MIDNIGHT

邦幸恵紀

文字の大きさ
45 / 48
第10話 デス

4 食

しおりを挟む
 もしも、そこにごく普通の人間が居合わせていたならば、無人の夜の霊園の中で、黒いコート姿の美しい少年が、一人たたずんでいるようにしか見えなかっただろう。
 だが、少年――霧河雅美は、誰もいない空間を睨むように見すえていた。

「なぜ、まだ人の形をとっている?」

 唐突に、雅美は不愉快そうに独りごちた。
 当然のことながら、それに対する答えはない。しかし、彼の不機嫌さはいよいよ増した。

「ならば、もう気は済んだだろう。さっさと俺と融合しろ。いつまでもその状態ではいられまい」

 雅美は不本意そうだったが、コートのポケットから右手を出し、その手を闇に向かって差し伸べた。その右手には、鬼頭からもらったばかりの黒い革手袋がはまっている。そのことに気づいた雅美は慌てふためき、やはり革手袋のはまっている左手で、右手の革手袋を取ろうとした。
 その短い間に何が起こったのか。雅美は愕然として叫んだ。

「やめろ! 食うな!」

 だが、雅美が右手の革手袋を取り去る前に、すべては終わってしまったらしかった。
 舌打ちして走り出そうとした、と、雅美は顔をしかめてコートのポケットから携帯電話を取り出し、いきなり怒鳴りつけた。

「何の用だ!」
『……もしかして、取りこみ中だったか?』

 先ほど一方的に別れたばかりの鬼頭和臣は、気まずそうにそう訊ねてきた。
 雅美は溜め息をつくと、走るのをやめた。

「本当に取りこみ中だったら、電話には出られない」
『じゃあ、今どんな状況なんだ?』

 走ろうとしていた方角を見やりながら、忌々しげに雅美は答えた。

「逃げられた」
『逃げられた?』
「ああ、俺にもまったく予想外だ。おまけに、地縛霊をまとめて三体も食らっていった」
『幽霊を食うのか?』
「正確には、幽霊食える。ところであんた、今どこにいる? まだ自宅には戻っていないな? 電車の中か?」
『いや、それが……』

 決まり悪そうに鬼頭が言いよどむ。

『さっきいた駅前のベンチにいる。いったん駅には戻ったんだが、やっぱりこのまま帰ったらまずいような気がして……とりあえず、おまえが今どうしてるか気になって電話してみた』

 雅美は眉間に縦皺を寄せ、一言言った。

「あんたは馬鹿か?」
『ああ……さすがに俺も自分でそう思うよ。せっかくおまえが帰れって言ってくれたのにな』
「もういい。あんたはそのままそこにいろ。今そこに行くから」

 疲れたようにそう返すと、雅美は足早に歩き出した。

『逃がした相手は追わなくてもいいのか?』
「向こうは肉体がない分、神出鬼没なんだ。それに、最後にどこに現れるかはわかっている」
『どこだ?』
「俺のいるところだ。いくら幽霊を食らっても、朝までは保つまい」
『雅美……あれはいったい何なんだ?』

 雅美の顔に驚愕が浮かぶ。しかし、すぐにそれを打ち消すように薄く笑った。

「あんたは何だと思う?」
『わからないから、おまえに訊いてるんだ。あれはもちろん人間じゃないが、幽霊でもないだろ?』

 鬼頭の返答を聞いて、雅美は先ほどよりも大きく驚いた。

「わかるのか?」
『うーん……あくまで何となくのレベルだが……とにかく、俺が今まで会ってきた幽霊とは別物だっていうことだけはわかる』

 少し考えるような間をおいてから、そうだな、と雅美は言った。

「しいて言うなら、あれは死神のようなものだ。あれに触れられた者は魂を食われる。生きている者も、すでに死んでいる者も」
『なら、どうしてそんな死神みたいなのが、おまえを訪ねてきたんだ?』

 しばらく雅美は沈黙した。
 鬼頭のこの質問は、雅美にはとても答えにくいものだったようだ。

「そうだな……あんたにもわかるように簡単に言えば……あれは俺にとりつきにきたんだ」
『おまえに?』

 何を好き好んでとも言いたそうな口ぶりだったが、実際にはそうは言わなかった。

『でもおまえ、そんなものにとりつかれたら、おまえが――』
「俺は平気だ。むしろ、俺にとりついてもらわないとまずい。せめて今夜じゃなかったら、逃げられはしなかったと思うんだが」

 自分の左手にはまっている革手袋に目を落としながら、雅美は苦々しく愚痴った。

『今夜? おまえ、体調悪いのか? だから手が』
「いいや。俺の手が冷たいのは生まれつきだって言っただろう。とにかく急いでそちらに行く。もう切るぞ」

 口早に言って雅美は携帯電話を切ろうとしたが、『ちょっと待った!』と鬼頭に大声を上げられて指を止めた。

「何だ? まだあるのか? 詳しい話は直接会ってから……」
『雅美、その死神みたいなのに触れられると、生きてる人間でも魂を食われるんだよな?』

 なぜか、鬼頭は声を潜めて再確認してきた。

「ああ、そうだが?」
『今、そいつが俺の目の前の人混みの中にいるんだが……俺はここに居続けたほうがいいのか? それとも、逃げたほうがいいのか?』

 雅美は目を見張り、再び立ち止まった。

『雅美?』
「……そのままそこにいてくれ。たぶん、そいつはあんたには何もしない。あんたが何もしなければ」

 そう言って、雅美は自分から携帯電話を切った。

「本当に……どうしてよりにもよって今夜なんだ」

 雅美は嘆息すると、ポケットに携帯電話を戻してから、跳ぶように走り出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。 「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…

あやかし家族 〜五人の兄と愛され末妹〜

南 鈴紀
キャラ文芸
 妖狩りにより両親を奪われ、囚われの身となった半妖の少女・鈴音は浄化の狐火を利用するだけの道具のように扱われていた。呪いにより成長は止まり、容姿も思考も幼いまま、感情が消え失せてもなおただ生かされるままに生きていた。  しかし妖保護部隊本部第一部隊との出会いにより、鈴音の止まっていた時間が動き出す。  掴みどころはないが頼れる氏神・雅仁、兄には厳しいが弟妹には優しい狼の妖・千里、人間嫌いだが人当たりの良い振りが得意な人間・遥杜、可愛いもの好きで元気いっぱいの猫又・鴇羽、大人しいが思いやりに溢れる猫又・瑠璃。  五人の兄と過ごす時間の中で、無いものだらけだった鈴音にもやがて大切なものが増えていく。  妖×家族の心温まる和風ファンタジー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...