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結婚式の後、王宮では大規模な披露宴が催されていた。
私は、ウルスラと共に、あまり目立たないテラスの隅で、グラスを片手に談笑していた。もう、私たちの役目は終わった。後は、この喧騒が過ぎ去るのを待つだけだ。
「ブリーナ」
不意に、背後から声をかけられた。
振り返ると、そこに立っていたのは、今日の主役であるはずのアルフォンス殿下だった。彼は、一人で、少し気まずそうな顔をしている。
「殿下。こちらにいらしては、皆様が心配なさいますわよ。リリアーナ様のそばにいて差し上げなくてよろしいのですか?」
私は、あくまでも穏やかに尋ねた。
「…ああ、彼女は、女官たちと話している。少しだけ、君と話がしたかったんだ」
彼は、私の隣に立ち、テラスの柵に肘をついた。
しばらく、気まずい沈黙が流れる。
「…君は」と、彼が口を開いた。「本当に、変わったな」
「そうですか?」
「ああ。昔の君は、いつも何かに苛立っているような、冷たい目をしていた。だが、今は…」
彼は、言葉を探すように、私と、そして私の隣に立つウルスラの顔を交互に見た。
「その男といる時の君は、とても幸せそうだ。俺の知らない顔で、笑うんだな」
その声には、明らかに未練の色が滲んでいた。
私は、ため息をつきたくなるのをこらえて、静かに答えた。
「殿下。私は、変わったのではございませんわ」
「…どういう意味だ?」
「昔も今も、私は私のままです。ただ、殿下が、私のことを見ていなかった。それだけのことですわ」
私の言葉に、アルフォンスはハッとしたように顔を上げた。
「殿下が見ていたのは、『王太子妃ブリーナ』という、あなたが作り上げた虚像だけ。私が温室の設計図を眺めるのが好きだったことも、市場の活気が好きだったことも、ご存知なかったでしょう?」
「それは…」
彼は、言葉に詰まる。
「私は、ずっと私でした。殿下との婚約という重圧の中で、本当の自分を押し殺していただけ。そして、あなたが私を解放してくださったおかげで、ようやく、私らしく生きられるようになったのです」
私は、隣に立つウルスラの手を、そっと握った。ウルスラも、力強く握り返してくれる。
「だから、殿下。私は、あなたに感謝しているのですよ」
私の曇りのない瞳に見つめられて、アルフォ-ンスは、ついに自分が犯した過ちの大きさを、完全な形で理解したのだろう。
彼は、絞り出すような声で言った。
「…すまなかった」
それは、誰にも聞こえないような、小さな謝罪だった。
「いいえ。もう、全て終わったことですわ。それよりも、殿下はリリアーナ様を幸せにして差し上げてください。それが、今のあなたの、唯一の役目なのですから」
私は、彼に最後の忠告を告げると、ウルスラと共に、その場を去った。
もう、彼と話すことは、二度とないだろう。
背後で、アルフォンス殿下が、ただ一人、夕闇に染まる王都の空を、呆然と見つめていた。
私は、ウルスラと共に、あまり目立たないテラスの隅で、グラスを片手に談笑していた。もう、私たちの役目は終わった。後は、この喧騒が過ぎ去るのを待つだけだ。
「ブリーナ」
不意に、背後から声をかけられた。
振り返ると、そこに立っていたのは、今日の主役であるはずのアルフォンス殿下だった。彼は、一人で、少し気まずそうな顔をしている。
「殿下。こちらにいらしては、皆様が心配なさいますわよ。リリアーナ様のそばにいて差し上げなくてよろしいのですか?」
私は、あくまでも穏やかに尋ねた。
「…ああ、彼女は、女官たちと話している。少しだけ、君と話がしたかったんだ」
彼は、私の隣に立ち、テラスの柵に肘をついた。
しばらく、気まずい沈黙が流れる。
「…君は」と、彼が口を開いた。「本当に、変わったな」
「そうですか?」
「ああ。昔の君は、いつも何かに苛立っているような、冷たい目をしていた。だが、今は…」
彼は、言葉を探すように、私と、そして私の隣に立つウルスラの顔を交互に見た。
「その男といる時の君は、とても幸せそうだ。俺の知らない顔で、笑うんだな」
その声には、明らかに未練の色が滲んでいた。
私は、ため息をつきたくなるのをこらえて、静かに答えた。
「殿下。私は、変わったのではございませんわ」
「…どういう意味だ?」
「昔も今も、私は私のままです。ただ、殿下が、私のことを見ていなかった。それだけのことですわ」
私の言葉に、アルフォンスはハッとしたように顔を上げた。
「殿下が見ていたのは、『王太子妃ブリーナ』という、あなたが作り上げた虚像だけ。私が温室の設計図を眺めるのが好きだったことも、市場の活気が好きだったことも、ご存知なかったでしょう?」
「それは…」
彼は、言葉に詰まる。
「私は、ずっと私でした。殿下との婚約という重圧の中で、本当の自分を押し殺していただけ。そして、あなたが私を解放してくださったおかげで、ようやく、私らしく生きられるようになったのです」
私は、隣に立つウルスラの手を、そっと握った。ウルスラも、力強く握り返してくれる。
「だから、殿下。私は、あなたに感謝しているのですよ」
私の曇りのない瞳に見つめられて、アルフォ-ンスは、ついに自分が犯した過ちの大きさを、完全な形で理解したのだろう。
彼は、絞り出すような声で言った。
「…すまなかった」
それは、誰にも聞こえないような、小さな謝罪だった。
「いいえ。もう、全て終わったことですわ。それよりも、殿下はリリアーナ様を幸せにして差し上げてください。それが、今のあなたの、唯一の役目なのですから」
私は、彼に最後の忠告を告げると、ウルスラと共に、その場を去った。
もう、彼と話すことは、二度とないだろう。
背後で、アルフォンス殿下が、ただ一人、夕闇に染まる王都の空を、呆然と見つめていた。
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