5 / 16
第5話:自治会費という名の「戦費」調達
しおりを挟む
(……さて、まずは軍資金の確保だ。ドラクマの目が届かない、完全に洗浄された『裏金』がな)
俺――戦闘員No.1024は、アパートの裏手にある物置で、「スーツ姿の冴えない営業マン」への擬態を完了させていた。バッグの中には、ヘルメットとタイツが重く沈んでいる。
鏡代わりの窓ガラスに映る自分を見る。そこには、どこにでもいる平凡な男がいた。このまま電車に乗って、どこか遠くへ逃げ出せばいい。普通の人間ならそう考えるだろう。だが、俺は歩道へ踏み出す直前、胸元を指で軽く叩いた。
(……心臓のすぐ隣に埋め込まれた『生体発信機兼・自爆チップ』。組織のサーバーから一定距離を離れるか、無理に剥がそうとすれば、即座に心停止だ。まさに究極の拘束《ブラック》契約だな)
さらに、俺のスマートフォンも財布も、拉致された時点で消えた。地球側での俺――『黒田大和』は、おそらく死亡か行行方不明として戸籍すら抹消されているだろう。今さら警察に駆け込んだところで、この得体の知れない組織相手にどこまで通用するか。もし万が一、警察の上層部がアビスと繋がっていれば、その瞬間に俺はゴミ箱行きだ。
(……不確定な要素に命は預けられない。逃げる道がないのなら、この組織を俺にとって快適な『シェルター』に作り替える。そのための第一歩が、この町内会攻略だ)
アパートを一歩出れば、そこはアビスの支配下ではない。「表向き」の平和が保たれた、現代日本だ。
(アビスの第7支部は、周辺住民からは『得体の知れない産業廃棄物業者』か何かだと思われている。まずはその認識を『守ってやりたくなる善良な隣人』に書き換える必要がある)
俺が向かったのは、地域一帯を仕切る町内会長の家だ。門構えの立派な一軒家を前に、俺は秘書時代に嫌というほど磨いた「誠実そうで、少し頼りない若手」の笑みを張り付けた。
インターホンを押す直前、俺は喉元に貼り付けた極小のデバイス――ヘルメットから抜き取ったボイスチェンジャーのスイッチを入れる。これで地声を隠し、聞き取りやすい「営業スマイル」のような声を合成できる。
「……あら、どちら様?」
インターホン越しに出てきた町内会長の妻に、俺は九十度の角度で腰を折る。
「突然の訪問、失礼いたします! 二丁目のアパート……そう、『あびす工業』の管理会社の者です。本日は、長らく滞っておりました自治会費の納入と、ゴミ捨て場の件でお詫びに参りました」
玄関先に現れた町内会長に、俺はすぐさま「菓子折り」を差し出した。
「お詫び? ああ、あのアパートか。あそこは挨拶もなしに黒いタイツの連中が出入りしてて、正直、気味が悪かったんだよ」
(知っている。わざと気味悪く振る舞って住民を遠ざけるのはアビスの初歩的な隠蔽工作だ。だが、それは同時に不必要な通報のリスクを高める愚策でもある)
「本当に申し訳ございません! 実は、弊社の上層部が少々世間知らずでして……。あそこに住んでいるのは、特殊な……ええ、心療療法中の方々で、外部との接触を極端に恐れているのです。ですが、地域の一員としてお役に立ちたいという気持ちは本物でして。例えば、あそこの公園の不法投棄……あれ、今夜中に弊社で『ボランティア』として片付けさせていただきます」
「ほう、あのゴミをか? 市に言っても動いてくれなくて困ってたんだが」
俺はカバンから、一通の誓約書を取り出した。
「今後、自治会費は現場の私から『寄付金』という形で、直接、現金でお渡ししたいのですが。本部を通すと許可が下りないものでして……よろしいでしょうか?」
(これで『入り』と『出』のルートが確定した。住民から集める『自治会費』の一部を、ドラクマの目が届かない『第7支部の裏金』にスライドさせる)
その日の夜。俺は第7支部のやる気のない戦闘員三人を叩き起こした。
「イーッ! イイーッ!(……ええ? なんで俺たちがゴミ拾いなんてしなきゃいけねえんだよ)」
不満げに鳴く三人の前に、俺は再びスマホのメモ帳を無言で突きつけた。そこには凍りつくような文言が並んでいる。
『四の五の言わずにやれ。明日はカツ丼、さらに明後日はコンビニのホットスナック食べ放題だ。それとも……本部に「ここの奴らが脱獄端末で掲示板荒らしをしてる」って密告されたいか?』
「イーッ、イイィッ……!?(……や、やりゃあいいんだろッ!)」
俺の凄みに戦闘員たちが震え上がった。飴をぶら下げ、逃げ道を塞ぐ。これが人を動かす最短距離だ。
翌朝。公園は見違えるほど綺麗になり、町内会長は「あびす工業の若者はいい奴だ」と近所に触れ回った。俺の手元には、住民たちから「防犯協力費」として集まった、組織の帳簿に載らない数万円の現金が残った。
(ふん……ドブ板選挙に比べれば、町内会の人心掌握なんて赤子の手をひねるようなもんだ。さて、アルティナ様)
アパートへ戻ると、アルティナ様が不思議そうに窓の外を見ていた。
「クロウ……近所のおばあちゃんが、私に採れたてのトマトをくれたの。……アビスの幹部なのに、これ、食べていいのかしら?」
「イーッ!(もちろんです閣下ッ! それは敵地における『戦略的兵糧の現地調達』に成功した証ですッ!)」
俺はマヌケなスキップをしながら、トマトを受け取った。ドラクマの横領を暴く前に、まずはこの「ボロアパート」を、地域社会という名の強固な外壁で包む。
(さあ、次のステップだ。この軍資金を使って……この腐りきったインフラを、少しずつハックさせてもらうぞ)
俺――戦闘員No.1024は、アパートの裏手にある物置で、「スーツ姿の冴えない営業マン」への擬態を完了させていた。バッグの中には、ヘルメットとタイツが重く沈んでいる。
鏡代わりの窓ガラスに映る自分を見る。そこには、どこにでもいる平凡な男がいた。このまま電車に乗って、どこか遠くへ逃げ出せばいい。普通の人間ならそう考えるだろう。だが、俺は歩道へ踏み出す直前、胸元を指で軽く叩いた。
(……心臓のすぐ隣に埋め込まれた『生体発信機兼・自爆チップ』。組織のサーバーから一定距離を離れるか、無理に剥がそうとすれば、即座に心停止だ。まさに究極の拘束《ブラック》契約だな)
さらに、俺のスマートフォンも財布も、拉致された時点で消えた。地球側での俺――『黒田大和』は、おそらく死亡か行行方不明として戸籍すら抹消されているだろう。今さら警察に駆け込んだところで、この得体の知れない組織相手にどこまで通用するか。もし万が一、警察の上層部がアビスと繋がっていれば、その瞬間に俺はゴミ箱行きだ。
(……不確定な要素に命は預けられない。逃げる道がないのなら、この組織を俺にとって快適な『シェルター』に作り替える。そのための第一歩が、この町内会攻略だ)
アパートを一歩出れば、そこはアビスの支配下ではない。「表向き」の平和が保たれた、現代日本だ。
(アビスの第7支部は、周辺住民からは『得体の知れない産業廃棄物業者』か何かだと思われている。まずはその認識を『守ってやりたくなる善良な隣人』に書き換える必要がある)
俺が向かったのは、地域一帯を仕切る町内会長の家だ。門構えの立派な一軒家を前に、俺は秘書時代に嫌というほど磨いた「誠実そうで、少し頼りない若手」の笑みを張り付けた。
インターホンを押す直前、俺は喉元に貼り付けた極小のデバイス――ヘルメットから抜き取ったボイスチェンジャーのスイッチを入れる。これで地声を隠し、聞き取りやすい「営業スマイル」のような声を合成できる。
「……あら、どちら様?」
インターホン越しに出てきた町内会長の妻に、俺は九十度の角度で腰を折る。
「突然の訪問、失礼いたします! 二丁目のアパート……そう、『あびす工業』の管理会社の者です。本日は、長らく滞っておりました自治会費の納入と、ゴミ捨て場の件でお詫びに参りました」
玄関先に現れた町内会長に、俺はすぐさま「菓子折り」を差し出した。
「お詫び? ああ、あのアパートか。あそこは挨拶もなしに黒いタイツの連中が出入りしてて、正直、気味が悪かったんだよ」
(知っている。わざと気味悪く振る舞って住民を遠ざけるのはアビスの初歩的な隠蔽工作だ。だが、それは同時に不必要な通報のリスクを高める愚策でもある)
「本当に申し訳ございません! 実は、弊社の上層部が少々世間知らずでして……。あそこに住んでいるのは、特殊な……ええ、心療療法中の方々で、外部との接触を極端に恐れているのです。ですが、地域の一員としてお役に立ちたいという気持ちは本物でして。例えば、あそこの公園の不法投棄……あれ、今夜中に弊社で『ボランティア』として片付けさせていただきます」
「ほう、あのゴミをか? 市に言っても動いてくれなくて困ってたんだが」
俺はカバンから、一通の誓約書を取り出した。
「今後、自治会費は現場の私から『寄付金』という形で、直接、現金でお渡ししたいのですが。本部を通すと許可が下りないものでして……よろしいでしょうか?」
(これで『入り』と『出』のルートが確定した。住民から集める『自治会費』の一部を、ドラクマの目が届かない『第7支部の裏金』にスライドさせる)
その日の夜。俺は第7支部のやる気のない戦闘員三人を叩き起こした。
「イーッ! イイーッ!(……ええ? なんで俺たちがゴミ拾いなんてしなきゃいけねえんだよ)」
不満げに鳴く三人の前に、俺は再びスマホのメモ帳を無言で突きつけた。そこには凍りつくような文言が並んでいる。
『四の五の言わずにやれ。明日はカツ丼、さらに明後日はコンビニのホットスナック食べ放題だ。それとも……本部に「ここの奴らが脱獄端末で掲示板荒らしをしてる」って密告されたいか?』
「イーッ、イイィッ……!?(……や、やりゃあいいんだろッ!)」
俺の凄みに戦闘員たちが震え上がった。飴をぶら下げ、逃げ道を塞ぐ。これが人を動かす最短距離だ。
翌朝。公園は見違えるほど綺麗になり、町内会長は「あびす工業の若者はいい奴だ」と近所に触れ回った。俺の手元には、住民たちから「防犯協力費」として集まった、組織の帳簿に載らない数万円の現金が残った。
(ふん……ドブ板選挙に比べれば、町内会の人心掌握なんて赤子の手をひねるようなもんだ。さて、アルティナ様)
アパートへ戻ると、アルティナ様が不思議そうに窓の外を見ていた。
「クロウ……近所のおばあちゃんが、私に採れたてのトマトをくれたの。……アビスの幹部なのに、これ、食べていいのかしら?」
「イーッ!(もちろんです閣下ッ! それは敵地における『戦略的兵糧の現地調達』に成功した証ですッ!)」
俺はマヌケなスキップをしながら、トマトを受け取った。ドラクマの横領を暴く前に、まずはこの「ボロアパート」を、地域社会という名の強固な外壁で包む。
(さあ、次のステップだ。この軍資金を使って……この腐りきったインフラを、少しずつハックさせてもらうぞ)
0
あなたにおすすめの小説
転生先はご近所さん?
フロイライン
ファンタジー
大学受験に失敗し、カノジョにフラれた俺は、ある事故に巻き込まれて死んでしまうが…
そんな俺に同情した神様が俺を転生させ、やり直すチャンスをくれた。
でも、並行世界で人々を救うつもりだった俺が転生した先は、近所に住む新婚の伊藤さんだった。
【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。
木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。
しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。
そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。
【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
チート魔力を持ったせいで世界を束ねる管理者に目を付けられたが、巻き込まれたくないので金稼ぎします
桜桃-サクランボ-
ファンタジー
金さえあれば人生はどうにでもなる――そう信じている二十八歳の守銭奴、鏡谷知里。
交通事故で意識が朦朧とする中、目を覚ますと見知らぬ異世界で、目の前には見たことがないドラゴン。
そして、なぜか“チート魔力持ち”になっていた。
その莫大な魔力は、もともと自分が持っていた付与魔力に、封印されていた冒険者の魔力が重なってしまった結果らしい。
だが、それが不幸の始まりだった。
世界を恐怖で支配する集団――「世界を束ねる管理者」。
彼らに目をつけられてしまった知里は、巻き込まれたくないのに狙われる羽目になってしまう。
さらに、人を疑うことを知らない純粋すぎる二人と行動を共にすることになり、望んでもいないのに“冒険者”として動くことになってしまった。
金を稼ごうとすれば邪魔が入り、巻き込まれたくないのに事件に引きずられる。
面倒ごとから逃げたい守銭奴と、世界の頂点に立つ管理者。
本来交わらないはずの二つが、過去の冒険者の残した魔力によってぶつかり合う、異世界ファンタジー。
※小説家になろう・カクヨムでも更新中
※表紙:あニキさん
※ ※がタイトルにある話に挿絵アリ
※月、水、金、更新予定!
アポカリプスな時代はマイペースな俺に合っていたらしい
黒城白爵
ファンタジー
ーーある日、平穏な世界は終わった。
そうとしか表現できないほどに世界にモンスターという異物が溢れ返り、平穏かつ醜い世界は崩壊した。
そんな世界を自称凡人な男がマイペースに生きる、これはそんな話である。
クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる
アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。
でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。
でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。
その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。
そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる