童貞村

雷尾

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その6

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 宵闇に紛れて良くないものがやってきた。ユーチューバーは瞬時に覚醒すると、自身の上にのしかかっているものの肩に手を置き、思い切り引きはがす。
 旅館にあった日記の通りであれば、それは祭りの後にやってきたからだ。

「……」

 目の前には、香がいた。香はどこか虚ろな目で仄暗い光を宿すと、するりと自身の着ている浴衣を脱いだ。細い首に白い肌、滑らかな胸は存外平たく、胸の尖りはぴんと勃っており薄紅色に色づいている。
 香の中性的な色香には、男であっても女であっても思わずぞくりと身を震わせるだろう。
 しかし、ユーチューバーにはその熱を感じることができず、下腹部の先にあるものをみて違和感の意味を悟った。

「……大人しくそのままでいてくれたら、天国を見せてやれたのになぁ」

 嫋やかな所作はどこへ消えたのか、香は隠そうともせず胡坐をかく。彼の青白い下腹部の下には、男性器が付いていた。

「心配しなくていい、アンタの尻を借りるつもりはねえよ」

 むしろ逆だ。ここにアンタのを入れて、種付けしてくれたらそれでいいんだ。香は自身の後孔を指で広げてみせる。ヒクヒクしたそこに初々しさはなく、熟れた果実のように使い込まれたそこは縦に割れているように見えた。
 香のペニスはすでにそそり勃っており、鈴口からはだらだらと透明な液が垂れている。

「男、抱いたことあるか? オレならこうやって下を隠しちまえば女とそう変わりないだろ。男女問わず、子供が趣味の変態にも評判いいんだ」

 医学的な観点で見れば一蹴されてしまうような空想めいた考えになるが。あの日記の人物は「男」だったのではないかとユーチューバーは考える。
 図書室に置かれていた本には、村の人間は子種を作ることができなくなったと記載があった。けれども村は滅びず今もこうして残っている。嫁を連れてきても子を宿すことができなくはなったが、もしも別の方法で子を作ることが可能になったとしたら。

『人の理から外れてしまった。我々はきっと作り替えられてしまった。生き物の道からも外れてしまった。村を滅ぼさないことが、我々の罪となる。』

 この村の男たちは、子を産むことができるようになってしまったのではないか。そうであれば、子孫繁栄のためには他所から子種、男を連れてくる必要がある。
女と違って男が一人いれば、後は村の人間で代わる代わる交われば、それだけ子を増やすことができるだろう。この村にとって他所の男は種馬だ。使えなくなるまで、恐らくあの小屋に監禁されてその役割を終えるまで囚われ続けるのだろう。

「……」

 ユーチューバーは仮説と共に旅館の棚にあった本と、図書室にあった横本のことを香に告げる。香は目を見開くと、諦めたかのようにその表情を緩める。

「……こんな荒唐無稽な話、信じる奴なんかいるかと思ったけど」

 香は浴衣をだらしなく着ると、ユーチューバーの方を向き直る。彼の予想通り、この村の人間は皆男で、鶏姦され男の精子を腹に受けることで子を宿すことができる。
 また、祭りの時期が近づくと、不思議とこの閉鎖された村にも迷子のように男がやってくるそうだ。

それはたまたま登山を楽しんでいた気の毒な者であったり、自分のように噂を嗅ぎつけて自らやってきた愚か者も含まれるのだろうと、ユーチューバーは自嘲気味に思った。

 話を聞くうちに、この村には独特の信仰もあることがわかった。自分たちが普通の人間と違う身体になってしまったことを、村は恥ずべき事と考えているようだ。
 そのため、性交は他所の男と子を宿すためだけに行われるべきであり、快楽を得るための目的であったり村の人間同士で関係を持った場合、厳しく罰せられるのだそうだ。

 たとえ愛のある行為だったとしても、村の人間は子種を作ることができないため、女との性交や村人同士での行為は、生殖ではない行動と見なされてしまう。

この村の人間は一生童貞だ。
そして、よその男が来るまでは処女のままでもある。

「俺はどうも孕みにくい身体みたいでな」

 香は吐き捨てるように言葉を紡ぐ。村に来た男を何人か抱き込んだが、子供ができることがなかった。
見た目だけはこんなんだから、ガキの頃から村に差し出されるようにして他所の男に何度も抱かれた。村の大人は誰も助けてくれないし同年代の奴らは俺から遠ざかり、心無い奴は石をぶつけてくるようになった。

「お前といると淫売が移るって」

 どこでそんな言葉覚えたんだろうなぁ。嫌な目に遭ってそれでも村の為だからって言いくるめられて、いつしか汚いもの扱いだよ。
 そういえば、昨年村に来た男なんて俺の首を絞めながらやろうとしたんだ。透が気づいてくれなかったらオレ死んでたかもしれない。
座敷牢に押し込められたアイツ見てたら腹が立ってきてさ、同じように首でも絞めてやろうかと思ったら、力加減間違えちまって。

「……」

 やはり、地下牢の男は死んでいた。ユーチューバーは何とも言えない表情で香の話を聞いている。この村でも当然殺人は罪に当たるだろうが、透のような人間が秘密裏に処理をしているところを見ると、あまりにも思い通りにいかない他所の男に関しては、役目を終える前に定期的に処理をしていたのだろうと考えた。

「人の事気の毒そうに、話を聞いてくれているけどさ」

 アンタも今日までの命だよ。香は無理やり作ったような歪んだ笑顔を向ける。ぼんやり予想はできていたが、祭はやはり村の儀式であり「祭」の日に、よそ者は軟禁されてあそこに連れてゆかれるのだという。
その後は、日記の人物のように村の種馬として死ぬまで使われるのだろう。或いは死に物狂いで抵抗し「死期を早める」ことぐらいしか、尊厳を保つ方法はないのかもしれない。
 地下牢の男も、生きることに絶望して幾度となく行われる行為の最中で抵抗を試みたのかもしれない。

「……」

 ユーチューバーは村を出るタイミングが少し早まっただけだ、と考えた。体力と腕力に自信のある彼にとって、目の前の少女のような男は脅威ではないが、その背後にある数多の村人が厄介だとも考える。

「……」

 誰か、アンタを気にかけてくれる人はいなかったのか。少しばかりの同情と憐憫を込めてユーチューバーは香に尋ねる。

「透」

 透だけは変わらず俺の傍にいてくれた。透は身体だけは男らしくて、よそ者を誘える身体つきじゃないからって、小さな頃から村の汚れ仕事ばかりやらされててさ。オレと透は二人して村の嫌われ者だった。でも、透がいないとオレはとっくに狂ってた。アイツは友達で、家族で、心の支えで、とても可愛い子。オレ、透を抱きたかった。アイツがオレの子供産んでくれないかなって何度も妄想してた。

「……」

恐らくそれは、無理なのだろう。村の男が同じ村の男や、他所の女に挿入して精を吐き出しても子供は生まれない。

「……」

 俺はこの村を出るつもりだけど、お前たちも一緒に来るか? ユーチューバーは香の方を見たまま、このやりとりを隠れてずっと覗いていた透にも話しかける。

「!?」

 ビクリと身を強張らせる透に優しい眼差しを向け、香はフフッといつもの作ったものではない自然な笑みを浮かべる。お前は昔からかくれんぼが苦手だな。オレの後ろをいつもちょこちょこついて来て、こっそりついて来てるつもりだっただろうけどバレバレでさ。

「可愛いなぁ」

 どんなに血に塗れても泥に汚れてもお前は可愛いよ。おいで、透。両手を広げた香に引き寄せられるように、透は香の胸にすっぽりとその身体を埋めた。
 香は愛おしそうに、透の頭を撫でている。可愛い、可愛いと囁きながら周りの事など見えていないように。

「……」

 自分を捕らえるつもりも危害を加えるつもりも現時点ではないだろう。瞬時にそう判断したユーチューバーは荷物を背負うと部屋から出ようとする。

「2時間後だ」

 2時間後に村の入り口で落ち合おう。それまではどこか、人気のない場所で隠れていろと香が指示する。入口の暗闇を思い出したユーチューバーは、村人である香と透であれば他の脱出ルートも把握しているかもしれないと思い、こくりと頷き旅館を去った。
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