戦闘員A(雑魚)、中身は伝説のフィクサー。~洗脳が効かなかったので、無能な幹部を裏から操り、窓際姫を悪の女帝にプロデュースします~

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第5話:自治会費という名の「戦費」調達

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(……さて、まずは軍資金の確保だ。ドラクマの目が届かない、完全に洗浄された『裏金』がな)

 俺――戦闘員No.1024は、アパートの裏手にある物置で、「スーツ姿の冴えない営業マン」への擬態を完了させていた。バッグの中には、ヘルメットとタイツが重く沈んでいる。

 鏡代わりの窓ガラスに映る自分を見る。そこには、どこにでもいる平凡な男がいた。このまま電車に乗って、どこか遠くへ逃げ出せばいい。普通の人間ならそう考えるだろう。だが、俺は歩道へ踏み出す直前、胸元を指で軽く叩いた。

(……心臓のすぐ隣に埋め込まれた『生体発信機兼・自爆チップ』。組織のサーバーから一定距離を離れるか、無理に剥がそうとすれば、即座に心停止だ。まさに究極の拘束《ブラック》契約だな)

 さらに、俺のスマートフォンも財布も、拉致された時点で消えた。地球側での俺――『黒田大和』は、おそらく死亡か行行方不明として戸籍すら抹消されているだろう。今さら警察に駆け込んだところで、この得体の知れない組織相手にどこまで通用するか。もし万が一、警察の上層部がアビスと繋がっていれば、その瞬間に俺はゴミ箱行きだ。

(……不確定な要素に命は預けられない。逃げる道がないのなら、この組織を俺にとって快適な『シェルター』に作り替える。そのための第一歩が、この町内会攻略だ)

 アパートを一歩出れば、そこはアビスの支配下ではない。「表向き」の平和が保たれた、現代日本だ。

(アビスの第7支部は、周辺住民からは『得体の知れない産業廃棄物業者』か何かだと思われている。まずはその認識を『守ってやりたくなる善良な隣人』に書き換える必要がある)

 俺が向かったのは、地域一帯を仕切る町内会長の家だ。門構えの立派な一軒家を前に、俺は秘書時代に嫌というほど磨いた「誠実そうで、少し頼りない若手」の笑みを張り付けた。

インターホンを押す直前、俺は喉元に貼り付けた極小のデバイス――ヘルメットから抜き取ったボイスチェンジャーのスイッチを入れる。これで地声を隠し、聞き取りやすい「営業スマイル」のような声を合成できる。

「……あら、どちら様?」

 インターホン越しに出てきた町内会長の妻に、俺は九十度の角度で腰を折る。

「突然の訪問、失礼いたします! 二丁目のアパート……そう、『あびす工業』の管理会社の者です。本日は、長らく滞っておりました自治会費の納入と、ゴミ捨て場の件でお詫びに参りました」

 玄関先に現れた町内会長に、俺はすぐさま「菓子折り」を差し出した。

「お詫び? ああ、あのアパートか。あそこは挨拶もなしに黒いタイツの連中が出入りしてて、正直、気味が悪かったんだよ」

(知っている。わざと気味悪く振る舞って住民を遠ざけるのはアビスの初歩的な隠蔽工作だ。だが、それは同時に不必要な通報のリスクを高める愚策でもある)

「本当に申し訳ございません! 実は、弊社の上層部が少々世間知らずでして……。あそこに住んでいるのは、特殊な……ええ、心療療法中の方々で、外部との接触を極端に恐れているのです。ですが、地域の一員としてお役に立ちたいという気持ちは本物でして。例えば、あそこの公園の不法投棄……あれ、今夜中に弊社で『ボランティア』として片付けさせていただきます」

「ほう、あのゴミをか? 市に言っても動いてくれなくて困ってたんだが」

 俺はカバンから、一通の誓約書を取り出した。

「今後、自治会費は現場の私から『寄付金』という形で、直接、現金でお渡ししたいのですが。本部を通すと許可が下りないものでして……よろしいでしょうか?」

(これで『入り』と『出』のルートが確定した。住民から集める『自治会費』の一部を、ドラクマの目が届かない『第7支部の裏金』にスライドさせる)

 その日の夜。俺は第7支部のやる気のない戦闘員三人を叩き起こした。

「イーッ! イイーッ!(……ええ? なんで俺たちがゴミ拾いなんてしなきゃいけねえんだよ)」

 不満げに鳴く三人の前に、俺は再びスマホのメモ帳を無言で突きつけた。そこには凍りつくような文言が並んでいる。

『四の五の言わずにやれ。明日はカツ丼、さらに明後日はコンビニのホットスナック食べ放題だ。それとも……本部に「ここの奴らが脱獄端末で掲示板荒らしをしてる」って密告されたいか?』

「イーッ、イイィッ……!?(……や、やりゃあいいんだろッ!)」

 俺の凄みに戦闘員たちが震え上がった。飴をぶら下げ、逃げ道を塞ぐ。これが人を動かす最短距離だ。

 翌朝。公園は見違えるほど綺麗になり、町内会長は「あびす工業の若者はいい奴だ」と近所に触れ回った。俺の手元には、住民たちから「防犯協力費」として集まった、組織の帳簿に載らない数万円の現金が残った。

(ふん……ドブ板選挙に比べれば、町内会の人心掌握なんて赤子の手をひねるようなもんだ。さて、アルティナ様)

 アパートへ戻ると、アルティナ様が不思議そうに窓の外を見ていた。

「クロウ……近所のおばあちゃんが、私に採れたてのトマトをくれたの。……アビスの幹部なのに、これ、食べていいのかしら?」

「イーッ!(もちろんです閣下ッ! それは敵地における『戦略的兵糧の現地調達』に成功した証ですッ!)」

 俺はマヌケなスキップをしながら、トマトを受け取った。ドラクマの横領を暴く前に、まずはこの「ボロアパート」を、地域社会という名の強固な外壁で包む。

(さあ、次のステップだ。この軍資金を使って……この腐りきったインフラを、少しずつハックさせてもらうぞ)
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