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その5
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図書室の本を調べたユーチューバーは、これ以上の情報は引き出せないだろうと判断しその場を後にする。教師に礼と挨拶をすると、彼は穏やかな笑みを浮かべる。
「もう少しで祭りですから、是非楽しんでください」
彼は何とも言えない表情を浮かべると、すすっとユーチューバーの手に自身の手を滑らせる。白くて長い指先はどこか香のものと似ていた。握手を求めるにしては、いやらしく指が絡まるその仕草も。
不穏な空気から逃れるように村の奥へと進むと、森の奥に小さな小屋があるのを見つけた。小さな村だというのにここには住人達もおらず、五月蠅いぐらいに鳴く蝉の声もどこかに遠のいた。
小屋の中は暗く、一見すると狭い部屋でしかない。ユーチューバーはポケットからペンライトを取り出すと注意深く周囲を調べる。部屋の奥、一番暗い場所に地下へ続く階段を見つけた。
少し見ただけでは貯蔵庫のような真四角な扉はマンホールのように蓋が外せるようになっており、はしごで下へ降りられるようになっている。
「……」
彼ははしごに手をかけることなく、手荷物からより強力なライトを取り出し、地下室を照らした。
「!」
中には人がいた。壁にぶら下がっている鎖に両手を繋がれている。これだけ強い光を浴びたというのに身じろぎもせず、その顔は虚空を見つめたままの状態だ。この距離では生死すらもわからない。
ただ、このような状況だというのにユーチューバーの脳はどこか冷静で、「自分が想像していた」ものと違うことに酷く困惑した。
拘束されたものは村にそぐわない服装をしており、一目でよそ者と判断ができる。地面に落ちたつばのついた帽子や派手なリュックに、着込んでいる色あせたトレーナー、トレッキングシューズは現在のものと相違がないデザインだ。
けれども、それよりも。囚われた者は男性であった。
「…………」
ユーチューバーは首を横に振ると、地下牢の扉を閉めた。今は助けることができないと判断したためだ。鎖を外すこともできず、自身の逃げ道すら確保できていない今はこれ以上踏み込むのは得策ではない。彼は罪悪感を胸に小屋を後にする。
「……運が良かった」
ユーチューバーが地下牢の男を連れ出したのならば、その場で処分をしなければならなかったのだから。木の影で様子を窺っていた透の右手には、大きな鉈が握られていた。
透は小屋に入ると部屋の隅へ向かい、地下牢のはしごに手をかけて片手だけで器用に降りてゆく。暗闇に馴れているその目は、光などなくても自身がいる場所を見失わない。
鎖につながれた男の前までやってきてその場にしゃがみ込むと、透は男の目を覗き込む。
「……」
男の濁ったガラス玉のような目は、もう何も映さない。よく見れば首は奇妙な方向に捻じれていて、何者かに殺されたことが窺い知れる。
透は軽い溜息をついて男の鎖を外してやり、そのまま死体を抱えて地下室を出た。……処理をしなければならないのだ。
先ほどの光景が嘘のように晴れ渡った夏の空の下。ユーチューバーは先ほどの男について考えていた。今も村の人間は自分たちだけでは子を宿すことができないというのなら、定期的に人間を取り入れなければならない。彼も恐らくはその用途で捕まったのだろうと考える。
けれども、何故「彼」であったのか、ユーチューバーは男であったということにずっと引っかかっていた。
とうとう祭の日がやってきた。ユーチューバーやこの村の事をタレこみしたネットユーザーの想像とは異なり、奇祭ではなくごくごくありふれた、村では少し早めの盆踊りのようなものが行われる。
ささやかではあるが花火が上がり、櫓の周りでは子供たちが踊っている。村人は皆楽しんでいるようだった。
「ゆうさん」
どこからともなく浴衣姿の香がやってきた。年頃の女子にしては渋い色合いの紺の浴衣を着ている。派手な花などをあしらえばさぞや映えただろうに、髪型もいつものままだ。けれども帯だけは赤く、抑えた色香が返って引き立つようだった。
「……」
村人に遭遇してからのユーチューバーは、周囲の様子を隠し撮りすることを覚えた。どうもこの村の人間は皆、自分とは同じ時を生きていないように感じる。
カメラもスマホも村の人間の目に止まることは、悪い結果しか生まないだろうと瞬時に判断したからだ。
恐ろしいほどにノスタルジックなこの空間は、まるで自分だけが過去に飛ばされたような感覚に陥ってしまう程だ。
ドオンとひとつ、大きな音が響いて夜空に火薬の花が咲く。色とりどりの花は自分の見せ場が終わると名残惜しく、けれども瞬時にきらきら光の粒子を地上に降らせてあっけなく儚く消えてゆく。
「……ゆうさん」
香はそっとユーチューバーに寄りかかる。彼は香の両肩に手を置いて体調が悪くもたれかかったところを支えた、という風でそっと香を自身から引きはがす。
つれない人ですね。私は好きな人と祭に来られてすごく嬉しいのに。少し頬を膨らませて拗ねて見せるが、彼は意に介さず手持無沙汰にちらと後ろ側に目線をやる。
「……」
木の影に透の姿が見えた。彼はこちらをじっと見つめていたが、その眼差しはとても哀しそうだとユーチューバーは思った。
恐らく、きっと彼は。アンタはこんな形であっても、それでも好きな人と花火が見られて良かったと思うのだろうか。心の中で透に問いかけるが、当然返事はない。
ドオンとまた一つ、夏が終わる音が響いた。
村に伝わる謎の儀式なんてものもなく、祭は終わった。ユーチューバーは宿に戻り布団の上に大の字になって寝ころぶと、これまでにあったことを思い返す。
あの小屋の地下牢は何だったのだろうか。村の誰かが極秘に建てたものなのか、それとも村全体で管理されているものなのか。
監禁されていた男は無事なのだろうかと心配をしてみせるが、心のどこかではユーチューバーも理解していた。濁ったガラスのような目は生の光を映しておらず、恐らくは亡くなって数日以上は経過していそうだった。
「……」
関わるなというのなら、早く村から出ていけというのなら、いくらでもそうしたかった。問題は消えてしまった村の出口だ。あの暗闇を進むことはためらわれた。一度踏み込んだが最後、村はおろか元の世界にすら帰って来ることは叶わないだろうと、本能で理解させられる。
それならば、あの入り口以外から山を下りる道はないだろうか。次の日の探索は脱出ルートの確保だなと考えをまとめ、静かに目を閉じる。
「もう少しで祭りですから、是非楽しんでください」
彼は何とも言えない表情を浮かべると、すすっとユーチューバーの手に自身の手を滑らせる。白くて長い指先はどこか香のものと似ていた。握手を求めるにしては、いやらしく指が絡まるその仕草も。
不穏な空気から逃れるように村の奥へと進むと、森の奥に小さな小屋があるのを見つけた。小さな村だというのにここには住人達もおらず、五月蠅いぐらいに鳴く蝉の声もどこかに遠のいた。
小屋の中は暗く、一見すると狭い部屋でしかない。ユーチューバーはポケットからペンライトを取り出すと注意深く周囲を調べる。部屋の奥、一番暗い場所に地下へ続く階段を見つけた。
少し見ただけでは貯蔵庫のような真四角な扉はマンホールのように蓋が外せるようになっており、はしごで下へ降りられるようになっている。
「……」
彼ははしごに手をかけることなく、手荷物からより強力なライトを取り出し、地下室を照らした。
「!」
中には人がいた。壁にぶら下がっている鎖に両手を繋がれている。これだけ強い光を浴びたというのに身じろぎもせず、その顔は虚空を見つめたままの状態だ。この距離では生死すらもわからない。
ただ、このような状況だというのにユーチューバーの脳はどこか冷静で、「自分が想像していた」ものと違うことに酷く困惑した。
拘束されたものは村にそぐわない服装をしており、一目でよそ者と判断ができる。地面に落ちたつばのついた帽子や派手なリュックに、着込んでいる色あせたトレーナー、トレッキングシューズは現在のものと相違がないデザインだ。
けれども、それよりも。囚われた者は男性であった。
「…………」
ユーチューバーは首を横に振ると、地下牢の扉を閉めた。今は助けることができないと判断したためだ。鎖を外すこともできず、自身の逃げ道すら確保できていない今はこれ以上踏み込むのは得策ではない。彼は罪悪感を胸に小屋を後にする。
「……運が良かった」
ユーチューバーが地下牢の男を連れ出したのならば、その場で処分をしなければならなかったのだから。木の影で様子を窺っていた透の右手には、大きな鉈が握られていた。
透は小屋に入ると部屋の隅へ向かい、地下牢のはしごに手をかけて片手だけで器用に降りてゆく。暗闇に馴れているその目は、光などなくても自身がいる場所を見失わない。
鎖につながれた男の前までやってきてその場にしゃがみ込むと、透は男の目を覗き込む。
「……」
男の濁ったガラス玉のような目は、もう何も映さない。よく見れば首は奇妙な方向に捻じれていて、何者かに殺されたことが窺い知れる。
透は軽い溜息をついて男の鎖を外してやり、そのまま死体を抱えて地下室を出た。……処理をしなければならないのだ。
先ほどの光景が嘘のように晴れ渡った夏の空の下。ユーチューバーは先ほどの男について考えていた。今も村の人間は自分たちだけでは子を宿すことができないというのなら、定期的に人間を取り入れなければならない。彼も恐らくはその用途で捕まったのだろうと考える。
けれども、何故「彼」であったのか、ユーチューバーは男であったということにずっと引っかかっていた。
とうとう祭の日がやってきた。ユーチューバーやこの村の事をタレこみしたネットユーザーの想像とは異なり、奇祭ではなくごくごくありふれた、村では少し早めの盆踊りのようなものが行われる。
ささやかではあるが花火が上がり、櫓の周りでは子供たちが踊っている。村人は皆楽しんでいるようだった。
「ゆうさん」
どこからともなく浴衣姿の香がやってきた。年頃の女子にしては渋い色合いの紺の浴衣を着ている。派手な花などをあしらえばさぞや映えただろうに、髪型もいつものままだ。けれども帯だけは赤く、抑えた色香が返って引き立つようだった。
「……」
村人に遭遇してからのユーチューバーは、周囲の様子を隠し撮りすることを覚えた。どうもこの村の人間は皆、自分とは同じ時を生きていないように感じる。
カメラもスマホも村の人間の目に止まることは、悪い結果しか生まないだろうと瞬時に判断したからだ。
恐ろしいほどにノスタルジックなこの空間は、まるで自分だけが過去に飛ばされたような感覚に陥ってしまう程だ。
ドオンとひとつ、大きな音が響いて夜空に火薬の花が咲く。色とりどりの花は自分の見せ場が終わると名残惜しく、けれども瞬時にきらきら光の粒子を地上に降らせてあっけなく儚く消えてゆく。
「……ゆうさん」
香はそっとユーチューバーに寄りかかる。彼は香の両肩に手を置いて体調が悪くもたれかかったところを支えた、という風でそっと香を自身から引きはがす。
つれない人ですね。私は好きな人と祭に来られてすごく嬉しいのに。少し頬を膨らませて拗ねて見せるが、彼は意に介さず手持無沙汰にちらと後ろ側に目線をやる。
「……」
木の影に透の姿が見えた。彼はこちらをじっと見つめていたが、その眼差しはとても哀しそうだとユーチューバーは思った。
恐らく、きっと彼は。アンタはこんな形であっても、それでも好きな人と花火が見られて良かったと思うのだろうか。心の中で透に問いかけるが、当然返事はない。
ドオンとまた一つ、夏が終わる音が響いた。
村に伝わる謎の儀式なんてものもなく、祭は終わった。ユーチューバーは宿に戻り布団の上に大の字になって寝ころぶと、これまでにあったことを思い返す。
あの小屋の地下牢は何だったのだろうか。村の誰かが極秘に建てたものなのか、それとも村全体で管理されているものなのか。
監禁されていた男は無事なのだろうかと心配をしてみせるが、心のどこかではユーチューバーも理解していた。濁ったガラスのような目は生の光を映しておらず、恐らくは亡くなって数日以上は経過していそうだった。
「……」
関わるなというのなら、早く村から出ていけというのなら、いくらでもそうしたかった。問題は消えてしまった村の出口だ。あの暗闇を進むことはためらわれた。一度踏み込んだが最後、村はおろか元の世界にすら帰って来ることは叶わないだろうと、本能で理解させられる。
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