戦闘員A(雑魚)、中身は伝説のフィクサー。~洗脳が効かなかったので、無能な幹部を裏から操り、窓際姫を悪の女帝にプロデュースします~

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第3話:掃き溜めの姫君

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 三ヶ月に及ぶ地獄の「怪人養成訓練」を終えた俺に言い渡された配属先は、地図の端に記された小さな地方都市の、さらに外れにある『第7支部』だった。

 辿り着いたのは、錆びた鉄板が風に鳴る、廃業した町工場の二階にあるボロアパート。階段は歩くたびに悲鳴を上げ、廊下からは自室に引きこもった男たちのやる気のないテレビの音と、酒臭い息遣いが漏れ聞こえてくる。

「(ここが世界征服を企む悪の組織の拠点か? 独居老人向けの福祉施設のほうがまだマシだぞ……)」

 俺は指定された二〇一号室のドアを叩いた。返事はない。恐る恐るノブを回すと、鍵もかかっていない部屋の奥に、その光景はあった。

 部屋の中央に置かれたパイプ椅子。そこに座っていたのは、銀髪の美少女だった。  豪華すぎる刺繍のマントを羽織った彼女は、今まさに、カップラーメンの麺を口に運ぼうとした瞬間に――俺と目が合ってしまった。

「あ……」

 アルティナ・フォン・アビス。アビス総統カイザーの孫娘。  彼女は俺の姿を認めた瞬間、持っていたプラスチックのフォークを皿の上に落とし、慌ててカップを背後に隠した。顔は耳の先まで真っ赤に染まっている。

「あ、あの! これは……その、違うのよ。ただの味見! 下界の毒物の調査をしていただけなんだから!」

 必死に言い訳を並べ立てるが、隠しきれていないカップからは安っぽい脂の香りが立ち上っていた。アルティナは俺の沈黙に耐えかねたのか、少しだけカップを前に出し、消え入りそうな声で言った。

「……よかったら、あなたも一口食べる? 期間限定の、特製背脂醤油味なの。……本当は、毒味をしてあげようと思っただけなんだから」

 差し出された中身は、お湯を吸いすぎて少し伸びていた。彼女はさらに顔を赤らめ、マントの襟で口元を隠した。

「……ごめんなさい、お出迎えもできなくて。私、おじい様……総統閣下から『お前は優しすぎて戦いには向かない』と言われて、この第7支部に任じられたの。本当なら、私がおじい様の覇道を支えなきゃいけないのに……。まともな人たちはみんなドラクマ局長が連れて行ったし……。残っているのは、あそこにいるみたいに、もう心が折れて動けなくなった人たちだけ……。だから、私の話をちゃんと聞いてくれるのは、新しく来たあなた一人だけなの」

(……なるほど。ドラクマの狙いはこれか)

 俺は即座に構造を理解した。彼女を幽閉し、予算を中抜きして孤立させる。その時、部屋に彼女の「ぐぅ……」というお腹の虫が響いた。アルティナは絶望したような顔で、深々と俯いた。

(……いいだろう。ドラクマ、お前は大きなミスを犯した。これほど使い勝手のいい『玉』を俺の前に放り出したんだからな)

 俺は、彼女の差し出したカップラーメンを優しくテーブルに戻すと、片膝をついて跪いた。

「イーッ! イーッ!(閣下ッ! 私がここへ来たのは、あなたを世界の王にするためですッ! すぐそこのコンビニで、まともな食料を確保して参ります!)」

「えっ、でも……無断で外に出たら、心臓の横に埋められたチップが爆発するわよ!? 何より、その格好じゃすぐ警察に通報されちゃうし……」

(……ふん。永田町の裏工作に比べれば児戯に等しい。組織の規定によれば『近隣の隠密偵察』は、現場責任者の承認があれば最低ランクの権限で実行可能だ。そして、ここの責任者は目の前のお嬢様だ)

 俺は持参したタブレット端末を叩き、あらかじめ偽装しておいた「偵察任務申請書」に、アルティナの指紋を押し当てて承認させた。

(……これでよし。外出は『公式な軍事行動』としてログに残る。心臓の爆弾が作動する心配はない。次に、変装だ)

 俺は持参したボストンバッグから、秘書時代の「勝負服」ではなく、あえてクローゼットの隅に追いやっておいた、少し型崩れした地味な安物スーツとトレンチコートを取り出した。  戦闘員スーツタイツには生体反応センサーが組み込まれており、脱げば即座に『装備破棄=脱走』として本部にアラートが飛ぶ。だが、このスーツは極薄だ。「脱ぐ」のではなく、その上に「私服を着込む」ことで、センサーを欺きつつ、外見を完璧に偽装する。

「な、なによその服……。あなた、さっきまで戦闘員だったのに、急に『どこにでもいそうな冴えない営業マン』に見えるわ……。影が薄すぎて、そこにいるのを忘れちゃいそう」

「イーッ!(これぞ悪の組織の隠密術ですッ! 閣下、十五分だけお待ちを!)」

 俺はドクロのマスクを脱ぎ捨て、安物のフレームのメガネをかける。鏡に映るのは、深夜まで目標達成のために這いずり回っている、疲れたサラリーマンの擬態だ。

 俺は驚く彼女を置いて、闇夜に紛れてアパートを飛び出した。

 数分後。コンビニで買ってきた温かい弁当と、追加の生卵をアルティナに差し出した。  アルティナが生卵一つに涙ぐみながら「美味しい……」と食べている横で、俺はバッグの底に残った「予備のレトルトカレーとパックご飯」を見つめていた 。

「ねえ、1024番さん」 

 ふいに、アルティナが顔を上げた。その瞳には、先ほどまでの絶望ではなく、微かな好奇心が宿っている。

「あなたのこと、ナンバーで呼ぶの、なんだか寂しいわ。……そうだ、私、あなたに名前をつけてもいいかしら?」

「イーッ!?(な、名前……ですか?)」

「ええ。あなたは私のために、闇に紛れて、カラスみたいに素早く食べ物を運んできてくれたもの。……そうね、『クロウ』なんてどうかしら?」

(……クロウ、か。黒田の『クロ』。それに、組織の汚れ仕事をこなす『カラス』。……悪くない。皮肉が効いていて、使い勝手のいいコードネームだ)

「イーッ! イーッ!(身に余る光栄ですッ、アルティナ閣下! 今日からこの1024、閣下の『クロウ』として粉骨砕身働く所存ですッ!)」

「ふふっ、よろしくね、クロウ」

 彼女は今日一番の、年相応の幼い笑顔を見せた。  俺は心の中で、秘書時代の冷徹な計算機を叩きながら、その笑顔を「投資の成果」として記録した 。

(……さて。俺の夕食分は、明日の朝、隣で腐っている連中を叩き起こすための『餌』に回すとしよう。投資は早ければ早いほどいいからな)
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