童貞村

雷尾

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その4

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「……」

 翌日の朝。この村や村人が異様ならば、ユーチューバーもまた、ある意味異様な存在だ。この暑いのに全身黒づくめで顔はマスクに覆われている。都心であればそこまで目立ちはしないだろうが、ここではそうはいかない。
しかし彼はYouTuberだ。他人から奇異の目で見られることには耐性がついている。
 自身がこそこそ隠れながら村を調査できる身ではないと判断すると、逆に己を誇示するかのようにその存在を周囲にさらし、時に人懐こく、時に人を懐柔し情報を引き出すことにした。

 元々子供が好きだった彼は、そこら辺を走り回っている子達に「本が読める場所はないか」と尋ねる。彼らの通っている分校に図書室があり、教師に口利きしてもらうことができた。

 教師に会う前、あからさまに怪しい自分の身分をどう取り繕うか、ユーチューバーは内心考えあぐねていたが、それは不発に終わった。
 田舎特有の緩さなのか、それとも別の意図なのか。教師は「村の事を知りたい」というユーチューバーに対して快く図書室への入室を許可してくれた。

 夏休み期間であるのか、平日ではあるが昼前の学校は静かであった。図書室に入るとふわりと古本の独特の香りが、マスク越しからでも鼻孔をくすぐる。
 ユーチューバーが探しているのは郷土史の棚だ。例えこの村に特化した歴史書がピンポイントで無かったとしても、阿嘉黒町の歴史書であれば一部情報があるかもしれない。

「……」

 本棚の奥には恐らく市販のものではない、横長の本があった。和紙で作られているであろうそれは、見た目の脆さより作りも紙もしっかりしている。ユーチューバーは慎重に表紙を開くと、素早く文章を目で追う。

 ……この村の下には、ナワスジがあった。そうとも知らず我々の祖先はこの山に村を築き生きてゆこうとした。戦で逃げ延びた先祖たちには、他に生きてゆくところがなかった。山奥の小さな場所でひっそり息をひそめるようにして、生きるしかなかったのだ。
 
村ができてから十数年の時が経ち、山村の下、阿嘉黒では飢饉と流行病が発生したという。しかしこの村では病は発生せず作物が実り、山の恵みを受け、時に肉を食らいたければふくふくと肥えた生き物を狩ることもできた。ナワスジだというのに不吉なこともおこらない。
もしかしてここには物の怪やばけものではなく、山の神が宿っているのだろうか。

 さらに十数年後、ようやく我々は異変に気付く。女が産まれなくなった。いくら子を宿しても生まれてくる者は男だけで、よそから嫁を貰ってもこの村の男と子を作ると、やはり生まれてくるのは男のみだった。
 ナワスジの神は近親交配を嫌っているのだろうか。豊穣や肥沃な地が約束されるのならば、よそから嫁をもらうぐらいはなんでもないことだ。

 月日はさらに経ち、恐ろしいことが起こった。村の人間は子を作ることができなくなった。よそから嫁を貰い行為に及んでも、子が産まれない。村の男たちの子種がなくなってしまったのだろうか。これがナワスジの呪いなのだろうか。このままではこの村はゆっくり滅んでゆくだろう。

 それにともない村の住人、男たちの様子がどこか変わっていくのを感じる。
男でありながらどこか艶があり、なまめかしい色香を放っている。顔立ちも変わってきた。色白で顔立ちが整ったものだけが目立つようになる。
 某日、娶った嫁の親族がこの村にやって来た。嫁の兄だというその者は、あろうことか村人の男に襲いかかった。全身をくまなく噛まれ、舐められて鶏姦された村人は気の毒なことに、男としての尊厳を踏みにじられ気が触れてしまったようだ。

 幾月が過ぎて……襲われた村人は、狂ってなどいなかった。これがナワスジの呪いだとしたらなんと恐ろしい事だろう。もうこの村はおかしくなってしまった。人の理から外れてしまった。我々はきっと作り替えられてしまった。生き物の道からも外れてしまった。村を滅ぼさないことが、我々の罪となる。

 人だった我々の最後の理を残したく、村への道の途中、山の中に神社を建てることにした。それは、神にも仏にも救いを求めることができない我々が縋りつく、最後の心のよりどころとなるように作られた。

 我々は、いつ滅びるのか。
 我々には、滅びゆく時を待つ以外の選択肢ができてしまった。
 我々は、いつ滅びればいいのか。

「……」

 ナワスジ、縄筋のことだろうとユーチューバーは考える。岡山の方ではナメラスジとも呼ばれている。これらはすべて日本の民間信仰の一つであり、魔物や化け物の通路とされる道のことを示す。縄筋の上に建物を建てると凶事が起こると言われている。
 しかし、事の発端が縄筋に村を築いたことだとしても、その後の村がどうなってしまったのかについては、この情報だけでは判断に迷う。

 また、これが記された書はとても古いもののようだが、現在この村には香や旅館の女将などの女性が存在しているが、とユーチューバーは思う。
 それ以外にも、時折ほかの家の中からも女性らしい人影を見ることがある。呪いとやらは解消されたのだろうか。それともこれは、単なるフィクションとして書かれたものだろうか。

 ふと彼は、旅館にあった独白めいた日記と今しがた読んだばかりの横本の内容を照らし合わせる。日記の内容は、この村に囚われてしまい子を宿すためだけに軟禁された、気の毒な女性の独白だった。
対して横本の内容は、村の男が子を作ることができなくなってしまい、この村が衰退してしまうという内容だったが、その先の記述に引っかかりを覚える。
 
曲がりなりにも、村は継続されているようなのだから。
歴史書のとおりだと、村で子供が生まれなくなってしまったその後は、住人の中身が全て他所の人間に入れ替わってしまい、今は皆村の血を引いていない外の人が住まう場所になってしまった、ということだろうか。

村人全員の顔が酷似していることと、歴史書の村人の容姿に関する記述を合わせるに、それはありえないとユーチューバーは本能で感じ取る。

それではあの日誌の話はどうか。彼女は村の人間の相手を毎日させられ、子を作るための道具にされた。もし村人が全員不能あるいは射精ができても子種が無い場合、これは意味のない性暴力となってしまう。
けれども、あれを読む限り彼女と村人との間に子が生まれ、彼女は子を「化け物」と呼んでいた。
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