MIDNIGHT

邦幸恵紀

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第5話 パーティ

3 それはいい考えだ

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「羽鳥さん。ちょっと訊くけど、こいつってそんなに有名なわけ?」
「令子でいいわよ。一部で有名なのよ。しいて言うなら……霊能関係」
「ああ!」

 鬼頭は深く納得した。納得したが、すぐに雅美に言った。

「おまえ、俺以外にも人助けしてたんだな」
「通行の邪魔になるからやっただけだ」

 すげなく答えた雅美のその表情は、照れ隠しでも何でもなく、本気でそう考えているように鬼頭には見えた。おそらくは令子にも。

「まあ、間接的にでも、あなたに助けられた人がわりといて、いろんなところにいろんな形で情報を拡散してるわけ」

 気を取り直したように、令子はまたにやりとする。

「私はそれに興味を持って調べはじめたの。わりと簡単だったわよ。何しろ目立つから」
「俺には無駄で無意味な調査としか思えないが」
「あなた、本当に何なの?」

 雅美の嫌味を無視して、令子は正面から彼を見すえた。

「霊能力者? 超能力者? それとも――人外? それくらいは私たちにも知る権利はあるわよね?」
「ないない。そんな権利なぞない」

 うんざりしたように雅美は眉をひそめる。

「ただ、これだけは言える。俺に余計な手出しをしないかぎり、俺も人間には手を出さん」

 一瞬、令子の表情が凍りついた。
 『人間には手を出さん』。それは人間ではないことを、自ら認めたことにならないか。

「鬼頭さーん。あなたからも何か言ってよ」

 にっちもさっちもいかなくなった令子は、今度は鬼頭に泣きついてきた。

「言うったって……本人が嫌がってんだし、無理に訊く必要はないんじゃないかな」
「あー、やっぱりあなた、この子の恋人なのね!」

 人目もはばからず、鬼頭に人差指を突きつけて叫ぶ。

「本当は深ーい仲なんでしょ? だからこの子に味方するのね!」
「君……酔ってんじゃないか?」

 鬼頭は引きつった笑みを浮かべた。令子以外の人間の目にも、自分と雅美はそういうふうに見えているのだろうか。だとしたら――怖すぎる。

「酔ってなんかないわよ。仕事中だもの」

 鬼頭の心中を知ってか知らずか、令子はいよいよ絡むそぶりである。

「どうやって潜りこんだものやら」

 一方、雅美はどこまでも他人事だ。

「おまえなあ、自分のことなんだから、何とかうまく説明して……」

 そう言いかけて、鬼頭はふと、ある異常に気がついた。

「みんな……いつのまに帰ったんだ?」

 あれほどいた人々が数人しかいない。
 鬼頭は思わず椅子から立ち上がった。

「知らないわよ!」

 鬼頭の視線の先を追った令子は、動揺したのか、切れ気味に答える。

「でも、そんなはずないわ。ついさっきまで、確かにいたんだから」
「霧河……」
「何で俺のせいになるんだ?」

 そこまでは言っていなかったが、鬼頭はすぐに雅美から目をそらせた。

「おまえのせいじゃないとすると、いったい……」

 途方に暮れる鬼頭たちのもとへ、残った人々が駆け寄ってきた。
 人数は五人。男が三人、女が二人。いずれを見ても、鬼頭の知らない人間ばかりだった。

「これはいったいどうしたわけですか!?」

 鬼頭の顔を見るなり、銀縁の眼鏡をかけた痩せぎすの男が怒鳴りつけてきた。まるで鬼頭のせいだとでも言わんばかりである。

「さあ……僕らも今、それで悩んでいたところです」

 しかし、鬼頭はあえて穏やかな笑顔で対応した。これまでの経験上、喧嘩腰に喧嘩腰で応じていては、ろくなことにならない。

「気づいたら、こういう状況になっていましたので。あなた方はどうです? 僕たちより中心にいたでしょう?」
「そうなのよ!」

 銀縁眼鏡男を押しのけて、中年女が言いつのる。小柄で小太りな体と細かいパーマが、小型の愛玩犬を連想させた。

「ふと気づいたら、いなくなっていたのよ! ねえ、皆さん、どうお考えになられます?」
「そういうときにはいい方法がありますよ」

 これは鬼頭に匹敵するような、長身の若い男だった。軽くウェーブのかかった髪が、秀麗な顔を半ば隠している。まるでモデルか美容師のような雰囲気を持った男だった。

「さっさと家に帰って、今夜のことはきれいさっぱり忘れてしまうんです。どうせそろそろお開きになるところだったんでしょう?」
「それはいい考えだ」

 鬼頭は感心してうなずいた。その他の人々は眉をひそめている。

「そのうちあんたが言い出しそうなことだったな」

 鬼頭の陰で雅美がぼそりと言った。

「でも、他にこれといった解決策も打開策もないだろ? どうせこれはまた例の怪奇現象ってやつだ。幸い、今回は巻きこまれずに済んだんだ。俺は帰るぞ。誰が何と言っても帰るぞ」
「あの……」

 か細い女の声だった。その声の主に人々の視線が集中する。

「あの……消えた人たちはどこに行ったんでしょう……? 私の夫も、その中にいるんです……」

 栗色の髪を肩口まで伸ばした、ほっそりとした女だった。まだ充分若く、顔立ちも整っている。だが、まるで病人か幽霊のように生気がない。

「私の妻もそうです」

 女をかばうように、がっしりとした体つきの中年男が前に出てきた。色黒で、髪に白いものがいくらか交じりはじめている。

「幸い、これだけの人間が残ったんだ。どうか一緒に捜していただけませんか?」

 沈黙が落ちた。
 鬼頭は自分がとんでもない人でなしのように思えてきて、立ち去るに去れなかった。
 しかし、捜すと言っても、どこをどう捜せばいいのだ?
 百人あまりの人々は、文字どおり、突然消えたのだ。

「霧河、何とかならないか?」

 困ったときの雅美頼みである。

「やはり、帰ったほうが利口だと思うが」
「霧河……」
「……、俺に頼んでいるのか?」
「へ? まあ、そうだな」
「十中八九、人間外の生き物の仕業だな」

 鬼頭は狐につままれたような気分になった。
 雅美の回答に対してではない。その前の、雅美の確認の意味がわからなかったのだ。何か、自分からの頼みでないと答えられない理由でもあるのだろうか。

「失礼ですが……あなたは宗教関係の方で?」

 妻が消えた男が、おそるおそる雅美に訊ねる。
 雅美は面倒くさそうに男を一瞥した。

「この際、そんなことはどうでもよかろう。問題は奴らがどこへ行ったかということだ。ところで、このホールの外には人はいなかったのか?」
「あ、そうか!」

 令子が両手を打ち鳴らしながら叫ぶ。

「まだ私たちの他にも人がいるかもしれないわよね。でも、それだけじゃ問題解決にはならないわよ?」
「警察は?」

 これは鬼頭が言った。

「何て説明するの? 気がついたらみんないなくなってましたって? 頭おかしいと思われるか、反対にとっつかまるわよ。何度か経験あるから言うんだけど」
「じゃあ、どうするんだよ?」

 令子はにやっと笑って人差指を立てた。

「霧河少年がいるじゃない! 人間外の生き物の仕業なら、霧河少年の専門でしょ? だったら彼にまかせて……あれ、いない?」

 言われて隣を見ると、確かにそこに雅美はおらず、いつのまにかホールの出入口の前に移動していた。

「霧河?」

 帰るのか、だったら抜け駆けだぞと鬼頭は思った。
 そんな心の声が聞こえたわけではあるまいが、雅美はドアのノブに手をかけたまま、鬼頭に顔を巡らせた。

「とりあえず、屋敷の中を見てみる。あんたたちは好きにしろ。俺としては、やはりこのまま帰ったほうがいいと思うがな」

 そう言って、ホールから廊下へ出ていこうとした。

「霧河」

 呼び止めるつもりはなかった。だが、それを待っていたかのように雅美は足を止めた。

「何だ?」

 改めて問われると、言いたいことは何もなかった。それを見てとったのか、雅美のほうが口を開く。

「鬼頭さん。……俺の名前は〝雅美〟だ」
「は?」

 鬼頭が呆然としている間に、雅美はホールから出ていってしまった。

「何考えてんのかしらね、あの美少年は」

 そう言いつつも、なぜか令子はにやにやしている。

「さあね。俺も何考えてるんだか知りたいもんだよ」

 苦笑まじりにそう返したが、あえて知りたくないような気もすごくする。

「で、我々はどうするね?」

 銀縁眼鏡男が、高圧的な態度で一同を見渡した。

「私はあの人と同じように、家の中を見てみます」

 妻が消えた男が、間髪を入れず答えた。

「あ、じゃあ、私も一緒に」

 夫が消えた女が、それに乗じる。

「じゃあ、いっそのこと、みんなで見て回ったほうが早いんじゃない?」

 そう提案したのは令子だった。

「これだけ人数がいるんだし、組分けして、手分けして。それで何も見つからなかったら、あきらめて帰りましょ。ね?」

 それはいい考えだとでもいうように、連れあいが消えた二人以外はうなずきあった。何と言っても、何も見つからなかったらあきらめて帰るというのがいい。

「じゃあ、どうやって組分けする?」

 令子に鬼頭は訊ねた。こういう仕切り屋タイプの女は結構好きだ。自分が楽だから。

「私たちは一緒に捜します」

 連れあいが消えた二人は、申しあわせたようにそう言った。

「自分たちのことですし、このまま帰る気にもなれませんから……」
「んじゃあ、残り五人ね。そうね……」

 令子が言葉を切ったとき、突然、あの若い男が口を出した。

「二人と三人に分かれて、一方は一階、もう一方は二階を捜したら?」
「あ、それいいわね。じゃあ、どうやってその組分けする?」
「そういうときには公正にして平等、恨みっこなしのいい組分け方法があるじゃないですか」
「何?」
「グーとパー」

 重苦しい、白けた空気が流れた。

「まあ、それは言える」

 その中で、鬼頭がまず気を持ち直した。

「じゃ、それやりましょう。えーと、皆さん、やり方わかります?」
「何だね? それは?」

 銀縁眼鏡男が大仰に顔をしかめる。それに対して愛玩犬女が真顔で答えた。

「あー、私は知ってるわよ。最初にグー出して、次にグーかパー出して、同じもの同士が組を作って……」
「というルールです。……いいですか?」
「私は情けない!」

 沈痛な表情で銀縁眼鏡男は額に手をやった。それはあの若い男を除いた全員の心情でもあったが、誰も口には出さなかった。

「どうせここだけ、この一回だけですよ。いきますよ、せーの」

 結局、それは一分ほど続いた。
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