【本編完結】異世界で開花した力で、自分を裏切った男に生涯復讐していく話

雷尾

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予期せぬ事件と霧ヶ峰としての矜持

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 いくら憎き浮気相手とはいえ、憎しみと哀れみという相反する念が芽生えることもある。
子を産むことができず、またようやく授かった子も死産してしまった芽以は目に見えておかしくなっていった。
 いつかの時など夜間に近所の公園を徘徊し、警察から職務質問を受けた際に芽以は、抱っこ紐に蛙のぬいぐるみを抱えていたという。人の赤ん坊ぐらいのサイズのぬいぐるみが、星になった我が子と重なるのだと彼は言う。

「蛙さん……」

 デフォルメ化された蛙のぬいぐるみは愛らしいが、それが無脳症として産まれそして死んでいった我が子と重ねているのだとしたら。

「芽以の奴、最近は話しかけてもあまり反応が無くて……ヒートの時以外はいつもぬいぐるみを抱えてそっちに話しかけている」

気が触れてしまった元幼馴染は、半分自分の世界に引きこもってしまったようであり、子を持つ親として痛ましさから、奏は胸が抉られるような感覚に陥った。
そして、気まずそうに目を逸らす敦に新たな殺意が芽生える。憎しみや恨みといった感情もまた愛と相反するように見えて、実のところ愛が枯渇でもしないかぎり連動し、くすぶり続けるものなのだろうと奏は静かに首を横に振った。

さて、数年の月日が経過し東堂敦と奏は新たな命を授かった。双子の男の子と女の子で、Ωの男の子の名は諒、αの女の子の名前は理央という。

二人とも顔の良さだけは父親似、そしてフィジカルやメンタル、知能は母親に似た両親の良いとこ取りで生まれて来た子達だった。
現代社会において「スペア」という表現はあまりにも命を軽んじている表現かもしれないが、優秀なαの子を二人も授かったことにより、東堂家は安泰といっても過言ではなく両家の祖父祖母は孫たちを分け隔てなく溺愛した。

―しかし時に安堵と油断は対となる。
某日。日々の子育てと、いまいち頼りにならない夫の代わりに請け負う業務で忙殺されていた霧ヶ峰奏の、疲労と盲点を突いたような事件が発生したのだ。 

5歳になる蘭が失踪した。もしかしたら誘拐かもしれないと、東堂家と霧ヶ峰家、そして警察も巻き込んでの大掛かりな捜索が行われた。
じりじりと肌を刺すような強い日差しと不快な湿度、初夏なのに真夏のような気温を叩き出した異常気象の最中。
彼女は家から少し離れた場所にある、大手スーパーの駐車場に停車している軽自動車の中に閉じ込められていた。口をガムテープでふさがれ両手両足を拘束されている蘭は、気丈にも涙一粒こぼさなかったらしい。

けれども、冷房も効いていない車内で彼女はぐったりと後部座席に横たわり一刻の猶予も許されない状況だった。

娘の制服に縫い付けていたヨー○レットサイズの最小GPSを元に、霧ヶ峰奏が現場に駆けつけた時にはすでに彼女の意識はなく、そして自動車の外にはそこら辺の石を握りしめた三囲芽以が半狂乱でフロントガラスを叩きつけている。
誰かがやってきたことに安堵でもしたのか、血走った眼差しで髪を振りかざしながら窓を殴り続けていた芽以は、そのままアスファルトに崩れ落ち意識を飛ばした。

「……」

 よもや、かつて異世界で授けられた「いらん」と不要扱いした力に、ここで頼ることになろうとは。旧姓霧ヶ峰奏、誠に不本意ではあるが現姓東堂奏は頭の中で魔王の子に土下座をしながら、霧ヶ峰の名に恥じない己の力を開放した。

「っ……まま?」

 灼熱のようだった車内は瞬時に冷却され、冷凍庫のようにキンキンに冷やされた。疾風は蘭を拘束していた両手両足の縄と解き、口元のガムテープを引きはがす。空気中の水分を凍らせてやると、飴玉のような氷を何粒か蘭の手に乗せてやり、彼女はそれを口に含む。
 元々非常に聡い子供だ、手足の拘束が解かれ水分を含み落ち着いた様子を見せると、彼女は内側からロックを外し、自力で車の外へと出て来た。

「ママぁ!」

「蘭!」

 すぐさま病院に運ばれた蘭とそして芽以は、命に別状もなく熱中症の心配もいらないほどに何故か冷却されていたが、その理由は霧ヶ峰の力ということになる。

「芽以、お前はどうしてあそこに」

「ママ、その人は悪くないよ」

 容疑者として疑いがかけられている芽以を庇う、というよりもただ淡々と事実として否定したのは蘭だった。
 曰く、幼稚園の帰りにお迎えを待っていた蘭は、熱で萎れていないだろうかと花壇の様子を見に行った少しの隙に、化粧臭いスーツの女と黒スーツの男に取り押さえられ車に放り込まれたのだという。

 後日分かったことだが、誘拐犯たちは東堂財閥の幹部の一人であり、リーダー核となる化粧臭い女は、東堂敦に慕情を抱く女のΩであったという。
 幼いながらもα故に「化粧臭い」と表現したのは、もしかしたらフェロモンの臭いだったのかもしれない。

 化粧臭いスーツの女は、敦の妻となった自分よりも容姿が劣る奏を憎んでおり、そして跡取りとしてほぼ確定している子供こと蘭を、生死に関わらずできる限り苦しませてやろうとした……という明確な意志があったのだという。
 自身が敦の最愛に成り代わる、というよりも妻である奏を憎むあまりの行動だったのだろう。

「……またか、またお前のせいか」

「ちがう、俺は彼女とそんな仲じゃない!」

 奏と芽以のこともありすっかり懲りたのか、よその女やΩに手を出すほど敦も愚かではないようだ。外面だけはいい敦に幻想を抱き、勝手に暴走したその女と他になにか意図があったのだろう取り巻き達は、法で裁かれることとなった。

「蘭は東堂家のあととりだから、またこういうことが起きるかもしれない。弟も妹も同じ目にあわないように、気を付ける」

 これが5歳児の言葉だとは誰が思うだろうか。
一生もののトラウマを抱えてもおかしくはない出来事だったというのに、蘭本人は誘拐のサンプルケースとして記憶の中で淡々と処理をしたようだ。
 奏は娘の無事を心より喜び、それ以上に子を守れなかった己の未熟さに全身が震え、爪が食い込み血が流れるほどに両の拳を握りしめている。

「ママ、おてて。痛いのだめ」

「……ごめんな蘭、怖い思いさせて、苦しい思いもさせて本当にごめん。頑張ったね」

「蘭、大丈夫だよ。あのおばちゃんみたいなおじちゃんは、蛙のぬいぐるみを抱っこしながらスーパーでお買い物してたの。それでね、車にいた蘭に気付いて、石で窓たたいてたの」

「……そっか、蘭を車から出そうとしてくれたんだね」

「おばちゃんみたいなおじちゃんが傍にいてくれたから、蘭泣かなかったの」

 狂った頭では瞬時に助けを呼ぶだとか、正常な判断はできなかったのだろう。けれども幼子を見捨てるわけでもなく、とっさの判断として芽以はフロントガラスを叩き割ろうともがいていたのだろうと奏は考える。

「……芽以、ありが……ッブッフォ」

 元幼馴染に対するなんともやりきれない感情はそれとして、蘭の言い放った「おばちゃんみたいなおじちゃん」がこんな時だというのに奏の浅すぎる笑いのツボにクリーンヒットし、彼はしばらく身を折り曲げて不謹慎な笑いをかみ殺すことになった。
 自分よりも突然小刻みに震えて苦しんだ様子の母親を心配する蘭は、出来過ぎた娘であり、良い子なのだろう。
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