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序
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目が覚めるような美青年がここにいる誰よりも優しく、親愛と友情に満ちた眼差しを向けたまま、けれども容赦なく彼女を拒絶した。
誠実で優しく慈愛に満ちたその言葉は、すうと紙で皮膚に一筋の傷を作るような一生消えない痛みを、その柔い心に植え付けた。
……地面に転がっている腕や足が欠けてしまった同朋達に、彼女の繊細な心の傷など読み取る余裕はないだろう。教室の床は血と反吐などの汚物に塗れており、その中で横たわっているすでに事切れてしまった同朋の濁ったガラス玉のような両目は、五体満足な彼女を「何故お前だけ」と恨みがましく見つめているように見えた。
彼は白くて美しい首に付けられた首輪に触れると「やっぱり俺にはこれは似合わない」と少しだけ笑う。その後、するりと何かが仕込まれている薄い金属製の首輪が自然に外れ、地面に落とされるのを黙って見ていた。
それが合図、それが終わり。首輪が地面に着地するのが先か、それとも目の前の美青年がこの地獄からさらさらと、バグのように粒子となって消えるのが先か。
彼は何の執着も未練も残さずに、彼女たちの手の届かない場所へ帰ってしまった。
―これまでの彼女の人生は平凡そのもので人に嫌われることも、かといって好かれることもあまりなかった。周囲を不快にさせるような悪目立ちする類の個性も無ければ、突出した人を惹きつける才能もない。
なんでも平均的にこなせてしまい、ことに空気を読むということに関しては天性の才能があった。
クラスの端の方で目立ち過ぎもせず、かといっていじめの標的になるような独特の「匂い」も皆無で、この日本と言う国で不条理や理不尽を無難にやり過ごして生きてゆくのが最も向いている人間と思われた。
山野内 李流伽(やまのうち りるか)の外見は、一言で言うのなら地味で目立たない眼鏡女子である。高校二年になったばかりの彼女は、外側から見れば平凡で平穏な人生をおくっているが、その頭の中だけはいつも刺激とスリルに満ち溢れていた。
幼い頃より彼女は、とにかく本を読むのが好きだった。どこにいくにも手元に本がないと落ち着かないぐらいであり、速読が得意なためせっかく買った本もすぐに読み切ってしまうので「早く他の本が読みたい」とせがんでは、李流伽とは似ても似つかない美しい両親を苦笑させ困らせたものだ。
早いうちから図書館という存在を知ることができた李流伽はその空間の常連となり、いつかの夏休みには分厚い百科事典を借りてきては、二週間もしないうちに読み切ってしまうということもあった。少々活字中毒のケがあるのかもしれない。
李流伽は本を読めるのならジャンルには全く頓着しないので、漫画は勿論ライトノベルにも手を出したし、彼女にとって繰り返し楽しめて異なるエンディングを見ることができるノベルゲームや無料で読めるWeb小説はコスパが良く、こちらにもずぶずぶとハマっていった。なんちゃって中世ものやバース性などの特殊な本を読む際は、設定を読み込んで知識を高めるのも面白かったのだ。
所謂恋愛ものにも手を出したが、李流伽は自分が誰かと「それ」をする、ということがどうしても理解ができなかった。そのためプレイヤーが主観となる乙女ゲーの類に感情移入をすることができず、どちらかといえば男性向けのギャルゲー(主人公が男性だからだ)やBLゲームのほうがまだ興味深かった。
結果、俗にいう夢というジャンルに興味が持てないが「自分という存在がそこにおらず、自分以外の誰か」が恋愛をする分には、それが男女であろうが女女であろうが男男であろうが、或いはそれ以外の何かであろうが。話が面白ければそれでよいというスタンスだ。
彼女にとって恋慕とは、自分が抱く感情ではなく第三者のそれを覗き見るものでしかなかった。
「……おい、大丈夫か。起きて」
肩をゆすぶられて目を覚ますと、李流伽は見慣れない床に横たわっていた。見慣れないものの既視感のあるそこは、どこも似通ったようなものなのだろう。教室の床、埃臭いタイルだった。
運よく目覚めの良い朝といった様子ですっきり覚醒した李流伽は、安否を確認してくれた人物の方へ向き直る。そこには黒髪で長身の、何かの運動部でエースをやっていてもおかしくない逞しく爽やかな好青年が居た。如何にも陽の者といったその人物は、李流伽が苦手とする人種の一つだった。
「うげっ……起こしてくれてありがとうございます」
陽キャイケメンに対する拒絶反応の吐き気も、好青年は体調不良と判断したのか「無理をするな」と優しく背中を擦ってくれる。李流伽は「うげ、また吐きそうになるからやめろ」と手で止めようとしたところ、今度はふんわり仄かに甘い香りを漂わせた、桃色の髪をした美少女が李流伽の手を優しく包み込むように握っていてくれた。
「無理しないで、体調が戻るまで座っていていいから」
「お、お気遣いありがとうございます。式には呼んでください。ご祝儀だけ出します」
咄嗟にトンチンカンなことを口走った李流伽に対しても、二人は怪訝な表情を浮かべることもなく互いの顔を見合わせて、美少女のほうは頬を赤め、イケメンの方は照れくさそうに笑っていた。
陽キャイケメンのほうは南条 大河(なんじょうたいが)といい、彼の僅かの行動で察するに誰にでも平等な態度で接してくれる、非常に正義感の強い好青年のようだ。
その隣のピンクベージュ色の髪の美少女は宇良 小春(うら こはる)と名乗った。おっとりして世間ずれをしていない色白の美少女は、やはりというべきか大河と付き合っているそうだ。
「はぁ~美男美女カップルって本当にいるんだなぁ」
視界に入るのすら煩わしい非常に苦手なタイプの陽キャイケメンだが、目の前にステディな彼女がいるのなら、李流伽としては好感が持てたし安心ができる。
「誰がお前となんか」と言われようが自意識過剰と思われようが、少しでも他者から性的な眼差しや恋愛の念を向けられると吐き気や蕁麻疹がでてしまう彼女にとって「たとえこのイケメンと無人島で二人きりになっても、食料を巡っての殺し合い以外は何も関係が発展しない」ということは、これ以上ない信用に値する判断材料となった。
そんな彼女の心の内を知るわけもなく、小春と大河はぱちくりと目を大きく見開くと、にっこりと人懐こい笑みを李流伽に見せた。大河と小春は、その容姿の美しさから幼少のみぎりより、周囲からやっかみの念を抱かれることが少なくはなかった。
二人は友人と思っていた人物に幾度となく裏切られ、小春に至っては女友達には陰口を叩かれ、男には舐めるような目線を向けられ、ついには大河の親友に襲われかけて軽く人間不信になりかけていた。
そんな彼らだから、二人の事を恨みや妬みの念も抱かずまるで興味のない絵画を見るような他人感が心地よく、仄かに好感を抱いたようだった。
「……アンタで最後か」
ぬっと現れたのは、控えめに言っても素行の良くなさそうな不良を具現化したような学生だった。190cmに到達するのではないかというぐらいの亭々たる姿でゆらりと立つ彼は生沼川 芳樹(おいぬまかわ よしき)だと、大河が紹介してくれた。
見てみれば、他にもそれぞれ何人かは同じ制服、けれどもそのどれもが李流伽とは異なる学校の制服を着ており、中には体育のジャージ姿の者もいる。
大河と小春、芳樹も同じ学校の制服を着ていた。
「あ、三人ともR学園ですか」
「うん、ここもR学園の……僕らの教室なんだ」
R学園とは、全国でも有数の偏差値が高い学校として知られており、大学への内部進学があるエスカレーター式の学校だ。
そこの2年A組という特進クラスに、彼ら三人も在学しているとは大河の談だ。あの長身の不良、芳樹も特進クラスなのかと李流伽が思うと、瞬時に悟られたのかじろりと芳樹に睨まれてしまった。
「す、すいません。不躾な態度を」
「気にしないで、芳樹はああ見えて悪い奴じゃないから」
フォローを入れるにっこりと微笑む大河の笑みも、李流伽にとってはイケメン性アレルギーの対象でしかない。接触してくんなと思わず安全圏である小春の傍によると、彼女は「うふふ」と柔らかい笑みを浮かべ「女の子同士の方が気が楽で、いいよね」と李流伽の両手を包み込むように握り、満面の笑みを浮かべた。
人間不信気味の彼女が同性に心を許すところを見て、大河はこの上ないぐらい優しい眼差しを小春に送る。
「……これは」
「今更気づいたのかよ」
「鈍いなお前」
同じくR学園の生徒である田中と花山という男子たちは、大河たちとは別のクラスらしい。李流伽の首には、もといこの教室に集められた様々な学校の生徒たちの首には薄い金属製のチョーカーが着いていた。
苦しくもなく軽くて付け心地に全く違和感を持たないほどフィットしたそれに「いい仕事をしている」と感心した李流伽に対して「のんきに馬鹿、お前」と突っ込むのは田中だ。
なお、田中も花山もいい意味でも悪い意味でも平均値な顔立ちなので、李流伽としてもアレルギーが発症せず安心して対話ができるようだ。
ざわ、ざわ……と周囲から不穏のどよめきが聞こえ李流伽たちはそちらに目を向ける。
いつからこの場にいたのだろう、もしくはいつの間に現れたのだろう。そこには、教室の後ろの席で一心不乱に保健体育の教科書を読み耽っている一人の男がいた。
「何故保健体育の教科書を?」という疑問が掻き消えてしまうレベルで、男の顔は神懸かり的に美しかった。彼を前にすれば大河も小春も霞んで見えてしまうほどに。
美しいだけではなく、美青年は均整の取れた身体つきをしておりフィジカル面でも優れていそうな雰囲気を醸し出している。
保健体育の教科書の「男女の身体の違い」箇所だけを何度も熟読している姿は、傍から見れば馬鹿丸出しかもしれないが、それすらも「容姿端麗なイケメンが本を読んでいる」というだけで理由もなく頭がよさそうに見えてしまうのが、何とも不思議なことだ。
「……なるほど」
何が「なるほど」なのか周囲の生徒たちは皆目見当もつかないが、彼の中で何かしらの着地点があったのだろう。極上のイケメンはぱたりと文学書のように保健体育の教科書を閉じると、生徒たちのほうへ目線を向けた。
キラキラした目の光に李流伽は「ヴォエ」と美しくない声を出し、隣にいる小春に背中を擦られ口にはどこから取り出したのだろうエチケット袋で抑えつけていた。
「自己紹介、必要?」
極上イケメンの気だるげな様子に、周囲の生徒は皆彼を遠巻きにしたまま首を縦に振った。彼の名は三峰 凛成(みつみね りんせい)と言い、日課のセルフプレジャー後にシャワーを浴び全裸で就寝したところまでは覚えているが、そこから先は記憶がなく気が付いたらこの教室の椅子に座っていたようだ。その後、勉強机に置いてあった保健体育の教科書を目にし、読み耽っていたそうだ。
なお、セルフプレジャーとはマスターベーションもしくはオナニー、つまりは自慰の事だ。わざわざそんなこと自己申告しなくてもよいだろうと周囲の学生たちはドン引きに引いていたが、自称オナニストの彼にとってそれはアイデンティティであり、強く主張しなければならないものらしい。ここに到達するまでの経緯も相まって、より最悪である。
「だからですか」
「何が」
「貴方が全裸なのは」
「りんりん、ちゃんと靴下と靴履いてるもん」
「履いてるからなんだってんだ」
李流伽の指摘通り、凛成はほぼ全裸だった。
その後、教室の後ろに掛けられていた誰かの体操着を投げつけられたりんりんこと凛成は、無事ジャージ姿のイケメンとなった。
ジャージにTシャツ、膝丈の短パンをやる気なく着崩した凛成はジャージだというのにキラキラとまばゆいばかりの美しさを放っていたが、イケメンに対する拒絶反応が出る李流伽も、目の前の規格外の変態に対してはフィルターから排除されたのか、もう顔を見て話しかけても吐き気が起こることはなくなった。
「そうそう、教科書になんかメモが挟まってたんだ」
ひらりと彼の手から折りたたまれた紙を渡された大河は、恐る恐るそれを受け取ると顔を歪ませた。
紙には赤いインクで殴り書いたように「復讐」と記されていた。
「……?」
教室にはざっと見渡して三十人程度の学生と思しき者たちが集められていた。しかし、誰もかれも復讐という物騒な文言に思い当たる者はおらず、皆一様に首を傾げているか困惑している。
ここにいる性別も学校も、そして年齢も数年程度異なる者たちは。同じ学区内の生徒以外は皆、互いにその存在すらも知らない。善良で復讐とは無縁の人生を送っているはずだった。
「ここ、R学園の教室なんですよね。職員室に行きましょう。状況はわからないけど誰か大人の」
少ししっかりした女子生徒が教室のドアに手を掛け廊下に身を乗り出した瞬間、カチリとした機械じみた音が周囲に響き、爆発音とともに彼女の顔だったものは、血と毛が混じる肉片へとその姿を変えた。
脳の初々しいピンク色も、質の悪いギャグシーンのような飛び散った目玉も、突然首を無くしてしまいガクガクと身を震わせている胴体も、衝撃のあまり失禁でもしたのか太腿を伝う異臭を放つ液体も、あまりにも現実感がなかった。
「っきゃぁあああ!!」
悲鳴を上げることができる者たちはまだ心が強いほうだろう。目から光を失いがくがくと力なくその場にしゃがみ込む者たちは、一瞬の出来事から心をすっかり摩耗し自分の殻に入り込もうとしている。
「いや、これ何?映画の撮影?冗談でしょ」
半笑いで少女の死体に近寄った男子生徒は、ふざけて足で少女だったものの肉片を爪先でつんと……付くまでもなく失禁した際のアンモニアの臭いや鉄錆や脂肪の鼻を突く臭いで、それが小道具や特殊メイクではないことを瞬時に悟った。わからされてしまった。
「う、うぁあっあああ!!」
「自分から触りに行ったくせに、叫ぶなよ」
死体から男子生徒を押しのけると、ツッコミどころ満載で周囲がズッコケるという意味合いでの傾国の美青年こと凛成がその場にしゃがみ込み、冷静に死体を観察している。
頭部の爆発が何なのか舐めるように目線を動かしているうちに、地面に女生徒が着けていたチョーカーが焼け落ちているのを見つけた。
「これだ」
凛成は、自身の首輪に指を向けた。チョーカーを付けた主にとって都合の悪い行動を取ると、このようにチョーカーに仕掛けられた小型の爆弾で頭部を修復不可なレベルで爆散させられてしまうのだろう。
「……トイレに行ってもいいですか」
突然李流伽は挙手すると、大河や小春が止める前に数秒置いてからがらりとクラスの引き戸を開いた。また第二の犠牲者がと誰もが身構え目を両目で覆うも、あの爆発音ときな臭い香りはいつまでたってもやってはこない。
5分程度経過したのちに、李流伽はハンカチで手を拭いつつあっさりまた教室へと戻ってきた。
「山野内お前、無事だったのか!?」
「何しに行ったんだ!」
田中と花山が心配六割程度で問い詰めるが、当の本人は飄々とした様子で「さっき言った通り、トイレに行ってきただけ」とすげなく返す。
「無事外に出られたなら、なんで」
「私はトイレに行くことしか許可されていないから」
厳密に言えば、この教室から一番近いトイレに行き、そこで想定される最低限の行動範囲のみ起こしてきたのだと彼女は言う。
「許可って、誰に」
大河が戸惑うように問いかけると、李流伽は「わかりやすいところであそこ」と黒板の上の真ん中あたりにあるスピーカー箇所を指さす。
「……カメラか」
備え付けられた監視カメラと納得した彼らのうち何人かは、何とかしてそれを取り除くことができないかと考えるが。
「現実的じゃないと、思う」
小春の忠告にまた首を傾げる。李流伽の隣には小春がいるが、彼女はじろりと教室を見渡して力なく首を横に振った。
幼い頃から人の目線に晒され続けてきた小春には、特殊能力とも呼べる力があった。彼女が見られているという場合のみ、それが人の目でもカメラ越しでも瞬時に視線を察知することができる。この教室だけでも数十個を下らない数のカメラが仕掛けられているという。
或いは、メインとなる教室だからこそどんな瞬間も取り逃さないように、数多のカメラが
設置されている可能性もあるかもしれないが。
「そうだ携帯!」
「無駄だ」
皆育ちが良かったのだろう、この教室内で女生徒が死んだ瞬間を動画に収める不謹慎な者はいなかったようだ。けれども劣化する前に現場の保存として撮影は必要だろうと、何人かの勇気ある者は口元と吐き気を押さえつつ、凄惨すぎる亡骸の撮影をしていた。
「……ネットが繋がらない」
通信障害にでもなったかのように、どこの携帯キャリアの回線であっても彼らのスマホは皆「圏外」となっていた。
中にはソシャゲと動画狂でポケットWi-Fiを持参している強者もいたが、同じくそちらもWi-Fiのアンテナが立つことはなかった。まるで何者かに妨害されているかのように。
「い、いやだ、帰る。帰る!」
危険でわけのわからない教室から逃げるためなら、そこが三階建てであっても飛び降りることが得策だと思ってしまったのだろう。窓を思い切りがらりと開けた瞬間、その生徒は自身の首輪と頭部があることに安堵した。
「ほら、こっちは無事だ!ドアはダミーだったんだよ!!」
みんなも逃げようと身を乗り出した瞬間、スパンと何かが落ちてきて男子生徒の胴体を校庭まで連れ去ってしまった。残された下半身はそのまま力なく座り込んでしまいやがて動かなくなった。どくどくどくと尻を向けた男子生徒だった下半身からは、絶えず赤い液体が溢れている。どうやら窓にはギロチンのような刃が仕掛けられていたようだ。
「首輪の爆弾だけじゃないんだ……」
花山の言葉に、全員が息を飲む。彼らを教室に導いた何者かは少しでも意にそぐわないことをするたびに、簡単に生徒たちの命を奪い去ってしまう。そのことに対して躊躇がないどころか、そうすることが彼もしくは彼女の目的なのだろうかと李流伽は考えた。
「……教室内を調べることを、許可してもらえますか?」
今度は大河が挙手をする。数秒待って何の反応もないことを確認すると「決して外へでようとはしないように」それからトイレの場合のみ今のように挙手して外へ出ること、速やかに戻ることを皆に告げる。
周囲を落ち着かせるために自らリーダーとなり指示を出す頼りがいのあるイケメンの姿に、李流伽はまた吐き気を堪える。彼女にとっては教室内にある二つの死体と悪臭よりもイケメン性アレルギーのほうが重篤だ。
「……何読んでるの」
「ん~?あと数分待って」
二人の死者が出たにもかかわらず、凛成は教室の掃除道具入れに入っていた古新聞を読んでいた。勉強机とセットになっている椅子に座り、長い足を組み替えて読み進める速度は存外早く、彼もまた速読を得意とするのかもしれない。
「どうぞ、山野内さん。後で南条君達にも見せてあげるといいよ」
全てを読み終えた李流伽は、一度自己紹介しただけの生徒たちの名前をすべて憶えている凛成という男を、ただの変態ではないと直感でそう判断した。
「あ」
新聞のトップの見出しではなく、小さめの見出しに李流伽は目を奪われる。二十数年前にR学園で傷害事件が発生したという内容だ。当時よりも、よりクローズドな学校内からこのような問題が外に漏れるのは、相当なことではないだろうか。
加害者の生徒Hは少年院に送られたという。ただ、被害者男子に暴行をしていたのはHのみではなく他にMやSなど複数の生徒がいたとも記されている。今でいうところの典型的ないじめ問題だろう。
新聞はどちらかといえば質の悪いゴシップ寄りなタブロイド紙で、何故この教室に存在していたのかも謎だ。当時から名門とされていたR学園の不祥事を取り上げるのは大手新聞社では難しかったのかもしれない。だからこそ逆に信憑性があった。
被害者の柳城 悟(りゅうじょうさとる)君は、長きにわたる暴力の影響で左目の視力が極端に落ちており、人工肛門形成手術を受けたと記されている。何をされたかなど、まともな神経の持ち主にとっては想像もしたくない、筆舌に尽くしがたい酷い仕打ちを受けたのだろう。
「……」
李流伽は敢えて、古新聞を芳樹に手渡してみた。無言で見出しの一つを指で示すと新聞を読み慣れていないのだろう、如何にも読みづらそうに少々顔をしかめながらそれでも文字を追い、そして次第に表情が曇っていくのが見て取れた。
「……大河はいいが」
できれば小春には見せるなと、芳樹は目を逸らしたまま古新聞を李流伽に手渡す。彼にとっても小春は庇護するべき存在のようであり、彼女の繊細さを理解している風にも見えた。三角関係か、と李流伽は口元を僅かばかり意地悪く下品に歪ませると瞬時に引き締めてから、大河に新聞を手渡す。同じように見出しを指さすと彼はサッと顔を青ざめさせた。
「ここにいる人たちは私も含めて十代後半、そしてR学園の生徒も数人程度しかいないと思われます」
死んでしまった生徒たちの制服も、R学園以外の他校の制服だとは大河からも証言が取れている。
「三峰さん」
「りんりんでいいよ」
「……凛成さん」
きゅるんとわざとらしく両の拳を顔に当てて、うるうるさせたチワワのような目と、余所行きの媚を作りながら大型犬の図体を持つ規格外のイケメンは李流伽に名前を呼ばれ「あはっ」と笑みを漏らした。
「凛成さんはこの新聞を掃除用具入れで見つけたと言ってましたが、これはどんなふうに置いてありましたか」
「ぽんって無造作に。今日の新聞が届いたのかなって感じで。読んでくださいと言わんばかりのわざとらしい置き方だった」
二十数年前に刷られた新聞にしては、非常に状態がよかった。少し教室を探せば目に届くように置かれていたその古新聞は、記事の内容自体は実際のものかもしれないが、紙自体は復刻版とでも言うべきだろうか。再製されたものではないかと李流伽は推測した。
「……この中で、人を苛めたり嫌がらせをしたり。そういうことをした人っていますか?もしくは、柳城悟さんと言う方を知っている人はいますか?」
李流伽の言葉に、ある者はぶんぶんと首を横に振り、ある者は身に覚えがなさすぎるためかきょとんとした様子でこちらを見返し、またある者は憤慨した様子で李流伽を睨み付ける。
李流伽は自分の心の事はとんとわからないところもある癖に、他人の心を読むのは無自覚に得意だった。少なくともR学園以外の生徒たちはいじめにも加担した覚えがなく、人から恨まれることについても、そしてR学園の過去についても何も知らない様子だった。
反対に、古新聞を見せた後に表情を曇らせたのはR学園の生徒のうち大河、小春、芳樹の三人で、田中と花山はぽかんとした表情を浮かべている。
「三人は、この新聞の事件を知ってたの?」
凛成の言葉に、大河と芳樹は黙ってうなずき小春は怯えたように大河の後ろに下がった。
「……学園内でも教師含めて知ってる奴はごくわずかだ。自分で調べてもなかなか情報を引き出せない程度には、隠蔽されているらしい。報道規制もかかったはずなのに、この新聞社は随分と奥まで踏み込んでいたんだな」
その所為か、こんな名前の新聞社名聞いたことねえよと芳樹が苦笑する。良くて廃刊、悪ければ恐らくこの会社自体がもうこの世に存在しないのだろう。
「私たちが、柳城悟さんに直接害を為すことは難しい、というか現実的ではない気がします。恐らく彼が存命なら四十代で名前も知らない彼と私達の間には直接的な接点がない。普通に生活していれば関わる機会もあまりないのだろうと思います」
「じゃあ、これは何だろうね」
凛成が横からひょいと口を出し、ひらひらと「復讐」と書かれたメモを指でつまんで振って見せる。
「……私は、貴方の事も信用していないんですけど」
「やぁん酷い」
今のところメモも、古新聞も凛成が見つけ出してきたものだ。何故彼が教室に置かれていた保健体育の教科書を真剣に読み耽っていたのかは未だに謎でしかないが、場を進展させるための情報を提示するタイミングがどれもこれも良すぎると、李流伽や他の生徒たちも考えている。
「まあ、それはそれとして。ここにいる皆と柳城悟には何らかの関係性があるんじゃないかと思っています。恐らくは私達ではなく、その親世代と」
「……そういえば、うちの両親の母校がR学園だった気がする」
「うちは、伯父さんが」
「確か母の死んだ兄がR学園で」
生徒たちが記憶している範囲で、彼らの両親やその親族が柳城悟の在学中に、R学園に通っていたことが分かった。李流伽の父母はK高を卒業したと聞いていたので、それを告げる。もしここに収容された理由が復讐ならばとんでもないとばっちりだ、殺される理由も痛めつけられる理由もないと内心憤っていた。
ただし、K高もR学園とさほど離れていない距離にある学校のため、全く無関係とは今の時点では判断が付きかねると李流伽は思い直す。
人間という集団の群れの中で最も恐ろしいのは孤独と迫害だ。「自分は復讐の対象ではない、無関係だ」という態度はこの中では少数派となってしまうだろうし、上手く立ち回ることができないと途端にヘイトの対象となってしまう。例え復讐に自身が関係がなくても、他の命の危険がある心に余裕がなくなった生徒たちから暴行を受けたり道連れとして殺されてしまう可能性がある。
「で、あんたは」
「俺?」
芳樹が顎でしゃくると凛成は「俺も両親も箔恵木(はくえき)学園の卒業生」と胸を張って答えるが、その場にいる生徒たちは全員首を傾げ何とも言えない表情をしている。聞いたことがない学校名だったからだ。
「うわっ」
「もうやだぁ!!」
突然のことだった。所在なさげに黒板に近づいた生徒のチョーカーがはじけ飛び、その首は黒板に鈍い音を立ててぶつかったかと思うとごろんと床に落ちる。
不思議なことに首からもデュラハンのようになった身体からも血が噴き出るものの、それは黒板に吸い込まれてゆくように消えていく。消えるというよりも、血液の流れは規則性があり板書のように、緑色の板に赤い文字として書き綴られていった。
やがて文字が黒板一杯に埋め尽くされると、用済みだとばかりに首と胴体の血は地面に落ち、床に広がってゆく。一滴も滴ることなく黒板に記された血の板書の内容は、次のとおりだ。
―りゅうじょうさとるくんは、二十数年前にクラスメイトや同じ学校の人たちからひどいいじめを受けていました。
そのせいでさとるくんの身体には、生涯きえない心とからだの傷が残りました。彼がいじめられたことによって、さとるくんのおかあさんは心を壊し、自ら首を吊りじさつしてしまいました。
おとうさんは、さとるくんを支えるために懸命に働きましたが、過労や周囲からの好奇に満ちた目、噂話、マスコミからの執拗なストーキング、そんなものに囲まれて疲弊し判断力がにぶっていたのでしょう。山道を車で走行中、ハンドルを滑らせぶれーきとあくせすを踏み間違えたのか、くるまごと崖から転落してなくなりました。
さとるくんは復讐を考えました。長い年月をかけてじっくりと。
かれらももう立派な大人になっているでしょう。子供もいるでしょう。子供がいないいじめっ子ならその親族を、高校生となったいじめっこたちの子供や血縁者を私刑することにしました。復讐ゲームのはじまりです。
けれども、いじめっこといえど子供たちに罪はありません。ないはずです。ないのかな。だからデスゲームではなく復讐ゲームなのです。
あなたたちは助かるかもしれません。惨たらしく死ぬかもしれません。もう何人かは死んでいるかな。でも、それがなんであれ身体であれ心であれ、あなたたちには全員苦しみをあたえます。何らかの苦しみをかならずあじわってもらいます。
「……っ!」
ぱしゃりと、凛成と大河は黒板をスマホに収めた。李流伽は速読と暗記が得意だったので必要なかったが、彼らは証拠として、或いはヒントとして文言を残しておきたかったのだろう。数分程度のち、黒板の文字は消えて新しい血の文字がまた浮かび上がる。
―タイムリミットは今から三日です。
それまでに全員しぬか傷つくか、もしくはこの中に紛れた仲間外れ一人を探し出したら、そこでやめます。
仲間外れはこのせかいの人間ではありません。お前らが好きな小説に出てくるところの異世界人というやつでしょうか。
いせかい人を見つけたら、わたしたちにきこえるように「どこの世界から来た、いせいいじんか」を言ってください。
―失敗したら、あなたは終わりです。首輪がはじけ飛ぶかばくはつするか。しっぱいした人はおわりです。おわりです。おわり。
―トイレつかってください。教室出てももういいです。すきなところ調べてください。 グラウンドもいいです。疲れたら休めばいい。でも学校の外出たらおわりです。ゲーム終わるまで、外に出るの駄目です。死です。自殺したくなったら出てもいいかもしれません。一番優しい死。すぐ逝ける。くるしさもいっしゅん。
首輪はじける理由、ほかにもあります。あります。禁止事項、あります。わたしの理由なので、あなたたちには意味がわからない。理不尽?意味が解らない?さとるくんもそうだったよ。さとるくんも。なんでぼうこうされてぎゃくたいされていじめなんていう可愛い言葉でごまかされてるんだろう。よけいなことはするな。
くるしんで、もがいて、あがいて。生きることあきらめないでほしいな。だってそのほうが。じゃあ、がんばって。
……またぱしゃりと。今回はこの空間にいる李流伽を除いた全員がスマホに収めた。文章は支離滅裂のようだが、目的とルールは読み取れたからだ。
……そしてタイムリミットも。
誠実で優しく慈愛に満ちたその言葉は、すうと紙で皮膚に一筋の傷を作るような一生消えない痛みを、その柔い心に植え付けた。
……地面に転がっている腕や足が欠けてしまった同朋達に、彼女の繊細な心の傷など読み取る余裕はないだろう。教室の床は血と反吐などの汚物に塗れており、その中で横たわっているすでに事切れてしまった同朋の濁ったガラス玉のような両目は、五体満足な彼女を「何故お前だけ」と恨みがましく見つめているように見えた。
彼は白くて美しい首に付けられた首輪に触れると「やっぱり俺にはこれは似合わない」と少しだけ笑う。その後、するりと何かが仕込まれている薄い金属製の首輪が自然に外れ、地面に落とされるのを黙って見ていた。
それが合図、それが終わり。首輪が地面に着地するのが先か、それとも目の前の美青年がこの地獄からさらさらと、バグのように粒子となって消えるのが先か。
彼は何の執着も未練も残さずに、彼女たちの手の届かない場所へ帰ってしまった。
―これまでの彼女の人生は平凡そのもので人に嫌われることも、かといって好かれることもあまりなかった。周囲を不快にさせるような悪目立ちする類の個性も無ければ、突出した人を惹きつける才能もない。
なんでも平均的にこなせてしまい、ことに空気を読むということに関しては天性の才能があった。
クラスの端の方で目立ち過ぎもせず、かといっていじめの標的になるような独特の「匂い」も皆無で、この日本と言う国で不条理や理不尽を無難にやり過ごして生きてゆくのが最も向いている人間と思われた。
山野内 李流伽(やまのうち りるか)の外見は、一言で言うのなら地味で目立たない眼鏡女子である。高校二年になったばかりの彼女は、外側から見れば平凡で平穏な人生をおくっているが、その頭の中だけはいつも刺激とスリルに満ち溢れていた。
幼い頃より彼女は、とにかく本を読むのが好きだった。どこにいくにも手元に本がないと落ち着かないぐらいであり、速読が得意なためせっかく買った本もすぐに読み切ってしまうので「早く他の本が読みたい」とせがんでは、李流伽とは似ても似つかない美しい両親を苦笑させ困らせたものだ。
早いうちから図書館という存在を知ることができた李流伽はその空間の常連となり、いつかの夏休みには分厚い百科事典を借りてきては、二週間もしないうちに読み切ってしまうということもあった。少々活字中毒のケがあるのかもしれない。
李流伽は本を読めるのならジャンルには全く頓着しないので、漫画は勿論ライトノベルにも手を出したし、彼女にとって繰り返し楽しめて異なるエンディングを見ることができるノベルゲームや無料で読めるWeb小説はコスパが良く、こちらにもずぶずぶとハマっていった。なんちゃって中世ものやバース性などの特殊な本を読む際は、設定を読み込んで知識を高めるのも面白かったのだ。
所謂恋愛ものにも手を出したが、李流伽は自分が誰かと「それ」をする、ということがどうしても理解ができなかった。そのためプレイヤーが主観となる乙女ゲーの類に感情移入をすることができず、どちらかといえば男性向けのギャルゲー(主人公が男性だからだ)やBLゲームのほうがまだ興味深かった。
結果、俗にいう夢というジャンルに興味が持てないが「自分という存在がそこにおらず、自分以外の誰か」が恋愛をする分には、それが男女であろうが女女であろうが男男であろうが、或いはそれ以外の何かであろうが。話が面白ければそれでよいというスタンスだ。
彼女にとって恋慕とは、自分が抱く感情ではなく第三者のそれを覗き見るものでしかなかった。
「……おい、大丈夫か。起きて」
肩をゆすぶられて目を覚ますと、李流伽は見慣れない床に横たわっていた。見慣れないものの既視感のあるそこは、どこも似通ったようなものなのだろう。教室の床、埃臭いタイルだった。
運よく目覚めの良い朝といった様子ですっきり覚醒した李流伽は、安否を確認してくれた人物の方へ向き直る。そこには黒髪で長身の、何かの運動部でエースをやっていてもおかしくない逞しく爽やかな好青年が居た。如何にも陽の者といったその人物は、李流伽が苦手とする人種の一つだった。
「うげっ……起こしてくれてありがとうございます」
陽キャイケメンに対する拒絶反応の吐き気も、好青年は体調不良と判断したのか「無理をするな」と優しく背中を擦ってくれる。李流伽は「うげ、また吐きそうになるからやめろ」と手で止めようとしたところ、今度はふんわり仄かに甘い香りを漂わせた、桃色の髪をした美少女が李流伽の手を優しく包み込むように握っていてくれた。
「無理しないで、体調が戻るまで座っていていいから」
「お、お気遣いありがとうございます。式には呼んでください。ご祝儀だけ出します」
咄嗟にトンチンカンなことを口走った李流伽に対しても、二人は怪訝な表情を浮かべることもなく互いの顔を見合わせて、美少女のほうは頬を赤め、イケメンの方は照れくさそうに笑っていた。
陽キャイケメンのほうは南条 大河(なんじょうたいが)といい、彼の僅かの行動で察するに誰にでも平等な態度で接してくれる、非常に正義感の強い好青年のようだ。
その隣のピンクベージュ色の髪の美少女は宇良 小春(うら こはる)と名乗った。おっとりして世間ずれをしていない色白の美少女は、やはりというべきか大河と付き合っているそうだ。
「はぁ~美男美女カップルって本当にいるんだなぁ」
視界に入るのすら煩わしい非常に苦手なタイプの陽キャイケメンだが、目の前にステディな彼女がいるのなら、李流伽としては好感が持てたし安心ができる。
「誰がお前となんか」と言われようが自意識過剰と思われようが、少しでも他者から性的な眼差しや恋愛の念を向けられると吐き気や蕁麻疹がでてしまう彼女にとって「たとえこのイケメンと無人島で二人きりになっても、食料を巡っての殺し合い以外は何も関係が発展しない」ということは、これ以上ない信用に値する判断材料となった。
そんな彼女の心の内を知るわけもなく、小春と大河はぱちくりと目を大きく見開くと、にっこりと人懐こい笑みを李流伽に見せた。大河と小春は、その容姿の美しさから幼少のみぎりより、周囲からやっかみの念を抱かれることが少なくはなかった。
二人は友人と思っていた人物に幾度となく裏切られ、小春に至っては女友達には陰口を叩かれ、男には舐めるような目線を向けられ、ついには大河の親友に襲われかけて軽く人間不信になりかけていた。
そんな彼らだから、二人の事を恨みや妬みの念も抱かずまるで興味のない絵画を見るような他人感が心地よく、仄かに好感を抱いたようだった。
「……アンタで最後か」
ぬっと現れたのは、控えめに言っても素行の良くなさそうな不良を具現化したような学生だった。190cmに到達するのではないかというぐらいの亭々たる姿でゆらりと立つ彼は生沼川 芳樹(おいぬまかわ よしき)だと、大河が紹介してくれた。
見てみれば、他にもそれぞれ何人かは同じ制服、けれどもそのどれもが李流伽とは異なる学校の制服を着ており、中には体育のジャージ姿の者もいる。
大河と小春、芳樹も同じ学校の制服を着ていた。
「あ、三人ともR学園ですか」
「うん、ここもR学園の……僕らの教室なんだ」
R学園とは、全国でも有数の偏差値が高い学校として知られており、大学への内部進学があるエスカレーター式の学校だ。
そこの2年A組という特進クラスに、彼ら三人も在学しているとは大河の談だ。あの長身の不良、芳樹も特進クラスなのかと李流伽が思うと、瞬時に悟られたのかじろりと芳樹に睨まれてしまった。
「す、すいません。不躾な態度を」
「気にしないで、芳樹はああ見えて悪い奴じゃないから」
フォローを入れるにっこりと微笑む大河の笑みも、李流伽にとってはイケメン性アレルギーの対象でしかない。接触してくんなと思わず安全圏である小春の傍によると、彼女は「うふふ」と柔らかい笑みを浮かべ「女の子同士の方が気が楽で、いいよね」と李流伽の両手を包み込むように握り、満面の笑みを浮かべた。
人間不信気味の彼女が同性に心を許すところを見て、大河はこの上ないぐらい優しい眼差しを小春に送る。
「……これは」
「今更気づいたのかよ」
「鈍いなお前」
同じくR学園の生徒である田中と花山という男子たちは、大河たちとは別のクラスらしい。李流伽の首には、もといこの教室に集められた様々な学校の生徒たちの首には薄い金属製のチョーカーが着いていた。
苦しくもなく軽くて付け心地に全く違和感を持たないほどフィットしたそれに「いい仕事をしている」と感心した李流伽に対して「のんきに馬鹿、お前」と突っ込むのは田中だ。
なお、田中も花山もいい意味でも悪い意味でも平均値な顔立ちなので、李流伽としてもアレルギーが発症せず安心して対話ができるようだ。
ざわ、ざわ……と周囲から不穏のどよめきが聞こえ李流伽たちはそちらに目を向ける。
いつからこの場にいたのだろう、もしくはいつの間に現れたのだろう。そこには、教室の後ろの席で一心不乱に保健体育の教科書を読み耽っている一人の男がいた。
「何故保健体育の教科書を?」という疑問が掻き消えてしまうレベルで、男の顔は神懸かり的に美しかった。彼を前にすれば大河も小春も霞んで見えてしまうほどに。
美しいだけではなく、美青年は均整の取れた身体つきをしておりフィジカル面でも優れていそうな雰囲気を醸し出している。
保健体育の教科書の「男女の身体の違い」箇所だけを何度も熟読している姿は、傍から見れば馬鹿丸出しかもしれないが、それすらも「容姿端麗なイケメンが本を読んでいる」というだけで理由もなく頭がよさそうに見えてしまうのが、何とも不思議なことだ。
「……なるほど」
何が「なるほど」なのか周囲の生徒たちは皆目見当もつかないが、彼の中で何かしらの着地点があったのだろう。極上のイケメンはぱたりと文学書のように保健体育の教科書を閉じると、生徒たちのほうへ目線を向けた。
キラキラした目の光に李流伽は「ヴォエ」と美しくない声を出し、隣にいる小春に背中を擦られ口にはどこから取り出したのだろうエチケット袋で抑えつけていた。
「自己紹介、必要?」
極上イケメンの気だるげな様子に、周囲の生徒は皆彼を遠巻きにしたまま首を縦に振った。彼の名は三峰 凛成(みつみね りんせい)と言い、日課のセルフプレジャー後にシャワーを浴び全裸で就寝したところまでは覚えているが、そこから先は記憶がなく気が付いたらこの教室の椅子に座っていたようだ。その後、勉強机に置いてあった保健体育の教科書を目にし、読み耽っていたそうだ。
なお、セルフプレジャーとはマスターベーションもしくはオナニー、つまりは自慰の事だ。わざわざそんなこと自己申告しなくてもよいだろうと周囲の学生たちはドン引きに引いていたが、自称オナニストの彼にとってそれはアイデンティティであり、強く主張しなければならないものらしい。ここに到達するまでの経緯も相まって、より最悪である。
「だからですか」
「何が」
「貴方が全裸なのは」
「りんりん、ちゃんと靴下と靴履いてるもん」
「履いてるからなんだってんだ」
李流伽の指摘通り、凛成はほぼ全裸だった。
その後、教室の後ろに掛けられていた誰かの体操着を投げつけられたりんりんこと凛成は、無事ジャージ姿のイケメンとなった。
ジャージにTシャツ、膝丈の短パンをやる気なく着崩した凛成はジャージだというのにキラキラとまばゆいばかりの美しさを放っていたが、イケメンに対する拒絶反応が出る李流伽も、目の前の規格外の変態に対してはフィルターから排除されたのか、もう顔を見て話しかけても吐き気が起こることはなくなった。
「そうそう、教科書になんかメモが挟まってたんだ」
ひらりと彼の手から折りたたまれた紙を渡された大河は、恐る恐るそれを受け取ると顔を歪ませた。
紙には赤いインクで殴り書いたように「復讐」と記されていた。
「……?」
教室にはざっと見渡して三十人程度の学生と思しき者たちが集められていた。しかし、誰もかれも復讐という物騒な文言に思い当たる者はおらず、皆一様に首を傾げているか困惑している。
ここにいる性別も学校も、そして年齢も数年程度異なる者たちは。同じ学区内の生徒以外は皆、互いにその存在すらも知らない。善良で復讐とは無縁の人生を送っているはずだった。
「ここ、R学園の教室なんですよね。職員室に行きましょう。状況はわからないけど誰か大人の」
少ししっかりした女子生徒が教室のドアに手を掛け廊下に身を乗り出した瞬間、カチリとした機械じみた音が周囲に響き、爆発音とともに彼女の顔だったものは、血と毛が混じる肉片へとその姿を変えた。
脳の初々しいピンク色も、質の悪いギャグシーンのような飛び散った目玉も、突然首を無くしてしまいガクガクと身を震わせている胴体も、衝撃のあまり失禁でもしたのか太腿を伝う異臭を放つ液体も、あまりにも現実感がなかった。
「っきゃぁあああ!!」
悲鳴を上げることができる者たちはまだ心が強いほうだろう。目から光を失いがくがくと力なくその場にしゃがみ込む者たちは、一瞬の出来事から心をすっかり摩耗し自分の殻に入り込もうとしている。
「いや、これ何?映画の撮影?冗談でしょ」
半笑いで少女の死体に近寄った男子生徒は、ふざけて足で少女だったものの肉片を爪先でつんと……付くまでもなく失禁した際のアンモニアの臭いや鉄錆や脂肪の鼻を突く臭いで、それが小道具や特殊メイクではないことを瞬時に悟った。わからされてしまった。
「う、うぁあっあああ!!」
「自分から触りに行ったくせに、叫ぶなよ」
死体から男子生徒を押しのけると、ツッコミどころ満載で周囲がズッコケるという意味合いでの傾国の美青年こと凛成がその場にしゃがみ込み、冷静に死体を観察している。
頭部の爆発が何なのか舐めるように目線を動かしているうちに、地面に女生徒が着けていたチョーカーが焼け落ちているのを見つけた。
「これだ」
凛成は、自身の首輪に指を向けた。チョーカーを付けた主にとって都合の悪い行動を取ると、このようにチョーカーに仕掛けられた小型の爆弾で頭部を修復不可なレベルで爆散させられてしまうのだろう。
「……トイレに行ってもいいですか」
突然李流伽は挙手すると、大河や小春が止める前に数秒置いてからがらりとクラスの引き戸を開いた。また第二の犠牲者がと誰もが身構え目を両目で覆うも、あの爆発音ときな臭い香りはいつまでたってもやってはこない。
5分程度経過したのちに、李流伽はハンカチで手を拭いつつあっさりまた教室へと戻ってきた。
「山野内お前、無事だったのか!?」
「何しに行ったんだ!」
田中と花山が心配六割程度で問い詰めるが、当の本人は飄々とした様子で「さっき言った通り、トイレに行ってきただけ」とすげなく返す。
「無事外に出られたなら、なんで」
「私はトイレに行くことしか許可されていないから」
厳密に言えば、この教室から一番近いトイレに行き、そこで想定される最低限の行動範囲のみ起こしてきたのだと彼女は言う。
「許可って、誰に」
大河が戸惑うように問いかけると、李流伽は「わかりやすいところであそこ」と黒板の上の真ん中あたりにあるスピーカー箇所を指さす。
「……カメラか」
備え付けられた監視カメラと納得した彼らのうち何人かは、何とかしてそれを取り除くことができないかと考えるが。
「現実的じゃないと、思う」
小春の忠告にまた首を傾げる。李流伽の隣には小春がいるが、彼女はじろりと教室を見渡して力なく首を横に振った。
幼い頃から人の目線に晒され続けてきた小春には、特殊能力とも呼べる力があった。彼女が見られているという場合のみ、それが人の目でもカメラ越しでも瞬時に視線を察知することができる。この教室だけでも数十個を下らない数のカメラが仕掛けられているという。
或いは、メインとなる教室だからこそどんな瞬間も取り逃さないように、数多のカメラが
設置されている可能性もあるかもしれないが。
「そうだ携帯!」
「無駄だ」
皆育ちが良かったのだろう、この教室内で女生徒が死んだ瞬間を動画に収める不謹慎な者はいなかったようだ。けれども劣化する前に現場の保存として撮影は必要だろうと、何人かの勇気ある者は口元と吐き気を押さえつつ、凄惨すぎる亡骸の撮影をしていた。
「……ネットが繋がらない」
通信障害にでもなったかのように、どこの携帯キャリアの回線であっても彼らのスマホは皆「圏外」となっていた。
中にはソシャゲと動画狂でポケットWi-Fiを持参している強者もいたが、同じくそちらもWi-Fiのアンテナが立つことはなかった。まるで何者かに妨害されているかのように。
「い、いやだ、帰る。帰る!」
危険でわけのわからない教室から逃げるためなら、そこが三階建てであっても飛び降りることが得策だと思ってしまったのだろう。窓を思い切りがらりと開けた瞬間、その生徒は自身の首輪と頭部があることに安堵した。
「ほら、こっちは無事だ!ドアはダミーだったんだよ!!」
みんなも逃げようと身を乗り出した瞬間、スパンと何かが落ちてきて男子生徒の胴体を校庭まで連れ去ってしまった。残された下半身はそのまま力なく座り込んでしまいやがて動かなくなった。どくどくどくと尻を向けた男子生徒だった下半身からは、絶えず赤い液体が溢れている。どうやら窓にはギロチンのような刃が仕掛けられていたようだ。
「首輪の爆弾だけじゃないんだ……」
花山の言葉に、全員が息を飲む。彼らを教室に導いた何者かは少しでも意にそぐわないことをするたびに、簡単に生徒たちの命を奪い去ってしまう。そのことに対して躊躇がないどころか、そうすることが彼もしくは彼女の目的なのだろうかと李流伽は考えた。
「……教室内を調べることを、許可してもらえますか?」
今度は大河が挙手をする。数秒待って何の反応もないことを確認すると「決して外へでようとはしないように」それからトイレの場合のみ今のように挙手して外へ出ること、速やかに戻ることを皆に告げる。
周囲を落ち着かせるために自らリーダーとなり指示を出す頼りがいのあるイケメンの姿に、李流伽はまた吐き気を堪える。彼女にとっては教室内にある二つの死体と悪臭よりもイケメン性アレルギーのほうが重篤だ。
「……何読んでるの」
「ん~?あと数分待って」
二人の死者が出たにもかかわらず、凛成は教室の掃除道具入れに入っていた古新聞を読んでいた。勉強机とセットになっている椅子に座り、長い足を組み替えて読み進める速度は存外早く、彼もまた速読を得意とするのかもしれない。
「どうぞ、山野内さん。後で南条君達にも見せてあげるといいよ」
全てを読み終えた李流伽は、一度自己紹介しただけの生徒たちの名前をすべて憶えている凛成という男を、ただの変態ではないと直感でそう判断した。
「あ」
新聞のトップの見出しではなく、小さめの見出しに李流伽は目を奪われる。二十数年前にR学園で傷害事件が発生したという内容だ。当時よりも、よりクローズドな学校内からこのような問題が外に漏れるのは、相当なことではないだろうか。
加害者の生徒Hは少年院に送られたという。ただ、被害者男子に暴行をしていたのはHのみではなく他にMやSなど複数の生徒がいたとも記されている。今でいうところの典型的ないじめ問題だろう。
新聞はどちらかといえば質の悪いゴシップ寄りなタブロイド紙で、何故この教室に存在していたのかも謎だ。当時から名門とされていたR学園の不祥事を取り上げるのは大手新聞社では難しかったのかもしれない。だからこそ逆に信憑性があった。
被害者の柳城 悟(りゅうじょうさとる)君は、長きにわたる暴力の影響で左目の視力が極端に落ちており、人工肛門形成手術を受けたと記されている。何をされたかなど、まともな神経の持ち主にとっては想像もしたくない、筆舌に尽くしがたい酷い仕打ちを受けたのだろう。
「……」
李流伽は敢えて、古新聞を芳樹に手渡してみた。無言で見出しの一つを指で示すと新聞を読み慣れていないのだろう、如何にも読みづらそうに少々顔をしかめながらそれでも文字を追い、そして次第に表情が曇っていくのが見て取れた。
「……大河はいいが」
できれば小春には見せるなと、芳樹は目を逸らしたまま古新聞を李流伽に手渡す。彼にとっても小春は庇護するべき存在のようであり、彼女の繊細さを理解している風にも見えた。三角関係か、と李流伽は口元を僅かばかり意地悪く下品に歪ませると瞬時に引き締めてから、大河に新聞を手渡す。同じように見出しを指さすと彼はサッと顔を青ざめさせた。
「ここにいる人たちは私も含めて十代後半、そしてR学園の生徒も数人程度しかいないと思われます」
死んでしまった生徒たちの制服も、R学園以外の他校の制服だとは大河からも証言が取れている。
「三峰さん」
「りんりんでいいよ」
「……凛成さん」
きゅるんとわざとらしく両の拳を顔に当てて、うるうるさせたチワワのような目と、余所行きの媚を作りながら大型犬の図体を持つ規格外のイケメンは李流伽に名前を呼ばれ「あはっ」と笑みを漏らした。
「凛成さんはこの新聞を掃除用具入れで見つけたと言ってましたが、これはどんなふうに置いてありましたか」
「ぽんって無造作に。今日の新聞が届いたのかなって感じで。読んでくださいと言わんばかりのわざとらしい置き方だった」
二十数年前に刷られた新聞にしては、非常に状態がよかった。少し教室を探せば目に届くように置かれていたその古新聞は、記事の内容自体は実際のものかもしれないが、紙自体は復刻版とでも言うべきだろうか。再製されたものではないかと李流伽は推測した。
「……この中で、人を苛めたり嫌がらせをしたり。そういうことをした人っていますか?もしくは、柳城悟さんと言う方を知っている人はいますか?」
李流伽の言葉に、ある者はぶんぶんと首を横に振り、ある者は身に覚えがなさすぎるためかきょとんとした様子でこちらを見返し、またある者は憤慨した様子で李流伽を睨み付ける。
李流伽は自分の心の事はとんとわからないところもある癖に、他人の心を読むのは無自覚に得意だった。少なくともR学園以外の生徒たちはいじめにも加担した覚えがなく、人から恨まれることについても、そしてR学園の過去についても何も知らない様子だった。
反対に、古新聞を見せた後に表情を曇らせたのはR学園の生徒のうち大河、小春、芳樹の三人で、田中と花山はぽかんとした表情を浮かべている。
「三人は、この新聞の事件を知ってたの?」
凛成の言葉に、大河と芳樹は黙ってうなずき小春は怯えたように大河の後ろに下がった。
「……学園内でも教師含めて知ってる奴はごくわずかだ。自分で調べてもなかなか情報を引き出せない程度には、隠蔽されているらしい。報道規制もかかったはずなのに、この新聞社は随分と奥まで踏み込んでいたんだな」
その所為か、こんな名前の新聞社名聞いたことねえよと芳樹が苦笑する。良くて廃刊、悪ければ恐らくこの会社自体がもうこの世に存在しないのだろう。
「私たちが、柳城悟さんに直接害を為すことは難しい、というか現実的ではない気がします。恐らく彼が存命なら四十代で名前も知らない彼と私達の間には直接的な接点がない。普通に生活していれば関わる機会もあまりないのだろうと思います」
「じゃあ、これは何だろうね」
凛成が横からひょいと口を出し、ひらひらと「復讐」と書かれたメモを指でつまんで振って見せる。
「……私は、貴方の事も信用していないんですけど」
「やぁん酷い」
今のところメモも、古新聞も凛成が見つけ出してきたものだ。何故彼が教室に置かれていた保健体育の教科書を真剣に読み耽っていたのかは未だに謎でしかないが、場を進展させるための情報を提示するタイミングがどれもこれも良すぎると、李流伽や他の生徒たちも考えている。
「まあ、それはそれとして。ここにいる皆と柳城悟には何らかの関係性があるんじゃないかと思っています。恐らくは私達ではなく、その親世代と」
「……そういえば、うちの両親の母校がR学園だった気がする」
「うちは、伯父さんが」
「確か母の死んだ兄がR学園で」
生徒たちが記憶している範囲で、彼らの両親やその親族が柳城悟の在学中に、R学園に通っていたことが分かった。李流伽の父母はK高を卒業したと聞いていたので、それを告げる。もしここに収容された理由が復讐ならばとんでもないとばっちりだ、殺される理由も痛めつけられる理由もないと内心憤っていた。
ただし、K高もR学園とさほど離れていない距離にある学校のため、全く無関係とは今の時点では判断が付きかねると李流伽は思い直す。
人間という集団の群れの中で最も恐ろしいのは孤独と迫害だ。「自分は復讐の対象ではない、無関係だ」という態度はこの中では少数派となってしまうだろうし、上手く立ち回ることができないと途端にヘイトの対象となってしまう。例え復讐に自身が関係がなくても、他の命の危険がある心に余裕がなくなった生徒たちから暴行を受けたり道連れとして殺されてしまう可能性がある。
「で、あんたは」
「俺?」
芳樹が顎でしゃくると凛成は「俺も両親も箔恵木(はくえき)学園の卒業生」と胸を張って答えるが、その場にいる生徒たちは全員首を傾げ何とも言えない表情をしている。聞いたことがない学校名だったからだ。
「うわっ」
「もうやだぁ!!」
突然のことだった。所在なさげに黒板に近づいた生徒のチョーカーがはじけ飛び、その首は黒板に鈍い音を立ててぶつかったかと思うとごろんと床に落ちる。
不思議なことに首からもデュラハンのようになった身体からも血が噴き出るものの、それは黒板に吸い込まれてゆくように消えていく。消えるというよりも、血液の流れは規則性があり板書のように、緑色の板に赤い文字として書き綴られていった。
やがて文字が黒板一杯に埋め尽くされると、用済みだとばかりに首と胴体の血は地面に落ち、床に広がってゆく。一滴も滴ることなく黒板に記された血の板書の内容は、次のとおりだ。
―りゅうじょうさとるくんは、二十数年前にクラスメイトや同じ学校の人たちからひどいいじめを受けていました。
そのせいでさとるくんの身体には、生涯きえない心とからだの傷が残りました。彼がいじめられたことによって、さとるくんのおかあさんは心を壊し、自ら首を吊りじさつしてしまいました。
おとうさんは、さとるくんを支えるために懸命に働きましたが、過労や周囲からの好奇に満ちた目、噂話、マスコミからの執拗なストーキング、そんなものに囲まれて疲弊し判断力がにぶっていたのでしょう。山道を車で走行中、ハンドルを滑らせぶれーきとあくせすを踏み間違えたのか、くるまごと崖から転落してなくなりました。
さとるくんは復讐を考えました。長い年月をかけてじっくりと。
かれらももう立派な大人になっているでしょう。子供もいるでしょう。子供がいないいじめっ子ならその親族を、高校生となったいじめっこたちの子供や血縁者を私刑することにしました。復讐ゲームのはじまりです。
けれども、いじめっこといえど子供たちに罪はありません。ないはずです。ないのかな。だからデスゲームではなく復讐ゲームなのです。
あなたたちは助かるかもしれません。惨たらしく死ぬかもしれません。もう何人かは死んでいるかな。でも、それがなんであれ身体であれ心であれ、あなたたちには全員苦しみをあたえます。何らかの苦しみをかならずあじわってもらいます。
「……っ!」
ぱしゃりと、凛成と大河は黒板をスマホに収めた。李流伽は速読と暗記が得意だったので必要なかったが、彼らは証拠として、或いはヒントとして文言を残しておきたかったのだろう。数分程度のち、黒板の文字は消えて新しい血の文字がまた浮かび上がる。
―タイムリミットは今から三日です。
それまでに全員しぬか傷つくか、もしくはこの中に紛れた仲間外れ一人を探し出したら、そこでやめます。
仲間外れはこのせかいの人間ではありません。お前らが好きな小説に出てくるところの異世界人というやつでしょうか。
いせかい人を見つけたら、わたしたちにきこえるように「どこの世界から来た、いせいいじんか」を言ってください。
―失敗したら、あなたは終わりです。首輪がはじけ飛ぶかばくはつするか。しっぱいした人はおわりです。おわりです。おわり。
―トイレつかってください。教室出てももういいです。すきなところ調べてください。 グラウンドもいいです。疲れたら休めばいい。でも学校の外出たらおわりです。ゲーム終わるまで、外に出るの駄目です。死です。自殺したくなったら出てもいいかもしれません。一番優しい死。すぐ逝ける。くるしさもいっしゅん。
首輪はじける理由、ほかにもあります。あります。禁止事項、あります。わたしの理由なので、あなたたちには意味がわからない。理不尽?意味が解らない?さとるくんもそうだったよ。さとるくんも。なんでぼうこうされてぎゃくたいされていじめなんていう可愛い言葉でごまかされてるんだろう。よけいなことはするな。
くるしんで、もがいて、あがいて。生きることあきらめないでほしいな。だってそのほうが。じゃあ、がんばって。
……またぱしゃりと。今回はこの空間にいる李流伽を除いた全員がスマホに収めた。文章は支離滅裂のようだが、目的とルールは読み取れたからだ。
……そしてタイムリミットも。
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