【本編完結】異世界で開花した力で、自分を裏切った男に生涯復讐していく話

雷尾

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運命に三行半を突きつけられたα

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「お金を貸してください」

 後日、娘を助けてくれようとしたことに対して、芽以が住むラプンツェルの塔ことタワーマンションへお礼にやってきた奏と敦の目の前には、地面に頭を擦りつけてみっともなく土下座をしている一人の哀れな男Ωの姿があった。

「……何に必要なんだ?内容によっては、返済はいらない」

「敦さんとの番解除手術のお金と、学校に通うお金が欲しいのです。働いて返します。何年経ってもかならず働いて返します」

 どこか抑揚のない声で、表情を無にしたまま芽以は奏にひれ伏す。その言葉に対して顔面を真っ青に染めたのは敦だった。
何を考えているんだと怒鳴りつける敦の顔を、芽以は無表情のまま見つめている。その眼差しは深い井戸のように暗く、何の光も映してはいない。
 もう芽以の心に、敦は存在しないようだった。

「番解除って、どうなるかわかってるのか!?」

「はい、勉強しました」

 芽以がチラリと目線を向けた先にはガラス張りのテーブルがあり、そこには中学生用の保健体育の教科書が置いてあった。付箋が沢山挟まっており、ノートや文房具が置いてあるところを見ると、彼なりに学んだあとが伺える。
 そんな様子に、奏も姿勢を正し芽以に向き直った。

「貴方が本当に望むのなら、手術費用は全額お出しします……今までのお務めの分です。最新の手術だと、もう誰のフェロモンを感知できなくなりますが、身体の負担も少なくヒートもかなり緩和されると聞きます」

 奏の口から紡ぎ出された「お務め」とは、妾としての務めという意味だ。暗に夫の性欲処理をしてくれてありがとうという表面上の意味と、そして産まれることが叶わない子を作らせてしまったという謝罪の意味合いもある。
奏が鋭い眼差しでちらと敦を睨むと、彼は全身を震わせて今更ながら、切断されかけた蜘蛛糸のような運命の縁に縋りつこうとしているようにも見える。

「芽以、どうして」

「うるさいな!」

 これまでふんわり掴みどころがなかった芽以からの突然の鋭い言葉に、敦は身を竦ませる。憤りのあまりクッションを敦に投げつけた芽以は「おおよしよし、ごめんねぇ」と蛙のぬいぐるみに向き直り、子をあやすように抱っこをした。
 常軌を逸した様子に、事情を知らぬものでもその場に居合わせれば背筋を凍らせるような狂気と、静かな恐ろしさがある。

 奏からしてみれば、不貞行為をした二人は同様に憎むべき対象ではあるが、運命の番を蔑ろにし、最終的にその心を壊したのはαである敦と言えるだろう。運命ほどの強い絆があるというのに、敦は今その運命に捨てられようとしている最中だ。

「芽以さんは、どこの学校に行きたいのですか?こちらについても全面的に援助したく思っています」

「……介護、介護福祉の勉強がしたい」

 蛙のぬいぐるみを愛おしそうに抱き上げ、どこか焦点の定まってない眼差しでそれでも真剣な面持ちで奏を見つめる姿に、彼の目から枯れ果てたはずの情と涙があふれては止まらなかった。

「お前のせいだ」

 奏は持ち前のフィジカルと少しだけ風の力を使い、敦を地面に押し付けた。潰された蛙のような不格好な土下座を見て、芽以も少しだけ面白かったのだろうか。空洞の眼差しのまま、彼は笑みを浮かべている。
 未来や希望などを取っ払った、虚しさだけが残る笑顔だった。

「放せ、放せよぉ!」

 壁に頭を打ち付け暴れまわるのは、東堂敦だ。彼はボディーガード数人に取り押さえられ、最終的に鎮静剤を打たれて意識を失った。
 もう心は離れているというのに、それでも番という身体の縁は相当に根深く、まるで呪いのように強いものでもあるらしい。

 今日は、海を渡った向こうにて三囲芽以の番解除手術が行われた日だった。日本では桜の花びらが舞う卒業式シーズンに行われたそれは、皮肉にも運命であったはずの二人の縁を切る日として、ある意味ふさわしいと言えるのかもしれない。

 番解除はαが一方的に解除する以外には、現在は外科手術によって行われるものだが多少なりとも、特にαが望まない場合であればなおの事、Ωだけではなくαにもその衝撃は心身ともにやってくるようだ。
 口から泡を吹き三日三晩苦しみ抜いた敦とは対照的に、術後の芽以は始終穏やかであったと東堂家を通じて奏の耳にも連絡が入った。

 東堂家にしてみれば、厄介な存在でしかない後天性Ωかつ運命の番という存在が消えてくれただけで、手術費と学費に慰謝料を上乗せしてもありあまるほどの利益となった。
 天文学的確率でしか出会えないと言われている運命の番、そんな呪いにもう敦が惑わされることはほぼないのだから。

「……手紙」

 数か月後に、奏と敦宛に芽以から手紙が届く。奏に対しては今更ながら不貞に対する謝罪と、そして援助についてのお礼が稚拙な文章ながらも丁寧に記されていた。

「まあ、パトロンに対して失礼な態度取るほど、アイツも馬鹿じゃないんだろう」

 手紙の文だけでは彼の心内まではわからないが、奏に対して害を為す存在ではなくなったと、彼は見逃すことにした。
 そこに奏の心に善意はなく、今後芽以が自分の手駒になってくれる可能性を見いだせたためだ。

奏の心には、今もずっと復讐の炎が消えることなく燃え続けている。ガスバーナーのように調節可能なそれは憎しみにしては理性的で、まるで心の大切な部分が代償として取られているようでもあった。
かつての敵と共闘するつもりは毛頭ないが、もし自分とは別の切り口で敦を苦しめてくれるのならば。奏は彼の門出、つまりはこの先の人生を応援した。

 一方敦はというと、手紙を手渡されると奪い取るように握りしめ、震える手で封を切りそれを読む。一目見た瞬間、信じられないという表情を浮かべると次第にそれは苦悶に変わり、怒り狂った様子でゴミ箱に叩きつけると、敦はその場にしゃがみ込み嗚咽の声を漏らした。

 夫に対する心配という念よりも、野次馬根性が勝った奏は敦を尻目にゴミ箱の方へ向かい、手紙を取り出す。

「……ははっ」

 奏の口からは乾いた笑いが零れ落ち、流石に愚かな夫に少しだけ、この時ばかりは同情の念を送ってやる。

『死ね』

 手紙には簡素に、それだけが記されていた。
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