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57.

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「おはようございます」
そう言って笑顔を向けてくれる。
その表情が可愛くて見惚れていると、首を傾げられてしまった。
俺は慌てて挨拶を返すと、すぐに着替えを済ませて朝食の準備に取り掛かった。

といっても、料理ができるわけではないのでパンとスープを作るくらいしかできないのだが。
完成したものをテーブルに並べると、二人で向かい合って食べる。
その間、会話はほとんど無かった。
食事が終わると、食器の片付けを始める。
すると、突然後ろから抱きつかれた。
振り返ると、すぐ近くに彼女の顔があった。
頬にキスをされる。
驚いている間に離れて行ってしまった。
呆然としていると、彼女は照れた様子で笑っていた。
その姿はとても愛らしいものだった。
思わず見惚れていると、彼女はこちらを見つめてくる。
それからしばらくして、意を決したように口を開いた。
「あの……実はお願いがあるんですけど……」
俺はその先に続く言葉を予想できた。
おそらく俺と一緒に居たいと言ってくれるはずだ。
だからあえて黙って待つことにした。
すると、彼女は予想外の事を口にした。
「一緒にお風呂に入りませんか?」
思わず固まってしまった。
彼女は笑顔で待っている。
どうしたものかと悩んでいると、彼女は笑顔のまま言った。
「嫌ですか?」
悲しそうな表情をされてしまう。
それを見た俺は慌てて否定した。
そして、おずおずと申し出を受けることにする。
その後、俺は脱衣所で服を脱いでいた。
目の前には一糸纏わぬ姿のニーナがいる。
緊張しながら彼女の方を見ていると、恥ずかしそうにしながらもじっと見つめ返してきた。
お互い無言の状態が続く。
そして、しばらく経った後、ようやくニーナが口を開く。
「私の身体に興味ありますか?」
そう言われてドキッとする。
正直に答えると、恥ずかしそうにしつつも嬉しそうにしているように見えた。
それからしばらくの間、沈黙が続いた。
気まずくなった俺は何か話題はないだろうかと考える。
そこで思い出す。
以前、ニーナに質問された時のことを。
どうしてこの世界にやってきたのか、その理由を聞かれた時、俺は魔王として転生したと答えた。
その時、彼女はとても驚いた様子を見せていた。
そのことを話すと、彼女は興味深そうに身を乗り出してくる。
「魔王様の前の魔王様という事は、リュート様のお父様になるのでしょうか?」
俺は少し考えてから答えた。
「まあ、そういう事になるかな」
それを聞いた彼女はなぜか嬉しそうにしていた。
それから少しの間、雑談をして過ごした。
そろそろ帰ろうかと思っていると、ふいに質問を投げかけられる。
それは俺の生い立ちについてだった。
俺は素直に答えることにした。
ただし、前世の事については話さないことにしておいた。
それを聞いて彼女は驚いていたが、俺が人間ではないと知っても特に気にしていないようだった。
むしろ納得していたようだった。
「そういえば、さっきは何をしていたの?」
そう尋ねると、彼女はハッとしたような顔になり慌て始めた。
どうやら忘れていたらしい。
改めて用件を尋ねてみると、魔法を教えて欲しいと言われた。
だが、魔法に関してはほとんど知識が無いため教えることができない。
そのため、代わりに魔力の扱い方を教えてあげる事にした。
やり方を説明すると早速実践してもらう事にする。
だが、なかなか上手くいかないようだ。
その後も何度か挑戦していたが、結局一度も成功することはなかった。
落ち込んでいる姿を見ていると、つい悪戯心が湧いてくる。
そこで、こっそり背後から近づいて驚かせてみることにした。
すると、彼女は驚いて声を上げてしまう。
どうやら背後から忍び寄ってくる気配を感じ取っていたようだった。
俺は慌てて誤魔化そうとするが、逆に驚かせようとしたことがバレてしまう。
どうしようかと悩んでいると、彼女は突然抱きついてくると、頬をすり寄せてきた。
そのままの状態で話しかけられる。
「ごめんなさい。でも……どうしても甘えたくなっちゃったんです……」
そう言うと、さらに強く抱きしめられる。
その感触にドキドキしていると、ふと視線を感じた。
そちらに目を向けると、アリアがジト目でこちらを見ていた。
慌てて離れようとするが、今度はアリアの方から引っ付いてきた。
どうやら対抗しているらしい。
二人に挟まれて身動きが取れなくなってしまった。
そのまま動けずにいると、やがて二人が同時に離れた。
ホッとしていると、ふいに名前を呼ばれた。
見ると、いつの間にか近くにいたアリスが俺の顔を見上げている。
どうやら見つめていたのは彼女だったようだ。
何だろうと思って見つめ返していると、不意に手を握られる。
「お兄ちゃん……私ね、お姉さんみたいになりたいの」
どうやら俺のことをお姉さんのようだと勘違いしてしまったらしい。
困っていると、アリスは俺の手を引っ張って歩き出した。
連れて行かれたのは屋敷にある庭園だった。
そこには小さな噴水があり、花壇には色とりどりの花が咲いていた。
彼女はそのうちの一本の前まで行くと、その前で立ち止まった。
そして、こちらを振り返ると手招きをしてきたので近寄る。
すると、いきなり腕を掴まれて引き寄せられた。

次の瞬間、唇に柔らかいものが触れていた。
驚いて目を開けると、すぐ目の前で彼女が目を閉じていた。
(えっ!?)
戸惑っていると、しばらくしてゆっくりと顔を離していった。
(今、何をされたんだ?)
混乱したまま呆然と立っていると、ふいに肩を叩かれる。
振り向くとそこにいたのはアリシアだった。
彼女は顔を真っ赤にして固まっている俺を見てニヤニヤ笑っていた。
どうやらからかわれているらしい。
俺は動揺を隠すように平静を装うと、なんでもない風を装いながら彼女に話しかける。
すると、彼女は意外にも真剣な表情を浮かべると、とんでもない事を言ってきた。
どうやら先程のやり取りを一部始終見ていたらしい。
その言葉を聞いて思わず固まる。
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