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その1
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○○県△△市阿嘉黒町のさらに奥地、周囲から拒絶され山奥に追いやられるようにしてできたその村には、名前がない。ネットの3Dマップサービスで見てみても、切り立った崖や山々が隠してしまったかのように、その中を確認することが難しい場所だ。
「…………」
抜けるような青い空、強い日差し、蜃気楼が遠くの道路をゆらゆら溶かしてゆく。ブロロロロと砂埃を立てて去ってゆくバスは、都心ではなかなかお目にかかれない車内の床が木でできているレトロなものであった。
自分の中に存在しないはずのノスタルジーに数秒だけ心を預けると、彼はリュックから動画撮影用のカメラを取り出し、田舎道と遠のくバスと、それからこれから赴く先である村の入り口を余すことなく収めた。
今しがた寒村に降り立った彼の名は、ユーチューバーという。無論本名ではない。
YouTuberとして活動している男だが、彼の活動名が「ユーチューバー」であり、チャンネル名も「ユーチューバーのYouTubeチャンネル」という名前だ。
ユーチューバーがYouTuberをやっているという少々ややこしい状況だが、彼の名前はカタカナ表記でユーチューバーなのである。
彼の見目だが、長身ですらりとしており、けれどもよくよく見てみれば程よく引き締まった身体つきであることがわかる。それから存外肌が白く、長めの前髪やマスク越しからもわかる伏し目がちの長いまつ毛は人の目を引き付ける。首にはシンプルで控えめなデザインのネックレスをつけており、服は黒を基調としたものを好んで着ている。
そんな彼の事を、周囲は「爽やかではない、陰のイケメン」と称している。
『阿嘉黒町の山奥に廃村がある』
『廃村のはずだが、まだ人が暮らしているらしい』
『廃村となった原因は、殺人事件があったかららしい』
『阿嘉黒町に住まう村を知る人たちの間では、あそこは禁足地扱いされているらしい』
ユーチューバーはジャンル問わず某動画配信サイトで活動している男で、チャンネル登録者は99万人、もう少しで100万人に足が届くといったところだった。
情報収集用のツイッターのDMに、ファンやリスナーから阿嘉黒町の奥地にある廃村の探索をしてほしいと要望が届いた。それも一つではなく複数の人間からだ。
「……」
心霊系の動画撮影には正直あまりいい思い出がない。けれどもほかにネタもなかった彼は、夏にふさわしい企画だろうと思い、遠路はるばるこの山奥まで足を延ばしたのだった。
木々で覆われた山は陽射しからユーチューバーを遠ざけてくれるが、夏だというのにどこかひんやりとして空気が湿っている。
勾配が強い坂道を歩き続けると、獣道のような荒れ果てた道の横に神社があった。廃神社と呼ぶには形状を残しており、苔むした鳥居は長年雨風で散々痛めつけられたであろうにそれでもまだ朽ち果ててはおらず、神社を守るように凛と建っている。
「……?」
小さな社殿の前には、二人の人影が見えた。目を凝らして見てみれば、それは白い着物を着た子供達で、手を繋いで立っている。片方はおかっぱのように髪を切りそろえられた銀髪の子、もう片方は短髪で黒髪の男の子だ。
銀髪の子は遠めに見てもとても顔立ちの整った子で、けれどもユーチューバーにはそれが「美少女」なのか「美少年」なのか即座に判断ができなかった。中性的な美しい子供だから、というわけではない。
彼の本能が、無意識のうちにそれ以上の詮索を止めていたからだ。今理解したら何か恐ろしいことが起こる。ユーチューバーは子供たちに気づかれる前に、その場を立ち去ることにした。
もうしばらく獣道を歩くと、不揃いのごろごろした石と雑草と泥でぬかるんでいた道は砂利を敷き詰められた人の手が施された道となり、木々に覆われていた視界が突然開けたように光が差し込む。目的地と思われる場所の入口と、横には木でできた看板があった。
看板には村の名前が書かされていたのだろうが、経年劣化によるものか文字は掠れてしまい、辛うじて「村」の部分しか読み取ることができなかった。
村の中は、資料館でしかお目にかかれないような藁葺きの家が並んでいる。しかし廃村と呼ぶには建物はあまりにもしっかりとし過ぎていた。建物だけではない。じりじりと陽射しが強い昼過ぎのせいか周囲に人はいないが、不思議と人の気配も感じた。
「……」
ユーチューバーは村の周辺も余すことなくカメラに収める。廃村と呼ぶにはあまりにも人の手が行き届き過ぎている建物。藁葺きの寿命はどれぐらいだったろうかと、少しばかり過去の記憶に想いを馳せる。
「……」
藁葺き屋根の耐用年数はたしか30年以上、意外と長いものだなと思いながら、それでもユーチューバーは村に違和感を覚えた。屋根どころか村の敷地内にも雑草ひとつ生えておらず、誰かが定期的に手入れをしないとこうはならない。
それ以上に、この村はどこかおかしい。人が見当たらないというのに生活感があり、そして何者かの視線が全身にくまなくあたる。無遠慮な数多の視線は彼を歓迎する温かな眼差しとも、好奇とも、閉鎖された空間で暮らしている者たちの、よそ者を排除するような冷たい眼差しともまた違った。
それは湿りを帯びた熱。人の情欲を刺激するような、不快で腹の底にじんわりした感覚を覚えるような視線。自分が捕食される側にされてしまったかのような、おぞましい複数の眼差しが、ユーチューバーの身体にぐさりぐさりと刺さってゆくようだった。
この村に、居てはならない。ユーチューバーは踵を返すと村の外へ出ようとした。
「……あの」
人の声がした。思わず振り向くと、先ほどとは違う光景が広がっていた。藁葺きの建物からは少し遅い昼餉の準備のためか、窓から白い湯気が上がっている。
外では子供たちが元気に走り回っている。それから庭仕事をする者、畑仕事に精を出す者、井戸端会議をしている者の姿も見られる。
村に背を向けるまで、このような景色はどこにもなかったというのに。
「旅の方ですか?」
随分古い言いまわしをする、とユーチューバーは思った。声をかけて来たのは、長い銀髪を右肩に前に垂らして結んでいる華奢な少女のようだった。脱色やヘアカラーではなくパチリとした目の周りを覆うまつ毛も銀なので、生まれついてこの色なのだろう。
何より、こちらを見つめる赤い目は人目を引いた。
「もし宿をお探しでしたらご案内できますよ」
こんな辺鄙な村に宿なんて、と思われるかもしれませんが。
赤目は口元に長い指を当てて、うふふと笑う。年の頃は10代半ば過ぎぐらいだろうか、少女というには大人びた物言いと所作がどこか不釣り合いで、実年齢よりもかなり幼く見えるのかもしれない。
存外人懐こい様子は周囲に安堵と、それから少しばかりの色香を感じさせることだろう。
けれどもユーチューバーは適当な理由を付けて、その申し出を断ろうと村の入り口に再度目を向けた。
「……!?」
村の入り口の先は、暗闇に覆われていた。闇夜ではない真の黒。ブラックホールのように吸いこまれそうな穴。先ほど散々見た砂利道や獣道、木々のカーテンもまるで吸い込まれてしまったかのような漆黒に塗りつぶされている。
『逃がさないよ』
闇が、村が。獲物を見つけたと笑った気がした。
「…………」
抜けるような青い空、強い日差し、蜃気楼が遠くの道路をゆらゆら溶かしてゆく。ブロロロロと砂埃を立てて去ってゆくバスは、都心ではなかなかお目にかかれない車内の床が木でできているレトロなものであった。
自分の中に存在しないはずのノスタルジーに数秒だけ心を預けると、彼はリュックから動画撮影用のカメラを取り出し、田舎道と遠のくバスと、それからこれから赴く先である村の入り口を余すことなく収めた。
今しがた寒村に降り立った彼の名は、ユーチューバーという。無論本名ではない。
YouTuberとして活動している男だが、彼の活動名が「ユーチューバー」であり、チャンネル名も「ユーチューバーのYouTubeチャンネル」という名前だ。
ユーチューバーがYouTuberをやっているという少々ややこしい状況だが、彼の名前はカタカナ表記でユーチューバーなのである。
彼の見目だが、長身ですらりとしており、けれどもよくよく見てみれば程よく引き締まった身体つきであることがわかる。それから存外肌が白く、長めの前髪やマスク越しからもわかる伏し目がちの長いまつ毛は人の目を引き付ける。首にはシンプルで控えめなデザインのネックレスをつけており、服は黒を基調としたものを好んで着ている。
そんな彼の事を、周囲は「爽やかではない、陰のイケメン」と称している。
『阿嘉黒町の山奥に廃村がある』
『廃村のはずだが、まだ人が暮らしているらしい』
『廃村となった原因は、殺人事件があったかららしい』
『阿嘉黒町に住まう村を知る人たちの間では、あそこは禁足地扱いされているらしい』
ユーチューバーはジャンル問わず某動画配信サイトで活動している男で、チャンネル登録者は99万人、もう少しで100万人に足が届くといったところだった。
情報収集用のツイッターのDMに、ファンやリスナーから阿嘉黒町の奥地にある廃村の探索をしてほしいと要望が届いた。それも一つではなく複数の人間からだ。
「……」
心霊系の動画撮影には正直あまりいい思い出がない。けれどもほかにネタもなかった彼は、夏にふさわしい企画だろうと思い、遠路はるばるこの山奥まで足を延ばしたのだった。
木々で覆われた山は陽射しからユーチューバーを遠ざけてくれるが、夏だというのにどこかひんやりとして空気が湿っている。
勾配が強い坂道を歩き続けると、獣道のような荒れ果てた道の横に神社があった。廃神社と呼ぶには形状を残しており、苔むした鳥居は長年雨風で散々痛めつけられたであろうにそれでもまだ朽ち果ててはおらず、神社を守るように凛と建っている。
「……?」
小さな社殿の前には、二人の人影が見えた。目を凝らして見てみれば、それは白い着物を着た子供達で、手を繋いで立っている。片方はおかっぱのように髪を切りそろえられた銀髪の子、もう片方は短髪で黒髪の男の子だ。
銀髪の子は遠めに見てもとても顔立ちの整った子で、けれどもユーチューバーにはそれが「美少女」なのか「美少年」なのか即座に判断ができなかった。中性的な美しい子供だから、というわけではない。
彼の本能が、無意識のうちにそれ以上の詮索を止めていたからだ。今理解したら何か恐ろしいことが起こる。ユーチューバーは子供たちに気づかれる前に、その場を立ち去ることにした。
もうしばらく獣道を歩くと、不揃いのごろごろした石と雑草と泥でぬかるんでいた道は砂利を敷き詰められた人の手が施された道となり、木々に覆われていた視界が突然開けたように光が差し込む。目的地と思われる場所の入口と、横には木でできた看板があった。
看板には村の名前が書かされていたのだろうが、経年劣化によるものか文字は掠れてしまい、辛うじて「村」の部分しか読み取ることができなかった。
村の中は、資料館でしかお目にかかれないような藁葺きの家が並んでいる。しかし廃村と呼ぶには建物はあまりにもしっかりとし過ぎていた。建物だけではない。じりじりと陽射しが強い昼過ぎのせいか周囲に人はいないが、不思議と人の気配も感じた。
「……」
ユーチューバーは村の周辺も余すことなくカメラに収める。廃村と呼ぶにはあまりにも人の手が行き届き過ぎている建物。藁葺きの寿命はどれぐらいだったろうかと、少しばかり過去の記憶に想いを馳せる。
「……」
藁葺き屋根の耐用年数はたしか30年以上、意外と長いものだなと思いながら、それでもユーチューバーは村に違和感を覚えた。屋根どころか村の敷地内にも雑草ひとつ生えておらず、誰かが定期的に手入れをしないとこうはならない。
それ以上に、この村はどこかおかしい。人が見当たらないというのに生活感があり、そして何者かの視線が全身にくまなくあたる。無遠慮な数多の視線は彼を歓迎する温かな眼差しとも、好奇とも、閉鎖された空間で暮らしている者たちの、よそ者を排除するような冷たい眼差しともまた違った。
それは湿りを帯びた熱。人の情欲を刺激するような、不快で腹の底にじんわりした感覚を覚えるような視線。自分が捕食される側にされてしまったかのような、おぞましい複数の眼差しが、ユーチューバーの身体にぐさりぐさりと刺さってゆくようだった。
この村に、居てはならない。ユーチューバーは踵を返すと村の外へ出ようとした。
「……あの」
人の声がした。思わず振り向くと、先ほどとは違う光景が広がっていた。藁葺きの建物からは少し遅い昼餉の準備のためか、窓から白い湯気が上がっている。
外では子供たちが元気に走り回っている。それから庭仕事をする者、畑仕事に精を出す者、井戸端会議をしている者の姿も見られる。
村に背を向けるまで、このような景色はどこにもなかったというのに。
「旅の方ですか?」
随分古い言いまわしをする、とユーチューバーは思った。声をかけて来たのは、長い銀髪を右肩に前に垂らして結んでいる華奢な少女のようだった。脱色やヘアカラーではなくパチリとした目の周りを覆うまつ毛も銀なので、生まれついてこの色なのだろう。
何より、こちらを見つめる赤い目は人目を引いた。
「もし宿をお探しでしたらご案内できますよ」
こんな辺鄙な村に宿なんて、と思われるかもしれませんが。
赤目は口元に長い指を当てて、うふふと笑う。年の頃は10代半ば過ぎぐらいだろうか、少女というには大人びた物言いと所作がどこか不釣り合いで、実年齢よりもかなり幼く見えるのかもしれない。
存外人懐こい様子は周囲に安堵と、それから少しばかりの色香を感じさせることだろう。
けれどもユーチューバーは適当な理由を付けて、その申し出を断ろうと村の入り口に再度目を向けた。
「……!?」
村の入り口の先は、暗闇に覆われていた。闇夜ではない真の黒。ブラックホールのように吸いこまれそうな穴。先ほど散々見た砂利道や獣道、木々のカーテンもまるで吸い込まれてしまったかのような漆黒に塗りつぶされている。
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