戦闘員A(雑魚)、中身は伝説のフィクサー。~洗脳が効かなかったので、無能な幹部を裏から操り、窓際姫を悪の女帝にプロデュースします~

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第2話:裏帳簿はパスワード「1234」よりも甘い

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技術局長ドクター・ゲノムは機嫌よく鼻歌を歌いながら、ラボのメインコンソールに向かっていた。その後ろで、俺――戦闘員No.1024は、一ミリの狂いもない直立不動で控えている。

 (……さて、ここからが本番だ。丸裸にさせてもらうぞ、この組織の台所事情を)

 俺はヘルメットの奥で、眼球だけを高速で動かした。秘書にとって「視線」を悟られるのは三流だ。相手の肩越しに、あるいは磨き上げられたコンソールの光沢を利用して情報を抜く。それが永田町の「影」として生きてきた俺の技術だ。

 「……よし、これで改造手術のログ、および研究データのバックアップは完了だ」

 ゲノムの指がキーボードの上を踊る。普通の人間なら「速すぎて見えない」と諦めるだろう。だが、数多の汚職事件で証拠隠滅《シュレッダー》される直前の書類を脳内にスキャンし続けてきた俺の目は、その指運びを完全に捉えていた。

 (……左、右、上、左、確定。パスワードは『GENOME666』か。ひねりも何もありゃしない。中学生のメールアドレスかよ。セキュリティ意識の低さに反吐が出るな)

 ゲノムが席を立ち、俺に向き直る。その瞬間、俺は慌てて「思考を停止したザコ」の顔を作り、少しだけ膝を内股にして、落ち着きなく指をモジモジさせるマヌケなポーズをとった。

 「1024よ。私はこれから最高幹部会議に出席する。貴様はここで、私の私室のドアを警備していろ。いいか、一歩も動くんじゃないぞ?」

 「イーッ!!!」

 俺は雷に打たれたような勢いで敬礼し、踵を「カチーン!」と大袈裟に鳴らした。あまりの勢いに、自分でも少しよろけて見せる。

 「うむ、よろしい。実に忠実だ。恐怖心を除去した甲斐があったというものだ」

 ゲノムが満足そうに部屋を出ていく。自動ドアが閉まり、足音が完全に遠ざかるのを「全神経」で確認してから、俺はふっと肩の力を抜いた。

 (一分経過。……よし、誰もいないな。さて、仕事の時間だ)

 直立不動の姿勢を崩さないまま、俺の意識は冷徹な「フィクサー」へと切り替わった。監視カメラの死角を縫うように、無駄のない動きでデスクに歩み寄り、先ほどスキャンしたパスワードを音もなく叩き込む。

 ディスプレイに表示されたのは、悪の秘密結社「アビス」の内部ネットワークだ。その頂点には、絶対的な王として君臨する『総統カイザー』の名があった。

 (……カイザー。この組織の全権を握る絶対君主か。ドラクマのような手合いがこれほど好き勝手に予算を動かしている時点で、内部統治は相当に歪んでいるな)

 (ほう……。研究予算の出どころが『聖セシリア慈善財団』? 待てよ、この団体名には見覚えがあるぞ。……あのご執心だった大物代議士が、裏金作りに使っていたペーパーカンパニーの筆頭だ)

 画面をスクロールするたびに、地球時代の知識が点と線で繋がっていく。俺がいた永田町と、この不気味な地下施設。その境界線が、おぞましい形で溶け合っていく。

 (なるほど。地球側の一部特権階級の間では、この『アビス』の存在は公然の秘密か。……この財団、投資先が芸能事務所に軍事産業。……このあたりは、後でもっと詳しく洗う必要があるな。今はそれより、組織内の金の流れを確定させるのが先だ)

 地球のニュースでもネットでも、怪人だのヒーローだのといった話は一度も聞いたことがない。テロや自然災害、あるいは都市伝説として片付けられていた違和感。それらの断片的な情報はあったが、俺はあえて深追いを止めた。今は「世界」を救うよりも、自分とこの組織での「地盤」を固める方が優先だ。

 (……ん? なんだ、このドラクマ補給局長への『特別配当金』の項目は。このドラクマって野郎が地球との窓口か。相当抜いてやがるな。公金横領ならぬ『組織金横領』か。いい度胸だ)

 さらに深く潜ろうとしたその時、廊下からカツ、カツと硬い足音が聞こえてきた。

 (……戻ってきやがったか。想定より三十秒早い。会議が紛糾して中座したか?)

 俺は即座にログを消去し、ブラウザを閉じると、一気にドアの前まで跳んだ。着地と同時に、再び「魂の抜けた人形」へと戻る。    

 プシュウ、とドアが開く。入ってきたゲノムは、顔を真っ赤にして苛立っていた。

 「ええい、あの守銭奴のドラクマめ! また研究費の削減を提案しおって! 1024、貴様もそう思うだろう!?」

 完全な八つ当たりだ。俺はマスク越しに「ヒィッ!」と情けない悲鳴を上げ、ガタガタと全身を震わせながら、過剰なまでの同調を示した。

 「イーッ! イーッ!(閣下、お怒りはごもっともです! あんなハゲ親父、私が代わりに呪っておきますッ! この通り、私も悔しさのあまり震えが止まりませんッ!)」

 必死に右手を上下させ、地団駄を踏んで、まるで自分のことのようにゲノムの怒りに寄り添うフリをする。

 「……ふん、貴様に言っても始まらんがな. だが、その忠犬っぷりだけは評価してやる。……おい1024。ドラクマの横槍で予算がなくなった。貴様は今日付で、『第7支部』へ転属だ」

 (……第7支部? どこだそこは。本部のデータベースにも詳細はなかったが)

 「あそこは総統の孫娘……アルティナ様が支部長を務めておられるが、実態はただの倉庫番だ。組織の『ゴミ溜め』だよ。精々、あのお嬢様のままごと遊びに付き合ってこい. ……おい、なぜ泣いている?」

 「イーッ! イーッ、イーッ!!(閣下、あまりの悲しみに、マスクの下で涙が止まりませんッ! 閣下から離れるなんて、私の人生真っ暗ですッ!)」

 (総統の孫娘……? 厄介なサラブレッドの押し付け合いか。だが、本部の権力争いから外れた場所なら、俺にとっては好都合だ。まずはそこで足場を固める)

 俺はわざとらしく両手で顔を覆い、子供のように泣きじゃくるジェスチャーをしながら、深々と頭を下げる。下げすぎて、ヘルメットが床にゴツンと当たった。

 部屋を出た瞬間、俺は「イーッ!(よっしゃあああッ!)」と気合の叫びを上げて無音のガッツポーズを決め、マヌケなスキップ混じりの歩調で窓際部署へと向かった。

 (さて……。まずはその『第7支部』とやらで、俺のザコ戦闘員としての安全地帯を確保するとしますか)
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