名前を棄てた賞金首

天樹 一翔

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第1話 出会い

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 空は雲一つない快晴。日差しが強く、目をまともに開けることができないほど眩しい。青空の下、荒野に生えている野草や花は逞しく咲いている。

 そこの岩場に座っているのは、肩くらいまである整えられた癖毛の髪と、顎髭を生やし、猫背姿勢の男。外見からして四十ほどだろうか。帽子を被り、シャツの上に、黒のコートの袖に両腕を通さず羽織っている。

 そして、光を放っているようにも見える、艶のある金具が付いた茶色の革ブーツ。腰にはホルスターを巻き、コートの間から見えるのは、パーカッション式シングルアクションの36口径リボルバー、コルトM1851が。

「もう目の前じゃないか、水の町ミネラル。アレが楽しみだ」

 目を細めながら、前方に見える町を眺めた後、満足そうな笑みを浮かべる。そして手に持っている小樽に入った水を口の中に運ぶ。

「最高の一杯だ」

 猫背男が水を堪能していると、辺りが急に暗くなる。

「あれ? おかしいな。さっきまでは明るかったのに」

 猫背男は辺りを見渡し、状況を確かめるが、岩場から半径二メートルほどが暗いだけ。

「まあいいや。影出来たことで涼しいし――影?」

 そう思った瞬間、金属音が噛み合わさった音が耳に届く。猫背男は冷や汗を垂らしながら、恐る恐る上に視線を移す。顔に落ちてきたねっとりとした感触で、口元が思わず歪む。

「こりゃマズイよ」
 
 大木のような巨躯を持ち、銀色の輝きを放つ鋼鉄の皮膚。ブレード付きの巨大な鋏は胴体の倍近く。八本の強靭な足に、高々と上げている細長い尾は、太陽を遮断し、先端が花のように開いている。深紅の瞳は不気味に微笑んでいた。

「ご機嫌よう、サソリちゃん」

 次の瞬間、尾の先端の開いた部分には赤いコアがあり、そこからレーザーが放たれた。猫背男が座っていた岩場周辺の地盤が沈下してしまう。
 
 慌てて前に飛んで回避したと同時にコートが肩から落ちる。銃を抜き、猫背男はサソリの目を狙って、引き金を引く。
 
 三十六口径から放たれた弾は、見事に眼に直撃した。そこからは紫色の血が噴射し、残っている片目で猫背男を睨めつける。

「恨まないでくれよ」

 もう一発。再び、猫背男はサソリの眼に鉛玉をぶち込んだ。だが――。

「えっ――ちょっとタイム!」

 そんな声も虚しく、サソリは嗅覚を頼りに、手当たり次第、レーザーを発射するため、猫背男はサソリの尻尾が向いている向きを確認しながら、前にひたすら走る。その尻尾の向きを見て予測するものの、ずっと避けきる事はできず。

「っつ……」

 左足に直撃してしまい転げてしまう。同時にコルトを手放してしまった。そしてズボンに血が滲んでいき、脚に力が入らない。

「参ったね。こりゃ動けないよ」

 猫背男の眼前には巨大な鋼鉄のサソリ。口調は余裕を持っているのだが、顔は冷や汗を垂らしながら引きつっている。

 サソリが自慢の はさみを天にかかげて、振り下ろそうとしたときだった。

「こっちよ!」
 
 その声を聞いて後ろを振り向くサソリ。馬に乗った女性が、掌サイズの透明の球体を投げると、光り輝きながら鋼鉄の胴体に触れる。
 
 どういう原理か、サソリの体は見事に二つに分かれてしまった。そして、地面に倒れる二つになった巨大生物。

 黒色の腰まである長い髪にほんの焼けた色黒の肌、少し厚めの唇に青色の瞳を持つ女性。ダイアモンドの首飾りに、胸元を開いているシャツと茶色のパンツ、そして黒のブーツ。やはり彼女も腰にはホルスターを巻き、パーカッション式シングルアクションの44口径リボルバー、レミントンM1858を備えている。だが、銃の色が全て銀のため、どこか最先端のような雰囲気が漂っている。

「大丈夫?」

「有難う、助かったよ。少し足が痛むけどね」

「待ってて」

 女性は馬から降りて、猫背男を見るなり驚く。

「もしかして、ただの銃でアレと戦っていたの?」

「そうだけど」

 猫背男がそう言うと、はあと溜め息をつく。

「とりあえず手当てするわよ。足見せて」

「すまない」

 女性はバッグから包帯を取り出して、猫背男の足に手際よく包帯を巻いていく。当然、彼女の胸元に目がいく。

「はい、これでOK」

 女性が立ちあがると、猫背男は思わず目を逸らす。

「どうかした?」

「何でもない。それより、君の名前は何ていうんだい?」

 女性は少し悪戯めいた顔をしたが、すぐに質問に答える。

「私の名前はセシリア。政府公認の 賞金稼ぎバウンテォー・ハンターよ。貴方は?」

「ボクのことはウォーカーと呼んでくれ。なあに、ただの旅人さ」

 ウォーカーはそう言うと、ハットを深く被り顔を隠す。

「ウォーカーね。生物が改良されて、より凶悪になってしまったのに、コルトだけで戦っている人なんて初めて見たわ」

 そう言いながら、サソリの死体の方に近付いていくセシリア。そのあとをウォーカーが追う。

「ボクは銃以外を扱うことができないほど不器用なんだよ」

「よく、今まで生きてこれたものね。これがあれば少しは役に立つでしょう」

 セシリアがサソリから取り出したものは鋼鉄の臓器だった。この生物の全ての部位は鉄に覆われていて、普通じゃなかなか倒せないだろう。

「なんだいそれは? 見たところ臓器っぽいけど」

「メタリックハート。まあ、鉄に覆われている生物の心臓のことは大体そう呼ばれているわね。このメタリックハートを持っている生物を撃破するのはなかなか難しいから、希少価値が高いわよ。強力な武器を造ることもできるし、高値で売れる」

「ボクは今まで、あのサソリを何回か倒したことはあるけれど、真っ二つにしたことはなかったから、心臓まで鉄とは驚きだよ」

 ウォーカーはそう言って鉄の心臓に見とれていた。少しグロテスクではあるが、さほど気にならない。むしろ、見たこともないものを目の前にして、興奮しているといったほうが正しい。

「それにしても、さっきサソリを真っ二つにした武器は何だい? あんな恐ろしい武器は初めて見たよ」

 ウォーカーは乗馬しようとしているセシリアに問いかける。

「アレは政府が対鋼鉄生物に開発した爆弾よ。太陽の光が強いほど威力が高いのだけれど、今日は日差しが強すぎて、体内から爆発して、綺麗に体が残ってしまったのよ」

「政府も凄いものを開発したな」

「カーリー保安官が鋼鉄生物を生み出したから、政府はこういった武器を造らざるを得なかったの」

「成る程ね。で、君はどこに行こうとしているの?」

 ウォーカーそう言うと、小樽に入った水を飲んだ。

「私はミネラルに行くの。そのカーリーがそこで実験していると聞いたわ。貴方もミネラルに?」

「そうだよ。ボクはある物を探しているんだ。それがミネラルにあると聞いてね。それと、水分補給がしたい」

「じゃあ一緒に行きましょう。後ろに乗って」

 セシリアはそう言って馬の背中の鞍を軽く叩く。そしてバッグを背負う。

「助かるよ――あっコート!」

「コート? ああアレね。取ってくるから少し待ってて」

 セシリアはそう言うと、ウォーカーがサソリと戦闘中に落としてしまったコートを拾って来てくれた。だが、眉を寄せて、コートの裏側の、ポケットの上に付いている赤眼の鷹の刺繍を見て首を傾げていた。

「どうかしたかい?」

 ウォーカーは自分のコートを見るなり、それを持っているセシリアに視線を戻す。

「なんでもないわ。行きましょう」

 コートを渡すと、セシリアは手を差し延べる。それに捕って馬にまたがるウォーカー。

「宜しく頼むよ」

 毛を撫でながら、セシリアと馬に向って言うと、ウォーカーは笑みを浮かべていた。

「任せて」

「ところで、お触りはアリかい?」

「降ろすわよ」

 そう言った彼女は、冷たい声で言い放った。微笑んではいるものの不気味な笑みにしか捉えることができない。思わず、降ろす=殺すに脳内変換されたくらいだ。

「すみません。冗談です」

 ウォーカーが謝ると、セシリアは笑って馬を出発させた。一マイル先に見えるミネラルを目指して荒野を駆け抜ける。
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