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目的地までは徒歩で二日ほどかかるそうだが、幸いなことに道は整備されているため迷う心配は無いそうだ。
途中で休憩を挟みながら進んでいく予定なので体調管理にも気をつけなければならないだろう。
「よし、行くぞ!」
俺の言葉に全員が頷きを返すと、それぞれ歩き始めた。
まずはこの山を下りて麓にある村を目指すことにする。
そこから先は道なりに進むだけだ。
途中、何度か休憩を挟みつつひたすら歩き続ける。
すると、日が暮れる前に目的の村に辿り着くことができた。
そこは小さな村だったが、思っていたよりも人通りが多く活気があるように見えた。
村の人達からは警戒するような視線で見られるものの、話しかけてみると普通に受け答えしてくれたことに驚くと同時に嬉しくなった。
どうやら魔族だからといって嫌われているわけではないようだ。
そのことに安堵しつつ宿を探すことにする。
幸いにもすぐに見つかったので中に入ると、女将さんが出迎えてくれた。
挨拶もそこそこに部屋を借りたいと伝えると、快く了承してくれたので助かった。
代金を支払うと部屋に荷物を置いて一息つくことにした。
とりあえず汗を流したかったので風呂場に向かうことにする。
脱衣所に入ると服を脱いで裸になる。
鏡に映った自分の姿を見ながら思うことはただ一つだけだった。
(やっぱり俺は男なんだな……)
そんなことを思いながら浴室に入っていった。
浴槽に浸かると疲れが取れていくような感覚に襲われる。
やはり日本人にとって風呂は心の洗濯なのだと思う。
しばらくして上がると服を着て部屋に戻ると、ベッドに横になって休むことにした。
翌朝、目が覚めるとすぐに朝食を食べに行くことにする。
食堂には何人かの客がいて、その中には昨日の女性もいた。
彼女はこちらに気付くと会釈をしてきたので、こちらも返すことにした。
席に着くと料理が運ばれてくるのを待っている間に周りを見渡してみる。
客のほとんどは人族で、魔族らしき人は見当たらない。
まあ、当然といえば当然だが、なんだか違和感を覚えてしまうのだ。
そんなことを考えているうちに食事が運ばれてきたので食べることにする。
メニューはパンとスープ、それにサラダといったシンプルなものだったが味はとても美味しかった。
(これは凄いな……!)
夢中で食べているうちにあっという間に平らげてしまったのだった。
食事を終えた後、会計を済ませて店を出ることにする。
外に出るとまだ午前中だというのに日差しが強く照りつけてきたため思わず顔をしかめてしまった。
「ふぅー、暑いなぁ……」
そう言うと額の汗を拭いながら歩き出すことにした。
しばらく歩いているうちに喉が渇いてきたため水筒を取り出して一口飲むことにする。
中身は普通の水だが、冷たい感触が心地よく感じられた。
そうやって水分補給をしながら進んでいくとやがて街の入り口が見えてきたのでそのまま通り抜けることにする。
(さて、これからどうしようかな……?)
そんなことを考えながら歩いていくと、いつの間にか街の外に出ていたようだった。
辺り一面に広がる草原を眺めながら大きく伸びをする。
風が吹くたびに草花がさわさわと音を立てて揺れている様子を見ていると気持ちが安らいできた気がした。
そんな穏やかな時間を満喫していると突然後ろから声をかけられた。
振り返るとそこには一人の女性が立っていた。
「ねえ、こんなところで何してるの?」
それはまるで鈴の音のような綺麗な声だった。
声のした方を見るとそこには一人の少女が立っていた。
年齢は自分と同じくらいだろうか?
身長は自分よりも少し低いくらいだと思われる。
髪は長く腰まで届くほどに長い銀髪をしており、瞳は青く透き通るような輝きを放っているように見えた。
服装は白のワンピースを着ており、とても清楚な雰囲気を感じさせるものだった。
彼女の姿をひと目見た瞬間、心臓が跳ね上がったような気がした。
それほどまでに美しい容姿をしていたからだ。
しかし同時に疑問を抱くこともあった。
「どうしてこんなところにいるんだろう?」
不思議に思って尋ねると、彼女は悲しそうな表情を浮かべて俯いてしまった。
その表情を見て胸が締め付けられる思いがしたが、意を決して質問を続けることにした。
「あなたは一体誰なんですか?」
そう問いかけると、彼女はゆっくりと顔を上げてこちらを見つめ返してきた。
その瞳には涙が浮かんでいたが、それでも必死に堪えているようだった。
そんな彼女の姿に心を打たれていると、不意に口が開いた。
「……私の名前はレイナといいます」
そう名乗った後で、彼女は再び黙り込んでしまった。
沈黙が流れる中、俺たちはただ黙って見つめ合うことしかできなかった。
すると、彼女が何かを決心したように小さく頷いてから口を開いた。
「私は、あなたと同じ人間なんです」
「えっ!?」
驚きのあまり思わず声を上げてしまった。
まさか自分と同じような人がいるなんて思いもしなかったからだ。
しかもそれが魔族だなんて信じられなかった。
「本当なのか?」
半信半疑のまま聞き返すと、彼女はこくりと首を縦に振った。
それを見て、俺は言葉を失ってしまった。
まさかこんな所で同胞と出会うことになるとは夢にも思っていなかったからだ。
嬉しさが込み上げてきて胸が熱くなるのを感じた。
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