空-ku_u- 天翔ける飛空艇乗りの物語

葵れい

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第一部

第1話  湊(minato)-2-

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 3杯目の麦酒は少し悩んだがやめた。元々瑛己はアルコールに強くない。
 代わりに水をもらうと、2杯続けて空にした。
「白い飛空艇――僕らはそれを、空(ku_u)と呼んでいます」
 瑛己はチラリと秀一を見て、「ああ」と小さく頷いた。
「〝彼〟は空賊とは違い、徒党を組まず単独で仕事を請負って飛ぶ――フリーの〝渡り鳥〟と呼ばれる飛空艇乗りです」
「……」
「〝渡り鳥〟にも様々な者がいます。伝言や運搬を専門に請負う者もいれば、護衛や殺人、空戦を専門にする者もいます。その中で、空(ku_u)と呼ばれる飛空艇乗りは謎が多く、正体も飛ぶ理由も、わかっている事はほとんどありません」
「……」
「ただ、これだけは確実に言える事。この空を飛ぶ数多くの飛空艇乗りの中で、空(ku_u)と呼ばれる飛空艇乗りの飛空技術は随一。目にした者は皆、我を忘れて見入ってしまうほどに」
「……」
「それがゆえに僕らの間で〝彼〟は、ある種の伝説であり……英雄……、憧れを抱く者も多い。もちろんその逆も」
 瑛己の胸で鳴っているチリチリとした感覚が、痛いほどに耳まで響いてくる。
(空(ku_u)……)
 秀一がこちらをじっと見ていた。彼が何を聞きたいのかはすぐにわかった。
 だがあえてしばらく虚空を見つめると、沈黙が背中を押してくるまで言葉を待った。
「風だった」
「……?」
 空を駆け抜ける一陣の白い風。それ以外の言葉が思い浮かばなかった。
 秀一は一息吐き、やがて砕けるように苦笑を漏らした。
「あいつがここにいたらよかったのに」
「あいつ?」
 ええ! と満面の笑みを浮かべる。
「自称・空戦マニア。あいつがいたら絶対、聖さんの話を喜んで聞いたのに」
「……?」
「まったく、どこウロウロしてるんだろう? まぁ、遅かれ早かれだけど……」
 独り言のように呟くと、秀一は腕の時計を見て立ち上がった。「僕はそろそろ失礼します」
「聖さん、もう配属は聞かれたのですか?」
「いや。明日総監に言い渡されるそうだ」
「そうですか。――またお会いできる事を、楽しみにしています」
 意味ありげに笑うと、童顔の青年は小さく礼をして背中を向けた。
 瑛己はしばらくぼんやりと音楽を聴いていたが、彼もまた10分も経たないうちに、酒場の主人に礼を言って店を出た。
 外に出て夜空を見上げても、すぐに星は見えてこなかった。ようやく目が慣れて見えてきた頃に、宿舎の玄関の明かりが薄ぼんやりと見えてきた。

  ◇

 次の日。
 秀一の笑顔の理由はすぐにわかる事になる。
 朝一番、再び向かった総監室で、瑛己は配属を言い渡された。
 湊23空軍基地、327飛空隊・通称『七ツ(nanatu)』。それが瑛己の配属先だった。
 総監室には優しく微笑む白河総監と共に、正反対の雰囲気をまとう男が待っていた。
 見るからに厳格そうな大柄の男――327飛空隊隊長・磐木 徹志(iwaki_tetuji)。
 挨拶もそこそこに、促されるまま磐木の背中について行った先。
 格納庫の前に居並ぶ数人の男の中に、相楽 秀一の姿があった。
 秀一は瑛己を見た途端パッと顔を輝かせると、隣に立っていた男を肘でつつく。
「今日から隊に加わる事になった、聖 瑛己飛空兵だ」
 瑛己は形式どおりの挨拶をした。隊員が一人一人自己紹介を始めたが……結局、隊員は自分を入れて7人だという事、隊長が磐木だという事、そして秀一も同じ隊だという事、どいつもこいつも癖がありそうだという事――それくらいしか頭に入ってこなかった。
 元々人の名前を覚えるのが苦手でもある。徐々に覚えていけばいいだろうと楽観的に思って、最後の一人の自己紹介を耳から流した。
「それで、例の飛空艇のパイロットは? やっぱりこいつだったんスか?」
 隊員の一人が言った。食ったような物言いに瑛己はチラリと隊長の顔を覗き見たが、大して顔色を変える様子もなく「ああ」と低く答えただけだった。
 代わりに秀一が、「そうですよ!」と叫ぶ。
「着陸の様子は僕も見ましたけど、凄かったですよね!!」
「着陸だけじゃ何とも言えんなぁ」
 と秀一の隣に立つ男が、腕を組みながら言う。
 歳は瑛己と同じくらい。明るく染めた茶髪にヒョロリとした体格。首に巻いた茜色のマフラーを、飛行服の中にしまわずに背中に垂らしている。胸ポケットには強引に突っ込まれた煙草の包みが、変形しながらも半分顔を出していた。
 茶髪の男はじっと瑛己を見つめる。その目はまるで、品定めでもされているようだなと思った。
 目の奥には、明らかなほど挑戦的な色がある。
「あんだけボコボコにされとんのやぞ。相手は誰や?」
「【海蛇】だって。それも3機」
「何だ秀、お前、妙に詳しいな」
「お生憎さま。昨日酒場会いましたもんね?」
「なにぃー? 抜け駆けとは、ええ度胸しとんな」
 茶髪の男は秀一を小突くように腕を上げたが、「わっ」と避ける方が早かった。
 別の隊員が、後の言葉を続ける。
「しかし、【海蛇】3機か……よく抜けたな」
「けど、それくらいじゃなきゃ、うちの隊は勤まらないんじゃねーの?」
「ハハ、確かに。何たって、最後の『七ツ』だからな」
 周りで繰り広げられる会話を、瑛己は他人事のように聞いていた。
「せや。どやろ、一度こいつの腕、試してみる必要あるんとちゃいますか?」
 茶髪の男が、グルリと隊員を見渡し人差し指を立てた。
「また、昇ったー落ちたーじゃ話にならへん。こいつがどの程度使うか、いっぺん検証の必要アリ、ちゃいますかー?」
 その言葉に、会話に混ざる事なく格納庫の壁にもたれて煙草を吹かしていた男が、初めてククッと笑った。
 長めの髪を後ろで一つに縛り、両手をポケットに突っ込んでいる。ほつれて落ちた一束の前髪を振り払うと、茶髪の男を見た。
 その目は他のどの隊員とも違う色を灯していた。
 野生の狼――瑛己の脳裏を、そんな言葉が過ぎった。
「見え透いてるぞ、たかき
「何がですー? ジンさん?」
 ジンと呼ばれたその男は、もう一度ククッと笑い、たかきと呼ばれた茶髪の男に向かって口の端を釣り上げる。
りたいだけだろ。お前が」
「……バレてんスか」
「バカが。見え見えだ。空戦マニアが」
 だが、と一度言葉を区切り、「一理はある」
「……」
 全員が磐木の方を見た。磐木はしばらくの間黙り込んでいたが、やがて格納庫の中へ視線を向けた。
 それを答えと受け取った飛が、パチンと指を鳴らす。
「決まりやな。誰が行きます?」。
「面倒だ、お前行け」
「そうですか? 何か悪いなぁ」
「チッ、欠片も思ってないくせに」
「ジンさん、そら痛いわ」
 どうやら……瑛己は思った。こちらの意見は完全に無視されて、どうも自分は、腕試しに飛ばなければならないらしい。
 この隊がどういう隊なのかまだよくわからない。もちろん隊員たちがどういう者達かも。
 だが……瑛己は思った。やはり自分はどう贔屓目ひいきめも、運があるとは言えないようだ。
 一人静かに溜め息を吐く瑛己とは対照的に、飛は喜色満面にニヤリと笑った。
「ほな、ドッグファイトと行こか?」


 前途多難な幕開けだ。瑛己は空を仰いだ。
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