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十一歳、出会いと悲しみの冬 4
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夕食の時間を迎えて、食堂にやってきたグレースは改めてマルチナがいなくなったことを実感する。
テーブルの上に用意されたカトラリーは三人分、お祈りの音頭をとる者もいなければ、アイラにお説教をする声も聞こえない。
今夜は晩餐会があるというこで、メインは豪華なローストビーフ。
デザートはレモンのタルト、メレンゲクッキーにバニラの効いたアイスクリームまで用意されている。
普段は待ち遠しく思えた特別な夕食も今は試験で疲れているのと、マルチナがいなくなったショックでとても食べる気分にはなれない。
その気持ちはアイラも同じだったようで、目を真っ赤にしながら涙を零しパンに手を伸ばそうともせず。
この鬱々とした雰囲気が漂う中でミルフィーユだけが気にも留めていない様子で優雅に食事をとっていた。
ある意味肝が据わっている。
いずれにしよグレースには到底、真似できそうにないと思った。
◆◆◆
あくる朝、夜明け前に目が覚めたグレースは一人で中庭に来ていた。
寝所にいても鬱々とした気分は抜けず、気分転換に散歩に出てみた次第だ。
しかし、昨日の試験の疲労に夕食もまともにとっていないグレースに歩き回れるだけの体力はなく、葉っぱの散った裸の木の下にへたり込み膝を抱えた。
マルチナ……最後にお別れの挨拶もしていない。
彼女はグレースの生活からあっさりといなくなった。
次は誰がいなくなるのだろう。
アイラかミルフィーユか、自分かもしれない。
もしも自分だったらどうなるか。
アイラやミルフィーユのように帰る家もなければ家族もいない。
きっと、叔父夫婦は出戻ったグレースを家族とは認めないだろう。
もうあの屋敷はグレースを迎えてくれた温かい我が家ではなく、叔父夫婦の家になってしまった。
今更、グレースが屋敷に戻った所で厄介者扱いされ、都合の良い家に嫁に出されて終わりだ。
この黒い髪と目を受け入れてくれる嫁ぎ先があればいいのだけど……
心の中で次々に浮かぶ不安はますます気分を暗くさせた。
グレースが大きく溜め息を吐く。
すると―――
「どうした、困りごとか?」
目の前に白い髪の少年がいて、グレースの顔を覗き込んでいるではないか。
膝を抱え意識を遠のかせていたせいか、気配に気が付かなかった。
淡くて青い宝石のような切れ長の瞳が不思議そうにジッとこちらを見つめる。
見たことのない子だとグレースは思った。
年は同じか、少し上。
赤い上質な布で出来ているヒラヒラした衣装を着ているが、この衣装には見覚えがあった。
たまに魔石殿に来ている騎士団の大人がこんな衣装を着ていたはずだ。
しかし、こんな子供でも騎士団に入れるのだろうか。
騎士団は魔物の討伐や要人警護を行うのが主な仕事で、とても子供に務まるとは思えなかった。
「…あなた、どなた? 私は魔石殿に務める聖女候補の一人で、名をグレース・アイオライトと申します」
一応、無礼にならないように自分が何者であるか名乗っておく。
その反面、グレースは警戒を続ける。
後ろは木なので、後ずさって距離をとることも出来そうにない。
なので、何かあれば結界を張り攻撃魔法をお見舞いしてやろうと考えている。
グレースは相手に侮れないように表情を堅くして、なるべく気丈に振舞った。
その態度に気が付いたのか、青い目の少年は一歩下がって地面に剣を置き跪いた。
「名を名乗らず、失礼しました。私は王国騎士団所、騎士見習いのスノウ・クレシェントと申します。以後、お見知りおきを」
粗雑さなんて一切感じさせない上品な振舞いで挨拶をするスノウ。
地面に置かれた剣の柄には騎士団の象徴である赤い獅子の紋章が刻まれてた。
騎士見習いと言うのも、真実だろう。
だが、騎士見習いが魔石殿に一体なんの用があるのか。
事と次第によっては大人を呼ぶ必要がある。
グレースはより警戒を強めながら衣装の裾をギュッと握りしめた。
テーブルの上に用意されたカトラリーは三人分、お祈りの音頭をとる者もいなければ、アイラにお説教をする声も聞こえない。
今夜は晩餐会があるというこで、メインは豪華なローストビーフ。
デザートはレモンのタルト、メレンゲクッキーにバニラの効いたアイスクリームまで用意されている。
普段は待ち遠しく思えた特別な夕食も今は試験で疲れているのと、マルチナがいなくなったショックでとても食べる気分にはなれない。
その気持ちはアイラも同じだったようで、目を真っ赤にしながら涙を零しパンに手を伸ばそうともせず。
この鬱々とした雰囲気が漂う中でミルフィーユだけが気にも留めていない様子で優雅に食事をとっていた。
ある意味肝が据わっている。
いずれにしよグレースには到底、真似できそうにないと思った。
◆◆◆
あくる朝、夜明け前に目が覚めたグレースは一人で中庭に来ていた。
寝所にいても鬱々とした気分は抜けず、気分転換に散歩に出てみた次第だ。
しかし、昨日の試験の疲労に夕食もまともにとっていないグレースに歩き回れるだけの体力はなく、葉っぱの散った裸の木の下にへたり込み膝を抱えた。
マルチナ……最後にお別れの挨拶もしていない。
彼女はグレースの生活からあっさりといなくなった。
次は誰がいなくなるのだろう。
アイラかミルフィーユか、自分かもしれない。
もしも自分だったらどうなるか。
アイラやミルフィーユのように帰る家もなければ家族もいない。
きっと、叔父夫婦は出戻ったグレースを家族とは認めないだろう。
もうあの屋敷はグレースを迎えてくれた温かい我が家ではなく、叔父夫婦の家になってしまった。
今更、グレースが屋敷に戻った所で厄介者扱いされ、都合の良い家に嫁に出されて終わりだ。
この黒い髪と目を受け入れてくれる嫁ぎ先があればいいのだけど……
心の中で次々に浮かぶ不安はますます気分を暗くさせた。
グレースが大きく溜め息を吐く。
すると―――
「どうした、困りごとか?」
目の前に白い髪の少年がいて、グレースの顔を覗き込んでいるではないか。
膝を抱え意識を遠のかせていたせいか、気配に気が付かなかった。
淡くて青い宝石のような切れ長の瞳が不思議そうにジッとこちらを見つめる。
見たことのない子だとグレースは思った。
年は同じか、少し上。
赤い上質な布で出来ているヒラヒラした衣装を着ているが、この衣装には見覚えがあった。
たまに魔石殿に来ている騎士団の大人がこんな衣装を着ていたはずだ。
しかし、こんな子供でも騎士団に入れるのだろうか。
騎士団は魔物の討伐や要人警護を行うのが主な仕事で、とても子供に務まるとは思えなかった。
「…あなた、どなた? 私は魔石殿に務める聖女候補の一人で、名をグレース・アイオライトと申します」
一応、無礼にならないように自分が何者であるか名乗っておく。
その反面、グレースは警戒を続ける。
後ろは木なので、後ずさって距離をとることも出来そうにない。
なので、何かあれば結界を張り攻撃魔法をお見舞いしてやろうと考えている。
グレースは相手に侮れないように表情を堅くして、なるべく気丈に振舞った。
その態度に気が付いたのか、青い目の少年は一歩下がって地面に剣を置き跪いた。
「名を名乗らず、失礼しました。私は王国騎士団所、騎士見習いのスノウ・クレシェントと申します。以後、お見知りおきを」
粗雑さなんて一切感じさせない上品な振舞いで挨拶をするスノウ。
地面に置かれた剣の柄には騎士団の象徴である赤い獅子の紋章が刻まれてた。
騎士見習いと言うのも、真実だろう。
だが、騎士見習いが魔石殿に一体なんの用があるのか。
事と次第によっては大人を呼ぶ必要がある。
グレースはより警戒を強めながら衣装の裾をギュッと握りしめた。
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