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第2話 チルドレン
2 川
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――こうなるならこうなると最初からはっきり言っていけ。
心の中ではそう罵りつつ、鬼頭は真顔で言った。
「反省する。だから、さっさと助けてくれ」
雅美は眉をひそめたが、
「あんた、確か煙草吸ってたな。ライターくらい持ってるだろう。つけてみろ」
「火?」
このくそ熱いのにさらに火なんてと鬼頭は思ったが、子供たちに腕を引っ張られながらも、とにかくコートのポケットからようようライターを取り出し、火をつけた。
その小さな炎を目にしたとたん、子供たちはぱっと鬼頭から手を離した。怯えきった様子で互いに身を寄せあい、震え出す。その隙に、鬼頭はようやく子供たちから逃れることができた。
「何だ? どうして……」
それでも、鬼頭はライターの火は消さなかった。
「こいつらは火事で死んだからだ」
そっけなく雅美。
「今でも成仏できなくて、ここらへんに居ついている。そして、夜ここを通る人間に、今みたいにまとわりついて、時々ひどい火傷を負わせたりするんだ。もともと、夜にここを通る人間は少ないから、このことを知る人間もごくわずかだが」
「……何とかしてやれないのか?」
そういう話を聞いてしまうと、今度はこの子供たちの幽霊がかわいそうになる。鬼頭はライターを消してポケットにしまい、彼らのせいでもう少しで火傷するところだったのも忘れて、真剣にそう訊ねた。
「今までに供養は何度もされているはずだ。しかし、なぜか成仏しない。何か心残りでもあるのかもしれんな」
ライターを消しても、子供たちは道端にうずくまったまま動こうとしない。目もろくに開けられないケロイドだらけの顔で、ちらちらと鬼頭たちのほうを見る。
確かに火事で死んだとあっては、たとえライターの火といえども、彼らを脅かすには充分な代物だっただろう。雅美の指示はまったくもって的確だったわけだ。
だが、鬼頭は雅美の助けを求めた自分に、少なからず罪悪感を覚えた。あのときはああするしかないと思ったが、それなら力ずくで彼らを振り払ったほうがまだましだったかもしれない。たとえ自分の身を守るためであっても、鬼頭は基本的に相手の弱みにつけこむような真似は嫌いだった。しかも、今回の相手はまだ幼い子供たちなのだ。
「おいで」
鬼頭はしゃがんで、子供たちに手をさしのべた。
子供たちはいっせいにびくっとした。火傷させられかけた腹いせに、何かされるとでも思ったのかもしれない。
「もう火をつけたりしないから、こっちにおいで。一緒に遊ぼう」
「下手な仏心など出さないほうが、あんたはもちろん、あいつらのためだぞ」
そんな鬼頭を蔑むように、雅美は彼を見下ろした。
「だからってほっとけっていうのか? あんな火傷だらけの子供を?」
少しむきになって鬼頭は言い返す。雅美は答えず、鬼頭から顔をそらせた。
どうやら自分たちに危害を加えるつもりはないらしいと見たか、子供たちは互いの顔を見合わせてからゆっくりと立ち上がり、おずおずと鬼頭に近づいてきた。
改めて見ると、皆まるで被爆者のような無残な格好をしていた。その姿に嫌悪を感じないわけでもなかったが、憐憫がそれを上回った。
「よーし、いい子だ」
まだ警戒を解ききっていない子供たちの焦げて縮れた髪を、鬼頭は一人一人撫でた。
熱い。まるで炎を撫でているかのようだ。しかし、鬼頭はそれを表情には出さなかった。
「じゃあ、何して遊ぼうか? さっきの続き?」
笑顔でそう言う鬼頭に、子供たちは怪訝そうなそぶりを見せた。
「おじちゃん、僕たちのこと怖くないの?」
一人の子供が代表する形でそう訊ねてくる。
「正直言って、ちょっと怖いよ」
これでもまだ二十七なんだけどなという思いと共に、鬼頭は苦笑して答えた。
「でも、君らよりもっと怖いものをたくさん知ってるからね。それに比べれば怖くないよ」
子供たちはまた顔を見合わせたが、やがて意を決した様子で鬼頭を見上げた。
「おじちゃん」
「うん?」
「お願いがあるの」
「どんな?」
「あの川の中にね――」
と、子供たちは脇を流れる小さな川を指さした。
「大事なもの、落としちゃったの。おじちゃん、拾ってきてくれる?」
「川?」
言われて立ち上がり、桜の木の間から川を覗いてみると、水かさは少なそうだったが黒く濁っていて、岸際にはゴミがいくつか固まって浮いていた。
「えーと」
いざとなると二の足を踏んでしまう鬼頭だった。
「自分で拾ってこい」
今まで黙っていた雅美が、突然口を挟んできた。だが、逆に鬼頭は俄然行く気になった。
「わかったよ。拾ってくる。で、その大事なものって何?」
子供たちは再び顔を見合わせたが、今度はその焼けただれた顔に意味ありげな含み笑いを浮かばせた。
「行けばわかるよ。行けば……ね」
「……そう」
それ以上は訊かず、鬼頭はにっこり笑うと、川へ下りる階段を探しはじめた。
心の中ではそう罵りつつ、鬼頭は真顔で言った。
「反省する。だから、さっさと助けてくれ」
雅美は眉をひそめたが、
「あんた、確か煙草吸ってたな。ライターくらい持ってるだろう。つけてみろ」
「火?」
このくそ熱いのにさらに火なんてと鬼頭は思ったが、子供たちに腕を引っ張られながらも、とにかくコートのポケットからようようライターを取り出し、火をつけた。
その小さな炎を目にしたとたん、子供たちはぱっと鬼頭から手を離した。怯えきった様子で互いに身を寄せあい、震え出す。その隙に、鬼頭はようやく子供たちから逃れることができた。
「何だ? どうして……」
それでも、鬼頭はライターの火は消さなかった。
「こいつらは火事で死んだからだ」
そっけなく雅美。
「今でも成仏できなくて、ここらへんに居ついている。そして、夜ここを通る人間に、今みたいにまとわりついて、時々ひどい火傷を負わせたりするんだ。もともと、夜にここを通る人間は少ないから、このことを知る人間もごくわずかだが」
「……何とかしてやれないのか?」
そういう話を聞いてしまうと、今度はこの子供たちの幽霊がかわいそうになる。鬼頭はライターを消してポケットにしまい、彼らのせいでもう少しで火傷するところだったのも忘れて、真剣にそう訊ねた。
「今までに供養は何度もされているはずだ。しかし、なぜか成仏しない。何か心残りでもあるのかもしれんな」
ライターを消しても、子供たちは道端にうずくまったまま動こうとしない。目もろくに開けられないケロイドだらけの顔で、ちらちらと鬼頭たちのほうを見る。
確かに火事で死んだとあっては、たとえライターの火といえども、彼らを脅かすには充分な代物だっただろう。雅美の指示はまったくもって的確だったわけだ。
だが、鬼頭は雅美の助けを求めた自分に、少なからず罪悪感を覚えた。あのときはああするしかないと思ったが、それなら力ずくで彼らを振り払ったほうがまだましだったかもしれない。たとえ自分の身を守るためであっても、鬼頭は基本的に相手の弱みにつけこむような真似は嫌いだった。しかも、今回の相手はまだ幼い子供たちなのだ。
「おいで」
鬼頭はしゃがんで、子供たちに手をさしのべた。
子供たちはいっせいにびくっとした。火傷させられかけた腹いせに、何かされるとでも思ったのかもしれない。
「もう火をつけたりしないから、こっちにおいで。一緒に遊ぼう」
「下手な仏心など出さないほうが、あんたはもちろん、あいつらのためだぞ」
そんな鬼頭を蔑むように、雅美は彼を見下ろした。
「だからってほっとけっていうのか? あんな火傷だらけの子供を?」
少しむきになって鬼頭は言い返す。雅美は答えず、鬼頭から顔をそらせた。
どうやら自分たちに危害を加えるつもりはないらしいと見たか、子供たちは互いの顔を見合わせてからゆっくりと立ち上がり、おずおずと鬼頭に近づいてきた。
改めて見ると、皆まるで被爆者のような無残な格好をしていた。その姿に嫌悪を感じないわけでもなかったが、憐憫がそれを上回った。
「よーし、いい子だ」
まだ警戒を解ききっていない子供たちの焦げて縮れた髪を、鬼頭は一人一人撫でた。
熱い。まるで炎を撫でているかのようだ。しかし、鬼頭はそれを表情には出さなかった。
「じゃあ、何して遊ぼうか? さっきの続き?」
笑顔でそう言う鬼頭に、子供たちは怪訝そうなそぶりを見せた。
「おじちゃん、僕たちのこと怖くないの?」
一人の子供が代表する形でそう訊ねてくる。
「正直言って、ちょっと怖いよ」
これでもまだ二十七なんだけどなという思いと共に、鬼頭は苦笑して答えた。
「でも、君らよりもっと怖いものをたくさん知ってるからね。それに比べれば怖くないよ」
子供たちはまた顔を見合わせたが、やがて意を決した様子で鬼頭を見上げた。
「おじちゃん」
「うん?」
「お願いがあるの」
「どんな?」
「あの川の中にね――」
と、子供たちは脇を流れる小さな川を指さした。
「大事なもの、落としちゃったの。おじちゃん、拾ってきてくれる?」
「川?」
言われて立ち上がり、桜の木の間から川を覗いてみると、水かさは少なそうだったが黒く濁っていて、岸際にはゴミがいくつか固まって浮いていた。
「えーと」
いざとなると二の足を踏んでしまう鬼頭だった。
「自分で拾ってこい」
今まで黙っていた雅美が、突然口を挟んできた。だが、逆に鬼頭は俄然行く気になった。
「わかったよ。拾ってくる。で、その大事なものって何?」
子供たちは再び顔を見合わせたが、今度はその焼けただれた顔に意味ありげな含み笑いを浮かばせた。
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それ以上は訊かず、鬼頭はにっこり笑うと、川へ下りる階段を探しはじめた。
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