【完結】とばっちり復讐ゲームには異世界人が紛れ込んでいる

雷尾

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その3

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「今何時だろう」

「18時ちょっと過ぎたぐらい」

「まだ、そんな時間なんだ……」

 夜が来る、じんわりと闇がやってくる。寒くも暑くもないR学園の中と窓の景色を見る限り、季節は初夏手前といった風だ。
 凛成が、学校に備え付けられている時計と自身の腕時計、そしてスマホの時刻を照らし合わせてそう答える。「今の子は腕時計付けないのかな」と年寄りじみた学生らしくない言葉を発すると、ほかのメンバーもスマホの時間を確認する。

 全員時間が合致していることを把握すると「充電を持たせないと」と大河はポケットにそれをしまいこむ。
 今のところ彼らのスマホは電波障害にでもあったかのように「圏外」となっており、端末としての殆どの機能を失いほぼ置物になってしまっているが、ふとしたきっかけでネットワークが接続できるようになるかもしれない。いつでも助けを呼べるように、電池は可能な限り持たせたいのだろう。

「私、電源アダプタ持ってます」

 李流伽は学校の室内間隔に備え付けられているスピーカーに向かって「スマホはネット接続も通話もできません。充電してもいいですか」とお伺いを立てて数秒待った後に、電源コードとスマホを繋げて電源アダプタをコンセント差込口に差し込んだ。

「……大丈夫そうです」

「……そっか」

 充電が心許なかったのだろう。大河もいそいそと自分のスマホを充電する。それが小休憩の合図になり、各々その辺に座り込んではペットボトルに口付けたり、クッキー状の携帯食を頬張ったりしている。
 ここは購買部のある一階の空き教室だ。流石に死体と血の匂いが充満した最初の教室に戻る気はしなかったのだろう。いつかは戻らなければならないかもしれないが、今不必要に心を摩耗させることはないだろうと、彼らの考えは一致している。

「汗かいたなぁ。りんりん一日一回はシャワー浴びたいんだよね」

「非常事態だ、今ぐらい我慢しろ馬鹿」

 立て続けの異常事態に遭遇し、惨殺死体を見続けてきたというのに能天気な目の前の男に、芳樹は苛立ちを隠せないようだ。

「この学園、シャワーブースありますか」

「え、うん……体育館とプール近くの更衣室横にあるけどって、まさか」

「行ってみましょうか」

 意外にも乗り気ですくりと立ち上がったのは李流伽だ。この子は何を言い出すんだと困惑した大河や、また李流伽が一人で勝手なことをしないようにと彼女の手に自分の指を絡める小春に「どいつもこいつも馬鹿ばっかかよ」と、それでも流石に彼らの惨殺死体など見たくないのだろうか、腹立ち紛れについてくる芳樹と。

「きゃあぁあ見てみて!タオルにシャンプーと石鹸もある。誰かの忘れ物かな?借りまーす」

 まるでホテルのアメニティでも見つけたようなテンションで、はしゃいでいるのは凛成だ。彼は周囲の目を憚ることなくすぐさま衣類を脱ぎ捨てると、颯爽と全裸でシャワーブースに乗り込んでいった。

「……」

「……」

「……」

「……」

 シャーという水温が、湿気とともに周囲に響く。
人がシャワーを終える時間をただ待つだけというのは、なんと無駄で手持ち無沙汰なのだろう。例えばこれが恋人やパートナーとの逢瀬の場で、最愛がシャワー室から出てくるのを待っているというシチュエーションであれば、待ち時間すらも心臓が高鳴るひとときにでもなるのだろうか。

 実際には、立てばイケメン座れば美形歩く姿は全裸の変態紳士、そんな傍若無人な男がシャワーを終わるのを、ただひたすらに待っているだけなのである。不毛な時の一言に尽きるだろう。 
……誰かが忘れたか置いていったのだろう、ブオォオと温風が吹き付けられるようなドライヤー音と制汗剤のスプレー音が聞こえたところで「いい加減にしろ」と芳樹が切れた。

「お待たせーさっぱりしたぁ」

「そりゃよかったな!」

 芳樹のゲンコツをひらりと躱す、メタリックボディの某はぐれたスライムのような回避率を見せる凛成は、愛嬌たっぷりにひらひら両手を振っている。

「凛成さん」

「なあに、山野内さん?」

「シャワーは熱めが好きですか、それとも温め」

「りんりんは熱いのが好き!ここのシャワーも温度調整上手く利いてて、四十度超えたぐらいにしてたよ」

 ふんふんと興味深げに、イケメンのシャワー温度設定事情を聞いていた李流伽は、にこりともせずにメンバー達にこう告げる。

「首輪は防水性があり、温度にも耐えられるようです。したがって人が耐えられる程度の温度であれば暴発することもなさそうです。また、洗剤などにも耐性があると考えられます」

「山野内さん、りんりんを実験台にしたんだね……」

 珍しく裏切られたという様子でわなわな震えている凛成の姿に、芳樹は無遠慮に吹き出し、大河は困った様に、小春はおかしそうにやわらかい笑みを浮かべていた。
 尊い犠牲のおかげで、どうやらシャワーや水泳程度で首輪が壊れたり爆発するといったことはないと検証されたので「女の子はこういうの気にするだろう」という大河の計らいにより、次は李流伽と小春にシャワーを使わせることになった。

 美形の時は監視と実験も兼ねて全員で取り囲んでいたが、どんな場所であれ一人にさせておくのは危険があるため、女子二人で互いの姿が見えるようにシャワーを浴びることになった。

「女の子同士だもん、気にしないよね?」

「うん、まあ……」

 自分のことには頓着しない李流伽だが、銭湯や温泉でもないのに隣の美少女も一緒に全裸になっているのは、何とも妙な気分だとほんのり思う。
 李流伽はよく言えばスレンダー体型だが、悪意に満ちた言い方をすれば未成熟な子供のような体つきだ。腕も足も細く少年のようなぺたりとした尻も、わずかにあるかないか程度のアバラすら浮いた胸も、一部の特殊な趣味の持ち主を除いては、少なくとも大人の情欲をそそられるものではない。
 
「……」

 対して小春は色白で華奢ではあるが、柔らかかつふくよかな胸や尻など出るところははっきり出ており、引っ込むところはスッキリと収まっている。
少しばかりむっちりした太腿はもとより、わずかばかり生えた恥部を隠す茂みの毛色すらもピンクゴールドで、アニメの世界からやってきたのかと勘違いしてしまうぐらい完璧なプロポーションと色をしている。

「背中流してあげる」

 人数分のハンドタオルなど用意されていないものだから、基本的には石鹸を泡立てて手で身体に擦り付ける作業になる。あろうことか小春は、泡立てたそれを両手いっぱいに抱えて李流伽の背中を触り始めた。

「え、あの」

「はい、ごしごし、ごしごし」

 百パーセント善意のそれを断るには、李流伽のキャパはオーバーしていた。背中を這っていた手は次第に肩へ、そして首筋に移動してゆく。
 心を無にして虚空を見つめていた李流伽だが、時折背中に何かがあたり、それがくすぐったくてびくりと身を震わせる。

「小春さん……?」
 
 ぞくりの頻度が高くなり後ろを見ると、背中から肩回りや鎖骨を洗うのに必死になっていたのか、小春は李流伽にピッタリとくっついたり、また少し離れたりを繰り返していた。
そうなると必然的に彼女の胸も李流伽の背に押し付けられる形となり、胸の突起もつんつんと当たる。

 いつだったかエロ広告で流れてきた、女性が半裸で自分の身体を車体に押し付けて、腰を揺らし全身を使って洗車している動画が李流伽の脳裏をよぎる。性経験は未熟そのものだがこのように知識としては知っているため、車のフロントガラスに乳房が押し付けられるシーンがありありと蘇る。

「小春ちゃん!」

 胸が当たっていると、ただその一言だけ告げて離れて貰えばよかったはずなのに。
李流伽の「小春ちゃん」呼びが彼女にとって、とても嬉しかったのだろう。

「えへへぇ。なあに?李流伽ちゃん」

小春は甘えるように李流伽の背中に抱き付いて「嬉しい」と頬擦りをした。
 死体を目にしてもイケメンを目にしても動じなかった李流伽だが、この時ばかりは初めて頭の処理が追い付かず熱暴走でもしたのだろうか、その場にずるずると倒れ込んだ。

「……李流伽ちゃん!」

「大丈夫~?」

 少しだけ意識を飛ばして目覚めてみれば、シャワー室の外でぱたぱたと下敷きで顔を仰がれている李流伽の姿がそこにあった。恐らく小春が着替えさせてくれたのだろう、幸いにも彼女は全裸ではなく上着を脱いだ状態の制服姿だ。
そして心配そうにペットボトルの水を差しだしているのは李流伽をこんな目にあわせた張本人で、下敷きで彼女に冷風を送ってやっているのは凛成だ。

「ごめんね、シャワーの温度熱いままだったかな?李流伽ちゃんがのぼせてるの気づかなくて、本当にごめんね」

 うるうると仔犬のように目を潤ませている小春の姿に「お前のせいだよ」とも言えず、李流伽は「だいじょうぶ、です」と大丈夫じゃなさそうに返事をしてやったのだった。

「ところで、大河さんと芳樹さんは」

「あの二人なら、山野内さんと宇良さんの入れ替わりでシャワー浴びに行ったよ」

「あの、二人が」

「ほら一人じゃ危ないし、二人は幼馴染だから……」

「……」

「……」

「……」

 珍しく三人は空気を読んだかのように、俯いてその先を言葉で紡ぐことはしなかった。

「……」

「……」

 長身の男二人が隣同士で並んでシャワーを浴びている。どちらも引き締まった良い身体ではあるが、ボディビルダーのように互いの肉体美を褒め合うような仲でもない。水温の丁度よさ以外は、非常に居心地の悪い沈黙の時が流れている。
 ただ、居心地が悪く思っているのはどちらかと言えば芳樹の方で、大河は時折何とも言えない目線を芳樹に送りつけてくるので居心地の悪さに、さらに拍車がかかった。

「芳樹……こうして一緒に風呂入るの、小学生の時以来だな」

「ああ……(やめてくれ)」

 親戚の伯父さんやお兄さんのように接してくる幼馴染が、芳樹にとっては後ろめたく、それから気持ちが悪くて仕方が無いようだ。その証拠に彼らは高めの温度の湯を浴びているにもかかわらず、芳樹の顔は青ざめて肌は鳥のようにぶつぶつと粟立っている。

「そうだ、背中でも流してやろうか?」

「(やめてくれ)」

「遠慮するな、タオルがないから手でごめんな」

「(やめてくれ)」

 大河は泡を両手に抱えて、芳樹の背に塗り込んでゆく。
 先ほども似たような光景が繰り広げられた場所ではあるが、その場にいる人間が異なるだけで、どうしてこうも不穏になるのだろうか。

 困ったことに大河も今は善意百パーセントといった様子で、健気にも幼馴染の背中を洗ってやっている。
そして不良が幼馴染を跳ねのけられない理由は、ここで悲鳴を上げると彼の人としての尊厳が死ぬ危惧が大で、次点は彼にとって大河も小春も大切な幼馴染であり、二人の悲しい表情と涙は見たくないため強く出られないという健気な理由があった。
今泣きだしそうなのはむしろ芳樹の方ではあるが。

「芳樹、ちょっと見ないうちに背中大きくなったな」

「(やめてくれ、あと一生こっち見んな)」

「お前に距離を置かれて、俺ちょっとだけ寂しかったんだ」

「(やめてくれ)」

「少しだけこうしててもいいか」

「(やめてくれ)」

 困ったことに、小春も大河も心を許した者に対する距離感が心身共に少々、いやかなりバグっているのだった。このカップルに友達が少ない最大の理由の一つがこれで、幾人もの勘違いした者たちが小春と大河に逆恨みをし、時に攻撃的になっていった。
 その度に、彼らの後始末を密かにしてきたのがこの芳樹という男だ。喧嘩に強くなったのも勉学に勤しんだのも幼馴染たちと自分の平和のためだった。

『だってぇ、どうみても南条君、生沼川君のことラブじゃん』

 不本意ではあるが大河に後ろから抱き付かれながら、芳樹はあのいけ好かないふざけ倒したイケメンの言葉を心の内で反芻させる。

「(そうだ、こいつらは残酷だ)」

 親愛と恋愛とすべてがごちゃまぜになって、本質的に好意の種類が本人たちもよくわかっていないが故の距離感の無さは、いつも彼らを好いた誰かの心を傷つけていた。
芳樹にはそれがわかっているが、大河や小春という美男子美少女に急接近された第三者はそうは受け取らなかった。
 舞い上がり恋に狂い胸を焦げ付かせて、そして勝手に裏切られる。けれども本人達にも非が完全にないとはいえない。思わせぶりな態度が常軌を逸していた。

芳樹は、大河はもちろんのこと小春にも恋愛感情は持ち合わせていなかったが、周囲からは三角関係だの痴情のもつれだの、よく周囲の好奇の目線と下衆の勘繰りに晒されることが多かった。

「……お前たちは本当に、ひどい奴らだよ」

「どっちがだよ!」

 彼の手を振りほどけないのは芳樹の優しさからだろうか、或いは弱さか。
 芳樹に抱き付いている男の目からは、シャワーではない水滴がしたたり落ちていた。

「……お帰りなさい」

「おかえりなさい」

「おかえり、なさい」

 シャワーでも浴びてさっぱりしたかと思えば、浴びる前よりもどんより重いオーラを漂わせている男二人を目の当たりにし、珍しく李流伽も凛成も小春も空気を読んで余計なことは言わず大人しくしていた。
彼らがシャワー中に、毒見がてら近くにあった水道水のテイスティングを済ませていた李流伽は、冷たくて美味しかったですよと大河と芳樹にもそれを勧めている。

「空っぽのペットボトルに水を汲んでおこうか」

 悪い気分が払拭できたのか、大河は穏やかな笑みを浮かべると水を汲む。数本同じ動作を繰り返し、そのうちの一本を芳樹のほうに投げてやると、彼も文句を言わずにペットボトルに口付けた。

「あの二人、仲がいいのか悪いのかわかんないね」

 凛成に耳打ちされて、李流伽も無言で頷いた。
 その後彼らは、今後の作戦会議と情報のすり合わせ、それから束の間の休息を得るために人があまり来ないであろう目立たない場所を探すことになった。

「あれー?この学校シャワーがある」

「ねえ差由羅さん、浴びてきてもいい?」

「ばーか、首輪が濡れて壊れたら爆発するかもしれないじゃん……あれ」

 麻実たちは、さきほどまで李流伽たちが私用していたシャワーブースの前へやってきた。そこで水滴がついたタイルと濡れたタオルが置いてあるのを見つけると、さっきまで復讐ゲームの参加者が暢気にシャワーを浴びていたことと、そして首輪が水ぐらいでは故障することはないのだろうと瞬時に判断した。

「うん、そうだね。大山くん、貴志くんシャワー浴びて来たら?さゆらさんはここで待っててあげるから」

 祥吾と忠臣をねぎらう意図は当然無く、李流伽と同様に麻実も首輪の耐久性を確かめたかったのだろう。それでも精液や乾いた血でカピカピとなった身体を洗いたい男たちは黙ってシャワー室へ向かう。彼の姿を見送って数秒したのちに、無言で忠臣も後に続いた。

「……なんでだよ」

「一人じゃ寂しいから」

 気持ちよくシャワーを浴びていたところに、全身凶器の筋肉質がやってきたのでシャワー室は一気に狭くなった。

「身体洗うの手伝おうか」

「結構です」

 この空間は人の背中を流したくなるような効能でもあるのだろうか。先ほどまではあんなにびくついていた祥吾が、今は自身に対して軽口を叩くことに、不思議と忠臣は気を悪くしていないようだ。

「……」

「なあに?祥吾くん」

「いや……」

 平常時でも立派なものを持っている隣人のペニスが凶悪にそそり勃っていないことに、祥吾は内心安堵していた。少なくとも貞操や命の危機は今のところ無いようだ。

「お前さあ」

「うん?」

「大変だよな」

 何が、という祥吾の問いかけは答えてもらえなかったが、忠臣の目線で何となく言いたいことがわかった。祥吾は麻実の手下のような扱いだが、主な役目は女を犯すことだ。拷問と虐殺のスパイスとして強姦魔の役割を担っている。忠臣が言いたいことは「それ」が使えなくなったらお前は用済みになるんじゃないか、ということだった。

「……そうだな」

 今はこの狂った状況に置かれている興奮状態が続いているせいか彼のペニスも勃つが、いつまでこの状態が持つかはわからない。
 彼が役に『勃』たなくなったその時は、あの女に金属バッドで首輪を殴られ頭を破裂させることになるのだろう。麻実は狂ってはいるが身体は非力な女のはずなのに、健剛や祥吾でも隙を見せたら一瞬で殺されてしまうぐらいの、腕力では太刀打ちができないぐらい底なしの狂気を全身から漂わせている。

「俺さぁ、お前のぐしゃぐしゃな泣き顔はチンポにくるんだけど。今は興奮しなくても別にいいやって思ってる」

「なんだ、それ。意味わかんないしキモい」

「……俺もよくわかんねえ」

「変なの」

「うん」

 手早く身を清めた二人は、誰のかわからないタオルを拝借し乱雑に水分を拭きとると麻実の元へ戻った。

「お帰り。濡れたぐらいじゃ首輪は無事なんだ。じゃあさゆらさんもシャワー浴びてこようかな。死体の臭いが纏わりついてるみたいでなんかキモくてさ……里井くん入り口見張っといて」

 麻実の言葉に、健剛はどっかとシャワー室のドアに座り込んでしまい、他の侵入を許さないといった風に部屋を守っている。所在なさげに壁にもたれかかる祥吾は、忠臣の言葉をぼんやり思い返す。強姦に殺人幇助、すでに日常社会ではまともな人生を送れないであろう罪を犯してしまったというのに、彼の心は不思議と凪いでいる。

「(きっと、俺は死ぬ)」

 自ら犯した女生徒たちと、殺されるのを黙って見ていた屍たちを思い返しても懺悔や後悔の念は残念ながら、今の彼の心にはない。吐き出した精と共にどこかに消えていった熱のように、ああやってしまった、もう戻れないという思いだけがあった。
 殺されるのか自殺まがいな方法で自ら首輪を爆発させるのか、いずれにせよこのまま平和な日常へ帰ることができるとは、毛の先ほども思ってはいなかった。

この先もし生き長らえることができたとしても、もうまともな人生は歩めないとぼんやり諦めていた。麻実に引きずり出され具現化された彼の中の狂気が酷く醜く、許されざるものであることぐらい彼にもわかっていたのだ。
そんな彼に、ただ一つだけ心残りがあるとすれば。

「貴志君」

「忠臣でいい」

「じゃあ忠臣。ここから出られたらさ、どっか遊びにいかね?」

「……俺と?」

「うん、友達なんでしょ。俺達」

 ポカンとした表情を一瞬見せてから、忠臣は表情を明るくすると満面の笑みを見せる。それから祥吾の肩にぐりぐりと頭を押し付け、今は彼にとってやり場のない思いを彼の肩に頭突きを食らわすことで発散させているようだった。

「痛い痛い、どういう感情」

「わかんねえ」

 化け物じみた男は、これまで心に湧き上がることがなかった新しい感情に「へへっ」とだらしなく笑い、そして「友達」との接し方もわからないのだろう、祥吾の服を引っ張ったり動物のにおい付けのように身体を擦りつけたり、非常に幼い執着を見せていた。

「(俺にも、こいつにもきっともう未来はない)」

 自責の念や償いという殊勝な感情は、生憎と持ち合わせてはいないのは忠臣も同じだろう。そんな彼らがたとえ叶わないとしても、次への約束と未来への希望を持つことは、罪人にとってあまりにも図々しい願いだろうか。忠臣の様子に、祥吾は人としての哀れみとほんの少しばかりの友情の眼差しを向けている。

「友達って、なんかわかんねえ。くすぐってえしキモイ」

「俺もだよ」

 祥吾も上辺だけの人間関係を築いてきた生徒だ。誰と居ても心が躍るような嬉しさもなければ、おかしくて腹を抱えて笑うようなこともなかった。

「わかんねえけど、悪くない」

「ん」

 奇妙な縁で結ばれた二人のうち、片方は強姦魔でもう片方は人殺しのサディストだ。
 くすぐったそうに笑う隣の男に、この先二人に未来が無いのなら、せめて最後のその瞬間だけは救われて欲しいと祥吾は密かに願う。

「……」

 背にシャワーが流れる水温を聞きながら、無表情のまま健剛は二人の様子を瞳に映していた。見るという意志すらもなく、ただ目に流れる映像をそのままにしているといった風だ。
彼の目に映る二人の姿は歪で微笑ましくもあり、そしてどこか悲しい光景だった。

「ここをキャンプ地とする!」

「はいはい」

 はしゃぐイケメンに疲れ果てた不良、それから眼鏡と美男美女は結局別の空き教室で身を休めることにしたようだ。体育館倉庫や保健室なども検討したが、彼らは見つかったら即逃走できるある程度の広さがある場所を選択した。学校内をくまなく探し、護身用に竹刀やバットなどの武器も手に入れている。

「見張りをつけて、順番に休むことにしよう」

 大河の言葉に皆異論はなく、李流伽たちはどの順番で休むか決めることにしたようだ。

「……小春さんの体力の消耗が激しそうなので、先に休ませてあげて欲しいです」

「気を使ってくれてありがとう李流伽ちゃん。小春、大丈夫か?」

「うん、ちょっと疲れちゃっただけ……李流伽ちゃん、一緒に寝よ?」

 李流伽の手を取りこてんと小首を傾げる愛くるしい仕草に、性別問わず大抵の人間は心を奪われるだろう。李流伽は少しだけ戸惑いを見せつつ目で「どうする」と大河に訴えかける。

「小春も李流伽ちゃんが一緒なら安心できるんだろうな。悪いけどお願いできるかな?」

 傾国の変態ほどではないが大河もイケメンの部類に入る人間だ。忘れかけたイケメン性アレルギーが発症しそうになりそれを振り払うがごとく、李流伽は目を固く瞑り地面に横たわった。

「うふふ、おやすみ李流伽ちゃん。一緒に寝ようね」

 甘い匂いをふわりと漂わせて、小春も李流伽の手を握ったまま傍に寄り添い目をつぶる。そんな二人の様子を大河は目を蕩けさせて微笑ましく見つめており、芳樹は表面上チベットスナギツネのような虚無の目をしているが、内心では引きにドン引きしている。

「りんりんは誰とくっついて寝ればいいの?」

「一人で寝てろ馬鹿」

 とてとて歩み寄って来る眉目秀麗の変態を、そのまま永眠しろとでも言わんばかりに突き放そうとするが、逆方向からねっとりした視線を感じた。
恐る恐る視線をそちらにやると、捨てられた仔犬のような眼差しで、大河が芳樹のほうを見つめていた。芳樹の服の裾を申し訳なさそうに、と表現するには非常に強い力で、指で摘まんだ跡がギッシリと残るレベルで、それはそれはしっかりと握りしめている。

「……凛成君、僕と一緒に寝ませんか」

「どうしてだ芳樹!」

 すがりつく幼馴染、拒絶する不良、瞬時に何かを察した変態は「女の子たちだけを見張りにして置いたら危ないから」と、大河と芳樹を一緒に寝かせ、自分は最後に休みを取ることを申し出た。

「……仲がいいんですね」

「……久しぶりに見た、二人のこんなところ。幼稚園ぶりぐらいかな」

 ぴったりと隙間なく、抱き枕のように抱えられている芳樹からは「うーん」という魘されているような、苦しそうな声がひっきりなしに聞こえてくる。
 反面、両手両足でがっちりホールドし眠りこけている大河は、この上なく幸せそうな安らかな寝顔を見せていた。

「……写真撮ってあげたら喜ぶかもね」

 主に南条君が。凛成は最後の言葉だけは喉の奥にしまい込む。こくりと頷くと、無言でスマホのカメラに画像を収める李流伽と小春の姿がそこにあった。

「……」

「……」

「……」

「……」

 腹立たしいことに、その寝顔すらも彫刻のように美しかった。しかし今彼らがやりたいことはぷすーぷすー寝息を立てている凛成を愛でることではない。

「私は、凛成さんが異世界人だと思っています」

「まあ、俺もそれは否定しない」

「でも、確かに目立つし……とても個性的だけどそれだけで判断しちゃ」

「李流伽ちゃんはもうどこの世界から来たのかも、わかってるんだよね?」

 大河の言葉に「確証はまだ持てませんが」と首を縦に振る。うっかり言葉にした瞬間、もし誤りであれば即座に首輪が作動し李流伽の首が飛ぶだろう。そして、彼女にはもう一つの懸念点があった。

「もし、正解したらどうなるんでしょう」

「あ?あの黒板の通りなら俺達は開放されるんだろ?」

 何をためらう必要があると、芳樹は口を尖らせるがそれを制したのは意外にも小春だった。

「凛成さんはどうなるの?……そう言いたいんだよね、李流伽ちゃん?」

 李流伽は複雑な面持ちでまた、首を縦に大きく振った。異世界人の特定が『こちらの人間』の終了条件であればゲームは終わるのだろう。
けれども、もしそれがこちら側の人間の『勝利条件』であれば、正体を見破られた異世界人はどうなるのだろう。何のペナルティもなく元の世界に返されるとは考えにくい。

 もし、異世界人がこのゲームに巻き込まれたのではなく任意で参加したのなら、恐らく復讐対象の李流伽たちとは異なる情報を持っている可能性が高い。
 偶然を装ってあの教室に現れたのは何故か、人が死ぬであろう危険なゲームに何故参加したのか、全裸だったのもなんらかの理由があるのか、或いはただの露出趣味か、靴下と靴だけ履いていたのは何かのこだわりなのか……どんどん李流伽の思考は横道に逸れてゆく。主にあの変態のせいで。

「俺はたぶん、李流伽ちゃんとは違う視点で凛成君が異世界……少なくとも地元、下手したら国内の人ではないと思っているよ。僕は進路について結構悩んでいて全国の学校もかなり調べたほうなんだ。彼の母校だという箔恵木学園なんて聞いたことがなくて」

 そこも疑っている理由の一つだと、李流伽も同意する。

「私は、せめてここにいる皆さんとだけでも一緒に生き残りたい。そしてその中には凛成さんも含まれています」

 全員無傷の生還は不可だと、李流伽も他の者たちも理解していた。また、無事生還できたとしても無傷での帰還ということは叶わないだろうとも。

復讐目的で集められた生徒たちは、直接的に彼、柳城悟へのいじめに関与していたわけではない。それなのに血縁者というだけで、すでに何人もの命が刈り取られている。主犯格の子供たちである李流伽たちには、必ずそれ以上の地獄を見せようとしてくるはずだ。

「凛成さん」
 
 貴方は今、何を考えているんですか。
 李流伽が彼に対して心にちらつく感情は、これまでの彼女の人生で経験したことのない未知のものだった。
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