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十一歳、出会いと悲しみの冬 2
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夕食後、グレースたちは各々に与えられた寝所に戻った。
聖女候補にはそれぞれ狭いながら寝所として部屋が用意されている。
机と椅子がそれぞれ一脚ずつ、ベッドが一台と簡素なものだが人目を気にしなくてよいのは有難い。
部屋に戻ったグレースには日課がある。
それは、書庫から借りてきた御伽話を読むことだ。
勇敢な王子が世界を冒険する話しで、ページを進めるごとにグレースの疲れた心を癒してくれた。
今日もベッドの上で毛布に包まりページを捲る。
燃えるように赤い湖に雲の高原、魔石で出来た洞窟。
本の中の王子が旅する場所はいつも夢で溢れている。
この時だけは自分が聖女候補であることを忘れ、自由を謳歌する旅人になれた。
私もいつかこんな冒険に出てみたい―――
そんな淡い期待を寄せながら、グレースは物語に集中した。
◆◆◆
夜も更けてきて、遠くでゴーンっと鐘の鳴る音が聞こえる。
これは消灯を知らせる合図で、鐘が鳴らされたら部屋の明かりを落とす決まりだ。
グレースは栞を本に挟み、机の上に置く。
そして、ローソクの火を消してベッドに戻ろうとした時だった。
コンコン。
小さく扉を叩く音が聞こえた。
「どなた……」
「グレース、あたしよ。アイラよ」
扉の向こうで聞こえた声は心なしか怯えているようだ。
グレースは燭台を手にそっと扉を開けた。
「どうしたの、何かあった?」
「……えっと、その…お手洗いに…」
恥ずかしそうにもじもじするアイラの様子と“お手洗い”という言葉で理解する。
アイラは今だにトイレに一人でいけない時があり、その時はいつもグレースを訪ねてくるのだ。
「怖い夢でも見たの?」
「ううん、今日は一人で行こうとしたの。だけど途中で中庭で物音がして…」
なるほど。
グレースは納得した。
寝所からトイレまでは中庭にある吹き抜の廊下を通らなければならない。
冬の中庭は緑がなく、木々も裸のものが多く寂しい景色だ。
そして夜になると寂しさに闇の不気味さが追加される。
僅かな緑も闇色に染まり、木々の輪郭だけが暗闇の中に佇んでていて、魔物の陰のように思うだろう。
加えて今日は風が強いみたいで、窓ガラスが揺れる音が聞こえる。
風が吹けば茂みがざわつく。
そのざわつきにアイラは恐怖を覚えたのかもしれない。
アイラを怯えさせる要素は十分にある。
そう認識したグレースは優しく微笑んで彼女の頭を撫でて言った。
「大丈夫、私が一緒に行ってあげる」
アイラは安心したように息を吐き、グレースは燭台を持って廊下に出た。
そしてアイラと中庭まで歩みを進めた。
吹き抜けの廊下は冬の冷えた空気に満ちており、思わず身震いするほどだ。
雲がかかっているのか、月もでておらず中庭は闇そのものだった。
風に揺られて茂みがざわつき、びゅうびゅう聞こえる風の音は魔物の唸り声のようで気味が悪い。
アイラが恐がるはずだ。
自分でさえ、足が竦んでしまいそうだ。
グレースは息を大きく吸い込み、手をかざし複数の小さな光の玉を出現させた。
「ほら、これで恐くない」
ぽぅっと灯った光の玉はシャボン玉のようにふわふわと浮遊し、辺りを照らす。
「わぁ、これ可愛い! 妖精みたい。あたしにもやってみよっと!」
アイラは白い息を吐きながらはしゃぎ、グレースを真似て小さな光の玉を手をかざして飛ばす。
二人が出した光の玉は不気味な中庭をライトアップし幻想的な場所へと変貌させた。
「すごい、すごく綺麗ね! 魔法がこんなに楽しいなんて思わなった」
光の玉の中を楽しそうにくるくる回るアイラの言葉にグレースは、ハッとした。
私もだ、私も魔法がこんなに楽しいなんて思わなかった。
毎日の鍛錬で疲れ果てるまで使い続ける魔法は苦痛そのもので、魔力なんてなければいいのにとさえ思ったこともある。
「ええ、そうね。私も楽しいなんて思ったことなかったわ」
「じゃあ、グレースも楽しいのね? あたしも今、すっごく楽しい!」
アイラの正直で真っ直ぐな性格をグレースはたまに羨ましく思う。
楽しいことは楽しい、嫌なことは嫌。
グレースにはいつだって、そう言えるだけの自信がない。
「ねぇ、アイラ」
「なぁに、グレース」
無邪気なアイラにグレースは控えめに語りかけた。
「もし聖女になれなかったら、どうする……?」
「聖女に? うぅん、そうねぇ」
少し考えるような素振りをみせたアイラは笑顔で答える。
「あたしは嬉しいかも。お父様にお母様、それにお兄様たちとまた一緒に暮らせるものぉ」
やっぱり。
アイラには待ってくれている人がいるけど、グレースにはいない。
アイラには帰る場所があり、グレースにはない。
グレースは心の中に黒い何かが燻るのを感じた。
聖女候補にはそれぞれ狭いながら寝所として部屋が用意されている。
机と椅子がそれぞれ一脚ずつ、ベッドが一台と簡素なものだが人目を気にしなくてよいのは有難い。
部屋に戻ったグレースには日課がある。
それは、書庫から借りてきた御伽話を読むことだ。
勇敢な王子が世界を冒険する話しで、ページを進めるごとにグレースの疲れた心を癒してくれた。
今日もベッドの上で毛布に包まりページを捲る。
燃えるように赤い湖に雲の高原、魔石で出来た洞窟。
本の中の王子が旅する場所はいつも夢で溢れている。
この時だけは自分が聖女候補であることを忘れ、自由を謳歌する旅人になれた。
私もいつかこんな冒険に出てみたい―――
そんな淡い期待を寄せながら、グレースは物語に集中した。
◆◆◆
夜も更けてきて、遠くでゴーンっと鐘の鳴る音が聞こえる。
これは消灯を知らせる合図で、鐘が鳴らされたら部屋の明かりを落とす決まりだ。
グレースは栞を本に挟み、机の上に置く。
そして、ローソクの火を消してベッドに戻ろうとした時だった。
コンコン。
小さく扉を叩く音が聞こえた。
「どなた……」
「グレース、あたしよ。アイラよ」
扉の向こうで聞こえた声は心なしか怯えているようだ。
グレースは燭台を手にそっと扉を開けた。
「どうしたの、何かあった?」
「……えっと、その…お手洗いに…」
恥ずかしそうにもじもじするアイラの様子と“お手洗い”という言葉で理解する。
アイラは今だにトイレに一人でいけない時があり、その時はいつもグレースを訪ねてくるのだ。
「怖い夢でも見たの?」
「ううん、今日は一人で行こうとしたの。だけど途中で中庭で物音がして…」
なるほど。
グレースは納得した。
寝所からトイレまでは中庭にある吹き抜の廊下を通らなければならない。
冬の中庭は緑がなく、木々も裸のものが多く寂しい景色だ。
そして夜になると寂しさに闇の不気味さが追加される。
僅かな緑も闇色に染まり、木々の輪郭だけが暗闇の中に佇んでていて、魔物の陰のように思うだろう。
加えて今日は風が強いみたいで、窓ガラスが揺れる音が聞こえる。
風が吹けば茂みがざわつく。
そのざわつきにアイラは恐怖を覚えたのかもしれない。
アイラを怯えさせる要素は十分にある。
そう認識したグレースは優しく微笑んで彼女の頭を撫でて言った。
「大丈夫、私が一緒に行ってあげる」
アイラは安心したように息を吐き、グレースは燭台を持って廊下に出た。
そしてアイラと中庭まで歩みを進めた。
吹き抜けの廊下は冬の冷えた空気に満ちており、思わず身震いするほどだ。
雲がかかっているのか、月もでておらず中庭は闇そのものだった。
風に揺られて茂みがざわつき、びゅうびゅう聞こえる風の音は魔物の唸り声のようで気味が悪い。
アイラが恐がるはずだ。
自分でさえ、足が竦んでしまいそうだ。
グレースは息を大きく吸い込み、手をかざし複数の小さな光の玉を出現させた。
「ほら、これで恐くない」
ぽぅっと灯った光の玉はシャボン玉のようにふわふわと浮遊し、辺りを照らす。
「わぁ、これ可愛い! 妖精みたい。あたしにもやってみよっと!」
アイラは白い息を吐きながらはしゃぎ、グレースを真似て小さな光の玉を手をかざして飛ばす。
二人が出した光の玉は不気味な中庭をライトアップし幻想的な場所へと変貌させた。
「すごい、すごく綺麗ね! 魔法がこんなに楽しいなんて思わなった」
光の玉の中を楽しそうにくるくる回るアイラの言葉にグレースは、ハッとした。
私もだ、私も魔法がこんなに楽しいなんて思わなかった。
毎日の鍛錬で疲れ果てるまで使い続ける魔法は苦痛そのもので、魔力なんてなければいいのにとさえ思ったこともある。
「ええ、そうね。私も楽しいなんて思ったことなかったわ」
「じゃあ、グレースも楽しいのね? あたしも今、すっごく楽しい!」
アイラの正直で真っ直ぐな性格をグレースはたまに羨ましく思う。
楽しいことは楽しい、嫌なことは嫌。
グレースにはいつだって、そう言えるだけの自信がない。
「ねぇ、アイラ」
「なぁに、グレース」
無邪気なアイラにグレースは控えめに語りかけた。
「もし聖女になれなかったら、どうする……?」
「聖女に? うぅん、そうねぇ」
少し考えるような素振りをみせたアイラは笑顔で答える。
「あたしは嬉しいかも。お父様にお母様、それにお兄様たちとまた一緒に暮らせるものぉ」
やっぱり。
アイラには待ってくれている人がいるけど、グレースにはいない。
アイラには帰る場所があり、グレースにはない。
グレースは心の中に黒い何かが燻るのを感じた。
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