、どこか張り詰めた空気が漂っているのは気のせいではなかった。

「まったく、王太子殿下がソフィア様と……だなんて」
「ベルナール公爵家の令嬢は怖いらしいね。氷のような性格で、ソフィア様をいじめていたんだろう」

民衆のささやき声が、微かに耳に入る。やはり、私の“悪役令嬢”としての噂は庶民にも広がっているのだ。騒ぎ立てるのは一部の人々かもしれないが、その火種がくすぶり続けていることに変わりはない。

「セレナ様、どうか気を落とされませんよう」

サイラスが心配げに言葉をかけるが、私は首を振る。

「いいの。慣れているわ。むしろ、こうして街の声を直接聞けたほうが、いろいろと見えてくる」

時に厳しい現実を知ることも必要だ。私は歩みを止め、ふと目に留まった雑貨屋へと足を向ける。オーナーは初老の女性で、前に一度、公爵家に伺いの品を卸したことがあると記憶していた。

「これはこれは、セレナ様。お久しゅうございます」

「あら、覚えていてくださったのですね」

微笑を返すと、オーナーの女性は店の奥から椅子を持ってきて、私を座らせようとする。

「セレナ様には昔、店の事情で助けていただいたことがありましてね。うちの品が公爵邸に採用されたおかげで、今でも店を続けられています」

「そのような大したことはしていないのですが、あなたが誠実に商売をされているからこそですよ」

控えめに答える私に、オーナーは柔らかい笑みを見せる。だが、その顔に一瞬陰りが差した。

「ですが、最近は何かと噂が絶えなくて……セレナ様が恐ろしい悪役令嬢だなどと、全く馬鹿げた話を信じる人もいるようです。私は昔から存じ上げておりますが、いくら言っても疑う人は疑うんですね」

「ええ、それは私も実感しております。……そういえば、ソフィア・エバンズ様の評判はどうでしょう。やはり高いのですか」

私が遠慮がちに尋ねると、オーナーは一瞬言葉を詰まらせ、店の外を窺うように小さく目を動かす。

「ソフィア様の評判は確かに上々ですが、ここ最近、宮廷や貴族界隈との取引を急に仕切りだしたという噂を聞きました。裏で何か大きなお金が動いているとか……詳しくは知りませんけれど」

その話に、私の胸がざわつく。エバンズ子爵家が資金を動かしているのはわかっていたが、市井の商家にまで余波が及んでいるということは、かなり大々的に動いているのだろう。

「詳しく聞かせてくださるわけには……」

「私も断片的にしか知らないんです。ただ、ソフィア様の意向を受けたらしい仲介人が、あちこちの店を回って契約を取り付けようとしているらしくて。上手くいけば商機になると期待する店もあれば、警戒する店もある……そんな状況です」

「なるほど」

私は思考を巡らせる。やはりソフィアが大きな取引網を築こうとしているのは事実らしい。その利益をどこに流し、何を企んでいるのか。表向きは王太子妃候補の手腕だと賞賛されるかもしれないが、裏がありそうだ。

「貴重なお話、ありがとうございました」

礼を言って立ち上がる私に、オーナーは恐縮するように頭を下げる。サイラスと共に店を出ると、外の光が眩しく目に飛び込んできた。

「セレナ様、やはりソフィア・エバンズは何か企みを」

「ええ、間違いないと思うわ。さっそくフィリップやアレクシス殿下にも報告して、対策を考えなければ。評議会で公にする証拠を集める必要がある」

そう言葉を交わしていると、周囲の人々が私たちに向ける視線を感じる。好奇の眼差しと、冷ややかな囁き。だが、私は真っ直ぐに前を向いて歩く。もし私が氷のようだと言われるのなら、その硬さでもって這い寄る陰謀を叩き割るまで。

「行きましょう、サイラス。こんなところで立ち止まってはいられない」

そう告げ、王都の喧騒の中に足を踏み出す。今は私の評判などどうでもいい。大事なのは、この悪役令嬢のレッテルを逆手に取って、真実を掴むことだけなのだから。
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