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デカい猫(タチ)に首輪を贈る日
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ある晴れた昼下がり。大学へ向かう途中、透山斗真(とうやまとうま)は異様な光景を目の当たりにした。
斗真が立っている道路を挟んだ先には公園があり、入り口前には首輪を付けた男とその手綱を持った少年がいた。ペットの散歩なら微笑ましい光景であるが、実際に少年が連れて歩いているのはどう見ても成人男性だ。
男は首輪の他にマスクを着けているが、伏し目がちな瞳を覆うまつ毛はとても長く、マスク越しからでも大変整った顔であろうということが窺える。
身長は180cmを超える長身で、首元が大きく開いたシャツも細身のパンツも全てが黒づくめであり、どこか自分が飼っているデカい猫こと黒い男を思い出させる。
「(何かのプレイか?)」
男は恥じらう風でもなく卑屈な様子もなく、ただあるがままを受け入れているように見える。対して少年の表情は無そのものであり、その感情を読み取ることはできない。首輪男の飼い主であろう少年は虚空の眼差しでリードを握りしめ、自分より遥かに大きい大人の男を引き連れて公園へ消えていった。
「あらぁペットの散歩? えらいわねぇ」
「ど、どうも」
気さくなご近所さんといった女性が少年に声をかけている。少年もペットの男も礼儀正しく頭を下げているところが見えた。斗真はこれ以上の深追いは禁物だ、脳がバグると判断し、その場を去ることにした。
「うわぁああん!」
昼飯を買っていこうと思った斗真は弁当屋に入ると、そこにはカウンターに突っ伏して大泣きしている男がいた。何があったのか知る由もないが、男は「俺も愛情のこもった料理が食べたかった!」とぐずりだし、カウンター越しの店員は「私達だって愛情こめて弁当を作っています!」と応戦している。
「すみません、のり弁ひとつ」
斗真は先ほどの少年以上に虚空の表情を顔に貼りつけて、泣き崩れる男を視野にも入れてやらず弁当を頼むとその場を後にした。
「私の事なんて何とも思ってないんでしょ! ばかぁ!!」
カップルの痴話げんかなんてもう可愛いものだ。斗真が通る大学への道を塞ぐように言い争いなどしていなければ。女の方は斗真が苦手な地雷系の女の子。男の方は……「そんなことないよ」と困ったように宥める彼氏の声は存外高く、見た目も美少年といった風だがもしかしたら「彼」はボーイッシュな女性なのかもしれない。
「(女の子同士のカップルかな)」
斗真自身はお試し期間とは言え、恋人でも友人でもパートナーでもない、謎の関係性にあるイケメンを自分の猫(タチだが)として飼っている身だ。彼女らに比べたら不誠実さも不健全さも勝る。
「でもぉ、さやの他に34人も付き合ってる人がいるなんて最低じゃん!」
「同接35股!? 」
思わず美少年(性別不詳)の方を振り返り二度見三度見してしまった後、不自然だろうなと内心思いながら斗真は二人の仲を引き裂くように道を開けてもらい、足早にその場を去った。
嫌なこともいいことも、おかしなこともよくわからんことも、人生来るときは立て続けにやって来るものらしい。大学に着く前から何だか疲弊してしまった斗真は、講義までまだ時間があったので、そのままサークルの部室へ向かった。
「お疲れー」
サークルのメンバーと自身に対する労いと挨拶の言葉をかけつつ共にドアを開けると、そこには黒い猫耳を付けた黒コーデのイケメンが無表情で呆然と立ち尽くしていた。
「……この街は狂ってる」
「どうした? 」でも「何それ笑? 」でもなく虚空の表情のまま静かに絶望する男と、同じく無表情のまま対峙する猫耳の黒い男、黒峰琢磨(くろみねたくま)。
無表情ではあるが、本人が望んで猫耳を付けているようには見えず、整った顔立ちには少しばかりの羞恥、苦味、そんな複雑な色合いが滲み出ているようだった。
琢磨の周りには、スマホを構えた顔面偏差値が高めの男たちが突っ立っていた。
彼らには誰かが部室に入って来た瞬間、目の前に現れた猫耳イケメンを見た時の反応をちょっとしたドッキリ感覚で撮ってやろうという気持ちがあったが、斗真の虚空を見た瞬間それも引っ込んでしまったらしい。
「……ふざけすぎ」
斗真は虚空のまま、その場にいたサークルメンバーに説教をしている。はい……と力ない返事をしているメンバーたちは、椅子なんてそこら辺に沢山転がっているというのに何故か自主的に正座をして、神妙な面持ちで斗真の話を聞いていた。
「人の事勝手に撮影するのもいやだし。大体、黒峰君も嫌がってたんじゃないの? こいつのこんな虚無顔初めてみたけど」
それまで無表情だった琢磨は、今はみーみーと子猫のようにか細い鳴き声を上げ震えながら斗真に縋りついているが、何故か猫耳は付けたままだ。
その姿はさも「僕は無理やりやらされたんです、被害者です」といった風だ。よしよしと斗真に背中をポンポン叩かれて、まんざらでもないどころかすっかりご満悦の琢磨に、サークルメンバーは小声で「ちっ」「ふざけんな」「お前もこっち側だろうが」とぶつぶつ呟いている。
「皆で仲良くやっていくためにも、こういうの気を付けようね。返事は?」
「はい」
「はい」
「はい」
「はい」
「ぷい」
「最後モルカーいたな、おい」
形ばかりの説教が終わった後はそのまま解散となり、各々自由行動をとっている。斗真も例に漏れず、先ほどおかしいやり取りを目撃した弁当屋で買ったのり弁当を、今はもぐもぐやっている。
「斗真君、何か疲れてるみたいだね」
お疲れ、と声をかけてくれたのは猫耳を取り外した琢磨だ。ミニペットボトルのお茶を差し出す黒い男を見て、気が利くなぁと素直に感謝の意を述べる。
「……ここに来るまでに異様なものを見すぎて。正気度がゴリゴリ削られた。」
まるでTRPGの探索者のような台詞だ。琢磨は意味も解らずコテンと小首を傾げるが、それでも疲れた様子は伝わって来たのかいつも以上に大人しく、少しだけ困ったような表情で穏やかな笑みを浮かべている。
「ああそうだ、琢……黒峰君も嫌なことは嫌って言うんだよ」
「うん」
「お前割といい奴だし、イケメンだから変なところで利用されたりおもちゃにされたりするかもしれないからさ」
「……うん」
斗真という男は、良いものは良いとはっきり口に出す人間のため、己の感情はあまり伴わず、例え相手が苦手な人間であったとしても自分がそうだと思ったのなら「イケメン」や「可愛い」といった肯定的な言葉も臆することなく発する。そこを勘違いされて斗真に好意を抱く人間も少なからずいた。
打算がなく見返りを求めない斗真の言葉に、黒い男は時折心地の良いくすぐったさを感じていた。
昼食が終わり講義へ向かう最中、一人の女子が駆け寄ってきた。といってもその先は斗真ではなく隣にいる琢磨だ。
「黒峰君! これから講義? もし時間空いてたら一緒に……」
この後は斗真も琢磨もそれぞれ別の講義に向かう予定であった。彼女のお目当ては琢磨であり、自分が彼女の視野にすら入っていないことを察した斗真は軽く目配せする。そのまま邪魔をしないようにそっと琢磨から離れようとするが、隣にいる黒い男は斗真の服をむんずと掴んで離さない。
「ごめんね、俺も……」
チラリと斗真の顔色を窺う黒い男の意図が、斗真にはわからず「?」といった様子で首を傾げてみせる。
「ご主人様も、この後は講義だから」
バイバイと愛想よく手を振って、呆然とする女子を残して二人はその場を去った。厳密にいうなら黒い男が斗真の腕を組んで、その場からズリズリ無理やり連れ去った様にも見える。
「お前と主従関係を結んだ覚えはないんだけど」
「あったでしょ」
飼ってくれるって言ったよね? デカい黒猫はにゃーと寂しそうな鳴き声を上げて見せる。
「あったわ」
斗真は素直な男であり、自分の発言については責任を持つ男だ。なし崩しにキスもそれ以上もやってしまい、後は斗真のバックバージン喪失も秒読みかという関係性になった二人。友達ともセフレとも言い難い、目の前の男との謎の関係を持て余した斗真は、先日お試し期間として「うちの猫になってみるか? 」と琢磨に自分の飼い猫になることを提案してみたのであった。
「でも、人前でご主人様はよせ」
「誰もいないところならいいの?」
「悪いけどそういう趣味はない」
「じゃあ、斗真君のこと皆に何て言えばいい? 」
「……友達でいいじゃん」
「嫌だ」
琢磨は傷ついたような表情を浮かべると、友達じゃ全然足りないと拗ねたように呟いて、足早に講義室に去っていった。
黒い男のそんな姿を見たことがなかった斗真は動揺してしまい、呆然と去り行く姿を目で追うだけだった。
「どうすりゃよかったのか」
頭が高速回転しているのは講義のためではなく、あのデカい黒猫のことで頭がいっぱいになっていたからだ。
友達がいやなら何ならよいのか。まさか本当にペットになりたいと思っているわけでもなさそうだし、ヒモと呼ぶにはアイツはオレに尽くしすぎていると斗真は思う。恋人と呼ぶにはあまりにも互いの事を知らないけれど、困ったことに斗真には黒い男に対する嫌悪感も拒絶する感情もなかった。
結局大したいい考えも思い浮かばず、脳が糖質をどんどん消費して勝手に疲れてゆくので、その日の講義はあっという間に終わってしまった。
日もとっぷり暮れたころ、大学の正門には闇と同化してしまいそうな黒コーデの男が待っていた。
「お疲れ。斗真君、帰ろ? 」
「逞しいなお前」
昼過ぎのあのやり取りがなかったかのように、満面の笑みで琢磨がこちらへやってくる。寒かったでしょと斗真の手を包み込むようにギュッと握りしめるその仕草は、控えめに言っても溺愛彼氏のそれだった。
「俺が琢磨の立場だったら、気まずさで数日ぐらいはお前とギクシャクすると思う」
「そっか、でもね。人の命は有限なんだよ斗真君」
悩むだけ時間の無駄だし、俺と斗真君が一緒に居られる時間が減るのも嫌だから。穏やかにほほ笑む男は親友のように温かくて、恋人のように仄かな熱がこもっているが同時にどこか狂気も満ちている。琢磨に気がある女子ならこれだけで落ちてるだろうなぁと思いながら、斗真の胸にジンジンした熱とチクリとした痛みが少しだけ走る。
「一緒に帰ろ」
「俺ん家にか」
「うん」
「家賃払ってくれ」
口先ではビジネスライクな台詞を吐きつつ、甘えたな彼女のように自分の腕に絡みつく男をそのままにして、斗真は家路につく。手を払いのけられず拒絶されないことに、黒い猫は安堵の溜息をこっそりと吐く。
「……別にいいんだけど、今度お前ん家にも行ってみたい」
たまには外食したいといった感じの、主婦のような台詞を吐く斗真に対して、琢磨がぴしゃりと返答する。
「今はまだその時ではない」
「どういうことなんだお前」
「ゲームの終盤で行けるようになるダンジョンか、お前ん家は」とツッコミを入れつつ、よくわからないが今は条件を満たしていないらしいということだけ把握した斗真は、それ以上は深入りせず「いつかおじゃまさせてくれよ」と伝える。
「うん」といつもより小さい声で答えた黒い男は、顔を耳まで赤くして「近いうちに、必ず」と聞こえるか聞こえないかの声でそう呟いた。
「ただいま」
「ただいま」
「……おかえり」
どうにも収まりが付かないので、帰宅とお迎えを器用に同時にやった斗真は、そのまま引き寄せられるように琢磨に抱きしめられ、腕の中にすっぽりおさまる。
「んー斗真君不足で倒れそうだった」
「燃費が悪いなぁお前」
デカい猫にスースー吸われながら、これではどちらが猫かわからないと斗真はぼんやり考える。首筋に顔を埋めてスースーされていることに飽きてきたのか、斗真は黒い猫の頭をわしわし撫でて、それから耳や背中にも手を伸ばした。
「んっ、斗真君、耳やだぁ♡」
敏感な箇所を弄られて黒い男はびくりと大げさに身を震わせてみる。猫(タチ)のわざとらしい喘ぎ声にフフッと笑い声を漏らすと「あれ、興奮しなかった? 」と琢磨はやっぱりわざとらしく首を傾げる。
「ここ、玄関だしさ」
「行儀の良い斗真君も好きだよ」
騎士のように跪いて、斗真の靴を脱がしてやると黒い男は飼い主を横抱きにして部屋に運び込んだ。
「風呂は?」
「今はいいかな」
後で貸してください。いつもならすぐに人の家の風呂を借りようとする男は、今は人を駄目にするタイプのクッションに斗真を押し倒して、頬や額や首筋など、肌の見えるところにちゅいちゅいリップ音を響かせている。
くすぐったさと照れくささと「俺の方が構うんだよ」と、服の中に手を伸ばされた時にビクリと身を捩じらせて微かな抵抗を試みる。
「どうして」
「だって、汗かいたし」
「斗真君の匂いが濃くて好き」
「……変態」
形ばかりの抵抗も疲れたのか、斗真は諦めたように「おいで」と黒い猫の首に自身の両腕を絡ませて、引き寄せた。
「ぎゅーして」
「ん」
甘えているのはデカい猫(タチ)のほうで、言葉少なく男の言う通り抱きしめてやり頭を撫でているのは斗真である。性行為で受け手側にまわったとしても、基本的には男前な彼はよしよしと甘えさせてやっている。
「チューして」
「……うん」
けれども熱が入ってしまうとすっかり駄目で、自分から唇を押し当てたというのに舌でノックされ口内への侵入を簡単に許してしまうと、後は舌と舌を絡め合い、アーチ状の歯並を舌でなぞられてしまい、それだけで身体に力が入らなくなってしまう。
意図的になのか、琢磨は斗真の耳を塞ぐようにして頭を抱えて舌を絡ませるので、くちゅくちゅした音が頭の中に響いて、脳内から犯されてゆくようだった。
キスが大好きになったのも、口の中を性感帯に作り替えられてしまったのも、全部この黒い男の所為だった。
「んっ、ぅふぅ♡ んっ♡ ぅうん♡」
斗真は唇で舌をペニスのように扱かれたり吸われるのが好きで、じゅうと唾液を搾り取られるように舌を吸われるのも好きだった。
「俺にも舌フェラして?」
「んっ……はむ、ふぅ♡」
黒い男の声はどこか掠れていて、甘える声すらもぞくぞくする低音であり、斗真の心と腰を甘く砕く。男にしてもらったように斗真も両の唇で少しだけ体温の低い舌を扱いてやると、琢磨の口からも「んっ♡ 」と気持ちのよさそうな声が零れ落ちた。
「はぁっ、あっあふ♡ んっんっんぅう♡」
唇を吸われながら、服越しに胸の突起を指でカリカリ引っかかれる。子猫のいたずらのようなそれは確かに快楽を与えるためのもので、斗真は無意識に腰が引けてしまう。
カリカリ先端を爪先で撫でられて、もうそこだけで達してしまいそうになる。それがもどかしくて勿体なく感じてしまい、身体を離そうとするが。
「駄目♡」
俺から離れないで? 息継ぎの間に琢磨に囁かれ、腰の辺りに手を回されてしまい離れることもかなわなかった。シャツの中に手を差し入れられて直接胸に刺激が走る。こりこり弄られ押しつぶされて、引っ張られると斗真の口から「あぁあ♡」と切ない声が漏れる。
舌を絡めとられて優しく、けれども玩具のように胸も弄られて。斗真は下半身に擡げる熱を開放してやりたくて、無意識のうちに黒い男の足に股を擦りつけ、へこへこといやらしく腰を動かす。
「こーら♡ 俺の足でオナニーしちゃうの?」
淋しいな。琢磨は名残惜しそうに斗真の口から自身の唇をそっと話すと、互いの口を伝う銀糸もそのままに斗真のパンツに手を掛けた。苦しそうに勃ち上がったそこが解放されて、ぴょこんと現れた肉棒の先端からは、だらしなく涎のように先走りが垂れている。
「えっちな涎が沢山出てる、一回抜こうか」
「ひぁっ♡ 」
いつものように兜合わせで扱いてもらうのかと身を任せた斗真は、敏感な鈴口を先端だけを擦るように弄られて、びくりびくりとその身を痙攣させる。
「あ、やぁ、あぁあ♡ ちがう、いつもとちがう♡ や、こわい♡」
竿をちゅこちゅこ扱かれている時のゆっくり昇り詰めるような快楽ではなくて、頭が馬鹿になりそうな直接的すぎる刺激を与えられ、ガクガクガクと腰を浮かせてしまう。
「怖い? 俺にしがみついてていいよ♡ 」
可愛い可愛いと頭を撫でながら、それでも先端をぐちゅぐちゅ弄るのはやめてくれず、斗真はあっあとか細く声を上げている。甘い刺激が強すぎて、逃げるように身を捩じらせてもすぐに引き寄せられ、黒い男に捕らわれてしまう。
「やっ♡ やぁ♡ やだ、チンポばかになる♡ 」
「なっていいよ? 斗真が飛んじゃうとこみたい♡ 」
「やぁあああ♡ ぁああんっ!!♡ 」
身を仰け反らせて腰をガクガク震わせながら、斗真は鈴口から白濁を吐き出した。ゼーゼー息を荒くしてクッションにもたれかかって身体を痙攣させているが、甘い開放感よりも腹の奥がジンジンしており、物足りなさでキュウと奥が疼いた。
「斗真君、えっちな顔してる。まだ物足りない?」
おっぱいもまんこも満足できてないもんね? 恥ずかしい言葉で責める黒い男を蕩けた目で見ながら、斗真は男の膨らんだそこをそっと撫でる。
ビクリと反応したそこを見て、斗真は顔を上気させたまま艶っぽい笑みを浮かべた。
「おまえも、足りてないだろ……俺にさせて?」
濃い色香を纏った斗真の姿に黒い男はえっ? と驚いた声を上げるが、彼は気にせず琢磨のパンツに手をかけて、凶悪なぐらいに勃起したペニスを外気に触れさせると、そのままちゅうと可愛らしい音を立てて肉棒にキスをした。
「……口でしてくれるの?」
恥ずかしいけど嬉しい。指先だけは優しく斗真の髪を梳くように撫でているが、ゼーゼー荒い息を立てて雄の衝動に抗うように「んっ」と声を堪えている。
上着だけ着た状態の斗真は、下半身は生まれたままの姿で懸命に琢磨のペニスを咥えている。口を動かすたびに腰も揺れて、斗真の鈴口からも涎のような液がつうと垂れ下がっている。時折子猫が母猫の乳を強請るように懸命にぺろぺろ舐めるものだから、蠱惑的なのに庇護欲が湧いてしまい、琢磨は狂いそうだった。
「んっ♡ んくっ♡ んっ♡ んっ♡」
AVで見た知識だろうか、それとも昔女にしてもらったことを真似しているのだろうか。稚拙なそれは快楽を拾うのに少しコツがいるが、斗真が自分のペニスを口で咥えているという事実だけで、琢磨は堪らなく興奮した。小さくてかわいい唇や舌で擦られ舐められているというだけで背徳的な気分にすらなる。
「……気持ちい?」
んっと黒い男から耐えきれないように漏れる声が熱を帯びており、びくびくと斗真の口の中で波打つ肉の滾りは感情を隠し切れないようだ。普段は男に翻弄されっぱなしだが、今は少しだけ自分が優位になった気がして斗真は笑みをこぼす。
舌の先でよしよし撫でてやるとビクつくそこは、グロテスクなはずなのにどこか可愛らしくてチュッチュと唇ではしたない音を立ててさらに焦らしてやる。涎のように先走った液を垂れ流す鈴口すらも、斗真はなんだか愛おしく感じた。
「斗真君、離して、俺もうもたない♡」
「……あふ♡ もうすこし、がんばれ♡」
上目遣いでちらと琢磨の方を見ると、斗真はそのまま口で奉仕する作業に戻る。
「駄目」だと珍しく余裕なく声を漏らす黒い男を無視して、はしたなくじゅぽじゅぽ口を上下させる。口の中でびくつくそれがとても愛おしくて、気持ちよくさせてやりたいという思いと、それを口に含んでいる興奮で腹の奥がきゅんと疼き、行為にも熱がこもった。
「ふうぅっ 琢磨のおおきい、 あっ、ふぅ、んっ♡ んっ♡ ぅんんっ!」
口の中に白濁を放たれるまでそれは続き、びゅるると舌の上に出されて数秒してからようやく琢磨を開放する。
「っ! 斗真君、だめ、ほら出して」
「んーっ……んっ♡」
「! 飲んだの?」
「んー……少し、苦い♡」
とろんとした目で笑顔を見せる斗真の姿に、黒い男は堪らない気持ちになりそのまま押し倒す。先ほど己の精液を飲んだばかりなのも気にせず、琢磨は斗真の唇に吸い付いた。
「はぁう♡ あぅっ♡ うぅんっ♡ やぁ、たくまっ♡ 激しいっ♡」
「斗真、とうまっ♡」
黒い男に乳首を舌で舐められて、じゅうっと強く吸われながら後穴も指でかき混ぜられる。その度に腰を揺らしながら斗真ははしたない声を上げ続けた。指の本数が1本から2本、それから3本に増えて、前立腺をごりごり弄られるとそれだけでぴゅっと白い液が斗真の鈴口から力なく吐き出される。壊れた蛇口のようになったそこは白濁と透明な先走りで濡れそぼっており、可哀想なぐらいぐちゅぐちゅに蕩けてしまっている。
「ところてんできるようになったね♡ いい子♡」
「あぁあっ! やぁ♡ ひぅうっ♡ たくま、やぁ、おしりイクの、もうやぁ♡」
「手マン気持ちよすぎて泣いちゃったの? 可愛い♡」
ごめんねと頭を撫でてやるが、庇護欲とめちゃくちゃにしてやりたいというアンビバレントな感情が混ざり、ぐちゅぐちゅ斗真のいいところへの刺激をやめてやることができない。挿入した指をバラバラに動かして、肉壁のいいところをごりごり擦ってゆく。その度に身体が跳ね上がり、いやらしく動く中も腰もすべてが可哀想で可愛らしい。
「あっあぅっあぁあ♡ やぁ♡ またイクっイクぅ♡」
先端からぷしゅりと吐き出されたそれは透明な液だった。漏らしてしまったのかと羞恥で目尻に涙がこぼれた斗真の目元を舌で舐め取ってやりながら、黒い男はあやすように囁く。
「斗真君、女の子みたいに潮吹いちゃったんだ♡」
可愛い、可愛い。琢磨はえっえと子供のように泣き出してしまった斗真を腕の中でゆりかごのように揺すり、目から零れ落ちそうになる涙を舌で舐めてやる。快楽の波がまだ引かない身体では琢磨が触れるだけで感じてしまうようで、足を地面に擦りつけ、艶めかしく身体をくねらせている。
「や、だめぇ、たくま」
「駄目? さびしいな」
にゃーと低く鳴いて、黒い男はすりすり飼い主の首筋に顔を寄せる。助けを求める様に斗真が両手を伸ばすと、琢磨はぎゅうとその身体を抱きしめて、彼が落ち着くまでしばらくそのままでいてやった。
「琢磨」
「ん?」
「……挿れないの?」
「本当は今すぐにでも挿れたいけど……もう少しだけがまんさせて?」
俺、美味しいものは最後まで取っておくタイプなんだ。それに、斗真君に無理もさせたくない。もう少しだけ待っててほしいなと黒い男は耳元で囁く。
「身体、綺麗にしたいよね」
優しく声をかけると、自分を焦らすかのように琢磨は斗真を抱きかかえて、そのまま浴室へと消えていった。
先ほどのいやらしい手つきや目つきはどこへ行ったのか。手際よく斗真の身体を洗い流していく黒い男は美容師のようで、頭を洗われている最中は先ほどとは別の気持ちよさを感じ、斗真はすっかり安心してその身を預けてしまっている。
「……そういえば」
「うん?」
甲斐甲斐しくドライヤーで斗真の頭を乾かしてやっている黒い男は、温風で掻き消されてしまいそうな声を聞くために、一旦その手を止める。
「昔、ばあちゃんちに黒猫がいたらしくて」
「うん」
自分は会ったことがないがと少しだけ残念そうな表情を作り、斗真はぽつりと喋り出す。昔は今と動物に対する接し方や常識が異なり、飼い猫も完全室内飼いではなく自由に外も家も行き来していることが珍しくなかった。
そんな時代の最中、当時斗真の祖母が可愛がっていた猫に首輪などはつけていなかったそうだ。
「賢い猫だったらしくて、腹が減ったら必ず帰ってくるような奴だったらしい」
「うん」
子猫の頃から一緒に暮らしていたその黒猫は、ある日を境にぱったり祖母宅へ戻ってこなくなったのだという。探そうにも特徴は「黒い猫」というだけで、目印になるような首輪もつけておらず、黒猫が行きそうな場所はすべて回って近所の人にも協力を仰いだが、結局猫が見つかることはなかった。
「ばあちゃんいわく、生きてればあの黒猫も45歳ぐらいだって」
「随分長く見積もったね寿命!?」
猫の寿命は12歳~18歳と言われているが、斗真の祖母の話通りであれば、その黒猫は数回転生しているか猫又にでもなっていそうだ。
「まあ何が言いたいかっていうと」
「うん」
「猫って気まぐれで、すぐどこかに行っちゃうかもしれないっていうか」
「……俺はずっと斗真君のそばにいるけど?」
死がふたりを分かつまで。黒い男の台詞に「重い」と斗真がすぐさま返す。すりすり身を摺り寄せて甘える男も執着は相当なものだが、このイケメンはとてもモテるので、そのうち誰かに絆されてどこかに行ってしまうのではないかと、斗真はぼんやり思っていた。
自分の中にある嫉妬心に気づいた斗真は、これでは俺も歴代彼女たちと同じだと内心苦笑いをする。
「離れろって言われても一生一緒にいるけど?」
徐々にヤンデレ化してきた黒い男を軽くかわし、「よいしょ」と斗真は立ち上がり、引き出し上部の辺りをガサガサやっている。そして「あった」と何かを取り出して、琢磨の前に座りなおした。
「デカい猫、お座り」
「にゃー」
犬じゃないけどね、と返しながら大人しく斗真の前にきちんと座りなおしてやる。彼は「いいこだ」と頭を撫でてやり、そのまま黒い男の首に手を回して肌に触れ、少しだけヒヤリとする何かを琢磨の首につけると、そっと離れた。
琢磨の首に付けられたものは、シンプルなデザインのチェーンネックレスだった。
「……元カノプレゼンツ?」
「安心しろ、自費購入だ」
シンプルだけど繊細なデザインのネックレスはハイブランドもので、琢磨もモデルの仕事の時に何度か目にしたことがあった。プラチナで作られたチェーンならアレルギーにもなりにくいだろうと斗真が言葉を続ける。
なお、琢磨が「元カノから貰ったものか?」とデリカシーの無い質問をしたのには理由があり、平たく言うと斗真には前科があった。
黒い男が初めて斗真宅にお泊りした際、元彼女から貰ったブランド物の黒いルームウェアの処分に困り、服を貸してやったついでに琢磨に押し付けようとしたことがあったのだ。
琢磨に「なんだか呪われそう」と断られたのは、今となってはいい思い出というやつだろう。
「それ、初バイトの給料日にテンション上がって自分用に買ったんだけど」
「うん」
「俺の手持ちの服にはなんか合わなくて」
「うん」
「捨てるのももったいなくて」
「うん」
「なんで、琢磨君にあげます……首輪代わりってことで」
いらなかったら捨てていいからの「捨て」あたりの台詞に被せて「一生大切にする」とデカい黒猫が覆いかぶさって来た。突然ネックレスもとい首輪を付けられたというのに、琢磨がちっとも嫌がっていないことに、斗真は内心安堵する。
「ねえこれ似合ってる?」
「ああ、お前イケメンだから何でも似合うなぁ」
元々は自分用だったのに、俺よりも似合っててちょっと悔しい。照れくさそうに笑う斗真に、黒い男は胸をキュウと抉られるような感覚を覚える。好きというどうしようもない気持ちと切なさがごちゃまぜになったようなやり場のない感覚に、ただ困ったように琢磨は微笑んだ。
「俺、実は服とかあまり興味なくて適当に選んでるだけなんだけど」
「へえ、意外だな。その黒コーデも?」
「うん、楽だから着てるだけ。でも」
今度斗真君が似合いそうな、それでアクセでも服でも何でもいいから好きなデザインのやつ、一緒に探しに行きませんか。琢磨はいつもよりたどたどしく言葉を紡ぐ。
「うん」
お前の美的感覚を信じるわ。でも、単にお前の素材がいいだけで参考にならないかもしれないけど。斗真が了承とともににへらと笑うところまで見届けると、琢磨はまたドライヤーのスイッチを入れ、飼い主の髪を乾かす作業を再開させた。
斗真が立っている道路を挟んだ先には公園があり、入り口前には首輪を付けた男とその手綱を持った少年がいた。ペットの散歩なら微笑ましい光景であるが、実際に少年が連れて歩いているのはどう見ても成人男性だ。
男は首輪の他にマスクを着けているが、伏し目がちな瞳を覆うまつ毛はとても長く、マスク越しからでも大変整った顔であろうということが窺える。
身長は180cmを超える長身で、首元が大きく開いたシャツも細身のパンツも全てが黒づくめであり、どこか自分が飼っているデカい猫こと黒い男を思い出させる。
「(何かのプレイか?)」
男は恥じらう風でもなく卑屈な様子もなく、ただあるがままを受け入れているように見える。対して少年の表情は無そのものであり、その感情を読み取ることはできない。首輪男の飼い主であろう少年は虚空の眼差しでリードを握りしめ、自分より遥かに大きい大人の男を引き連れて公園へ消えていった。
「あらぁペットの散歩? えらいわねぇ」
「ど、どうも」
気さくなご近所さんといった女性が少年に声をかけている。少年もペットの男も礼儀正しく頭を下げているところが見えた。斗真はこれ以上の深追いは禁物だ、脳がバグると判断し、その場を去ることにした。
「うわぁああん!」
昼飯を買っていこうと思った斗真は弁当屋に入ると、そこにはカウンターに突っ伏して大泣きしている男がいた。何があったのか知る由もないが、男は「俺も愛情のこもった料理が食べたかった!」とぐずりだし、カウンター越しの店員は「私達だって愛情こめて弁当を作っています!」と応戦している。
「すみません、のり弁ひとつ」
斗真は先ほどの少年以上に虚空の表情を顔に貼りつけて、泣き崩れる男を視野にも入れてやらず弁当を頼むとその場を後にした。
「私の事なんて何とも思ってないんでしょ! ばかぁ!!」
カップルの痴話げんかなんてもう可愛いものだ。斗真が通る大学への道を塞ぐように言い争いなどしていなければ。女の方は斗真が苦手な地雷系の女の子。男の方は……「そんなことないよ」と困ったように宥める彼氏の声は存外高く、見た目も美少年といった風だがもしかしたら「彼」はボーイッシュな女性なのかもしれない。
「(女の子同士のカップルかな)」
斗真自身はお試し期間とは言え、恋人でも友人でもパートナーでもない、謎の関係性にあるイケメンを自分の猫(タチだが)として飼っている身だ。彼女らに比べたら不誠実さも不健全さも勝る。
「でもぉ、さやの他に34人も付き合ってる人がいるなんて最低じゃん!」
「同接35股!? 」
思わず美少年(性別不詳)の方を振り返り二度見三度見してしまった後、不自然だろうなと内心思いながら斗真は二人の仲を引き裂くように道を開けてもらい、足早にその場を去った。
嫌なこともいいことも、おかしなこともよくわからんことも、人生来るときは立て続けにやって来るものらしい。大学に着く前から何だか疲弊してしまった斗真は、講義までまだ時間があったので、そのままサークルの部室へ向かった。
「お疲れー」
サークルのメンバーと自身に対する労いと挨拶の言葉をかけつつ共にドアを開けると、そこには黒い猫耳を付けた黒コーデのイケメンが無表情で呆然と立ち尽くしていた。
「……この街は狂ってる」
「どうした? 」でも「何それ笑? 」でもなく虚空の表情のまま静かに絶望する男と、同じく無表情のまま対峙する猫耳の黒い男、黒峰琢磨(くろみねたくま)。
無表情ではあるが、本人が望んで猫耳を付けているようには見えず、整った顔立ちには少しばかりの羞恥、苦味、そんな複雑な色合いが滲み出ているようだった。
琢磨の周りには、スマホを構えた顔面偏差値が高めの男たちが突っ立っていた。
彼らには誰かが部室に入って来た瞬間、目の前に現れた猫耳イケメンを見た時の反応をちょっとしたドッキリ感覚で撮ってやろうという気持ちがあったが、斗真の虚空を見た瞬間それも引っ込んでしまったらしい。
「……ふざけすぎ」
斗真は虚空のまま、その場にいたサークルメンバーに説教をしている。はい……と力ない返事をしているメンバーたちは、椅子なんてそこら辺に沢山転がっているというのに何故か自主的に正座をして、神妙な面持ちで斗真の話を聞いていた。
「人の事勝手に撮影するのもいやだし。大体、黒峰君も嫌がってたんじゃないの? こいつのこんな虚無顔初めてみたけど」
それまで無表情だった琢磨は、今はみーみーと子猫のようにか細い鳴き声を上げ震えながら斗真に縋りついているが、何故か猫耳は付けたままだ。
その姿はさも「僕は無理やりやらされたんです、被害者です」といった風だ。よしよしと斗真に背中をポンポン叩かれて、まんざらでもないどころかすっかりご満悦の琢磨に、サークルメンバーは小声で「ちっ」「ふざけんな」「お前もこっち側だろうが」とぶつぶつ呟いている。
「皆で仲良くやっていくためにも、こういうの気を付けようね。返事は?」
「はい」
「はい」
「はい」
「はい」
「ぷい」
「最後モルカーいたな、おい」
形ばかりの説教が終わった後はそのまま解散となり、各々自由行動をとっている。斗真も例に漏れず、先ほどおかしいやり取りを目撃した弁当屋で買ったのり弁当を、今はもぐもぐやっている。
「斗真君、何か疲れてるみたいだね」
お疲れ、と声をかけてくれたのは猫耳を取り外した琢磨だ。ミニペットボトルのお茶を差し出す黒い男を見て、気が利くなぁと素直に感謝の意を述べる。
「……ここに来るまでに異様なものを見すぎて。正気度がゴリゴリ削られた。」
まるでTRPGの探索者のような台詞だ。琢磨は意味も解らずコテンと小首を傾げるが、それでも疲れた様子は伝わって来たのかいつも以上に大人しく、少しだけ困ったような表情で穏やかな笑みを浮かべている。
「ああそうだ、琢……黒峰君も嫌なことは嫌って言うんだよ」
「うん」
「お前割といい奴だし、イケメンだから変なところで利用されたりおもちゃにされたりするかもしれないからさ」
「……うん」
斗真という男は、良いものは良いとはっきり口に出す人間のため、己の感情はあまり伴わず、例え相手が苦手な人間であったとしても自分がそうだと思ったのなら「イケメン」や「可愛い」といった肯定的な言葉も臆することなく発する。そこを勘違いされて斗真に好意を抱く人間も少なからずいた。
打算がなく見返りを求めない斗真の言葉に、黒い男は時折心地の良いくすぐったさを感じていた。
昼食が終わり講義へ向かう最中、一人の女子が駆け寄ってきた。といってもその先は斗真ではなく隣にいる琢磨だ。
「黒峰君! これから講義? もし時間空いてたら一緒に……」
この後は斗真も琢磨もそれぞれ別の講義に向かう予定であった。彼女のお目当ては琢磨であり、自分が彼女の視野にすら入っていないことを察した斗真は軽く目配せする。そのまま邪魔をしないようにそっと琢磨から離れようとするが、隣にいる黒い男は斗真の服をむんずと掴んで離さない。
「ごめんね、俺も……」
チラリと斗真の顔色を窺う黒い男の意図が、斗真にはわからず「?」といった様子で首を傾げてみせる。
「ご主人様も、この後は講義だから」
バイバイと愛想よく手を振って、呆然とする女子を残して二人はその場を去った。厳密にいうなら黒い男が斗真の腕を組んで、その場からズリズリ無理やり連れ去った様にも見える。
「お前と主従関係を結んだ覚えはないんだけど」
「あったでしょ」
飼ってくれるって言ったよね? デカい黒猫はにゃーと寂しそうな鳴き声を上げて見せる。
「あったわ」
斗真は素直な男であり、自分の発言については責任を持つ男だ。なし崩しにキスもそれ以上もやってしまい、後は斗真のバックバージン喪失も秒読みかという関係性になった二人。友達ともセフレとも言い難い、目の前の男との謎の関係を持て余した斗真は、先日お試し期間として「うちの猫になってみるか? 」と琢磨に自分の飼い猫になることを提案してみたのであった。
「でも、人前でご主人様はよせ」
「誰もいないところならいいの?」
「悪いけどそういう趣味はない」
「じゃあ、斗真君のこと皆に何て言えばいい? 」
「……友達でいいじゃん」
「嫌だ」
琢磨は傷ついたような表情を浮かべると、友達じゃ全然足りないと拗ねたように呟いて、足早に講義室に去っていった。
黒い男のそんな姿を見たことがなかった斗真は動揺してしまい、呆然と去り行く姿を目で追うだけだった。
「どうすりゃよかったのか」
頭が高速回転しているのは講義のためではなく、あのデカい黒猫のことで頭がいっぱいになっていたからだ。
友達がいやなら何ならよいのか。まさか本当にペットになりたいと思っているわけでもなさそうだし、ヒモと呼ぶにはアイツはオレに尽くしすぎていると斗真は思う。恋人と呼ぶにはあまりにも互いの事を知らないけれど、困ったことに斗真には黒い男に対する嫌悪感も拒絶する感情もなかった。
結局大したいい考えも思い浮かばず、脳が糖質をどんどん消費して勝手に疲れてゆくので、その日の講義はあっという間に終わってしまった。
日もとっぷり暮れたころ、大学の正門には闇と同化してしまいそうな黒コーデの男が待っていた。
「お疲れ。斗真君、帰ろ? 」
「逞しいなお前」
昼過ぎのあのやり取りがなかったかのように、満面の笑みで琢磨がこちらへやってくる。寒かったでしょと斗真の手を包み込むようにギュッと握りしめるその仕草は、控えめに言っても溺愛彼氏のそれだった。
「俺が琢磨の立場だったら、気まずさで数日ぐらいはお前とギクシャクすると思う」
「そっか、でもね。人の命は有限なんだよ斗真君」
悩むだけ時間の無駄だし、俺と斗真君が一緒に居られる時間が減るのも嫌だから。穏やかにほほ笑む男は親友のように温かくて、恋人のように仄かな熱がこもっているが同時にどこか狂気も満ちている。琢磨に気がある女子ならこれだけで落ちてるだろうなぁと思いながら、斗真の胸にジンジンした熱とチクリとした痛みが少しだけ走る。
「一緒に帰ろ」
「俺ん家にか」
「うん」
「家賃払ってくれ」
口先ではビジネスライクな台詞を吐きつつ、甘えたな彼女のように自分の腕に絡みつく男をそのままにして、斗真は家路につく。手を払いのけられず拒絶されないことに、黒い猫は安堵の溜息をこっそりと吐く。
「……別にいいんだけど、今度お前ん家にも行ってみたい」
たまには外食したいといった感じの、主婦のような台詞を吐く斗真に対して、琢磨がぴしゃりと返答する。
「今はまだその時ではない」
「どういうことなんだお前」
「ゲームの終盤で行けるようになるダンジョンか、お前ん家は」とツッコミを入れつつ、よくわからないが今は条件を満たしていないらしいということだけ把握した斗真は、それ以上は深入りせず「いつかおじゃまさせてくれよ」と伝える。
「うん」といつもより小さい声で答えた黒い男は、顔を耳まで赤くして「近いうちに、必ず」と聞こえるか聞こえないかの声でそう呟いた。
「ただいま」
「ただいま」
「……おかえり」
どうにも収まりが付かないので、帰宅とお迎えを器用に同時にやった斗真は、そのまま引き寄せられるように琢磨に抱きしめられ、腕の中にすっぽりおさまる。
「んー斗真君不足で倒れそうだった」
「燃費が悪いなぁお前」
デカい猫にスースー吸われながら、これではどちらが猫かわからないと斗真はぼんやり考える。首筋に顔を埋めてスースーされていることに飽きてきたのか、斗真は黒い猫の頭をわしわし撫でて、それから耳や背中にも手を伸ばした。
「んっ、斗真君、耳やだぁ♡」
敏感な箇所を弄られて黒い男はびくりと大げさに身を震わせてみる。猫(タチ)のわざとらしい喘ぎ声にフフッと笑い声を漏らすと「あれ、興奮しなかった? 」と琢磨はやっぱりわざとらしく首を傾げる。
「ここ、玄関だしさ」
「行儀の良い斗真君も好きだよ」
騎士のように跪いて、斗真の靴を脱がしてやると黒い男は飼い主を横抱きにして部屋に運び込んだ。
「風呂は?」
「今はいいかな」
後で貸してください。いつもならすぐに人の家の風呂を借りようとする男は、今は人を駄目にするタイプのクッションに斗真を押し倒して、頬や額や首筋など、肌の見えるところにちゅいちゅいリップ音を響かせている。
くすぐったさと照れくささと「俺の方が構うんだよ」と、服の中に手を伸ばされた時にビクリと身を捩じらせて微かな抵抗を試みる。
「どうして」
「だって、汗かいたし」
「斗真君の匂いが濃くて好き」
「……変態」
形ばかりの抵抗も疲れたのか、斗真は諦めたように「おいで」と黒い猫の首に自身の両腕を絡ませて、引き寄せた。
「ぎゅーして」
「ん」
甘えているのはデカい猫(タチ)のほうで、言葉少なく男の言う通り抱きしめてやり頭を撫でているのは斗真である。性行為で受け手側にまわったとしても、基本的には男前な彼はよしよしと甘えさせてやっている。
「チューして」
「……うん」
けれども熱が入ってしまうとすっかり駄目で、自分から唇を押し当てたというのに舌でノックされ口内への侵入を簡単に許してしまうと、後は舌と舌を絡め合い、アーチ状の歯並を舌でなぞられてしまい、それだけで身体に力が入らなくなってしまう。
意図的になのか、琢磨は斗真の耳を塞ぐようにして頭を抱えて舌を絡ませるので、くちゅくちゅした音が頭の中に響いて、脳内から犯されてゆくようだった。
キスが大好きになったのも、口の中を性感帯に作り替えられてしまったのも、全部この黒い男の所為だった。
「んっ、ぅふぅ♡ んっ♡ ぅうん♡」
斗真は唇で舌をペニスのように扱かれたり吸われるのが好きで、じゅうと唾液を搾り取られるように舌を吸われるのも好きだった。
「俺にも舌フェラして?」
「んっ……はむ、ふぅ♡」
黒い男の声はどこか掠れていて、甘える声すらもぞくぞくする低音であり、斗真の心と腰を甘く砕く。男にしてもらったように斗真も両の唇で少しだけ体温の低い舌を扱いてやると、琢磨の口からも「んっ♡ 」と気持ちのよさそうな声が零れ落ちた。
「はぁっ、あっあふ♡ んっんっんぅう♡」
唇を吸われながら、服越しに胸の突起を指でカリカリ引っかかれる。子猫のいたずらのようなそれは確かに快楽を与えるためのもので、斗真は無意識に腰が引けてしまう。
カリカリ先端を爪先で撫でられて、もうそこだけで達してしまいそうになる。それがもどかしくて勿体なく感じてしまい、身体を離そうとするが。
「駄目♡」
俺から離れないで? 息継ぎの間に琢磨に囁かれ、腰の辺りに手を回されてしまい離れることもかなわなかった。シャツの中に手を差し入れられて直接胸に刺激が走る。こりこり弄られ押しつぶされて、引っ張られると斗真の口から「あぁあ♡」と切ない声が漏れる。
舌を絡めとられて優しく、けれども玩具のように胸も弄られて。斗真は下半身に擡げる熱を開放してやりたくて、無意識のうちに黒い男の足に股を擦りつけ、へこへこといやらしく腰を動かす。
「こーら♡ 俺の足でオナニーしちゃうの?」
淋しいな。琢磨は名残惜しそうに斗真の口から自身の唇をそっと話すと、互いの口を伝う銀糸もそのままに斗真のパンツに手を掛けた。苦しそうに勃ち上がったそこが解放されて、ぴょこんと現れた肉棒の先端からは、だらしなく涎のように先走りが垂れている。
「えっちな涎が沢山出てる、一回抜こうか」
「ひぁっ♡ 」
いつものように兜合わせで扱いてもらうのかと身を任せた斗真は、敏感な鈴口を先端だけを擦るように弄られて、びくりびくりとその身を痙攣させる。
「あ、やぁ、あぁあ♡ ちがう、いつもとちがう♡ や、こわい♡」
竿をちゅこちゅこ扱かれている時のゆっくり昇り詰めるような快楽ではなくて、頭が馬鹿になりそうな直接的すぎる刺激を与えられ、ガクガクガクと腰を浮かせてしまう。
「怖い? 俺にしがみついてていいよ♡ 」
可愛い可愛いと頭を撫でながら、それでも先端をぐちゅぐちゅ弄るのはやめてくれず、斗真はあっあとか細く声を上げている。甘い刺激が強すぎて、逃げるように身を捩じらせてもすぐに引き寄せられ、黒い男に捕らわれてしまう。
「やっ♡ やぁ♡ やだ、チンポばかになる♡ 」
「なっていいよ? 斗真が飛んじゃうとこみたい♡ 」
「やぁあああ♡ ぁああんっ!!♡ 」
身を仰け反らせて腰をガクガク震わせながら、斗真は鈴口から白濁を吐き出した。ゼーゼー息を荒くしてクッションにもたれかかって身体を痙攣させているが、甘い開放感よりも腹の奥がジンジンしており、物足りなさでキュウと奥が疼いた。
「斗真君、えっちな顔してる。まだ物足りない?」
おっぱいもまんこも満足できてないもんね? 恥ずかしい言葉で責める黒い男を蕩けた目で見ながら、斗真は男の膨らんだそこをそっと撫でる。
ビクリと反応したそこを見て、斗真は顔を上気させたまま艶っぽい笑みを浮かべた。
「おまえも、足りてないだろ……俺にさせて?」
濃い色香を纏った斗真の姿に黒い男はえっ? と驚いた声を上げるが、彼は気にせず琢磨のパンツに手をかけて、凶悪なぐらいに勃起したペニスを外気に触れさせると、そのままちゅうと可愛らしい音を立てて肉棒にキスをした。
「……口でしてくれるの?」
恥ずかしいけど嬉しい。指先だけは優しく斗真の髪を梳くように撫でているが、ゼーゼー荒い息を立てて雄の衝動に抗うように「んっ」と声を堪えている。
上着だけ着た状態の斗真は、下半身は生まれたままの姿で懸命に琢磨のペニスを咥えている。口を動かすたびに腰も揺れて、斗真の鈴口からも涎のような液がつうと垂れ下がっている。時折子猫が母猫の乳を強請るように懸命にぺろぺろ舐めるものだから、蠱惑的なのに庇護欲が湧いてしまい、琢磨は狂いそうだった。
「んっ♡ んくっ♡ んっ♡ んっ♡」
AVで見た知識だろうか、それとも昔女にしてもらったことを真似しているのだろうか。稚拙なそれは快楽を拾うのに少しコツがいるが、斗真が自分のペニスを口で咥えているという事実だけで、琢磨は堪らなく興奮した。小さくてかわいい唇や舌で擦られ舐められているというだけで背徳的な気分にすらなる。
「……気持ちい?」
んっと黒い男から耐えきれないように漏れる声が熱を帯びており、びくびくと斗真の口の中で波打つ肉の滾りは感情を隠し切れないようだ。普段は男に翻弄されっぱなしだが、今は少しだけ自分が優位になった気がして斗真は笑みをこぼす。
舌の先でよしよし撫でてやるとビクつくそこは、グロテスクなはずなのにどこか可愛らしくてチュッチュと唇ではしたない音を立ててさらに焦らしてやる。涎のように先走った液を垂れ流す鈴口すらも、斗真はなんだか愛おしく感じた。
「斗真君、離して、俺もうもたない♡」
「……あふ♡ もうすこし、がんばれ♡」
上目遣いでちらと琢磨の方を見ると、斗真はそのまま口で奉仕する作業に戻る。
「駄目」だと珍しく余裕なく声を漏らす黒い男を無視して、はしたなくじゅぽじゅぽ口を上下させる。口の中でびくつくそれがとても愛おしくて、気持ちよくさせてやりたいという思いと、それを口に含んでいる興奮で腹の奥がきゅんと疼き、行為にも熱がこもった。
「ふうぅっ 琢磨のおおきい、 あっ、ふぅ、んっ♡ んっ♡ ぅんんっ!」
口の中に白濁を放たれるまでそれは続き、びゅるると舌の上に出されて数秒してからようやく琢磨を開放する。
「っ! 斗真君、だめ、ほら出して」
「んーっ……んっ♡」
「! 飲んだの?」
「んー……少し、苦い♡」
とろんとした目で笑顔を見せる斗真の姿に、黒い男は堪らない気持ちになりそのまま押し倒す。先ほど己の精液を飲んだばかりなのも気にせず、琢磨は斗真の唇に吸い付いた。
「はぁう♡ あぅっ♡ うぅんっ♡ やぁ、たくまっ♡ 激しいっ♡」
「斗真、とうまっ♡」
黒い男に乳首を舌で舐められて、じゅうっと強く吸われながら後穴も指でかき混ぜられる。その度に腰を揺らしながら斗真ははしたない声を上げ続けた。指の本数が1本から2本、それから3本に増えて、前立腺をごりごり弄られるとそれだけでぴゅっと白い液が斗真の鈴口から力なく吐き出される。壊れた蛇口のようになったそこは白濁と透明な先走りで濡れそぼっており、可哀想なぐらいぐちゅぐちゅに蕩けてしまっている。
「ところてんできるようになったね♡ いい子♡」
「あぁあっ! やぁ♡ ひぅうっ♡ たくま、やぁ、おしりイクの、もうやぁ♡」
「手マン気持ちよすぎて泣いちゃったの? 可愛い♡」
ごめんねと頭を撫でてやるが、庇護欲とめちゃくちゃにしてやりたいというアンビバレントな感情が混ざり、ぐちゅぐちゅ斗真のいいところへの刺激をやめてやることができない。挿入した指をバラバラに動かして、肉壁のいいところをごりごり擦ってゆく。その度に身体が跳ね上がり、いやらしく動く中も腰もすべてが可哀想で可愛らしい。
「あっあぅっあぁあ♡ やぁ♡ またイクっイクぅ♡」
先端からぷしゅりと吐き出されたそれは透明な液だった。漏らしてしまったのかと羞恥で目尻に涙がこぼれた斗真の目元を舌で舐め取ってやりながら、黒い男はあやすように囁く。
「斗真君、女の子みたいに潮吹いちゃったんだ♡」
可愛い、可愛い。琢磨はえっえと子供のように泣き出してしまった斗真を腕の中でゆりかごのように揺すり、目から零れ落ちそうになる涙を舌で舐めてやる。快楽の波がまだ引かない身体では琢磨が触れるだけで感じてしまうようで、足を地面に擦りつけ、艶めかしく身体をくねらせている。
「や、だめぇ、たくま」
「駄目? さびしいな」
にゃーと低く鳴いて、黒い男はすりすり飼い主の首筋に顔を寄せる。助けを求める様に斗真が両手を伸ばすと、琢磨はぎゅうとその身体を抱きしめて、彼が落ち着くまでしばらくそのままでいてやった。
「琢磨」
「ん?」
「……挿れないの?」
「本当は今すぐにでも挿れたいけど……もう少しだけがまんさせて?」
俺、美味しいものは最後まで取っておくタイプなんだ。それに、斗真君に無理もさせたくない。もう少しだけ待っててほしいなと黒い男は耳元で囁く。
「身体、綺麗にしたいよね」
優しく声をかけると、自分を焦らすかのように琢磨は斗真を抱きかかえて、そのまま浴室へと消えていった。
先ほどのいやらしい手つきや目つきはどこへ行ったのか。手際よく斗真の身体を洗い流していく黒い男は美容師のようで、頭を洗われている最中は先ほどとは別の気持ちよさを感じ、斗真はすっかり安心してその身を預けてしまっている。
「……そういえば」
「うん?」
甲斐甲斐しくドライヤーで斗真の頭を乾かしてやっている黒い男は、温風で掻き消されてしまいそうな声を聞くために、一旦その手を止める。
「昔、ばあちゃんちに黒猫がいたらしくて」
「うん」
自分は会ったことがないがと少しだけ残念そうな表情を作り、斗真はぽつりと喋り出す。昔は今と動物に対する接し方や常識が異なり、飼い猫も完全室内飼いではなく自由に外も家も行き来していることが珍しくなかった。
そんな時代の最中、当時斗真の祖母が可愛がっていた猫に首輪などはつけていなかったそうだ。
「賢い猫だったらしくて、腹が減ったら必ず帰ってくるような奴だったらしい」
「うん」
子猫の頃から一緒に暮らしていたその黒猫は、ある日を境にぱったり祖母宅へ戻ってこなくなったのだという。探そうにも特徴は「黒い猫」というだけで、目印になるような首輪もつけておらず、黒猫が行きそうな場所はすべて回って近所の人にも協力を仰いだが、結局猫が見つかることはなかった。
「ばあちゃんいわく、生きてればあの黒猫も45歳ぐらいだって」
「随分長く見積もったね寿命!?」
猫の寿命は12歳~18歳と言われているが、斗真の祖母の話通りであれば、その黒猫は数回転生しているか猫又にでもなっていそうだ。
「まあ何が言いたいかっていうと」
「うん」
「猫って気まぐれで、すぐどこかに行っちゃうかもしれないっていうか」
「……俺はずっと斗真君のそばにいるけど?」
死がふたりを分かつまで。黒い男の台詞に「重い」と斗真がすぐさま返す。すりすり身を摺り寄せて甘える男も執着は相当なものだが、このイケメンはとてもモテるので、そのうち誰かに絆されてどこかに行ってしまうのではないかと、斗真はぼんやり思っていた。
自分の中にある嫉妬心に気づいた斗真は、これでは俺も歴代彼女たちと同じだと内心苦笑いをする。
「離れろって言われても一生一緒にいるけど?」
徐々にヤンデレ化してきた黒い男を軽くかわし、「よいしょ」と斗真は立ち上がり、引き出し上部の辺りをガサガサやっている。そして「あった」と何かを取り出して、琢磨の前に座りなおした。
「デカい猫、お座り」
「にゃー」
犬じゃないけどね、と返しながら大人しく斗真の前にきちんと座りなおしてやる。彼は「いいこだ」と頭を撫でてやり、そのまま黒い男の首に手を回して肌に触れ、少しだけヒヤリとする何かを琢磨の首につけると、そっと離れた。
琢磨の首に付けられたものは、シンプルなデザインのチェーンネックレスだった。
「……元カノプレゼンツ?」
「安心しろ、自費購入だ」
シンプルだけど繊細なデザインのネックレスはハイブランドもので、琢磨もモデルの仕事の時に何度か目にしたことがあった。プラチナで作られたチェーンならアレルギーにもなりにくいだろうと斗真が言葉を続ける。
なお、琢磨が「元カノから貰ったものか?」とデリカシーの無い質問をしたのには理由があり、平たく言うと斗真には前科があった。
黒い男が初めて斗真宅にお泊りした際、元彼女から貰ったブランド物の黒いルームウェアの処分に困り、服を貸してやったついでに琢磨に押し付けようとしたことがあったのだ。
琢磨に「なんだか呪われそう」と断られたのは、今となってはいい思い出というやつだろう。
「それ、初バイトの給料日にテンション上がって自分用に買ったんだけど」
「うん」
「俺の手持ちの服にはなんか合わなくて」
「うん」
「捨てるのももったいなくて」
「うん」
「なんで、琢磨君にあげます……首輪代わりってことで」
いらなかったら捨てていいからの「捨て」あたりの台詞に被せて「一生大切にする」とデカい黒猫が覆いかぶさって来た。突然ネックレスもとい首輪を付けられたというのに、琢磨がちっとも嫌がっていないことに、斗真は内心安堵する。
「ねえこれ似合ってる?」
「ああ、お前イケメンだから何でも似合うなぁ」
元々は自分用だったのに、俺よりも似合っててちょっと悔しい。照れくさそうに笑う斗真に、黒い男は胸をキュウと抉られるような感覚を覚える。好きというどうしようもない気持ちと切なさがごちゃまぜになったようなやり場のない感覚に、ただ困ったように琢磨は微笑んだ。
「俺、実は服とかあまり興味なくて適当に選んでるだけなんだけど」
「へえ、意外だな。その黒コーデも?」
「うん、楽だから着てるだけ。でも」
今度斗真君が似合いそうな、それでアクセでも服でも何でもいいから好きなデザインのやつ、一緒に探しに行きませんか。琢磨はいつもよりたどたどしく言葉を紡ぐ。
「うん」
お前の美的感覚を信じるわ。でも、単にお前の素材がいいだけで参考にならないかもしれないけど。斗真が了承とともににへらと笑うところまで見届けると、琢磨はまたドライヤーのスイッチを入れ、飼い主の髪を乾かす作業を再開させた。
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もし良ければコメントお待ちしております。
⚠️趣味で書いておりますので、誤字脱字のご報告や、世界観に対する批判コメントはご遠慮します。そういったコメントにはお返しできませんので宜しくお願いします。
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