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第6話:アビス監査部、襲来
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「自治会費」という名の裏金《マネー》と、住民からの差し入れ。第7支部の冷蔵庫に野菜や卵が常備されるようになった頃、予想していた「不速の客」がやってきた。
アパートの前に止まったのは、漆黒の高級セダンだ。 車から降りてきたのは、アビス補給局・監査課の査察官、モルク。青白い肌に、冷酷さを絵に描いたような銀縁眼鏡の怪人だ。
「……第7支部、アルティナ支部長。本部のドラクマ補給局長より、緊急監査の命を受けました。最近、この支部の周辺で不審な物資の出入りがあるとの報告がありましてね」
モルクは潔癖症そうに鼻を鳴らし、ボロアパートの廊下を、まるで汚物を見るような目で見据えた。
「ヒッ……! か、監査!? そんな、悪いことなんて何も……ク、クロウ……助けて……!」
アルティナが文字通りガタガタと震え、俺の背中に隠れる 。彼女にとって、上層部からの監査は「死刑宣告」に近い恐怖なのだろう。
(……ドラクマの野郎、鼻が利きやがる。だが、ここまでは織り込み済みだ。本部が地球の慈善財団を資金源にしている以上、あちら側にも『アビス』を利用している黒幕がいるはずだ。永田町の力学で考えれば、これは侵略というより、利権の調整に近い……)
(……だとしたら、つけ入る隙はある。この監査官、おそらくドラクマの個人的な『集金人』だな。汚職の匂いは万国共通、いや世界共通だ。永田町で見てきた『監査』の裏側を、この怪人相手に再現してやるまでだ)
俺は「イーッ!」と情けない声を上げながら、わざとらしく震えてモルクの前に躍り出た。
「イーッ! イイィィッ! イーッ!(査察官閣下ッ! お待ちしておりましたッ! さあ、どうぞこちらへ!)」
「ふん、媚びるな。貴様らのようなゴミ溜めの住人と馴れ合うつもりはない。……おい、なんだこの部屋は」
モルクが案内された応接室(という名のボロ和室)を見て絶句した。そこには、俺が近所の住民から回収し、磨き上げた革張りのソファと、安物だが香りの強いコーヒーが用意されていた。
「イーッ! イイッ!(閣下、長旅の疲れを癒していただきたく、茶菓子をご用意いたしました。どうぞこちらへ!)」
モルクが訝しげに座る。俺はその隙を見逃さず、彼の足元に、住民から集めた現金を洗浄して作った厚みのある封筒を音もなく滑り込ませた。
(まずは『共有』だ。こいつを敵ではなく、同じ泥を啜る『共犯者』に仕立て上げる。それが秘書の仕事だ)
俺は周囲にアルティナや他の戦闘員がいないことを確認し、ボイスチェンジャーを切った。そして、永田町の裏路地で大物議員に囁く時と同じ、極めて低く、冷徹な地声で切り出した。
「(……査察官閣下)」
「なっ……!?」
モルクが弾かれたように立ち上がり、俺を凝視した。銀縁眼鏡の奥の瞳が、これ以上ないほど見開かれている。
「貴様……今、なにを……!? 加工音ではない、生身の声を出しおったのか……!? 戦闘員の喉に施された制限はどうした!」
「(いかがいたしましたか? 言葉くらい、必要とあらばいくらでも紡ぎますよ。私は、あなたの味方ですから)」
「な、何者だ貴様……! 再洗脳の失敗か? それとも地球の潜入者か!? 答えろ!」
モルクの手が震えながら、懐の武器へ伸びる。俺は動じず、ゆっくりと足元の封筒を指し示した。
「(武器を抜く前に、その足元をご覧ください。……査察官閣下。ドラクマ補給局長のもとで、月給わずかな報酬でこき使われるのは、さぞかし不本意でしょう。あなたが地球側のダミー会社を使って密かに作られた『裏のプール金』……その存在を誰よりも早く察知し、こうしてあなたの『予備の財布』を温めるために動く、最も優秀な協力者の声が聞こえませんか?)」
モルクの動きが、凍りついたように止まった。喋れることへの驚愕が、秘密を握られていることへの戦慄へと塗り替えられていく。
「……貴様……正気か? 局長に伝えれば、貴様など即座に分子レベルで分解だぞ」
「(おや、伝えればあなたの取り分も消えますよ? 局長はあなたの『横抜き』を快く思わないでしょう。……ですが、ここにある封筒は、局長の目には絶対に入らない『現場のロス』として処理されています。……受け取れば、我々は共犯者。報告すれば、あなたは金の卵を産む鶏を殺すことになる。……どちらが賢明か、監査のプロであるあなたなら、即答できるはずだ)」
俺は仮面越しに、モルクの動揺を真っ向から見据えた。
モルクはゆっくりと座り直し、乱れた襟元を整えた。そして、床に落ちていた封筒を拾い上げると、吸い込まれるような手際でジャケットの内ポケットへ隠した。
「……ふん。どうやら報告にあった『不審な物資』とやらは、私の見間違いだったようだ。これは高度な諜報活動の成果であると、私から局長に伝えておこう。……。おい、1024番」
「イーッ!」
俺は即座にボイスチェンジャーを入れ、マヌケな戦闘員のポーズに戻った。
「貴様、なかなか話がわかる戦闘員だな。……また抜き打ちで『監査』に来る。その時も、良い報告を期待しているぞ」
モルクは、今度は何か恐ろしいものを見るような目を一瞬だけ俺に向け、足早にセダンへと乗り込んだ。
(……一匹、釣れた。本部の犬に餌をやって飼い慣らす。これでドラクマへのパイプができただけでなく、本部の動向を事前に察知できる『警報装置』を手に入れたわけだ)
部屋に戻ると、アルティナが不安そうに俺を見つめていた。
「クロウ……大丈夫だったの? 査察官、なんだか怖そうな人だったけれど……」
「イーッ! イイッ!(ご安心ください閣下。ただの、コーヒーの味にうるさい紳士でございました)」
(ヒーローが表舞台で戦っている間に、俺はこの世界の『裏の帳簿』を書き換えてやる。侵略だの正義だの、そんな抽象的な言葉で動く奴らに、この世界の本当の回し方を教えてやるよ)
アパートの前に止まったのは、漆黒の高級セダンだ。 車から降りてきたのは、アビス補給局・監査課の査察官、モルク。青白い肌に、冷酷さを絵に描いたような銀縁眼鏡の怪人だ。
「……第7支部、アルティナ支部長。本部のドラクマ補給局長より、緊急監査の命を受けました。最近、この支部の周辺で不審な物資の出入りがあるとの報告がありましてね」
モルクは潔癖症そうに鼻を鳴らし、ボロアパートの廊下を、まるで汚物を見るような目で見据えた。
「ヒッ……! か、監査!? そんな、悪いことなんて何も……ク、クロウ……助けて……!」
アルティナが文字通りガタガタと震え、俺の背中に隠れる 。彼女にとって、上層部からの監査は「死刑宣告」に近い恐怖なのだろう。
(……ドラクマの野郎、鼻が利きやがる。だが、ここまでは織り込み済みだ。本部が地球の慈善財団を資金源にしている以上、あちら側にも『アビス』を利用している黒幕がいるはずだ。永田町の力学で考えれば、これは侵略というより、利権の調整に近い……)
(……だとしたら、つけ入る隙はある。この監査官、おそらくドラクマの個人的な『集金人』だな。汚職の匂いは万国共通、いや世界共通だ。永田町で見てきた『監査』の裏側を、この怪人相手に再現してやるまでだ)
俺は「イーッ!」と情けない声を上げながら、わざとらしく震えてモルクの前に躍り出た。
「イーッ! イイィィッ! イーッ!(査察官閣下ッ! お待ちしておりましたッ! さあ、どうぞこちらへ!)」
「ふん、媚びるな。貴様らのようなゴミ溜めの住人と馴れ合うつもりはない。……おい、なんだこの部屋は」
モルクが案内された応接室(という名のボロ和室)を見て絶句した。そこには、俺が近所の住民から回収し、磨き上げた革張りのソファと、安物だが香りの強いコーヒーが用意されていた。
「イーッ! イイッ!(閣下、長旅の疲れを癒していただきたく、茶菓子をご用意いたしました。どうぞこちらへ!)」
モルクが訝しげに座る。俺はその隙を見逃さず、彼の足元に、住民から集めた現金を洗浄して作った厚みのある封筒を音もなく滑り込ませた。
(まずは『共有』だ。こいつを敵ではなく、同じ泥を啜る『共犯者』に仕立て上げる。それが秘書の仕事だ)
俺は周囲にアルティナや他の戦闘員がいないことを確認し、ボイスチェンジャーを切った。そして、永田町の裏路地で大物議員に囁く時と同じ、極めて低く、冷徹な地声で切り出した。
「(……査察官閣下)」
「なっ……!?」
モルクが弾かれたように立ち上がり、俺を凝視した。銀縁眼鏡の奥の瞳が、これ以上ないほど見開かれている。
「貴様……今、なにを……!? 加工音ではない、生身の声を出しおったのか……!? 戦闘員の喉に施された制限はどうした!」
「(いかがいたしましたか? 言葉くらい、必要とあらばいくらでも紡ぎますよ。私は、あなたの味方ですから)」
「な、何者だ貴様……! 再洗脳の失敗か? それとも地球の潜入者か!? 答えろ!」
モルクの手が震えながら、懐の武器へ伸びる。俺は動じず、ゆっくりと足元の封筒を指し示した。
「(武器を抜く前に、その足元をご覧ください。……査察官閣下。ドラクマ補給局長のもとで、月給わずかな報酬でこき使われるのは、さぞかし不本意でしょう。あなたが地球側のダミー会社を使って密かに作られた『裏のプール金』……その存在を誰よりも早く察知し、こうしてあなたの『予備の財布』を温めるために動く、最も優秀な協力者の声が聞こえませんか?)」
モルクの動きが、凍りついたように止まった。喋れることへの驚愕が、秘密を握られていることへの戦慄へと塗り替えられていく。
「……貴様……正気か? 局長に伝えれば、貴様など即座に分子レベルで分解だぞ」
「(おや、伝えればあなたの取り分も消えますよ? 局長はあなたの『横抜き』を快く思わないでしょう。……ですが、ここにある封筒は、局長の目には絶対に入らない『現場のロス』として処理されています。……受け取れば、我々は共犯者。報告すれば、あなたは金の卵を産む鶏を殺すことになる。……どちらが賢明か、監査のプロであるあなたなら、即答できるはずだ)」
俺は仮面越しに、モルクの動揺を真っ向から見据えた。
モルクはゆっくりと座り直し、乱れた襟元を整えた。そして、床に落ちていた封筒を拾い上げると、吸い込まれるような手際でジャケットの内ポケットへ隠した。
「……ふん。どうやら報告にあった『不審な物資』とやらは、私の見間違いだったようだ。これは高度な諜報活動の成果であると、私から局長に伝えておこう。……。おい、1024番」
「イーッ!」
俺は即座にボイスチェンジャーを入れ、マヌケな戦闘員のポーズに戻った。
「貴様、なかなか話がわかる戦闘員だな。……また抜き打ちで『監査』に来る。その時も、良い報告を期待しているぞ」
モルクは、今度は何か恐ろしいものを見るような目を一瞬だけ俺に向け、足早にセダンへと乗り込んだ。
(……一匹、釣れた。本部の犬に餌をやって飼い慣らす。これでドラクマへのパイプができただけでなく、本部の動向を事前に察知できる『警報装置』を手に入れたわけだ)
部屋に戻ると、アルティナが不安そうに俺を見つめていた。
「クロウ……大丈夫だったの? 査察官、なんだか怖そうな人だったけれど……」
「イーッ! イイッ!(ご安心ください閣下。ただの、コーヒーの味にうるさい紳士でございました)」
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