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第9話 タクシー
1 唐突に発動
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「明日だ」
なじみの定食屋で、いつものように何も食べずに鬼頭の夕飯につきあっていた雅美は、いきなりそう宣言した。
「明日、あんたは約束どおり、俺をどこかに連れていけ」
――昼にしか行けないところへ、雅美が望んだときに連れていくこと。
それが先月、自分が原因でトラブルに巻きこんでしまった雅美――もっとも、よく考えてみれば、それは毎度のことだったのだが――に対する、鬼頭の〝お詫び〟だった。
その執行は今まで留保されていたのだが、それから一月も経とうかという今頃になって、唐突に発動されたのだった。
「どうして明日なんだ?」
明日は会社も休みで、これといった予定もなかったのだが、なぜ突然明日と言い出したのか不思議に思えて、鬼頭はついそう訊ねてしまった。
「会社は休みだろう? それとも、都合が悪いか?」
「いや、そんなことはないけど。何か明日じゃなきゃならない特別な理由でもあるのかと思ってさ」
雅美は一応予備校生である。一応と頭につくのは、予備校に籍はあるものの、通ってはいないようだからだ。第一、彼は完璧な夜行性で、昼は自宅マンションで寝ている。ゆえに鬼頭と会うのももっぱら夜である。
「別に理由はない」
あっさり雅美は言った。
「ただ、そろそろ権利を行使しておかないと、時効になりそうな気がしたからだ」
「んな、有休じゃあるまいし」
漬物をかじりながら鬼頭は笑ったが、確かにもう少し経っていたら、雅美とそういう約束をしたことを忘れていたかもしれない。
「んじゃあ、おまえ、どこ行きたいんだ? 明日中に行って帰ってこれるところなら、どこへでも連れてってやるから」
北海道や沖縄と言われるのを警戒しつつ、さらに問う。デートコースの一つや二つは思い浮かばないでもなかったが、雅美とそのコースを辿ることだけは絶対に嫌だった。
「昼にしか行けないところだ」
ぼそりと雅美が答える。いかにもそんなことはあんたが考えることじゃないかとでも言いたげな顔をしていた。
「だから、そういうところは山ほどあるから訊いてるんだろうが」
味噌汁の椀を持ったまま、これ見よがしに溜め息をつく。
「もっと何か、条件をつけてくれないか? 何を見たいとか、何をしたいとか」
雅美は頬杖をついて、睨むように鬼頭を見ていたが。
「じゃあ、なるべく人が少なくて、緑が多いところ」
それでもまだ漠然としすぎていたが、とりあえず遊園地だけは消えてくれたと鬼頭は心の中で万歳をした。
なじみの定食屋で、いつものように何も食べずに鬼頭の夕飯につきあっていた雅美は、いきなりそう宣言した。
「明日、あんたは約束どおり、俺をどこかに連れていけ」
――昼にしか行けないところへ、雅美が望んだときに連れていくこと。
それが先月、自分が原因でトラブルに巻きこんでしまった雅美――もっとも、よく考えてみれば、それは毎度のことだったのだが――に対する、鬼頭の〝お詫び〟だった。
その執行は今まで留保されていたのだが、それから一月も経とうかという今頃になって、唐突に発動されたのだった。
「どうして明日なんだ?」
明日は会社も休みで、これといった予定もなかったのだが、なぜ突然明日と言い出したのか不思議に思えて、鬼頭はついそう訊ねてしまった。
「会社は休みだろう? それとも、都合が悪いか?」
「いや、そんなことはないけど。何か明日じゃなきゃならない特別な理由でもあるのかと思ってさ」
雅美は一応予備校生である。一応と頭につくのは、予備校に籍はあるものの、通ってはいないようだからだ。第一、彼は完璧な夜行性で、昼は自宅マンションで寝ている。ゆえに鬼頭と会うのももっぱら夜である。
「別に理由はない」
あっさり雅美は言った。
「ただ、そろそろ権利を行使しておかないと、時効になりそうな気がしたからだ」
「んな、有休じゃあるまいし」
漬物をかじりながら鬼頭は笑ったが、確かにもう少し経っていたら、雅美とそういう約束をしたことを忘れていたかもしれない。
「んじゃあ、おまえ、どこ行きたいんだ? 明日中に行って帰ってこれるところなら、どこへでも連れてってやるから」
北海道や沖縄と言われるのを警戒しつつ、さらに問う。デートコースの一つや二つは思い浮かばないでもなかったが、雅美とそのコースを辿ることだけは絶対に嫌だった。
「昼にしか行けないところだ」
ぼそりと雅美が答える。いかにもそんなことはあんたが考えることじゃないかとでも言いたげな顔をしていた。
「だから、そういうところは山ほどあるから訊いてるんだろうが」
味噌汁の椀を持ったまま、これ見よがしに溜め息をつく。
「もっと何か、条件をつけてくれないか? 何を見たいとか、何をしたいとか」
雅美は頬杖をついて、睨むように鬼頭を見ていたが。
「じゃあ、なるべく人が少なくて、緑が多いところ」
それでもまだ漠然としすぎていたが、とりあえず遊園地だけは消えてくれたと鬼頭は心の中で万歳をした。
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