【完結】永遠の旅人

邦幸恵紀

文字の大きさ
15 / 20
【番外編】夢のあとさき(ライアン視点)

02 変質者で犯罪者

しおりを挟む
 リビングのソファに座らせた達也の両足を、彼が蒸しタオルで拭こうとすると、さすがに達也は赤くなって嫌がった。

「自分で拭くよ!」
「そうかい?」

 彼は非常に残念に思ったが、達也にジャンプはされたくなかったので断念し、乾いたタオルとスリッパを用意して、自分の黒いカーディガンを達也の肩にかけた。
 小柄な達也に彼のカーディガンは完全にコートサイズだったが、それがまたどうしようもなく可愛らしい。

「コーヒー淹れるけど、飲むかい?」

 少しでも機嫌をとろうと彼が声をかけると、達也はタオルを握ったまま嬉しそうに笑った。

「うん。……あ、砂糖とミルクある? 俺、ブラックは苦くて飲めないから」

 外見だけでなく中身も可愛い。彼は達也には見えないようにしてにやついた。

「もちろんあるよ。少し待っててね」

 ドリップにしたので多少時間はかかったが、彼が細心の注意を払って淹れたコーヒー(というよりカフェオレ)を、達也は一口飲んでにこりとした。

「うまい。喫茶店みたい」
「それはよかった」

 ――ああ、本当に可愛い。
 目の前の日本人の少年にすっかり心を奪われていた彼は、達也の分と一緒に淹れたブラックコーヒーを、おざなりに口の中に流しこんだ。
 ここが夢の中だと信じきっている達也は、彼にもまったく無警戒だ。が、うかつなことはできない。少しでも身の危険を感じたら、きっと達也はジャンプして逃げてしまう。

(何とか自然に〝結婚〟の方向へ持っていけないものかな)

 すでに彼はそこまで思いつめていた。

(今の生活環境が劣悪なら、私のプロポーズを受けてくれるかもしれないが……この様子だとそれはなさそうだな。やはり、ときに会いにいって、地道に口説いていくしかないか。……いったい何年かかることやら。もしかしたら、永久に無理かもしれない)

 彼が溜め息をつくと、達也は心配そうな顔になって首をかしげた。

「どうかした?」

 ――ああ、やっぱり今すぐ結婚したい!
 達也はこれを夢だと思っているのだ。夢の中でなら外人男に突然プロポーズされるのもありだろう。

「あのね、達也」
「うん?」
「ついさっき会ったばかりなのに、こんなことを言っても、信じてもらえないかもしれないが……」

 常に泰然自若としている彼が、緊張して本題に入ろうとしたとき。
 それを制するかのように、呼び鈴が鳴った。

「お客さん? 誰か来たみたいだよ?」

 固まってしまった彼に代わって、達也が玄関方向を振り返った。

「……ああ。そうだね」

 彼はようようそう答えて、がくりと肩を落とした。
 インターホンで確認しなくても、誰が来たのかは見当がつく。
 彼が今ここにいることを知っているのはごくごく少数の人間で、その中でもわざわざ訪ねてくるのは、たった一人だけだ。

「出なくていいの?」

 彼がソファからいっこうに立ち上がろうとしないので、達也は怪訝そうな顔をした。

「夢でも現実でも、なかなか自分の思いどおりにはいかないものだね」

 しみじみと彼は呟いて、ようやく玄関に向かった。
 解錠してドアを開けると、予想どおりの客が膨れた布袋を提げて立っていた。

『今日はずいぶん待たせるな』

 漆黒の髪と浅黒い肌をしたこの男は、もともと愛想はよくないが、今日はよりいっそうよくない。

『ボランティアで宅配業をしてやっているのに。せめてすぐにドアを開けろ』
『その点に関してはいつも感謝しているよ。だが、今ちょうど来客中でね』

 客以上に無愛想に彼は言った。

『悪いが、今日はこのまま帰ってくれないか?』
『客? 俺以外にか?』

 早く帰らせたくて言った言葉が、かえって客の好奇心を刺激してしまったようだ。
 客は荷物を放り出すと、彼を押しのけるようにして、強引に中へと侵入してきた。

『おい、入るな!』

 あわてて客を引き止めようとしたが、あと少しで間に合わなかった。
 ソファにいる達也を見て、客は達也を初めて見たときの彼と同じように硬直している。
 彼は達也にジャンプされて逃げられることをもっとも恐れていたが、夢の中だと思いこんでいる達也にとって、客は恐れる存在ではなかったようだ。隠れようとする気配もなく、むしろ興味深そうに客を見つめ返している。
 客は無言で彼の腕をつかむと、玄関の外へと引っ張り出した。

『いったい何だね!』

 ――目を離したら、達也に帰られてしまうかもしれない。
 そう思った彼は客を怒鳴りつけたが、ほぼ同時に相手も怒鳴り返してきた。

『おまえこそ、何を考えてる!』
『……は?』
『過去の人間を未来に連れ出すなとあれほど主張していたくせに、自分はちゃっかり連れ出して連れこんでるのか! しかもあんな子供を! 世が世なら、おまえは立派な変質者で犯罪者だ!』
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

冷遇妃マリアベルの監視報告書

Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。 第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。 そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。 王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。 (小説家になろう様にも投稿しています)

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

サイレント・サブマリン ―虚構の海―

来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。 科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。 電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。 小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。 「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」 しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。 謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か—— そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。 記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える—— これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。 【全17話完結】

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

処理中です...