6 / 17
十一歳、出会いと悲しみの冬 5
しおりを挟む
「ここは聖女ドロテア様が治める魔石殿の中庭です。何用があって、この場にお出でですか」
グレースは立ち上がり、返答次第では大人の所へ駆け込む準備をする。
幸いなことに相手が一歩下がってくれたので、逃げる余地が出来た。
警戒心丸出しのグレースは次の相手の反応を待つ。
「魔石殿へは、騎士団長と他騎士数名と参りました。私は魔石殿の巡回を仰せ使っており、この場にいる次第です」
「……そうですか。巡回の時間にしては、早すぎる気がしますが?」
こんなに早朝から巡回する者をグレースは見たことがなかった。
本当に巡回をするように言われたのか。
さらに疑念の視線を向けていると、膝を着いたままスノウが言葉を続ける。
「聖女候補様は私がこのような早朝から巡回を本当に仰せ使ったのか、怪しんでいるのですね。確かに、私の勤務時間はもう少し先です。今は休憩時間なので、この場へは鍛錬に励もうと参りました。なので……」
スノウは言い終わらないうちに立ち上がり、一歩グレースに近づく。
「お前に疑われる筋合いはない。俺が嫌ならこの場を立ち去ればいい」
思いがけない厳し口調に後ずさったグレースの背中が、トンっと木の肌に当たった。
彼の方が少しばかり身長が高いのもあって、見下ろされる形になり威圧感を感じる。
宝石みたいに綺麗だと思った淡くて青い瞳が鋭さを増し、恐いと思わせるほどグレースを捉えた。
「お、おやめくだぃ……」
絞り出すみたく出たか弱い声がグレースの羞恥心を煽り、無意識に頬が熱くなる。
異性とこんなに近くから視線を合わせたこともなければ、言葉を交わしたこともない。
つまり、慣れていないのだ。
先ほどまでの気丈に振舞っていた強気な態度は消え去り、弱々しく瞳に涙を浮かべる。
途端にスノウの瞳に焦りの色が窺え―――
「…え、あれ……?」
まさかグレースが泣き出すとは思っていなかったらしく、スノウは面食らった様子で飛び退いた。
「悪い、恐がらせるつもりじゃなかった。偉く強気だったから、これくらい平気なのかと……」
真っ赤になった顔を抑えながらその場にへたり込むグレースを見て、スノウもばつが悪そうに頭を掻く。
出会ったばかりの人に自分の痴態を見られたような気がして、グレースは逃げ出したい気持ちでいっぱいになる。
けれど、疑った挙句に何も言わずに逃げ出すのは無礼千万だ。
もちろんグレースだってそんな風に両親に育てられていない。
グレースは賢明に心を落ち着かせると、小さな声で呟くように言った。
「いいえ、スノウ様。私も疑ってしまい、申し訳ございません…」
半泣き状態の自分の顔は真っ赤で、さぞみっともないだろう。
笑われたって仕方がない。
そういう風にグレースは覚悟していたのだが、スノウは少し困ったような表情を浮べると隣に腰を下ろした。
「……あの、スノウ様?」
隣で揺れるスノウの白雪のような白い髪。
なぜ隣に座ったのか、グレースが理解できずに困惑していると……
ぶっきらぼうな声が聞こえた。
「お前は、悪くない。俺がお前の気持ちを考えないで、無礼な声のかけ方をしたのがいけなかった。改めて詫びる、ごめん…」
そう言ったスノウの横顔は心なしか赤いようにも見える。
最初は怪しい人だと思ったが、謝ってくれたし誠実な人みたいだ。
グレースは少しだけ安心する。
「いいえ、大丈夫です。私の方こそ……あなたの鍛錬の邪魔をしてしまいました。ごめんなさい」
中庭に来たのも鍛錬に来たと言っていたので、剣を振る予定だったのかもしれない。
今からでも鍛錬をと言おうとしたが、彼の赤い衣装の腕の部分が刃物で切られたように裂け、血が滲んでいるのを発見した。
グレースは立ち上がり、返答次第では大人の所へ駆け込む準備をする。
幸いなことに相手が一歩下がってくれたので、逃げる余地が出来た。
警戒心丸出しのグレースは次の相手の反応を待つ。
「魔石殿へは、騎士団長と他騎士数名と参りました。私は魔石殿の巡回を仰せ使っており、この場にいる次第です」
「……そうですか。巡回の時間にしては、早すぎる気がしますが?」
こんなに早朝から巡回する者をグレースは見たことがなかった。
本当に巡回をするように言われたのか。
さらに疑念の視線を向けていると、膝を着いたままスノウが言葉を続ける。
「聖女候補様は私がこのような早朝から巡回を本当に仰せ使ったのか、怪しんでいるのですね。確かに、私の勤務時間はもう少し先です。今は休憩時間なので、この場へは鍛錬に励もうと参りました。なので……」
スノウは言い終わらないうちに立ち上がり、一歩グレースに近づく。
「お前に疑われる筋合いはない。俺が嫌ならこの場を立ち去ればいい」
思いがけない厳し口調に後ずさったグレースの背中が、トンっと木の肌に当たった。
彼の方が少しばかり身長が高いのもあって、見下ろされる形になり威圧感を感じる。
宝石みたいに綺麗だと思った淡くて青い瞳が鋭さを増し、恐いと思わせるほどグレースを捉えた。
「お、おやめくだぃ……」
絞り出すみたく出たか弱い声がグレースの羞恥心を煽り、無意識に頬が熱くなる。
異性とこんなに近くから視線を合わせたこともなければ、言葉を交わしたこともない。
つまり、慣れていないのだ。
先ほどまでの気丈に振舞っていた強気な態度は消え去り、弱々しく瞳に涙を浮かべる。
途端にスノウの瞳に焦りの色が窺え―――
「…え、あれ……?」
まさかグレースが泣き出すとは思っていなかったらしく、スノウは面食らった様子で飛び退いた。
「悪い、恐がらせるつもりじゃなかった。偉く強気だったから、これくらい平気なのかと……」
真っ赤になった顔を抑えながらその場にへたり込むグレースを見て、スノウもばつが悪そうに頭を掻く。
出会ったばかりの人に自分の痴態を見られたような気がして、グレースは逃げ出したい気持ちでいっぱいになる。
けれど、疑った挙句に何も言わずに逃げ出すのは無礼千万だ。
もちろんグレースだってそんな風に両親に育てられていない。
グレースは賢明に心を落ち着かせると、小さな声で呟くように言った。
「いいえ、スノウ様。私も疑ってしまい、申し訳ございません…」
半泣き状態の自分の顔は真っ赤で、さぞみっともないだろう。
笑われたって仕方がない。
そういう風にグレースは覚悟していたのだが、スノウは少し困ったような表情を浮べると隣に腰を下ろした。
「……あの、スノウ様?」
隣で揺れるスノウの白雪のような白い髪。
なぜ隣に座ったのか、グレースが理解できずに困惑していると……
ぶっきらぼうな声が聞こえた。
「お前は、悪くない。俺がお前の気持ちを考えないで、無礼な声のかけ方をしたのがいけなかった。改めて詫びる、ごめん…」
そう言ったスノウの横顔は心なしか赤いようにも見える。
最初は怪しい人だと思ったが、謝ってくれたし誠実な人みたいだ。
グレースは少しだけ安心する。
「いいえ、大丈夫です。私の方こそ……あなたの鍛錬の邪魔をしてしまいました。ごめんなさい」
中庭に来たのも鍛錬に来たと言っていたので、剣を振る予定だったのかもしれない。
今からでも鍛錬をと言おうとしたが、彼の赤い衣装の腕の部分が刃物で切られたように裂け、血が滲んでいるのを発見した。
0
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
「女のくせに強すぎて可愛げがない」と言われ婚約破棄された追放聖女は薬師にジョブチェンジします
紅城えりす☆VTuber
恋愛
*毎日投稿・完結保証・ハッピーエンド
どこにでも居る普通の令嬢レージュ。
冷気を放つ魔法を使えば、部屋一帯がや雪山に。
風魔法を使えば、山が吹っ飛び。
水魔法を使えば大洪水。
レージュの正体は無尽蔵の魔力を持つ、チート令嬢であり、力の強さゆえに聖女となったのだ。
聖女として国のために魔力を捧げてきたレージュ。しかし、義妹イゼルマの策略により、国からは追放され、婚約者からは「お前みたいな可愛げがないやつと結婚するつもりはない」と婚約者破棄されてしまう。
一人で泥道を歩くレージュの前に一人の男が現れた。
「その命。要らないなら俺にくれないか?」
彼はダーレン。理不尽な理由で魔界から追放された皇子であった。
もうこれ以上、どんな苦難が訪れようとも私はめげない!
ダーレンの助けもあって、自信を取り戻したレージュは、聖女としての最強魔力を駆使しながら薬師としてのセカンドライフを始める。
レージュの噂は隣国までも伝わり、評判はうなぎ登り。
一方、レージュを追放した帝国は……。
聖女の力を妹に奪われ魔獣の森に捨てられたけど、何故か懐いてきた白狼(実は呪われた皇帝陛下)のブラッシング係に任命されました
AK
恋愛
「--リリアナ、貴様との婚約は破棄する! そして妹の功績を盗んだ罪で、この国からの追放を命じる!」
公爵令嬢リリアナは、腹違いの妹・ミナの嘘によって「偽聖女」の汚名を着せられ、婚約者の第二王子からも、実の父からも絶縁されてしまう。 身一つで放り出されたのは、凶暴な魔獣が跋扈する北の禁足地『帰らずの魔の森』。
死を覚悟したリリアナが出会ったのは、伝説の魔獣フェンリル——ではなく、呪いによって巨大な白狼の姿になった隣国の皇帝・アジュラ四世だった!
人間には効果が薄いが、動物に対しては絶大な癒やし効果を発揮するリリアナの「聖女の力」。 彼女が何気なく白狼をブラッシングすると、苦しんでいた皇帝の呪いが解け始め……?
「余の呪いを解くどころか、極上の手触りで撫でてくるとは……。貴様、責任を取って余の専属ブラッシング係になれ」
こうしてリリアナは、冷徹と恐れられる氷の皇帝(中身はツンデレもふもふ)に拾われ、帝国で溺愛されることに。 豪華な離宮で美味しい食事に、最高のもふもふタイム。虐げられていた日々が嘘のような幸せスローライフが始まる。
一方、本物の聖女を追放してしまった祖国では、妹のミナが聖女の力を発揮できず、大地が枯れ、疫病が蔓延し始めていた。 元婚約者や父が慌ててミレイユを連れ戻そうとするが、時すでに遅し。 「私の主人は、この可愛い狼様(皇帝陛下)だけですので」 これは、すべてを奪われた令嬢が、最強のパートナーを得て幸せになり、自分を捨てた者たちを見返す逆転の物語。
『有能すぎる王太子秘書官、馬鹿がいいと言われ婚約破棄されましたが、国を賢者にして去ります』
しおしお
恋愛
王太子の秘書官として、陰で国政を支えてきたアヴェンタドール。
どれほど杜撰な政策案でも整え、形にし、成果へ導いてきたのは彼女だった。
しかし王太子エリシオンは、その功績に気づくことなく、
「女は馬鹿なくらいがいい」
という傲慢な理由で婚約破棄を言い渡す。
出しゃばりすぎる女は、妃に相応しくない――
そう断じられ、王宮から追い出された彼女を待っていたのは、
さらに危険な第二王子の婚約話と、国家を揺るがす陰謀だった。
王太子は無能さを露呈し、
第二王子は野心のために手段を選ばない。
そして隣国と帝国の影が、静かに国を包囲していく。
ならば――
関わらないために、関わるしかない。
アヴェンタドールは王国を救うため、
政治の最前線に立つことを選ぶ。
だがそれは、権力を欲したからではない。
国を“賢く”して、
自分がいなくても回るようにするため。
有能すぎたがゆえに切り捨てられた一人の女性が、
ざまぁの先で選んだのは、復讐でも栄光でもない、
静かな勝利だった。
---
虐げられた聖女は精霊王国で溺愛される~追放されたら、剣聖と大魔導師がついてきた~
星名柚花
恋愛
聖女となって三年、リーリエは人々のために必死で頑張ってきた。
しかし、力の使い過ぎで《聖紋》を失うなり、用済みとばかりに婚約破棄され、国外追放を言い渡されてしまう。
これで私の人生も終わり…かと思いきや。
「ちょっと待った!!」
剣聖(剣の達人)と大魔導師(魔法の達人)が声を上げた。
え、二人とも国を捨ててついてきてくれるんですか?
国防の要である二人がいなくなったら大変だろうけれど、まあそんなこと追放される身としては知ったことではないわけで。
虐げられた日々はもう終わり!
私は二人と精霊たちとハッピーライフを目指します!
悪役令嬢と呼ばれて追放されましたが、先祖返りの精霊種だったので、神殿で崇められる立場になりました。母国は加護を失いましたが仕方ないですね。
蒼衣翼
恋愛
古くから続く名家の娘、アレリは、古い盟約に従って、王太子の妻となるさだめだった。
しかし、古臭い伝統に反発した王太子によって、ありもしない罪をでっち上げられた挙げ句、国外追放となってしまう。
自分の意思とは関係ないところで、運命を翻弄されたアレリは、憧れだった精霊信仰がさかんな国を目指すことに。
そこで、自然のエネルギーそのものである精霊と語り合うことの出来るアレリは、神殿で聖女と崇められ、優しい青年と巡り合った。
一方、古い盟約を破った故国は、精霊の加護を失い、衰退していくのだった。
※カクヨムさまにも掲載しています。
【完結】アラフォー聖女、辺境で愛されます。~用済みと追放されましたが私はここで充実しています~
猫燕
恋愛
聖女エレナは、20年間教会で酷使された末、若い新聖女に取って代わられ冷淡に追放される。「私の人生、何だったの?」と疲れ果てた彼女が流れ着いたのは、魔物の呪いに苦しむ辺境の村。咄嗟に使った治癒魔法で村人を救うと、村の若者たちに「聖女様!」とチヤホヤされる。エレナの力はまだ輝いていた――。追放されたアラフォー聖女が、新たな居場所で自信と愛を取り戻す、癒やしと逆転の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる