19 / 48
第5話 パーティ
5 ほっとけばよかったな(※残酷描写あり)
しおりを挟む
「もう、女一人残してどこ行っちゃったのよ!」
鬼頭と別れたところに引き返しながら、令子は憤然として叫んだ。
一緒に来ているとばかり思っていた鬼頭が、途中でふと振り返ってみればいないのである。無論、鬼頭には二階から悲鳴が聞こえたように思えたことなど、彼女は夢にも知らない。
一人で歩いてみると、この屋敷は相当に不気味だった。おまけに、このシチュエーションときたら……
「あらぁ、羽鳥さんじゃありません?」
突然、前方の暗がりから、脳天から抜けるような声が上がった。反射的に令子は身をすくませたが、その特徴のありすぎる声が美津子のものだとわかり、ほっと胸を撫で下ろす。
「お一人? 鬼頭さんはどうなさったの?」
ほどなく、美津子が令子の前に現れて、怪訝そうに周りを見た。
「はぐれちゃったみたい。松井さんこそ、あとの二人はどうしたの?」
「わしはここにおるよ」
令子はきゃっと叫んで飛びのいた。
林の声は令子のすぐ後ろからした。しかし、たった今までそこに人の気配はなかった。
「もう、林さん! おどかさないで! ……奥村さんは?」
「しくじりおった」
苦々しく林は呟いた。
「すぐにものにしてみせるからと豪語しておったが……まんまとやられおったわ。こんなことならわしが……」
「あら、私もやりたかったわ」
美津子はとろんとした目で林を見やり、厚い唇を赤い舌でぺろりと舐める。
「あなたたち……いったい……」
いつのまにか、令子の足は後ずさりしはじめていた。
「どっちが食う?」
林が言った。
「私は遠慮するわ」
厚化粧の顔に、美津子は淫らな笑みを浮かべる。
「ハンサムな男のほうが〝おいしい〟から」
「化け物……だったのね」
令子は気丈だった。
「奥村さんも……そうだったんでしょ?」
「そうだ」
悠然と林は笑った。〝化け物〟であることに誇りを持っているらしかった。
「奴はあれでも吸血鬼――名門貴族の末裔であった。だが、しょせんは若輩者。あんな小僧一人にしてやられるとは。我らの恥よ」
「じゃあ……あんたたちも吸血鬼?」
「いいや」
林は糸のように細い目をかっと見開いた。
「食人鬼だ!」
口が一気に耳まで裂け、鋭い牙が剥き出しになった。背中を醜く曲げると、長く伸びた爪で令子に襲いかかる。だが、その爪が令子の胸を引き裂く寸前、林は動きを止めた。獣に近い顔が驚愕に歪む。
「笑止だな」
冷ややかな、抑揚の少ない声が闇に流れた。
「人の宴に妖魔が紛れこむとは」
「霧河くん!」
令子は歓喜の叫びを上げた。
はたして、ひときわ暗い闇の中から現れたのは、雅美その人だった。
「き、貴様……わしに何をした!?」
林は血走った目で雅美を睨んだ。体のほうは相変わらず動かない。その隙に令子は急いで雅美の陰に隠れた。
「食人鬼だそうだな。……あの二人をどうした?」
「知らん!」
叫んだと同時に林は体を二つに折り曲げ、いよいよ激しく苦しみ出した。
「どうした?」
そう問う雅美の声音は、不気味なほど優しい。
「食らったよ!」
林は絶叫した。
「そこの女と二人とも食った! わしは女を、あれは男を!」
「ほう。――そうか」
林が文字化不可能な苦鳴を上げた。腹を押さえ、とうとうこらえきれずに床に嘔吐する。
「見ないほうがいいぞ」
無愛想な声で雅美は令子に忠告した。それでも、彼が鬼頭以外にこんなことを言うのは極めて珍しい。
「大丈夫よ。私だってこう見えても……」
そこで令子は表情を変えた。
それは、薄暗闇の中で黒く見えた。林の口からとめどなくあふれながら、蠢いていた。
令子は声にならない悲鳴を上げて、雅美にしがみついた。
それは、林の腸だったのである。
「どんな気分だ? 生きながら自分の内臓が引き出されるのは?」
目を細め、雅美は冷笑する。
「おまえもそうやって人間を食らってきたのだろう? せめて最期はその身で人間の痛みを味わってもよかろう」
「あぐまめ!!」
血だまりと臓物の中で、林は化け物らしからぬ言葉を雅美に放った。
酸鼻きわまる光景だった。目をそむけても、内臓が落ちるたび跳ね上がる血の音が耳に届き、濃厚な血の臭いが鼻をつくのだった。
「霧河くん! やめて! もうやめて!」
吐き気をこらえて令子は叫んだ。
「どうして? 殺されかかったんだぞ?」
雅美はいかにも不服そうだ。
「だからって、何もここまでしなくてもいいでしょう!?」
「ふん。ほっとけばよかったな」
その一言で、令子はいよいよ青ざめた。
冗談ではなく、雅美は本気でそう思っている。
「女が逃げたな」
続けて雅美は言った。美津子のことだろう。彼女の姿はいつのまにか消え失せていた。
「あ、そういえば……あなた、鬼頭さんに会わなかった? 私、途中ではぐれちゃったの」
「さっき二階で会った」
ぼそりと雅美が答える。
「女の悲鳴がどうとか言っていたが……たぶん、それはあんたたちをバラバラにするための罠……」
言いかけて、雅美ははじかれたように顔を上げた。しまったと言わんばかりに眉をひそめる。
一方、林はついに肺まで引き出されていた。
「もうこんな悠長なことはやってられん。――死ね」
雅美がそう声をかけた、とたんに林の痩せぎすの体は白い炎に包まれた。
目を刺すような眩しさに令子は顔をそむけたが、怖いもの見たさと職業意識から、林のなれの果てをおそるおそる見た。
何もなかった。
林はもちろんのこと、あの血だまりすらなかった。
あれはすべて幻だったのだろうか?
「次はあの女か」
何の感慨もなく、事務的に雅美は言った。
「こんなことなら、最初から全員始末しとくんだった」
「知ってたの!?」
思わず雅美の腕を引っ張ると、雅美は不快げに令子の手に目をやった。
「ご、ごめんなさいっ!」
令子はあわてて手を離した。実を言うと、林が自分の内臓を引き出されていると気づいたときからしがみついていたのだったが、この少年も林たちとは別の意味で怖い。
「どうして、知ってたのに知らないふりしてたの?」
改めて訊ね直すと、意外なことに雅美はすぐに答えた。
「まだ害をなしていなかった」
しかし、その目は令子を見ていない。美津子の行方か、鬼頭の安否か、それともその両方かが気になっているらしい。
「あっちか!」
突然、雅美が走りはじめる。足音はまったくしなかった。
「ちょっと! 置いてかないでよ!」
ハイヒールをものともせず、とにかく令子は雅美の後を追った。
鬼頭と別れたところに引き返しながら、令子は憤然として叫んだ。
一緒に来ているとばかり思っていた鬼頭が、途中でふと振り返ってみればいないのである。無論、鬼頭には二階から悲鳴が聞こえたように思えたことなど、彼女は夢にも知らない。
一人で歩いてみると、この屋敷は相当に不気味だった。おまけに、このシチュエーションときたら……
「あらぁ、羽鳥さんじゃありません?」
突然、前方の暗がりから、脳天から抜けるような声が上がった。反射的に令子は身をすくませたが、その特徴のありすぎる声が美津子のものだとわかり、ほっと胸を撫で下ろす。
「お一人? 鬼頭さんはどうなさったの?」
ほどなく、美津子が令子の前に現れて、怪訝そうに周りを見た。
「はぐれちゃったみたい。松井さんこそ、あとの二人はどうしたの?」
「わしはここにおるよ」
令子はきゃっと叫んで飛びのいた。
林の声は令子のすぐ後ろからした。しかし、たった今までそこに人の気配はなかった。
「もう、林さん! おどかさないで! ……奥村さんは?」
「しくじりおった」
苦々しく林は呟いた。
「すぐにものにしてみせるからと豪語しておったが……まんまとやられおったわ。こんなことならわしが……」
「あら、私もやりたかったわ」
美津子はとろんとした目で林を見やり、厚い唇を赤い舌でぺろりと舐める。
「あなたたち……いったい……」
いつのまにか、令子の足は後ずさりしはじめていた。
「どっちが食う?」
林が言った。
「私は遠慮するわ」
厚化粧の顔に、美津子は淫らな笑みを浮かべる。
「ハンサムな男のほうが〝おいしい〟から」
「化け物……だったのね」
令子は気丈だった。
「奥村さんも……そうだったんでしょ?」
「そうだ」
悠然と林は笑った。〝化け物〟であることに誇りを持っているらしかった。
「奴はあれでも吸血鬼――名門貴族の末裔であった。だが、しょせんは若輩者。あんな小僧一人にしてやられるとは。我らの恥よ」
「じゃあ……あんたたちも吸血鬼?」
「いいや」
林は糸のように細い目をかっと見開いた。
「食人鬼だ!」
口が一気に耳まで裂け、鋭い牙が剥き出しになった。背中を醜く曲げると、長く伸びた爪で令子に襲いかかる。だが、その爪が令子の胸を引き裂く寸前、林は動きを止めた。獣に近い顔が驚愕に歪む。
「笑止だな」
冷ややかな、抑揚の少ない声が闇に流れた。
「人の宴に妖魔が紛れこむとは」
「霧河くん!」
令子は歓喜の叫びを上げた。
はたして、ひときわ暗い闇の中から現れたのは、雅美その人だった。
「き、貴様……わしに何をした!?」
林は血走った目で雅美を睨んだ。体のほうは相変わらず動かない。その隙に令子は急いで雅美の陰に隠れた。
「食人鬼だそうだな。……あの二人をどうした?」
「知らん!」
叫んだと同時に林は体を二つに折り曲げ、いよいよ激しく苦しみ出した。
「どうした?」
そう問う雅美の声音は、不気味なほど優しい。
「食らったよ!」
林は絶叫した。
「そこの女と二人とも食った! わしは女を、あれは男を!」
「ほう。――そうか」
林が文字化不可能な苦鳴を上げた。腹を押さえ、とうとうこらえきれずに床に嘔吐する。
「見ないほうがいいぞ」
無愛想な声で雅美は令子に忠告した。それでも、彼が鬼頭以外にこんなことを言うのは極めて珍しい。
「大丈夫よ。私だってこう見えても……」
そこで令子は表情を変えた。
それは、薄暗闇の中で黒く見えた。林の口からとめどなくあふれながら、蠢いていた。
令子は声にならない悲鳴を上げて、雅美にしがみついた。
それは、林の腸だったのである。
「どんな気分だ? 生きながら自分の内臓が引き出されるのは?」
目を細め、雅美は冷笑する。
「おまえもそうやって人間を食らってきたのだろう? せめて最期はその身で人間の痛みを味わってもよかろう」
「あぐまめ!!」
血だまりと臓物の中で、林は化け物らしからぬ言葉を雅美に放った。
酸鼻きわまる光景だった。目をそむけても、内臓が落ちるたび跳ね上がる血の音が耳に届き、濃厚な血の臭いが鼻をつくのだった。
「霧河くん! やめて! もうやめて!」
吐き気をこらえて令子は叫んだ。
「どうして? 殺されかかったんだぞ?」
雅美はいかにも不服そうだ。
「だからって、何もここまでしなくてもいいでしょう!?」
「ふん。ほっとけばよかったな」
その一言で、令子はいよいよ青ざめた。
冗談ではなく、雅美は本気でそう思っている。
「女が逃げたな」
続けて雅美は言った。美津子のことだろう。彼女の姿はいつのまにか消え失せていた。
「あ、そういえば……あなた、鬼頭さんに会わなかった? 私、途中ではぐれちゃったの」
「さっき二階で会った」
ぼそりと雅美が答える。
「女の悲鳴がどうとか言っていたが……たぶん、それはあんたたちをバラバラにするための罠……」
言いかけて、雅美ははじかれたように顔を上げた。しまったと言わんばかりに眉をひそめる。
一方、林はついに肺まで引き出されていた。
「もうこんな悠長なことはやってられん。――死ね」
雅美がそう声をかけた、とたんに林の痩せぎすの体は白い炎に包まれた。
目を刺すような眩しさに令子は顔をそむけたが、怖いもの見たさと職業意識から、林のなれの果てをおそるおそる見た。
何もなかった。
林はもちろんのこと、あの血だまりすらなかった。
あれはすべて幻だったのだろうか?
「次はあの女か」
何の感慨もなく、事務的に雅美は言った。
「こんなことなら、最初から全員始末しとくんだった」
「知ってたの!?」
思わず雅美の腕を引っ張ると、雅美は不快げに令子の手に目をやった。
「ご、ごめんなさいっ!」
令子はあわてて手を離した。実を言うと、林が自分の内臓を引き出されていると気づいたときからしがみついていたのだったが、この少年も林たちとは別の意味で怖い。
「どうして、知ってたのに知らないふりしてたの?」
改めて訊ね直すと、意外なことに雅美はすぐに答えた。
「まだ害をなしていなかった」
しかし、その目は令子を見ていない。美津子の行方か、鬼頭の安否か、それともその両方かが気になっているらしい。
「あっちか!」
突然、雅美が走りはじめる。足音はまったくしなかった。
「ちょっと! 置いてかないでよ!」
ハイヒールをものともせず、とにかく令子は雅美の後を追った。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。
「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…
あやかし家族 〜五人の兄と愛され末妹〜
南 鈴紀
キャラ文芸
妖狩りにより両親を奪われ、囚われの身となった半妖の少女・鈴音は浄化の狐火を利用するだけの道具のように扱われていた。呪いにより成長は止まり、容姿も思考も幼いまま、感情が消え失せてもなおただ生かされるままに生きていた。
しかし妖保護部隊本部第一部隊との出会いにより、鈴音の止まっていた時間が動き出す。
掴みどころはないが頼れる氏神・雅仁、兄には厳しいが弟妹には優しい狼の妖・千里、人間嫌いだが人当たりの良い振りが得意な人間・遥杜、可愛いもの好きで元気いっぱいの猫又・鴇羽、大人しいが思いやりに溢れる猫又・瑠璃。
五人の兄と過ごす時間の中で、無いものだらけだった鈴音にもやがて大切なものが増えていく。
妖×家族の心温まる和風ファンタジー。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる