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【番外編】夢のあとさき(ライアン視点)
02 変質者で犯罪者
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リビングのソファに座らせた達也の両足を、彼が蒸しタオルで拭こうとすると、さすがに達也は赤くなって嫌がった。
「自分で拭くよ!」
「そうかい?」
彼は非常に残念に思ったが、達也にジャンプはされたくなかったので断念し、乾いたタオルとスリッパを用意して、自分の黒いカーディガンを達也の肩にかけた。
小柄な達也に彼のカーディガンは完全にコートサイズだったが、それがまたどうしようもなく可愛らしい。
「コーヒー淹れるけど、飲むかい?」
少しでも機嫌をとろうと彼が声をかけると、達也はタオルを握ったまま嬉しそうに笑った。
「うん。……あ、砂糖とミルクある? 俺、ブラックは苦くて飲めないから」
外見だけでなく中身も可愛い。彼は達也には見えないようにしてにやついた。
「もちろんあるよ。少し待っててね」
ドリップにしたので多少時間はかかったが、彼が細心の注意を払って淹れたコーヒー(というよりカフェオレ)を、達也は一口飲んでにこりとした。
「うまい。喫茶店みたい」
「それはよかった」
――ああ、本当に可愛い。
目の前の日本人の少年にすっかり心を奪われていた彼は、達也の分と一緒に淹れたブラックコーヒーを、おざなりに口の中に流しこんだ。
ここが夢の中だと信じきっている達也は、彼にもまったく無警戒だ。が、うかつなことはできない。少しでも身の危険を感じたら、きっと達也はジャンプして逃げてしまう。
(何とか自然に〝結婚〟の方向へ持っていけないものかな)
すでに彼はそこまで思いつめていた。
(今の生活環境が劣悪なら、私のプロポーズを受けてくれるかもしれないが……この様子だとそれはなさそうだな。やはり、起きているときに会いにいって、地道に口説いていくしかないか。……いったい何年かかることやら。もしかしたら、永久に無理かもしれない)
彼が溜め息をつくと、達也は心配そうな顔になって首をかしげた。
「どうかした?」
――ああ、やっぱり今すぐ結婚したい!
達也はこれを夢だと思っているのだ。夢の中でなら外人男に突然プロポーズされるのもありだろう。
「あのね、達也」
「うん?」
「ついさっき会ったばかりなのに、こんなことを言っても、信じてもらえないかもしれないが……」
常に泰然自若としている彼が、緊張して本題に入ろうとしたとき。
それを制するかのように、呼び鈴が鳴った。
「お客さん? 誰か来たみたいだよ?」
固まってしまった彼に代わって、達也が玄関方向を振り返った。
「……ああ。そうだね」
彼はようようそう答えて、がくりと肩を落とした。
インターホンで確認しなくても、誰が来たのかは見当がつく。
彼が今ここにいることを知っているのはごくごく少数の人間で、その中でもわざわざ訪ねてくるのは、たった一人だけだ。
「出なくていいの?」
彼がソファからいっこうに立ち上がろうとしないので、達也は怪訝そうな顔をした。
「夢でも現実でも、なかなか自分の思いどおりにはいかないものだね」
しみじみと彼は呟いて、ようやく玄関に向かった。
解錠してドアを開けると、予想どおりの客が膨れた布袋を提げて立っていた。
『今日はずいぶん待たせるな』
漆黒の髪と浅黒い肌をしたこの男は、もともと愛想はよくないが、今日はよりいっそうよくない。
『ボランティアで宅配業をしてやっているのに。せめてすぐにドアを開けろ』
『その点に関してはいつも感謝しているよ。だが、今ちょうど来客中でね』
客以上に無愛想に彼は言った。
『悪いが、今日はこのまま帰ってくれないか?』
『客? 俺以外にか?』
早く帰らせたくて言った言葉が、かえって客の好奇心を刺激してしまったようだ。
客は荷物を放り出すと、彼を押しのけるようにして、強引に中へと侵入してきた。
『おい、入るな!』
あわてて客を引き止めようとしたが、あと少しで間に合わなかった。
ソファにいる達也を見て、客は達也を初めて見たときの彼と同じように硬直している。
彼は達也にジャンプされて逃げられることをもっとも恐れていたが、夢の中だと思いこんでいる達也にとって、客は恐れる存在ではなかったようだ。隠れようとする気配もなく、むしろ興味深そうに客を見つめ返している。
客は無言で彼の腕をつかむと、玄関の外へと引っ張り出した。
『いったい何だね!』
――目を離したら、達也に帰られてしまうかもしれない。
そう思った彼は客を怒鳴りつけたが、ほぼ同時に相手も怒鳴り返してきた。
『おまえこそ、何を考えてる!』
『……は?』
『過去の人間を未来に連れ出すなとあれほど主張していたくせに、自分はちゃっかり連れ出して連れこんでるのか! しかもあんな子供を! 世が世なら、おまえは立派な変質者で犯罪者だ!』
「自分で拭くよ!」
「そうかい?」
彼は非常に残念に思ったが、達也にジャンプはされたくなかったので断念し、乾いたタオルとスリッパを用意して、自分の黒いカーディガンを達也の肩にかけた。
小柄な達也に彼のカーディガンは完全にコートサイズだったが、それがまたどうしようもなく可愛らしい。
「コーヒー淹れるけど、飲むかい?」
少しでも機嫌をとろうと彼が声をかけると、達也はタオルを握ったまま嬉しそうに笑った。
「うん。……あ、砂糖とミルクある? 俺、ブラックは苦くて飲めないから」
外見だけでなく中身も可愛い。彼は達也には見えないようにしてにやついた。
「もちろんあるよ。少し待っててね」
ドリップにしたので多少時間はかかったが、彼が細心の注意を払って淹れたコーヒー(というよりカフェオレ)を、達也は一口飲んでにこりとした。
「うまい。喫茶店みたい」
「それはよかった」
――ああ、本当に可愛い。
目の前の日本人の少年にすっかり心を奪われていた彼は、達也の分と一緒に淹れたブラックコーヒーを、おざなりに口の中に流しこんだ。
ここが夢の中だと信じきっている達也は、彼にもまったく無警戒だ。が、うかつなことはできない。少しでも身の危険を感じたら、きっと達也はジャンプして逃げてしまう。
(何とか自然に〝結婚〟の方向へ持っていけないものかな)
すでに彼はそこまで思いつめていた。
(今の生活環境が劣悪なら、私のプロポーズを受けてくれるかもしれないが……この様子だとそれはなさそうだな。やはり、起きているときに会いにいって、地道に口説いていくしかないか。……いったい何年かかることやら。もしかしたら、永久に無理かもしれない)
彼が溜め息をつくと、達也は心配そうな顔になって首をかしげた。
「どうかした?」
――ああ、やっぱり今すぐ結婚したい!
達也はこれを夢だと思っているのだ。夢の中でなら外人男に突然プロポーズされるのもありだろう。
「あのね、達也」
「うん?」
「ついさっき会ったばかりなのに、こんなことを言っても、信じてもらえないかもしれないが……」
常に泰然自若としている彼が、緊張して本題に入ろうとしたとき。
それを制するかのように、呼び鈴が鳴った。
「お客さん? 誰か来たみたいだよ?」
固まってしまった彼に代わって、達也が玄関方向を振り返った。
「……ああ。そうだね」
彼はようようそう答えて、がくりと肩を落とした。
インターホンで確認しなくても、誰が来たのかは見当がつく。
彼が今ここにいることを知っているのはごくごく少数の人間で、その中でもわざわざ訪ねてくるのは、たった一人だけだ。
「出なくていいの?」
彼がソファからいっこうに立ち上がろうとしないので、達也は怪訝そうな顔をした。
「夢でも現実でも、なかなか自分の思いどおりにはいかないものだね」
しみじみと彼は呟いて、ようやく玄関に向かった。
解錠してドアを開けると、予想どおりの客が膨れた布袋を提げて立っていた。
『今日はずいぶん待たせるな』
漆黒の髪と浅黒い肌をしたこの男は、もともと愛想はよくないが、今日はよりいっそうよくない。
『ボランティアで宅配業をしてやっているのに。せめてすぐにドアを開けろ』
『その点に関してはいつも感謝しているよ。だが、今ちょうど来客中でね』
客以上に無愛想に彼は言った。
『悪いが、今日はこのまま帰ってくれないか?』
『客? 俺以外にか?』
早く帰らせたくて言った言葉が、かえって客の好奇心を刺激してしまったようだ。
客は荷物を放り出すと、彼を押しのけるようにして、強引に中へと侵入してきた。
『おい、入るな!』
あわてて客を引き止めようとしたが、あと少しで間に合わなかった。
ソファにいる達也を見て、客は達也を初めて見たときの彼と同じように硬直している。
彼は達也にジャンプされて逃げられることをもっとも恐れていたが、夢の中だと思いこんでいる達也にとって、客は恐れる存在ではなかったようだ。隠れようとする気配もなく、むしろ興味深そうに客を見つめ返している。
客は無言で彼の腕をつかむと、玄関の外へと引っ張り出した。
『いったい何だね!』
――目を離したら、達也に帰られてしまうかもしれない。
そう思った彼は客を怒鳴りつけたが、ほぼ同時に相手も怒鳴り返してきた。
『おまえこそ、何を考えてる!』
『……は?』
『過去の人間を未来に連れ出すなとあれほど主張していたくせに、自分はちゃっかり連れ出して連れこんでるのか! しかもあんな子供を! 世が世なら、おまえは立派な変質者で犯罪者だ!』
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