氷の令嬢は、婚約破棄の先で微笑う

東山りえる

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審問の前日、私は王宮へ向かった。正式な手続きを踏み、必要書類を提出するためだ。迎えの馬車を降りると、広い庭を横切って王宮の石造りの建物へと足を進める。そこに待ち構えていたのは、第二王子アレクシス殿下の従者だった。

「セレナ・ベルナール様、アレクシス殿下がお待ちです。こちらへどうぞ」

私は従者の案内に従い、通されたのは王宮の一角にある重厚な扉の前。中に入ると、アレクシス殿下が簡素な机に向かい、書類に目を通しているところだった。

「来てくれたか、セレナ。いよいよ明日が審問の日だな」

「ええ。状況はどうなっているのです」

私が問いかけると、アレクシス殿下は書類を脇に寄せ、真剣な目を向けてきた。

「兄上はソフィア・エバンズの主張を一部受け入れる形で審問を開く。表向きの名目は『セレナがソフィアを脅迫し、婚約破棄を強要された』という話らしい」

「馬鹿げています。私が殿下に婚約破棄を強要したなど、根拠がありません」

「だが、ソフィア側は証拠らしきものをいくつか提示してくるかもしれない。それが捏造かどうか、こちらが見抜かねばならない」

アレクシス殿下は少し声を低めて続ける。

「兄上は、自分が悪者になりたくないのだろう。だからこそ“セレナが悪役令嬢だから仕方なかった”と主張したいのかもしれない。……私から見れば、あまりにも浅はかな行動だが」

王太子であるレオナード殿下は、自身の体面を守るためにソフィアの言葉を利用しているのか。あるいは、ソフィアにそそのかされているだけなのか。どちらにせよ、私が不利になることは想像に難くない。

「殿下は、私に何を望みますか。私は自分の潔白を証明するため、全力で戦うつもりですが」

問いかけると、アレクシス殿下は静かに立ち上がり、窓の外を見つめた。

「私は、君が正しく報われてほしいと思っている。ソフィアが影で糸を引いている勢力も気になるが、とりあえず明日の審問では、君の有利になる証言をいくつか用意してある。私も陰ながら協力する」

「ありがとうございます」

私が頭を下げると、彼は微かに微笑んで振り返る。その瞳には、どこか憂いの色が混ざっていた。

「それから……兄上に対して心残りはないのか。もし彼が明日、君に責任を押し付けようとしても?」

「婚約破棄を切り出したのは殿下です。私はもうあのときから、あの方の意志を尊重するつもりでいました。もちろん、相手が汚名を着せようとするなら、私はそれに屈しません」

アレクシス殿下は小さく息をつき、机の上の書類をまとめ始める。

「わかった。私も最後まで見届けよう。明日の審問が済んだら、評議会の準備に入る。それまで決して弱気にならないでくれ、セレナ」

「殿下に弱気な姿をお見せするつもりはありません。どうかご安心を」

私が答えると、アレクシス殿下は満足そうにうなずいた。冷たい氷のような私の態度が、今は心強く映っているのかもしれない。

やがて部屋を出るとき、アレクシス殿下がぽつりとつぶやいた。

「もし兄上が本気で君を傷つけようとするなら、そのときは私が止める。……それだけは覚えておいてほしい」

私は返事をしないまま、一礼して扉を閉める。心の奥で、わずかな動揺が生まれていた。王太子レオナード殿下との過去がどうであれ、今は冷徹な仮面を被って前へ進むしかない。そして、裏切りの舞台とも言える審問が、もう間近に迫っているのだ。
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