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運命の番が糞なので殺すことにした
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放課後の学校の屋上、じりじり照りつくような陽射しが少し弱まりかけた頃、湿気のないからっとした風がどこか心地よくも少し肌寒く感じるそんな時期に。
二人の自殺志望者が、屋上でバッティングした。
「あ、すみません先使うならどうぞ、僕みたいな者は後でもいいので、あの、その、邪魔なら出直しますのでそんな全然……」
「こちらこそごめんなさい、まさか先客がいるなんて本当にタイミング悪すぎて、ごめんなさいごめんなさい……最後までかっこつかないなぁ俺、ははっ……」
一人目の自殺志望者、速水透(はやみとおる)はΩだった。そして二人目の自殺志望者である三峰凛成(みつみねりんせい)はαである。
この話の世界観を構成しているオメガバースという世界観では、男女の他に第三の性がある。
αは支配階級がゆえにエリート体質であり容姿や頭脳、運動神経全てにおいて優れている。βは中間層、もっとも数が多い。Ωは下位層、男女問わず子を成すことができるが平均で3カ月に一度やってくる発情期のために、現在社会でも冷遇されやすい。
また、Ωとαにはβにはないヒートやラットという発情期やαとΩ特有の番という関係があり、αにΩが項を噛まれることで成立する番い行為を行うことでΩのヒートが格段に緩和される、体質によっては全くヒートを発しなくなるというメリットがある。
反面Ωは一度しか番うことができず、もしαに番解除をされてしまうと生涯そのΩは他のαと番うことができず、死ぬまでヒートに苦しむことになるなどのコンティニューが利かないリスクがあったりと、とにかくまあいろんな制約がある。
オメガバースの世界観で存在する酷すぎる設定、もとい人災もとい現象として『運命の番』というものがある。
これは遺伝子レベルで相性の良いαとΩのことを示し、ただでさえΩのフェロモンによって引き寄せられてしまうαだというのに、この運命レベルともなると倫理や理性が高速で吹っ飛ぶほどに強烈なフェロモンを中て付けられてしまい、そのまま性行為から番行為に及んでしまう例もある。
ただし、このようなフェロモン事故については運命ではないΩとαにも多々あることで、現在社会においてΩやαは発情期の抑制剤を服用して回避している。
フェロモン事故は感情を伴わない他人同士のαやΩにも適用され、特に「運命」は薬も効きにくく、αに他の番がいる場合も匂いに惹かれ、抗うことは難しいとも言われている。
けれども運命と遭遇する確率はそれこそ天文学的確率とも言われており、運命の番についてはそれこそ「運命的な出会い」と捉える者も「災厄」と捉える者も半々ぐらいおり、賛否両論である。
「なんで、死のうと思ったの?」
話は二人の自殺志望者に戻る。透には幼馴染兼恋人の田上幸人(たがみゆきひと)というαがおり、将来は番になるだろうと本人たちも周囲もそう思って疑いなど一つもなかった。
「お兄ちゃん、幸人は僕の運命なの!」
二卵性双生児で、外側だけは天使のように美しい透の弟、速水杏璃(はやみあんり)は透の恋人である幸人を横からかっさらっていった。
流石に項までは噛ませはしなかったが、首筋や鎖骨に残る吸引性皮下出血(キスマークだ)の生々しい痕を見せつけられて、透は全てを理解した。
透の容姿も整っているほうではあるが、杏璃の隣に並ぶと霞んでしまう。結局地味で平凡な自分よりも、美しい杏璃のほうに幸人も傾いてしまったのだろうと海よりも深い失意とあきらめがじんわり透の胸に広がった。
「幸人……」
「透、本当にごめん。でも俺……その」
「お兄ちゃん、話なら手短にすませてよね」
二人で話したいと言ったはずなのに、幸人の右腕には杏璃がべったりと絡みついている。もう、運命がいるのに他のΩと二人きりで会うなんて浮気?と可愛らしくほっぺたをぷっくり膨らませながら、ちらりと透に送りつけた目線は控えめに言っても透を馬鹿にしていた。
杏璃という災厄は、いつも兄である透を見下し搾取し、両親や周囲の人間の前で自身を引き立てるだけの道具としてしか見ていないと、常々透は分からせられてきた。
それでも、幼馴染であった3人は小さい頃は仲が良く、あの日に戻れたならと遠いセピア色の記憶に一瞬、思いを馳せる。
杏璃、とくすぐったくなるぐらいに優しく弟の名を呼ぶ幸人の姿は、かつて透に向けられていたものだった。
「10年の恋だった」
屋上で大の字になっている透の目からは、とっくに枯れかけたはずの涙がつうと一筋伝う。
「……辛かったね」
凛成は言葉少なく、けれども「過去の話じゃないか」と心のどこかで冷たい感想を抱く。終わってしまったのであれば、まだいいじゃないかと。
「そうなんだけど、あいつらはいつまでも死なせてくれないんだ」
「死ぬ?」
「うん、僕の心を」
恋人となった杏璃と幸人は、略奪された透の心を気遣って距離を置いてくれるどころか「幼馴染だから」「兄弟だから」と毎朝一緒に登校することをやんわり、けれども強引に強いる。
それは、両家の親に仲たがいをしていないアピールをしたいだけだろうと透は考えていた。距離を置けばいずれ恋心は風化して死んでゆくものだと思っていたのに、残酷にも彼らはそれをさせてはくれない。許してはくれないのだ。
幸人はまだ人の心がある方だと思っていたが、弟の杏璃はいつも姑息でずる賢い。彼は良心や知人友人の前でもいつも「可愛くて憎めない愛されキャラ」でいることに誰よりも固着していた。
彼は、納得の上で透は二人から身を引いたけれども「それからもずっと良い幼馴染、友人、そして兄」という都合の良い立場に透を居させ続けようとした。
「毎日毎日見せつけられてみろよ、幸人と杏璃……恋人と弟の二人が手を繋いだり抱き合ったりキスしあったりするところをさ」
地獄だよ。卑屈に口元を歪ませる透の姿に、凛成は「杏璃?」と疑問を口にする。
「その弟、速水杏里って名前か?」
「ん、そうだ。あれ知り合いだったか」
「お前、あれの兄貴だったのか!」
「はは、よく言われる。似てないから他人みたいだろ?初対面だと兄弟に見られることのほうが少ないんだ」
「あいつ、あいつが元凶だ!俺のこと運命の番だって迫ってくるんだよ!」
「は?」
あの化け物、あの悪魔、あいつのせいで俺はと、凛成は屋上の床を数回拳で殴りつけてゼーゼー荒い息を隠そうともしないまま、自身の右腕のシャツを捲り上げた。
「っ!」
凛成の右腕には、彼自身が付けたと思われるαの噛み傷が残っていた。αがこの傷をつけるような事態と言えば、Ωへの番行動を拒絶する時が最も多い。強いフェロモンを中てられた際に思わずΩの項を噛もうとし、咄嗟に手でガードした時にできやすい傷だと言われている。
「あいつは……認めたくないが、多分俺の運命の番ってやつなんだと思う」
かなり上位のαである三峰凛成は、容姿端麗であり体格にも頭脳にも恵まれている勝ち組な雄のαと言えるだろう。けれどもその内面は少しばかり卑屈で歪んでおり、本来であれば周囲の人間に囲まれて過ごすよりは、一人で静かに学生生活を送りたい大人しい性質の持ち主だった。
しかし、彼の恵まれ過ぎた美しい容姿とαとして格が違うオーラが、彼のささやかな願いを叶えさせることはできなかった。
元々抑制剤の効きが良くて、発情期の凡庸なΩが100人かかってきても平然としていた凛成の前にヒート状態の杏璃がやってきた瞬間、凛成は「終わった」とただただ絶望した。
辛うじて項を噛まず、そして性行為にも及ばず逃亡できた自分を自分で褒めてやりたいと凛成は今でも思っている。
「よしよし、三峰君すごいな、えらいよ……」
悲壮感そのものといった心の声がどうやら外部に漏れていたのか、同情心そのものといった風で透が凛成を褒めて頭をぽんぽん撫でるようにして叩いてやると、凛成は「えっへん」と大きく胸を反らす。彼の目尻には涙が溜まっていた。
学校にいる間はずっと杏璃に付きまとわれ、それ以外の時間はストーキングされ続けてしまい、凛成は心身ともに疲弊してどんどんやつれて行った。
腕を絡められてしまい振り払って拒絶しても「恥ずかしがり屋なんだから」とひらりと蝶、いや蛾のように離れてはまたくっついてくる杏璃が、凛成には同じ人間とは思えなかった。
「友好的でない宇宙人が隣にいる気分だった」
性格も性質も教養のなさも、それから不特定多数のいろんなαを喰っているビッチさも何もかもが嫌悪の念しかないのに。運命という地獄が、想いたくもない杏璃の姿を、凛成の心に無理やり棲み付かせた。
凛成も至極健康的な身体を持った年頃の男子なので、性衝動があれば精を吐くために自慰行為に及ぶこともある。お気に入りのオカズを片手に勤しんでいると、フィニッシュの瞬間に憎き杏璃の姿がでてきてしまい、すっかり自身のブツが萎えてしまった。
情けなく吐き出された白濁はまるで彼の涙の様であった。
「……医者には精神的なもの、ストレスですねって」
勃起不全になりかけてしまっているのだという。
「……うちの愚弟がとんだ失礼を……でも、あいつは幸人と」
「幸人、かどうかはわからないけど、杏璃だっけ。あの糞Ω、俺に会いに来た時さ。隣で突っ立ってるイケメンαに『今は話しかけるな』って怒鳴りつけてたよ」
あれだけ透の前ではべたべた甘い恋人同士のようにふるまっている幸人と杏璃なのに、どうやらこの格が違うイケメンαの前では様子が違うらしいと聞いて、透は泣きながら大声を上げて笑い出した。
「ごめん、泣かないで」
哀れみから思わず凛成は透を抱きしめる。透からふわりと微かに漂う香りは運命程強烈ではないけれど、いつまでも嗅いでいたくなるような爽やかで心が安らぐような、彼が好きな青林檎のような香りだった。
「三峰……?」
「凛成って呼んで」
「凛成」
凛成からは、透が大好きなチョコレートのような香りが漂う。少しだけ幸人の香りに似た甘い香りを嗅いだ透は、凛成のシャツの胸元を涙で濡らしてしまった。
「透君」
「凛成君」
「どうせ死ぬぐらいなら、殺しません?」
「そうですね、どうせ死ぬだけだし。何もしないよりは」
二人は結託し、社会的にでも物理的にでも、どんな形でもいいから憎き運命の番を殺そうと心に決めた。
「……嘘だろ?」
その日の夜。凛成が衝動に駆られて自慰に耽っていると、いつもであれば精を吐き出す瞬間に邪魔をしてくる杏璃がでてこず、今回は兄の透のいやらしい姿で無事達することができた。
つまり、彼のトラウマは殆ど克服されたようなものである。
屋上であったあのΩこと透は、ともに運命に立ち向かうパートナーであり、これは極秘事項ではあるが、インポを治してくれた神でありヴィーナスであり感謝の対象であり、凛成のオナペットとなった。最悪である。
「あ、お兄ちゃんおかえり!今幸人と映画見てたんだけど一緒に見る?」
速水家のリビングで人目も憚らず、幸人といちゃつきながら映画を見ている杏璃と幸人を尻目に「いや、悪いけど勉強があるから」と心ここにあらずといった様子で、透は自室へ戻っていった。
「……」
腐りきっていても幼馴染と兄弟だ。杏璃と幸人は、透の微かな変化に目ざとく気づく。とくに幸人は自分以外のαの香りを透から嗅ぎ取り、その資格もないというのに、内心嫉妬の炎を燃え滾らせていた。
「18股」
「そう」
翌日。どうせ死ぬつもりなのだからと、恥を忍んでクラスメイトに自身の自殺未遂とその経緯を暴露した透は、てっきりクラスメイトから非難されるか嘲笑されることを覚悟していたが、想像以上に透と凛成に対する目は同情的だった。
「尻尾が掴めなかったけどそろそろいけそうでさ。あいつ、イジメの主犯格だわ」
箔恵木(白液、はくえき)学園というぱっと見は難解な、由来を調べると糞みたいな名前の学園内では、このところ相次いでΩが不登校や転校となる事象が多発していた。
Ωたちの口は堅いが、よくよく見てみればわかりにくいところに暴行の痕があった、もしくは手首などに自傷行為の痕が見えたなど黒い噂が絶えない。
教育委員会や教師たちは「うちの学校にいじめなどありません」と否定しているようだったが、兄弟や友人、恋人をいじめられた復讐心に燃えるβやα、そして野次馬根性を炸裂させた学生の動画配信者たちは、秘密裏に情報を掻き集めていたところだった。
「兄貴である透からの証言……恋人の略奪愛でアイツのα遍歴も裏が取れた」
つまりはそういうことで、杏璃は「運命の番」と自身の容姿を餌に、さまざまな男性αと関係を持っていたのだという。彼の言う運命は口先だけで、要はスペックの高いイケメンをつまんではキープをし、将来的にはハーレムでも作りたいのだろうかと、暴露系動画配信者は考察する。
「でも、わからないのが田上幸人なんだよな」
「あいつもイケメンといえばイケメンだけど、杏璃が手を出すαにしては地味というか、とびぬけてハイスペックというわけじゃなくて系統が違うんだよ……」
人の幼馴染兼元恋人に随分酷いことを言うなぁと透は思ったが、恐らくそれは「運命の番」という言葉に踊らされたのではないかと、透は推測する。
現実主義者の癖に、変なところでロマンチストな幸人はことあるごとに「透と俺は運命の番」と口にしていたのを思い出したからだ。
「何が運命だよ」
口先だけの運命に騙されたのか、それとも自らそれを妄信した結果なのか。少しばかりぼんやりした幸人は透をあっさり手離して、杏璃の元へ行ってしまった。
「……」
クラスメイトは表情を暗くした透に言葉をかけてやることもできず、けれども大体のαとΩはきちんとしている、全ての人間がそうではない。例え運命が現れても本当に好きな人がいるなら、絶対に惑わされないと透の目を見て言ってくれた。
「お前が……透と隣のクラスの凛成が死ぬ前に、話してくれてよかった。ありがとう」
自分たちは何も悪くないのに、そう言って頭を下げたクラスメイトたちと暴露系動画配信者の言葉に、透の視界はじんわり滲んで霞んでしまった。
「透君、今日君んちに遊びに行っていい?」
「もちろんいいよ」
二人の仲が急速に良くなったのは共に戦うための同士というのもあるが、単純に趣味や性格が合ったのも理由の一つだ。こんな形でなければ友達にもなれなかったかもしれないが、このような最悪な事態であっても二人の出会いは二人に幸福をもたらした。彼らは互いが一緒にいることに楽しさを覚えていた。
「あ、お兄ちゃんおかえ……」
「ああ、ただいま杏璃。紹介するよ、こちら凛成君」
「お邪魔します」
「えっ……?」
家へ上がり込む際の挨拶とはいえ、糞Ωこと杏璃と透を裏切ったα幸人の邪魔をすることはしない。二人は努めて仲がよさそうに顔を合わせては笑顔を向け、指を絡めるように手を繋いではそのまま透の部屋へ戻って行った。
無論、杏璃の表情が憎しみと嫉妬に歪むのをじっくりと観察したうえでだ。
「流石に階段を二人で並んで歩くのは無理だろおい」
「俺、左腕が壁にごりごり削られてたわ」
「俺の右腕もそんなんだよ」
仲良しアピールのつもりで手を繋いで自室まで向かったものの、男子生徒二人がお手々を繋ぎ肩を並べて歩くには、速水家の階段は広くない。
お互い何やってんだろうね、あほらしいと二人はため息を吐いた。
「ごめんなさい、やめてください」
「面白くねえな」
学校から少し離れた倉庫、華奢で地味なΩが下半身を露出させたまま、コンクリートの冷たい壁に追い詰められている。彼を囲うように集まっているのは性質も素行もよくないβやα、そしてその真ん中には杏璃がいた。
「杏璃、本当にやっちまっていいの」
「好きにしろって言ってんだろ、同じこと何度も言われないとわからないとか馬鹿か?」
高飛車な杏璃の物言いにチッと取り巻きの一人が舌打ちをするが「おいよせ」と別のαが肩を掴んでそれを止めた。
杏璃の機嫌が悪く、今日の生贄となったΩは下半身を露出させられてしまいそのまま皆の前で、犬のような恰好で排尿を強制された。当然Ωは嫌がり逃げようと拒絶すると腹をけり太腿に火のついた煙草を押し当て、抵抗心を根こそぎ奪う。その指図の仕方は実に洗練されていた。慣れているのであろう。
「ビビらせないと小便もでねえか。いいやこいつ、回して。番にしちゃってもいいよ。解除すればいいし」
絶望の表情を浮かべるΩの前に、甚振るようにゆっくりやってくる男たち。直後、ドゴンと金属を強く蹴られたような音が鳴り響く。数回あちこちを蹴られるような音がした後、コツリコツリと複数の足音が倉庫に近づいてくる。
瞬時に男たちと杏璃はその場から去り、後には辛うじて事なきを得たΩだけが取り残されていた……
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『Ω自衛団』
このところ目に余るレベルで酷くなっているΩへのいじめや虐待、暴行を見ていることができないと箔恵木学園内で結成された自衛団だ。
Ωへの性被害があったばかりだというのに、箔恵木の教員や教育委員会はちっとも動く気配がないので、被害者の友人知人家族それから恋人が結成したのが事の始まりであるが、ある時から彼らの元へ、証拠画像や動画が集まってくるようになった。
「ユウリ……」
動画ではレイプ未遂だが、下半身を露出させられ暴行を受けている最愛の動画を目の当たりにした自衛団の一人は、助けられなくてごめん、肝心な時にいなくてごめんとユウリを搔き抱いた。
動画を提示したのは、透のクラスメイトである暴露系動画配信者K君だ。彼はこのΩ以外にも、さまざまな証拠を収めてはこの団体に情報提供をしている。また、自身のチャンネルでもΩいじめの実態を都度訴えかけていた。
「透、意見を聞かせてほしい」
「どうしたK君」
某日、昼ご飯を一緒に食べていた透と凛成の元にK君がやってきた。弁当を食べ終えたタイミングを見計らうと、これを見せるのは心苦しいがとして彼がこれまで盗撮してきたいじめ現場の動画を見せる。
いじめっ子の声や姿が映っているものの、特定するには決定打にかけるとK君は頭を悩ませており辛うじて「箔恵木学園の生徒」というところまでしか俺では追えない、何か意見を聞かせてほしいと頭を下げる。
「……具体的に指示をしている奴の声が、弟に少し似ている気がする」
「俺も、それは思った」
不快そうな顔を隠そうともせず、透と凛成は顔を見合わせては頷く。そして複数の動画を見てゆくうちに、透はあることに気が付いた。
「……いじめのやり方に共通点があるな」
動画では、主犯格はまずΩのズボンや下着を脱がせて下半身を露出させたのちに、その場で放尿するように指示している。その後のイジメの展開は素手や蹴りでの暴力だったりボールをぶつけたり、酷いときには性被害だったりするが「下半身を露出させて放尿させる」に異様なこだわりがあるように見えた。
「……杏璃だ、これ。間違いない」
「え」
あいつの性癖じゃねえの?と首を傾げる凛成とK君の言葉に、透は首を横に振る。あまりにも強くブンブン振るものだから「大丈夫?首痛くない」と凛成は心配してやりながらも「シャワーした後の犬みたいでかわいい」と密かに最愛のオナペットを愛でる。最悪である。
「5歳ぐらいの時かな……杏璃、何故だか犬のマーキング、立ちションにものすごく執着していた時期があってさ。あろうことか自分もやってみようとでも思ったのかな。電信柱で下半身丸出しで同じことやってる時にうちの両親に見つかって、めずらしくこっぴどく叱られてた」
速水家の両親は杏璃にだけ激甘で透は放任主義だ。そんな両親が「やめなさい」「それは恥ずかしいことだ」と強く叱ったのが彼の心に何か暗い影を落としたのではないか、と透は推測する。
「やっぱり変態じゃねえか」
K君と、自分の事は棚に上げて凛成は性癖ってこういうところで歪んでゆくものなんだねと肌を粟立てた。その後外面だけは真面目に、凛成は心の内だけで恥じらいつつも犬のように足を広げて放尿する透の姿を妄想し、今日のオカズはこれにしようと心に決めていた。最悪である。
「……待てよ、K君、今の話もネタになるか?」
「そりゃもちろん」
凛成、放課後うちに寄ってくれるかと透にせがまれて、凛成は二つ返事で「もちろん」と返した。
「すまんな、突然呼び出して」
「へへ、なあに突然うちに来てくれなんて」
今日は杏璃も幸人もおらず、仲の良さを見せつける人間がいないのに家へ呼び出された凛成は、らしくもなくドギマギとぎこちなくしている。
そんな彼のことは気にせず、透は押入れからアルバムを引っ張り出してドンっと地面に置いた。埃がふわりと舞い上がるところをみると、定期的に見返されることもなく押入れの住人になっていたらしい。
「よし、探すぞ凛成君。杏璃のそれっぽい写真」
「お、おお」
杏璃が犬の立ちションにご執心だった頃の写真を探すべく、透と凛成は押入れとアルバムというアマゾンの奥地に旅立つことにした。先ほどの話から幼稚園時代の写真を調べればそれっぽい写真が見つかるだろうとぺらぺらページをめくってみれば、見たくもないお宝がざくざく発掘されてゆく。
「これと、これとこれを組み合わせてどうだろう」
「いいんじゃないか、あっこれなんてモロだな」
二人の前には、幼稚園の制服のまま犬の立ちションポーズを取る杏璃(当時5歳)の写真数枚と、同じく制服姿でお漏らしをしたのか干している布団の隣で尻を丸出しで泣いている杏璃の写真をそっと抜き取った。
……田上幸人(たがみゆきひと)は、運命という言葉に弱いだけの、それ以外はごくごく普通のαだった。αといっても下のほうで、フェロモンの匂いには鈍感な方だ。彼は透を愛していたが、若干退屈さも感じていた。何せ幼き頃より付き合ってきた恋人とはもう十年来の仲なのだ。
彼は、杏璃のことは顔が良いだけの透の弟とだけ思っていたが、ある日杏璃が意図的に放ったヒートに中てられてしまい「これが運命なのか」と錯覚し、そのまま堕ちた。
セックスの時は確かに何も見えなくなるぐらいに没頭したが、終わってみれば杏璃に対して愛おしいだとか恋人としての可愛さといった感情は芽生えず、童貞を透で捨てることができなかったことに、空虚な気持ちを覚えるぐらいだった。
杏璃との行為後、透に呼び出された幸人は「ああ、別れを告げられるのだろう」とボンヤリ考えていたが、結局隣にいた杏璃にやんわり阻止されてしまい、透と杏璃二人に対して恋人ともセフレとも、なんとも言えないぼんやりとした関係を続けているような状態だ。
一度目は透の悲しそうな表情を見た時、二度目は透が隣の男と楽しそうに笑い、手を繋ぎながら階段を上るのを見た時。ようやく彼の心に取り返しのつかない思いと懺悔、それから焦燥感、或いは嫉妬心に火が付いた。
「俺と杏璃ってどういう関係なの」
「さあ」
「さあって……」
「言うなれば興奮剤かな。幸人といると透が辛そうな顔するのが面白くてさ」
すげー興奮する。少しだけ頬を上気させた杏璃の姿に、幸人はすーっと頭が冷えていくのを感じた。酷いことに幸人の中にも透が悲しんだり辛そうな顔をするのが「自分のせいだ」ということに関して、つまりは透の嫉妬が幸人に向けられることについては、何とも言えない快感と身勝手な庇護欲が芽生えていたのは事実だ。
けれども、同じ兄弟だというのにこいつは異常だと幸人は思う。
「お前、今までよく無事に生きてこれたな」
「はあ?何が」
少し苛立った声を隠そうともしない杏璃の姿に「これがこいつの本性か」と幸人は今更ながら、自身が「運命」に踊らされて目の前のクズに使い捨てられたことに呆れ、乾いた笑いを漏らす。
「透、ごめん」
透、恋人を悲しませた罪を償わなければと、幸人は動くことにした。それがもし「元恋人」だとしても、もう好きだと伝えることができなくとも。
「はんっ運命ね」
運命の番はともかくとして、実はどのαに対しても一定の相性の良さを持つΩという者が存在する。ある程度はどのαにも合い「相性がよい」ものだから、普通のΩよりαを引き付けることができるため、それを運命と勘違いするαも多いだろう。
杏璃はまさに、そのタイプであった。
彼の心にはいつも退屈が渦巻いており、常に刺激を求めた。彼の心には愛情だとか友情、人を慈しみたい、共に歩みたいという心がぽっかり抜けていて、人を加虐する時だけはその穴が少し埋まったような気がした。
これも歪んだ兄弟愛なのだろうか。彼に愛という感情がもしあるのなら、杏璃は透の辛そうな顔や悲しそうな表情、彼の惨めそうな様子を何よりも好んだ。
この世に悪役が必要ならば、彼ほど適性がある人間はそういないだろう。
「今度の文化祭が、アイツの命日だ」
Xデーは綺麗な秋晴れで、模擬店や展示物は多くの人でにぎわった。何故だか知らぬがチョコバナナを執拗に勧めてくる凛成はそのままにして、透はこの後の彼らの動向を窺う。
杏璃は取り巻き達と文化祭を楽しんでおり、運命であったはずの幸人とは別行動を取っている。
「透君、ホットドック食べる?それともフランクフルト?」
「さっきからなんで長いもんばっか勧めてくるんだ」
「せめて咥えてくれるだけでいいんだけど」
「何がせめてなのかわからない」
目の前の最悪で不可解な同士の要求はそのままに「そろそろ時間だ」と凛成の腕を引っ張って体育館へ向かう。ここからは全生徒が必須で見なければならない、クラスの演劇や演奏が行われるはずだった。保護者や他校の生徒が外された状態で体育館に生徒が収まると、密かに施錠された。
「ユウリ、大丈夫?」
「大丈夫、あいつら全員許さない」
生徒の中には、傷ついたΩ達がいた。怒りを堪えて握りこぶしを作ったままのΩもいた。彼らの友人も恋人も家族もいた。生徒たちに混ざって、もちろん加害者たちも。
はもはもはもと、ホットドックを貪る凛成とフランクフルトを犬歯で残酷に齧り取ってゆく透は存外リラックスしている。
1年2組やら3年4組やらの演目は始まらず、教師陣からどよめきの声が上がりかけた瞬間、地獄の動画配信とスライドショーが始まった。
動画というものは長すぎても関心がそがれてしまい、中々最後まで視聴者に見てはもらえないものだ。
「10分だ、10分くれ」
K君の編集した動画の前半はきっかり10分、Ω達のイジメの記録が箔恵木学園の全生徒の前で映し出された。体育室の中は怒声悲鳴どよめきであふれかえっているが、一部では「どこかわかっていた」という様子で、落ち着き払っている勢もいた。
無論、拳を握りしめ震わせて静かに怒りを抑える者たちもいる。乱入して「やめろ」と動画を止めにやってくる教師もいたが、それらはΩ自衛団の面々に取り押さえられた。
「後半、行くぞ」
後半の10分の動画は、何故『杏璃』を含む加害者たちはこのようないじめを起こしたのか、という考察動画だがそんなものは建前で、Ω達が共通で受けたいじめである「下半身を露出させて犬のような姿で排尿をさせる」という箇所に焦点を当てた。
それすらも建前で、杏璃はわんわんスタイルでの放尿に興奮する変態野郎というレッテル(ある意味では正しいかもしれない)を、全校生徒の前で植え付けることに成功した。
この10分の動画は、杏璃を殺す(この場合は社会的に)という目的を果たす為に上映された。
「命がけで写真提供をしてよかった……」
透はまるで良作映画を見たかのように、スタンディングオベーションをしていた。凛成もそれに続き、Ω自衛団の面々も拍手をし、極々一部を除いてそれは広がってゆく。最終的に拍手は体育館中に響き渡ってゆく。
拍手と冷たい目線の先は全て、杏璃とその取り巻き達に向けられていた。
「K君」
「ああ、勿論今日の様子も動画に取ってある……スマホなんかより高画質なカメラでね」
文化祭は中止となるだろう。けれどもそんなことになる前に、厳選された生徒たちは加害者たちを学校の屋上へ連れてやってきた。縄で拘束された取り巻きたちと杏璃は暴れても無駄と悟ったのだろう。存外おとなしくついてくる。
この学校の建物は少し古く、屋上のフェンスは成人であれば軽く乗り越えられるぐらいに低い。
「なんで屋上に……?」
「風通しがいいからね。校庭ほど人にも迷惑がかからない」
凛成やK君の言葉の意味がわからなくて、透は首を傾げる。突発的なストレスにより、万一ヒートなどが起きてしまっても逃れられるように、ということらしい。換気という意味合いだろう。
「……杏璃、もう無理だ。兄ちゃんお前を庇えない」
「……何兄貴面してんだ、ウザい」
曲がりなりにも「お兄ちゃん」と表面上は接してくれていた弟の姿が脳裏をよぎる。どこで育て方を間違えたんだろうと悩むのは、本来であれば速水家の杏璃を溺愛した両親であり透ではないと思うが、どんな尊い者から生まれてもこういう子が育つことがあるのだ、と彼は今度こそ見限った。
「ねえ、どうしてこういうことするの?放してください、酷いよこんな。僕何もしていないのに……」
表面上怯えて見せる杏璃の姿に、その場にいる全員が悍ましさから目を逸らす。あれだけ証拠を突き付けられても自分は何も知らない、何もやっていないの一点張りで反省という言葉はでてこないようだ。
「これじゃ取れ高狙えないな」
「この鬼畜」
淡々とカメラを回しているK君は、何か動きがないと動画映えしないと悪魔のような感想を述べている。
「杏璃」
取れ高、もとい状況に変化を及ぼすものがやってきた。田上幸人だ。それなりにイケメンであった彼は今は見る影もなくやつれている。辛うじてきっちり着込んた制服がよりアンバランスさを醸し出しており、一言で言うならば異様、その暗い目はどこか狂気すら感じさせる。
「幸人!助けに来てくれたの?流石僕の運命の」
最後までは言わせなかった。幸人は杏璃の首のチョーカーを引きちぎるとそのまま杏璃の項を噛む。
「あぁああっや、ぁあんっ何するの幸人っ……ぎゃぁあああっ!」
そして、瞬時に杏璃との番を解除した。項を噛まれた瞬間の甘い声から一転し、断末魔のような叫声を上げ、項を抑えながらのたうち回る杏璃の姿がそこにある。
Ω自衛団の中には、番を解除されたΩを知っており「なんて酷いことを」と瞬時にそれを理解する。
「透」
「ゆき、ひと……お前、なんで、杏璃と運命じゃなかったのか?なんで……」
運命の言葉に、悲し気に首を横に振った幸人の表情は今の状況と不釣り合いなぐらいに落ち着いており、その眼差しは歪んではいるものの透への愛情で満たされていた。
「透、ごめんなさい。いままでごめん。大好き、これからもずっと」
幸人はにこりと満面の幼い笑みを透にだけ見せると、そのまま屋上のフェンスを跨り、地面へと落ちていった。周囲の怒声と悲鳴と、地面に何かが叩きつけられる音、文化祭と誰かの人生が終わった音がする。
「……これは、全部は投稿できないかな」
「鬼畜」
K君の手にある高性能なカメラの目は、一部始終を余すことなくとらえていた。
一度牙を折られ去勢をされた猛獣というものは、存外大人しくなるものらしい。いじめの主犯格だった杏璃の番行為と番解除を立て続けに見せつけられた取り巻き達は、驚くほど従順にいじめ行為を認めた。それは反省か改心なのか、恐らくどちらでもないだろう。
……校舎の屋上から飛び降りた幸人が、生きていたためだ。低級なαといえ身体は非常に頑丈であったことと、たまたま園芸部の育てていた花壇の柔らかい土と植え込みに落ちて身体がバウンドしたのが彼の死を引き留めた結果のようだ。
「α固っ」
「頑丈っ」
「しぶとい」
K君と凛成の簡単な感想に同意しつつも、透は心のどこかで安堵していた。
幸人は確かに狂っていた。確かに狂人だった。彼はきっと杏璃以外の人間には興味がなく、イジメの取り巻きたちに制裁など考えてはいないのだろうけれど、取り巻き達はそうは思わなかったらしい。
何をするのかわからない狂人の次のターゲットは自分だと怯え、退学や転校するものが殆どだ。転校したところで、新天地に赴いたところで動画が拡散された彼らにしばらく安息などはないのだが。
主犯の杏璃はその内容が悪質すぎるがゆえに、少年院送致とする保護処分になった。被害者たちが示談には応じず裁判となったためだ。透はすでに彼が戻って来た時のことを考えると「この先どうなるのだろう」と頭を抱えている。
どこかの格闘漫画のように家に罵詈雑言の落書きをされるといったことはないが、ご近所さんからのヒソヒソ陰口や後ろ指をさされることは現に起こっている。
「どこで育て方を間違えた」
両親の言い争う回数が次第に増えたのを確認すると、放任主義もとい両親にはなかったことにされている透は、父方と母方の祖父祖母の家をローテーションで頼ることにした。家庭では杏璃のせいで空気扱いだった透も、祖父祖母の間では変わらず可愛い孫なのだ。
「おはようございます我がメシア。最愛のオナペット」
「やかましいわ」
凛成は自身の勃起不全を治してくれた透のことを、神のように崇め奉っている。彼は彼で心が未成熟というべきか、もしくは心の発達が遅いのか透のことを気に入って入るしお気に入りのオナペットでもあるが、恋愛ということに関してはまだいまいちピンときていないようだ。
けれどもほかの女子やΩにそのような感情が湧くこともなく透以外のΩに対しては、今のところ「ウザい」「重い」「キモイ」という3段感情しか持ち合わせていないそうだ。
「はよ、今日も病院に行くの?」
「ああ」
K君の言葉に透は軽く頷いてやる。授業が終わると透はとある病院へ通うのが日課になった。透が通院しているというわけではなくお見舞いなのだが、病室には今日も退屈そうに絵本を読んでいる男がベッドにいた。
「よう、元気か」
「とおる!いらっしゃい!」
舌ったらずの幼い言葉で両手を広げて歓迎するのは、屋上から飛び降りた衝撃なのか、或いは他の心的要因であるのか、いずれにせよ幼児退行してしまった田上幸人、透の幼馴染だ。すっかり足がぐちゃぐちゃになってしまい、骨折が治りリハビリが始まるまでには相当な時間がかかるだろう。
「退屈だろう」
「うん、でもとおるがきてくれるから平気」
ニコニコと笑う幸人に、透は心の中にほろ苦い感情がじんわり滲む。自身の幸人に対する感情が同情なのか、哀れみなのか、恋人に対する憐憫なのか。彼だってまだ10代の未成年だ、自分の心を全て正しく把握しきれているわけではないのだ。
「あれ」
ベッドの下には、幼い頃幸人が大好きだった「うんめいのつがい」という絵本がクレヨンでぐしゃぐしゃ真っ黒に塗られて地面に叩き落とされている。絵本を捲るとページはところどころ破かれている。
「どうしたんだ、幸人この絵本大好きだったろ?なんでこんなことするんだ」
透の言葉に、幸人は目尻に涙を溜めると、そのままぼたぼた零してわーわー小さい子のように泣き喚く。
「嫌い、運命なんて嫌いだもん!!うんめいのせいでとおるが悲しい思いしたんだもん!ひどい目にあわせちゃったんだもん。運命なんて、嫌い……」
ごめんねとおる、ごめん、大好き。いつだったかの時と同じように透の服の裾を掴んで泣きじゃくる幸人の姿を見ると、透もなんと声をかけて良いのかわからずに弟にでもするように、背中をポンポン叩いてやることしかできない。
「透君も、そろそろ次に進んだら」
「次って」
K君の言葉に振り向くと、K君は「恋愛とか、青春。学生らしいことしなきゃ」と呟いてみては、まだそれどころじゃないかと肩をすくめて見せる。
箔恵木学園は今大変なことになっている、教員の総入れ替えどころか校長や教頭もどうなるかわからない状況だ。校門では絶えずマスコミが騒いでいて非常に賑やかだ。
「しばらくいいかな。相手もいないしな」
「田上とか三峰とか」
「でけえ幼稚園児と、人のことをオナペット扱いする野郎のことか」
他に、選択肢はねえの?透の言葉に返してくれる者は、誰もいなかった。
二人の自殺志望者が、屋上でバッティングした。
「あ、すみません先使うならどうぞ、僕みたいな者は後でもいいので、あの、その、邪魔なら出直しますのでそんな全然……」
「こちらこそごめんなさい、まさか先客がいるなんて本当にタイミング悪すぎて、ごめんなさいごめんなさい……最後までかっこつかないなぁ俺、ははっ……」
一人目の自殺志望者、速水透(はやみとおる)はΩだった。そして二人目の自殺志望者である三峰凛成(みつみねりんせい)はαである。
この話の世界観を構成しているオメガバースという世界観では、男女の他に第三の性がある。
αは支配階級がゆえにエリート体質であり容姿や頭脳、運動神経全てにおいて優れている。βは中間層、もっとも数が多い。Ωは下位層、男女問わず子を成すことができるが平均で3カ月に一度やってくる発情期のために、現在社会でも冷遇されやすい。
また、Ωとαにはβにはないヒートやラットという発情期やαとΩ特有の番という関係があり、αにΩが項を噛まれることで成立する番い行為を行うことでΩのヒートが格段に緩和される、体質によっては全くヒートを発しなくなるというメリットがある。
反面Ωは一度しか番うことができず、もしαに番解除をされてしまうと生涯そのΩは他のαと番うことができず、死ぬまでヒートに苦しむことになるなどのコンティニューが利かないリスクがあったりと、とにかくまあいろんな制約がある。
オメガバースの世界観で存在する酷すぎる設定、もとい人災もとい現象として『運命の番』というものがある。
これは遺伝子レベルで相性の良いαとΩのことを示し、ただでさえΩのフェロモンによって引き寄せられてしまうαだというのに、この運命レベルともなると倫理や理性が高速で吹っ飛ぶほどに強烈なフェロモンを中て付けられてしまい、そのまま性行為から番行為に及んでしまう例もある。
ただし、このようなフェロモン事故については運命ではないΩとαにも多々あることで、現在社会においてΩやαは発情期の抑制剤を服用して回避している。
フェロモン事故は感情を伴わない他人同士のαやΩにも適用され、特に「運命」は薬も効きにくく、αに他の番がいる場合も匂いに惹かれ、抗うことは難しいとも言われている。
けれども運命と遭遇する確率はそれこそ天文学的確率とも言われており、運命の番についてはそれこそ「運命的な出会い」と捉える者も「災厄」と捉える者も半々ぐらいおり、賛否両論である。
「なんで、死のうと思ったの?」
話は二人の自殺志望者に戻る。透には幼馴染兼恋人の田上幸人(たがみゆきひと)というαがおり、将来は番になるだろうと本人たちも周囲もそう思って疑いなど一つもなかった。
「お兄ちゃん、幸人は僕の運命なの!」
二卵性双生児で、外側だけは天使のように美しい透の弟、速水杏璃(はやみあんり)は透の恋人である幸人を横からかっさらっていった。
流石に項までは噛ませはしなかったが、首筋や鎖骨に残る吸引性皮下出血(キスマークだ)の生々しい痕を見せつけられて、透は全てを理解した。
透の容姿も整っているほうではあるが、杏璃の隣に並ぶと霞んでしまう。結局地味で平凡な自分よりも、美しい杏璃のほうに幸人も傾いてしまったのだろうと海よりも深い失意とあきらめがじんわり透の胸に広がった。
「幸人……」
「透、本当にごめん。でも俺……その」
「お兄ちゃん、話なら手短にすませてよね」
二人で話したいと言ったはずなのに、幸人の右腕には杏璃がべったりと絡みついている。もう、運命がいるのに他のΩと二人きりで会うなんて浮気?と可愛らしくほっぺたをぷっくり膨らませながら、ちらりと透に送りつけた目線は控えめに言っても透を馬鹿にしていた。
杏璃という災厄は、いつも兄である透を見下し搾取し、両親や周囲の人間の前で自身を引き立てるだけの道具としてしか見ていないと、常々透は分からせられてきた。
それでも、幼馴染であった3人は小さい頃は仲が良く、あの日に戻れたならと遠いセピア色の記憶に一瞬、思いを馳せる。
杏璃、とくすぐったくなるぐらいに優しく弟の名を呼ぶ幸人の姿は、かつて透に向けられていたものだった。
「10年の恋だった」
屋上で大の字になっている透の目からは、とっくに枯れかけたはずの涙がつうと一筋伝う。
「……辛かったね」
凛成は言葉少なく、けれども「過去の話じゃないか」と心のどこかで冷たい感想を抱く。終わってしまったのであれば、まだいいじゃないかと。
「そうなんだけど、あいつらはいつまでも死なせてくれないんだ」
「死ぬ?」
「うん、僕の心を」
恋人となった杏璃と幸人は、略奪された透の心を気遣って距離を置いてくれるどころか「幼馴染だから」「兄弟だから」と毎朝一緒に登校することをやんわり、けれども強引に強いる。
それは、両家の親に仲たがいをしていないアピールをしたいだけだろうと透は考えていた。距離を置けばいずれ恋心は風化して死んでゆくものだと思っていたのに、残酷にも彼らはそれをさせてはくれない。許してはくれないのだ。
幸人はまだ人の心がある方だと思っていたが、弟の杏璃はいつも姑息でずる賢い。彼は良心や知人友人の前でもいつも「可愛くて憎めない愛されキャラ」でいることに誰よりも固着していた。
彼は、納得の上で透は二人から身を引いたけれども「それからもずっと良い幼馴染、友人、そして兄」という都合の良い立場に透を居させ続けようとした。
「毎日毎日見せつけられてみろよ、幸人と杏璃……恋人と弟の二人が手を繋いだり抱き合ったりキスしあったりするところをさ」
地獄だよ。卑屈に口元を歪ませる透の姿に、凛成は「杏璃?」と疑問を口にする。
「その弟、速水杏里って名前か?」
「ん、そうだ。あれ知り合いだったか」
「お前、あれの兄貴だったのか!」
「はは、よく言われる。似てないから他人みたいだろ?初対面だと兄弟に見られることのほうが少ないんだ」
「あいつ、あいつが元凶だ!俺のこと運命の番だって迫ってくるんだよ!」
「は?」
あの化け物、あの悪魔、あいつのせいで俺はと、凛成は屋上の床を数回拳で殴りつけてゼーゼー荒い息を隠そうともしないまま、自身の右腕のシャツを捲り上げた。
「っ!」
凛成の右腕には、彼自身が付けたと思われるαの噛み傷が残っていた。αがこの傷をつけるような事態と言えば、Ωへの番行動を拒絶する時が最も多い。強いフェロモンを中てられた際に思わずΩの項を噛もうとし、咄嗟に手でガードした時にできやすい傷だと言われている。
「あいつは……認めたくないが、多分俺の運命の番ってやつなんだと思う」
かなり上位のαである三峰凛成は、容姿端麗であり体格にも頭脳にも恵まれている勝ち組な雄のαと言えるだろう。けれどもその内面は少しばかり卑屈で歪んでおり、本来であれば周囲の人間に囲まれて過ごすよりは、一人で静かに学生生活を送りたい大人しい性質の持ち主だった。
しかし、彼の恵まれ過ぎた美しい容姿とαとして格が違うオーラが、彼のささやかな願いを叶えさせることはできなかった。
元々抑制剤の効きが良くて、発情期の凡庸なΩが100人かかってきても平然としていた凛成の前にヒート状態の杏璃がやってきた瞬間、凛成は「終わった」とただただ絶望した。
辛うじて項を噛まず、そして性行為にも及ばず逃亡できた自分を自分で褒めてやりたいと凛成は今でも思っている。
「よしよし、三峰君すごいな、えらいよ……」
悲壮感そのものといった心の声がどうやら外部に漏れていたのか、同情心そのものといった風で透が凛成を褒めて頭をぽんぽん撫でるようにして叩いてやると、凛成は「えっへん」と大きく胸を反らす。彼の目尻には涙が溜まっていた。
学校にいる間はずっと杏璃に付きまとわれ、それ以外の時間はストーキングされ続けてしまい、凛成は心身ともに疲弊してどんどんやつれて行った。
腕を絡められてしまい振り払って拒絶しても「恥ずかしがり屋なんだから」とひらりと蝶、いや蛾のように離れてはまたくっついてくる杏璃が、凛成には同じ人間とは思えなかった。
「友好的でない宇宙人が隣にいる気分だった」
性格も性質も教養のなさも、それから不特定多数のいろんなαを喰っているビッチさも何もかもが嫌悪の念しかないのに。運命という地獄が、想いたくもない杏璃の姿を、凛成の心に無理やり棲み付かせた。
凛成も至極健康的な身体を持った年頃の男子なので、性衝動があれば精を吐くために自慰行為に及ぶこともある。お気に入りのオカズを片手に勤しんでいると、フィニッシュの瞬間に憎き杏璃の姿がでてきてしまい、すっかり自身のブツが萎えてしまった。
情けなく吐き出された白濁はまるで彼の涙の様であった。
「……医者には精神的なもの、ストレスですねって」
勃起不全になりかけてしまっているのだという。
「……うちの愚弟がとんだ失礼を……でも、あいつは幸人と」
「幸人、かどうかはわからないけど、杏璃だっけ。あの糞Ω、俺に会いに来た時さ。隣で突っ立ってるイケメンαに『今は話しかけるな』って怒鳴りつけてたよ」
あれだけ透の前ではべたべた甘い恋人同士のようにふるまっている幸人と杏璃なのに、どうやらこの格が違うイケメンαの前では様子が違うらしいと聞いて、透は泣きながら大声を上げて笑い出した。
「ごめん、泣かないで」
哀れみから思わず凛成は透を抱きしめる。透からふわりと微かに漂う香りは運命程強烈ではないけれど、いつまでも嗅いでいたくなるような爽やかで心が安らぐような、彼が好きな青林檎のような香りだった。
「三峰……?」
「凛成って呼んで」
「凛成」
凛成からは、透が大好きなチョコレートのような香りが漂う。少しだけ幸人の香りに似た甘い香りを嗅いだ透は、凛成のシャツの胸元を涙で濡らしてしまった。
「透君」
「凛成君」
「どうせ死ぬぐらいなら、殺しません?」
「そうですね、どうせ死ぬだけだし。何もしないよりは」
二人は結託し、社会的にでも物理的にでも、どんな形でもいいから憎き運命の番を殺そうと心に決めた。
「……嘘だろ?」
その日の夜。凛成が衝動に駆られて自慰に耽っていると、いつもであれば精を吐き出す瞬間に邪魔をしてくる杏璃がでてこず、今回は兄の透のいやらしい姿で無事達することができた。
つまり、彼のトラウマは殆ど克服されたようなものである。
屋上であったあのΩこと透は、ともに運命に立ち向かうパートナーであり、これは極秘事項ではあるが、インポを治してくれた神でありヴィーナスであり感謝の対象であり、凛成のオナペットとなった。最悪である。
「あ、お兄ちゃんおかえり!今幸人と映画見てたんだけど一緒に見る?」
速水家のリビングで人目も憚らず、幸人といちゃつきながら映画を見ている杏璃と幸人を尻目に「いや、悪いけど勉強があるから」と心ここにあらずといった様子で、透は自室へ戻っていった。
「……」
腐りきっていても幼馴染と兄弟だ。杏璃と幸人は、透の微かな変化に目ざとく気づく。とくに幸人は自分以外のαの香りを透から嗅ぎ取り、その資格もないというのに、内心嫉妬の炎を燃え滾らせていた。
「18股」
「そう」
翌日。どうせ死ぬつもりなのだからと、恥を忍んでクラスメイトに自身の自殺未遂とその経緯を暴露した透は、てっきりクラスメイトから非難されるか嘲笑されることを覚悟していたが、想像以上に透と凛成に対する目は同情的だった。
「尻尾が掴めなかったけどそろそろいけそうでさ。あいつ、イジメの主犯格だわ」
箔恵木(白液、はくえき)学園というぱっと見は難解な、由来を調べると糞みたいな名前の学園内では、このところ相次いでΩが不登校や転校となる事象が多発していた。
Ωたちの口は堅いが、よくよく見てみればわかりにくいところに暴行の痕があった、もしくは手首などに自傷行為の痕が見えたなど黒い噂が絶えない。
教育委員会や教師たちは「うちの学校にいじめなどありません」と否定しているようだったが、兄弟や友人、恋人をいじめられた復讐心に燃えるβやα、そして野次馬根性を炸裂させた学生の動画配信者たちは、秘密裏に情報を掻き集めていたところだった。
「兄貴である透からの証言……恋人の略奪愛でアイツのα遍歴も裏が取れた」
つまりはそういうことで、杏璃は「運命の番」と自身の容姿を餌に、さまざまな男性αと関係を持っていたのだという。彼の言う運命は口先だけで、要はスペックの高いイケメンをつまんではキープをし、将来的にはハーレムでも作りたいのだろうかと、暴露系動画配信者は考察する。
「でも、わからないのが田上幸人なんだよな」
「あいつもイケメンといえばイケメンだけど、杏璃が手を出すαにしては地味というか、とびぬけてハイスペックというわけじゃなくて系統が違うんだよ……」
人の幼馴染兼元恋人に随分酷いことを言うなぁと透は思ったが、恐らくそれは「運命の番」という言葉に踊らされたのではないかと、透は推測する。
現実主義者の癖に、変なところでロマンチストな幸人はことあるごとに「透と俺は運命の番」と口にしていたのを思い出したからだ。
「何が運命だよ」
口先だけの運命に騙されたのか、それとも自らそれを妄信した結果なのか。少しばかりぼんやりした幸人は透をあっさり手離して、杏璃の元へ行ってしまった。
「……」
クラスメイトは表情を暗くした透に言葉をかけてやることもできず、けれども大体のαとΩはきちんとしている、全ての人間がそうではない。例え運命が現れても本当に好きな人がいるなら、絶対に惑わされないと透の目を見て言ってくれた。
「お前が……透と隣のクラスの凛成が死ぬ前に、話してくれてよかった。ありがとう」
自分たちは何も悪くないのに、そう言って頭を下げたクラスメイトたちと暴露系動画配信者の言葉に、透の視界はじんわり滲んで霞んでしまった。
「透君、今日君んちに遊びに行っていい?」
「もちろんいいよ」
二人の仲が急速に良くなったのは共に戦うための同士というのもあるが、単純に趣味や性格が合ったのも理由の一つだ。こんな形でなければ友達にもなれなかったかもしれないが、このような最悪な事態であっても二人の出会いは二人に幸福をもたらした。彼らは互いが一緒にいることに楽しさを覚えていた。
「あ、お兄ちゃんおかえ……」
「ああ、ただいま杏璃。紹介するよ、こちら凛成君」
「お邪魔します」
「えっ……?」
家へ上がり込む際の挨拶とはいえ、糞Ωこと杏璃と透を裏切ったα幸人の邪魔をすることはしない。二人は努めて仲がよさそうに顔を合わせては笑顔を向け、指を絡めるように手を繋いではそのまま透の部屋へ戻って行った。
無論、杏璃の表情が憎しみと嫉妬に歪むのをじっくりと観察したうえでだ。
「流石に階段を二人で並んで歩くのは無理だろおい」
「俺、左腕が壁にごりごり削られてたわ」
「俺の右腕もそんなんだよ」
仲良しアピールのつもりで手を繋いで自室まで向かったものの、男子生徒二人がお手々を繋ぎ肩を並べて歩くには、速水家の階段は広くない。
お互い何やってんだろうね、あほらしいと二人はため息を吐いた。
「ごめんなさい、やめてください」
「面白くねえな」
学校から少し離れた倉庫、華奢で地味なΩが下半身を露出させたまま、コンクリートの冷たい壁に追い詰められている。彼を囲うように集まっているのは性質も素行もよくないβやα、そしてその真ん中には杏璃がいた。
「杏璃、本当にやっちまっていいの」
「好きにしろって言ってんだろ、同じこと何度も言われないとわからないとか馬鹿か?」
高飛車な杏璃の物言いにチッと取り巻きの一人が舌打ちをするが「おいよせ」と別のαが肩を掴んでそれを止めた。
杏璃の機嫌が悪く、今日の生贄となったΩは下半身を露出させられてしまいそのまま皆の前で、犬のような恰好で排尿を強制された。当然Ωは嫌がり逃げようと拒絶すると腹をけり太腿に火のついた煙草を押し当て、抵抗心を根こそぎ奪う。その指図の仕方は実に洗練されていた。慣れているのであろう。
「ビビらせないと小便もでねえか。いいやこいつ、回して。番にしちゃってもいいよ。解除すればいいし」
絶望の表情を浮かべるΩの前に、甚振るようにゆっくりやってくる男たち。直後、ドゴンと金属を強く蹴られたような音が鳴り響く。数回あちこちを蹴られるような音がした後、コツリコツリと複数の足音が倉庫に近づいてくる。
瞬時に男たちと杏璃はその場から去り、後には辛うじて事なきを得たΩだけが取り残されていた……
ーーーーーーーーー
『Ω自衛団』
このところ目に余るレベルで酷くなっているΩへのいじめや虐待、暴行を見ていることができないと箔恵木学園内で結成された自衛団だ。
Ωへの性被害があったばかりだというのに、箔恵木の教員や教育委員会はちっとも動く気配がないので、被害者の友人知人家族それから恋人が結成したのが事の始まりであるが、ある時から彼らの元へ、証拠画像や動画が集まってくるようになった。
「ユウリ……」
動画ではレイプ未遂だが、下半身を露出させられ暴行を受けている最愛の動画を目の当たりにした自衛団の一人は、助けられなくてごめん、肝心な時にいなくてごめんとユウリを搔き抱いた。
動画を提示したのは、透のクラスメイトである暴露系動画配信者K君だ。彼はこのΩ以外にも、さまざまな証拠を収めてはこの団体に情報提供をしている。また、自身のチャンネルでもΩいじめの実態を都度訴えかけていた。
「透、意見を聞かせてほしい」
「どうしたK君」
某日、昼ご飯を一緒に食べていた透と凛成の元にK君がやってきた。弁当を食べ終えたタイミングを見計らうと、これを見せるのは心苦しいがとして彼がこれまで盗撮してきたいじめ現場の動画を見せる。
いじめっ子の声や姿が映っているものの、特定するには決定打にかけるとK君は頭を悩ませており辛うじて「箔恵木学園の生徒」というところまでしか俺では追えない、何か意見を聞かせてほしいと頭を下げる。
「……具体的に指示をしている奴の声が、弟に少し似ている気がする」
「俺も、それは思った」
不快そうな顔を隠そうともせず、透と凛成は顔を見合わせては頷く。そして複数の動画を見てゆくうちに、透はあることに気が付いた。
「……いじめのやり方に共通点があるな」
動画では、主犯格はまずΩのズボンや下着を脱がせて下半身を露出させたのちに、その場で放尿するように指示している。その後のイジメの展開は素手や蹴りでの暴力だったりボールをぶつけたり、酷いときには性被害だったりするが「下半身を露出させて放尿させる」に異様なこだわりがあるように見えた。
「……杏璃だ、これ。間違いない」
「え」
あいつの性癖じゃねえの?と首を傾げる凛成とK君の言葉に、透は首を横に振る。あまりにも強くブンブン振るものだから「大丈夫?首痛くない」と凛成は心配してやりながらも「シャワーした後の犬みたいでかわいい」と密かに最愛のオナペットを愛でる。最悪である。
「5歳ぐらいの時かな……杏璃、何故だか犬のマーキング、立ちションにものすごく執着していた時期があってさ。あろうことか自分もやってみようとでも思ったのかな。電信柱で下半身丸出しで同じことやってる時にうちの両親に見つかって、めずらしくこっぴどく叱られてた」
速水家の両親は杏璃にだけ激甘で透は放任主義だ。そんな両親が「やめなさい」「それは恥ずかしいことだ」と強く叱ったのが彼の心に何か暗い影を落としたのではないか、と透は推測する。
「やっぱり変態じゃねえか」
K君と、自分の事は棚に上げて凛成は性癖ってこういうところで歪んでゆくものなんだねと肌を粟立てた。その後外面だけは真面目に、凛成は心の内だけで恥じらいつつも犬のように足を広げて放尿する透の姿を妄想し、今日のオカズはこれにしようと心に決めていた。最悪である。
「……待てよ、K君、今の話もネタになるか?」
「そりゃもちろん」
凛成、放課後うちに寄ってくれるかと透にせがまれて、凛成は二つ返事で「もちろん」と返した。
「すまんな、突然呼び出して」
「へへ、なあに突然うちに来てくれなんて」
今日は杏璃も幸人もおらず、仲の良さを見せつける人間がいないのに家へ呼び出された凛成は、らしくもなくドギマギとぎこちなくしている。
そんな彼のことは気にせず、透は押入れからアルバムを引っ張り出してドンっと地面に置いた。埃がふわりと舞い上がるところをみると、定期的に見返されることもなく押入れの住人になっていたらしい。
「よし、探すぞ凛成君。杏璃のそれっぽい写真」
「お、おお」
杏璃が犬の立ちションにご執心だった頃の写真を探すべく、透と凛成は押入れとアルバムというアマゾンの奥地に旅立つことにした。先ほどの話から幼稚園時代の写真を調べればそれっぽい写真が見つかるだろうとぺらぺらページをめくってみれば、見たくもないお宝がざくざく発掘されてゆく。
「これと、これとこれを組み合わせてどうだろう」
「いいんじゃないか、あっこれなんてモロだな」
二人の前には、幼稚園の制服のまま犬の立ちションポーズを取る杏璃(当時5歳)の写真数枚と、同じく制服姿でお漏らしをしたのか干している布団の隣で尻を丸出しで泣いている杏璃の写真をそっと抜き取った。
……田上幸人(たがみゆきひと)は、運命という言葉に弱いだけの、それ以外はごくごく普通のαだった。αといっても下のほうで、フェロモンの匂いには鈍感な方だ。彼は透を愛していたが、若干退屈さも感じていた。何せ幼き頃より付き合ってきた恋人とはもう十年来の仲なのだ。
彼は、杏璃のことは顔が良いだけの透の弟とだけ思っていたが、ある日杏璃が意図的に放ったヒートに中てられてしまい「これが運命なのか」と錯覚し、そのまま堕ちた。
セックスの時は確かに何も見えなくなるぐらいに没頭したが、終わってみれば杏璃に対して愛おしいだとか恋人としての可愛さといった感情は芽生えず、童貞を透で捨てることができなかったことに、空虚な気持ちを覚えるぐらいだった。
杏璃との行為後、透に呼び出された幸人は「ああ、別れを告げられるのだろう」とボンヤリ考えていたが、結局隣にいた杏璃にやんわり阻止されてしまい、透と杏璃二人に対して恋人ともセフレとも、なんとも言えないぼんやりとした関係を続けているような状態だ。
一度目は透の悲しそうな表情を見た時、二度目は透が隣の男と楽しそうに笑い、手を繋ぎながら階段を上るのを見た時。ようやく彼の心に取り返しのつかない思いと懺悔、それから焦燥感、或いは嫉妬心に火が付いた。
「俺と杏璃ってどういう関係なの」
「さあ」
「さあって……」
「言うなれば興奮剤かな。幸人といると透が辛そうな顔するのが面白くてさ」
すげー興奮する。少しだけ頬を上気させた杏璃の姿に、幸人はすーっと頭が冷えていくのを感じた。酷いことに幸人の中にも透が悲しんだり辛そうな顔をするのが「自分のせいだ」ということに関して、つまりは透の嫉妬が幸人に向けられることについては、何とも言えない快感と身勝手な庇護欲が芽生えていたのは事実だ。
けれども、同じ兄弟だというのにこいつは異常だと幸人は思う。
「お前、今までよく無事に生きてこれたな」
「はあ?何が」
少し苛立った声を隠そうともしない杏璃の姿に「これがこいつの本性か」と幸人は今更ながら、自身が「運命」に踊らされて目の前のクズに使い捨てられたことに呆れ、乾いた笑いを漏らす。
「透、ごめん」
透、恋人を悲しませた罪を償わなければと、幸人は動くことにした。それがもし「元恋人」だとしても、もう好きだと伝えることができなくとも。
「はんっ運命ね」
運命の番はともかくとして、実はどのαに対しても一定の相性の良さを持つΩという者が存在する。ある程度はどのαにも合い「相性がよい」ものだから、普通のΩよりαを引き付けることができるため、それを運命と勘違いするαも多いだろう。
杏璃はまさに、そのタイプであった。
彼の心にはいつも退屈が渦巻いており、常に刺激を求めた。彼の心には愛情だとか友情、人を慈しみたい、共に歩みたいという心がぽっかり抜けていて、人を加虐する時だけはその穴が少し埋まったような気がした。
これも歪んだ兄弟愛なのだろうか。彼に愛という感情がもしあるのなら、杏璃は透の辛そうな顔や悲しそうな表情、彼の惨めそうな様子を何よりも好んだ。
この世に悪役が必要ならば、彼ほど適性がある人間はそういないだろう。
「今度の文化祭が、アイツの命日だ」
Xデーは綺麗な秋晴れで、模擬店や展示物は多くの人でにぎわった。何故だか知らぬがチョコバナナを執拗に勧めてくる凛成はそのままにして、透はこの後の彼らの動向を窺う。
杏璃は取り巻き達と文化祭を楽しんでおり、運命であったはずの幸人とは別行動を取っている。
「透君、ホットドック食べる?それともフランクフルト?」
「さっきからなんで長いもんばっか勧めてくるんだ」
「せめて咥えてくれるだけでいいんだけど」
「何がせめてなのかわからない」
目の前の最悪で不可解な同士の要求はそのままに「そろそろ時間だ」と凛成の腕を引っ張って体育館へ向かう。ここからは全生徒が必須で見なければならない、クラスの演劇や演奏が行われるはずだった。保護者や他校の生徒が外された状態で体育館に生徒が収まると、密かに施錠された。
「ユウリ、大丈夫?」
「大丈夫、あいつら全員許さない」
生徒の中には、傷ついたΩ達がいた。怒りを堪えて握りこぶしを作ったままのΩもいた。彼らの友人も恋人も家族もいた。生徒たちに混ざって、もちろん加害者たちも。
はもはもはもと、ホットドックを貪る凛成とフランクフルトを犬歯で残酷に齧り取ってゆく透は存外リラックスしている。
1年2組やら3年4組やらの演目は始まらず、教師陣からどよめきの声が上がりかけた瞬間、地獄の動画配信とスライドショーが始まった。
動画というものは長すぎても関心がそがれてしまい、中々最後まで視聴者に見てはもらえないものだ。
「10分だ、10分くれ」
K君の編集した動画の前半はきっかり10分、Ω達のイジメの記録が箔恵木学園の全生徒の前で映し出された。体育室の中は怒声悲鳴どよめきであふれかえっているが、一部では「どこかわかっていた」という様子で、落ち着き払っている勢もいた。
無論、拳を握りしめ震わせて静かに怒りを抑える者たちもいる。乱入して「やめろ」と動画を止めにやってくる教師もいたが、それらはΩ自衛団の面々に取り押さえられた。
「後半、行くぞ」
後半の10分の動画は、何故『杏璃』を含む加害者たちはこのようないじめを起こしたのか、という考察動画だがそんなものは建前で、Ω達が共通で受けたいじめである「下半身を露出させて犬のような姿で排尿をさせる」という箇所に焦点を当てた。
それすらも建前で、杏璃はわんわんスタイルでの放尿に興奮する変態野郎というレッテル(ある意味では正しいかもしれない)を、全校生徒の前で植え付けることに成功した。
この10分の動画は、杏璃を殺す(この場合は社会的に)という目的を果たす為に上映された。
「命がけで写真提供をしてよかった……」
透はまるで良作映画を見たかのように、スタンディングオベーションをしていた。凛成もそれに続き、Ω自衛団の面々も拍手をし、極々一部を除いてそれは広がってゆく。最終的に拍手は体育館中に響き渡ってゆく。
拍手と冷たい目線の先は全て、杏璃とその取り巻き達に向けられていた。
「K君」
「ああ、勿論今日の様子も動画に取ってある……スマホなんかより高画質なカメラでね」
文化祭は中止となるだろう。けれどもそんなことになる前に、厳選された生徒たちは加害者たちを学校の屋上へ連れてやってきた。縄で拘束された取り巻きたちと杏璃は暴れても無駄と悟ったのだろう。存外おとなしくついてくる。
この学校の建物は少し古く、屋上のフェンスは成人であれば軽く乗り越えられるぐらいに低い。
「なんで屋上に……?」
「風通しがいいからね。校庭ほど人にも迷惑がかからない」
凛成やK君の言葉の意味がわからなくて、透は首を傾げる。突発的なストレスにより、万一ヒートなどが起きてしまっても逃れられるように、ということらしい。換気という意味合いだろう。
「……杏璃、もう無理だ。兄ちゃんお前を庇えない」
「……何兄貴面してんだ、ウザい」
曲がりなりにも「お兄ちゃん」と表面上は接してくれていた弟の姿が脳裏をよぎる。どこで育て方を間違えたんだろうと悩むのは、本来であれば速水家の杏璃を溺愛した両親であり透ではないと思うが、どんな尊い者から生まれてもこういう子が育つことがあるのだ、と彼は今度こそ見限った。
「ねえ、どうしてこういうことするの?放してください、酷いよこんな。僕何もしていないのに……」
表面上怯えて見せる杏璃の姿に、その場にいる全員が悍ましさから目を逸らす。あれだけ証拠を突き付けられても自分は何も知らない、何もやっていないの一点張りで反省という言葉はでてこないようだ。
「これじゃ取れ高狙えないな」
「この鬼畜」
淡々とカメラを回しているK君は、何か動きがないと動画映えしないと悪魔のような感想を述べている。
「杏璃」
取れ高、もとい状況に変化を及ぼすものがやってきた。田上幸人だ。それなりにイケメンであった彼は今は見る影もなくやつれている。辛うじてきっちり着込んた制服がよりアンバランスさを醸し出しており、一言で言うならば異様、その暗い目はどこか狂気すら感じさせる。
「幸人!助けに来てくれたの?流石僕の運命の」
最後までは言わせなかった。幸人は杏璃の首のチョーカーを引きちぎるとそのまま杏璃の項を噛む。
「あぁああっや、ぁあんっ何するの幸人っ……ぎゃぁあああっ!」
そして、瞬時に杏璃との番を解除した。項を噛まれた瞬間の甘い声から一転し、断末魔のような叫声を上げ、項を抑えながらのたうち回る杏璃の姿がそこにある。
Ω自衛団の中には、番を解除されたΩを知っており「なんて酷いことを」と瞬時にそれを理解する。
「透」
「ゆき、ひと……お前、なんで、杏璃と運命じゃなかったのか?なんで……」
運命の言葉に、悲し気に首を横に振った幸人の表情は今の状況と不釣り合いなぐらいに落ち着いており、その眼差しは歪んではいるものの透への愛情で満たされていた。
「透、ごめんなさい。いままでごめん。大好き、これからもずっと」
幸人はにこりと満面の幼い笑みを透にだけ見せると、そのまま屋上のフェンスを跨り、地面へと落ちていった。周囲の怒声と悲鳴と、地面に何かが叩きつけられる音、文化祭と誰かの人生が終わった音がする。
「……これは、全部は投稿できないかな」
「鬼畜」
K君の手にある高性能なカメラの目は、一部始終を余すことなくとらえていた。
一度牙を折られ去勢をされた猛獣というものは、存外大人しくなるものらしい。いじめの主犯格だった杏璃の番行為と番解除を立て続けに見せつけられた取り巻き達は、驚くほど従順にいじめ行為を認めた。それは反省か改心なのか、恐らくどちらでもないだろう。
……校舎の屋上から飛び降りた幸人が、生きていたためだ。低級なαといえ身体は非常に頑丈であったことと、たまたま園芸部の育てていた花壇の柔らかい土と植え込みに落ちて身体がバウンドしたのが彼の死を引き留めた結果のようだ。
「α固っ」
「頑丈っ」
「しぶとい」
K君と凛成の簡単な感想に同意しつつも、透は心のどこかで安堵していた。
幸人は確かに狂っていた。確かに狂人だった。彼はきっと杏璃以外の人間には興味がなく、イジメの取り巻きたちに制裁など考えてはいないのだろうけれど、取り巻き達はそうは思わなかったらしい。
何をするのかわからない狂人の次のターゲットは自分だと怯え、退学や転校するものが殆どだ。転校したところで、新天地に赴いたところで動画が拡散された彼らにしばらく安息などはないのだが。
主犯の杏璃はその内容が悪質すぎるがゆえに、少年院送致とする保護処分になった。被害者たちが示談には応じず裁判となったためだ。透はすでに彼が戻って来た時のことを考えると「この先どうなるのだろう」と頭を抱えている。
どこかの格闘漫画のように家に罵詈雑言の落書きをされるといったことはないが、ご近所さんからのヒソヒソ陰口や後ろ指をさされることは現に起こっている。
「どこで育て方を間違えた」
両親の言い争う回数が次第に増えたのを確認すると、放任主義もとい両親にはなかったことにされている透は、父方と母方の祖父祖母の家をローテーションで頼ることにした。家庭では杏璃のせいで空気扱いだった透も、祖父祖母の間では変わらず可愛い孫なのだ。
「おはようございます我がメシア。最愛のオナペット」
「やかましいわ」
凛成は自身の勃起不全を治してくれた透のことを、神のように崇め奉っている。彼は彼で心が未成熟というべきか、もしくは心の発達が遅いのか透のことを気に入って入るしお気に入りのオナペットでもあるが、恋愛ということに関してはまだいまいちピンときていないようだ。
けれどもほかの女子やΩにそのような感情が湧くこともなく透以外のΩに対しては、今のところ「ウザい」「重い」「キモイ」という3段感情しか持ち合わせていないそうだ。
「はよ、今日も病院に行くの?」
「ああ」
K君の言葉に透は軽く頷いてやる。授業が終わると透はとある病院へ通うのが日課になった。透が通院しているというわけではなくお見舞いなのだが、病室には今日も退屈そうに絵本を読んでいる男がベッドにいた。
「よう、元気か」
「とおる!いらっしゃい!」
舌ったらずの幼い言葉で両手を広げて歓迎するのは、屋上から飛び降りた衝撃なのか、或いは他の心的要因であるのか、いずれにせよ幼児退行してしまった田上幸人、透の幼馴染だ。すっかり足がぐちゃぐちゃになってしまい、骨折が治りリハビリが始まるまでには相当な時間がかかるだろう。
「退屈だろう」
「うん、でもとおるがきてくれるから平気」
ニコニコと笑う幸人に、透は心の中にほろ苦い感情がじんわり滲む。自身の幸人に対する感情が同情なのか、哀れみなのか、恋人に対する憐憫なのか。彼だってまだ10代の未成年だ、自分の心を全て正しく把握しきれているわけではないのだ。
「あれ」
ベッドの下には、幼い頃幸人が大好きだった「うんめいのつがい」という絵本がクレヨンでぐしゃぐしゃ真っ黒に塗られて地面に叩き落とされている。絵本を捲るとページはところどころ破かれている。
「どうしたんだ、幸人この絵本大好きだったろ?なんでこんなことするんだ」
透の言葉に、幸人は目尻に涙を溜めると、そのままぼたぼた零してわーわー小さい子のように泣き喚く。
「嫌い、運命なんて嫌いだもん!!うんめいのせいでとおるが悲しい思いしたんだもん!ひどい目にあわせちゃったんだもん。運命なんて、嫌い……」
ごめんねとおる、ごめん、大好き。いつだったかの時と同じように透の服の裾を掴んで泣きじゃくる幸人の姿を見ると、透もなんと声をかけて良いのかわからずに弟にでもするように、背中をポンポン叩いてやることしかできない。
「透君も、そろそろ次に進んだら」
「次って」
K君の言葉に振り向くと、K君は「恋愛とか、青春。学生らしいことしなきゃ」と呟いてみては、まだそれどころじゃないかと肩をすくめて見せる。
箔恵木学園は今大変なことになっている、教員の総入れ替えどころか校長や教頭もどうなるかわからない状況だ。校門では絶えずマスコミが騒いでいて非常に賑やかだ。
「しばらくいいかな。相手もいないしな」
「田上とか三峰とか」
「でけえ幼稚園児と、人のことをオナペット扱いする野郎のことか」
他に、選択肢はねえの?透の言葉に返してくれる者は、誰もいなかった。
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