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心の糸
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私が壊れ始めたのは、あの手術の日から数週間経った頃だった。
「いい加減にしてッ!」
私の叫ぶ声が部署内に響く。
その声に周りにいた人たちが振り返る。
みんなが驚いてるのが分かる。
普段の私はそんな大声を発したりしない。
そんな私が大声を出す原因は、たったひとり。
数ヶ月前に配属された島村だった。ここ最近、私は島村に対して叫んで怒鳴ってばっかだった。
島村は元々製造部にいた26歳の男。
それが1年くらいうつ病が原因で、会社を休んでいた。
その男が社会復帰の為、会社に戻って来たのは、私の妊娠が発覚する三日前だった。
島村は復帰するに当たって、会社に条件をつけた。
元いた部署には戻りたくない。
それで私のいる管理部に配属された。
管理部とは名ばかり。
やってる仕事は製品の梱包。
在庫を管理したりもするが、殆どは力仕事。
そんな部署だってちゃんと理解しているのかしてないのか分からないけど、配属されて早々周りを巻き込む。
まず、配属されたその日が悪い。
会社の健康診断の日だった。
管理部は女性だけの部署。
健康診断を受ける為に、部署の全員が部屋から出て行くハメになった。
その間、島村に仕事をやらせるわけにもいかず、エアコンや部署内の掃除、そしてマニュアルを読んで待ってるように告げた。健康診断を受けてる間、気にも留めずにいた。
だから戻って来て、彼が言った言葉にびっくりした。
「エアコンの蓋、閉まらないからいいっすよね」
その言葉にエアコンを見上げた。
掃除はしてある。
けどエアコンの蓋が、パカッと開いたままだった。
どうやって外したんだよと言いたい思いを押し殺して、「閉まらないわけないでしょ。開けたんだから」と島村に言う。
けど、「閉まらない」と言ってエアコンに見向きもせず、マニュアルを読み始めてしまった。
だから私が椅子を持って来て、エアコンの蓋を閉めようと試みた。
何度かやって閉まらない原因が、蓋にロックがかかってるからだと分かりそれを言ってあげる。
「あ、ロックかかってたんっすか~」
とへらへら笑う島村の態度に腹が立った。
それが最初に感じたイラつきだった。
その日の午後、健康診断は終わっていたので、仕事を与えた。
こっちとしては丁寧に教えたつもりだった。
だけど、島村は全く話を聞いていなかったのだ。
「あ~…どうするんでしたっけ?」
忙しく製品を計量していた私に、ボソボソと後ろから話しかけられる。
ついさっき、「ここまでやったら教えてね」と言ったのにそれすら出来ていなかった。
「計量器の使い方、教えたよね?」
そう言うと「はぁ」とだけ言う。
初めに計量器の使い方をちゃんと教えて、報告書も書いてもらった。
にもかかわらず、島村は理解出来てなかったってことだ。
それとも何だ?
私がいけないのか?
頭の中をグルグルと考えを巡らす。
だけど、私は悪くはない。
何度か教えた。
ちゃんと教えた。
なのに島村は教えられているのに、ちゃんと聞いてない。
聞いてないどころか、聞く気がないらしい。
教えられる立場なくせに、腕を組みふんぞり返って聞いてる。
そんな態度では、頭に入らないのは当たり前だった。
「覚えられないんならメモくらい取ったら?会社からノート、支給されてるでしょ」
私がそう言ったもんだから、「はぁ……」と、ため息だかなんだか分からない返事をして、渋々とノートを取り出していた。
次の日。
同じ仕事を与えて、自分は他の仕事をしていた。
ところが後ろでボソボソと何かを言う島村がいた。
振り返ると島村がこっちを見ないで「分からないんだよな」と呟いていた。
「何が?」
私が尋ねると、ハッと気付いたようにこっちを見る。
「あ~、これっす」
昨日やったばかりの品物を指す。
教えたこと、何一つ出来ていないことにびっくりした。
「昨日やったでしょ」
「そうでしたっけ?」
とぼけたことを言う。「メモも取ってたでしょ」
そう言ったけど、「あ~…」と言うだけでメモを見ようとはしない。
「メモを見てやりなさいよ」
それを言うと「どこいったか分からない」と言われ愕然とした。
私の教え方がいけないんだろうか!
何がいけないんだろうか!
憤慨しそうな思いを耐えるのは、大変だった。
私だってそんなに出来た人間じゃないから、ムカつきもするし人並みに怒りもする。
そのくらい、イライラしていた。
「私、アイツを育てる自信ない」
島村がいない時、そうぼやいた。
もう自分でもどうにもならないくらいだった。
「それは誰でもだよ」
同意してくれる部署の子たち。
その言葉をかけられても、私の気持ちは晴れない。
うちの部署と関わり合いのある隣の部署の子も、「あまり怒らない方がいいよ」と気遣ってくれる。
「胎教に悪いからね」
分かっていてもどうにもならない。
自分でも分かってる。
こんな状況、胎教にいいわけない。
「相川さんに言った?」
「言ってもどうにもならないよ」
みんな分かってる。
上司に言ってもどうにもならないことくらい分かってる。
それでも言わないわけにはいかなかった。「どうにかして下さい!」
私は上司である相川さんにそう言った。
「何かあったの?」
そう尋ねてくる。
「島村君ですよ、本当に」
ムカつきが抑えられない私は、上司に食ってかかる。
うちの会社は変わってる。
上司に対して敬語を使わなくても平気な会社。
むしろ普通に話してる方が喜ばれるといったヘンな会社。そんな会社だけど、やっぱりある程度は礼儀とかは必要で……、なのに島村はそれを分かってない。
「島村君に簡単な仕事教えても、覚えてはくれないです」
だけど「根気よく教えてあげて」と言われる始末。相川さんにそう言われるから、私は何度も何度も、忙しい合間に仕事を教えていく。
それでも島村は全然覚えてはくれない。
計量器の使い方は覚えてくれた。
だけど、それでもまだ何度も教えてる。
「単重がおかしい」
と小声で言われ振り返ると、製品単重が重い。
「数、合ってる?」
聞くと「合ってます」と答える。
私が製品の数を数え直した。
「数、多いよ」
そう言うと「ああ。そっすっか」とブザけた答えが返ってくる。
やっぱり私の教え方の所為だろうかっ!
そうなんだろうかっ!
「もう一回数えてみて。数え間違えがあると、単重おかしくなるから」
そうは言ったものの、島村はたいして気にも留めず「はぁ」という返答が来る。
もう何なんだろうか。
コイツのやる気のなさは。
頭にくるくらい、やる気のないバカ男に腹が立つ。それでも教えないわけにはいかなかった。
一応、私は島村の上司という立場になるわけだから、見捨てることは出来ない。
そうは思ってても、島村に対する嫌悪感は強まる。
検診の為に会社を休む日は安心半分、不安半分だった。心配になり、同僚にメールしてみる。
同僚からの返信は、私をドギマギさせるものだった。
『今日来てないよ!』
そのメールに「ん?」となる。
『休みって連絡なし』
再び来たメールに頭を抱える。
島村は無断欠勤、無断遅刻などをよくする。
午後の業務開始しても、部署に戻って来ないのもいつもの事だった。
「またなの……?」
呆れた声が思わず出る。
ほんとに呆れる。
社会人としての自覚がない。
いくらうつ病で病院通いしてるからって、休むなら連絡くらいするでしょ!
『相川さんに島村くんへ電話してもらってる』
いつもそう。
休んだり昼休みから戻って来なかったりした時、相川さんに連絡してもらってる。
でもなかなか携帯につながらないという。
疲れてくる。
ほんとに疲れてくる。
そうでなくても検診の日は気が気じゃない。
「小林さん~。内診室にお入り下さい」
そう言われて入り、内診室に入る。
内診する時、結構恥ずかしい。
内診台が動き、勝手に足が開くような形になる。
それが恥ずかしい。
内診されてる時、先生の顔は見えないとは言え、先生が女の人とは言え、やっぱり恥ずかしい。
病院にいると会社のことは忘れる。
内診してる時の緊張とか、婦人科の独特な雰囲気の所為か、妙な緊張が私の身体の中を走らせる。
「赤ちゃんの袋は大きくなってますけど、心音は確認されません」
もう何回目だろう。
その言葉を言われたのは。
婦人科に来たのが三週間前。
この日で三回目になる。
診察室に移り、先生から話を聞かされた。
この日の話は聞きたくない話だった。
「小林さん。今回も赤ちゃんの心音が確認されませんでした。残念ですが、今回赤ちゃんは諦めて下さい」
その言葉に頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。
「稽留流産といって十組に七組の割合で起きます。これは母体の方ではなくて、胎児に問題があると言われています」
淡々とされる話の内容は、耳から耳へと通り過ぎていくようだった。
診察を終え、待合室に戻った私は惨めな思いだった。
周りはお腹の大きな妊婦さんだらけ。
惨めにならない方がおかしいというくらい、私がここにいるのは場違いだと痛感させられた。
病院を出た私は、泣きながら和に電話を入れた。
ちょうどお昼休みだったらしく、和はすぐに電話に出てくれた。
「ダメだった」
そう言う私に「そっか」という落胆の声が聞こえた。
「後で旦那さんも一緒に来て下さいって」
そう告げた私は泣きながら家に戻った。午後の一時頃、和が帰ってきた。
ご飯を食べる気も起きず、家で寝てた私は突然帰宅した和に驚いた。
「大丈夫か?」
声をかけられて顔を見上げた。
顔を見た途端、堪えられなくなって、涙が溢れてきた。
子供なんか嫌いって言ってた私が、妊娠したことを喜び、それがダメだったっていう事実を受け入れられなくて泣いてる。
何だか、矛盾してると思う。
それでも地獄に突き落とされたような気分だった。
和と一緒に病院に行き、私にされたことと同じように先生は説明する。
「稽留流産といいます。七組に一組の割合で起きます。これは母体ではなく胎児に問題あると言われてますが原因は分かりません」
早口の口調で話す先生。
ついていくのがやっとっていう感じだった。泣きたい気持ちを堪えながら聞いてる私と、ちゃんと事実を受け止めて聞いてる和。
和の中には、「もしかしたらダメかもしれない」という思いがあったことを後から聞いた。
お腹の中にいる子の心拍が確認されないっていうのが、何週間か続いたからそう思ったらしい。
確かに私も思った。
でも確率として「今週は確認されるかも」って方にかけてた。
でも真実は酷いものだった。
話を聞いてる間も、信じたくなくて黙って聞いてた。
私がそう思うなかんて思ってもみなかった。
子供が苦手。
いや、寧ろ嫌いの域に入ってた私が、流産だっていう事実を受け入れられないでいる。
私は疑うことをしなかった。
赤ちゃんを授かれば必ず産まれてくるって。
分かってはいた。
流産してしまう人もいるって。
でもまさか自分がそのうちのひとりに入るなんて思ってもみなかった。
だからこそ、受け入れることが出来ないでいるんだ。
家に戻る最中、会社の常務に電話をした。
常務といっても、社長の息子で会社に入ってきた時は、肩書きなしの平社員だった。
何故だか私と話が合い、よく飲みに行ったりしてた。
もちろん和とも会ってる。
泣きながら電話をしてきた私を、どんな風にかんじたのだろうか。
怖くて未だに聞けない。それはたぶん、これからも聞くことはないと思う。
その日から約14日間。
私は会社を休んだ。
休まなきゃいけなくなった。
手術の日までの4日間と手術の日からの10日間。
その14日間は絶対安静だった。
絶対安静
そう言ったのに、会社から電話がかかってくる。
『すみません!』
と、電話がかかってきたのは休み初日の午前中だった。
和は会社に行き、ひとりでグダグダとしていた時だった。
「どうしたの?」
携帯の向こうにそう話す私はなんで?という思いがあった。
それを隠して私は対応する。『分からないことがあって』そう言う部署の女の子は、仕事の話をしてくる。
仕方ないことだ。
私の部署は、殆ど入社してまだ一年足らずって人が多い。
私しか知らない仕事もあった。
「あ、それね」
身体を起こし、仕事のやり方を教えていく。
本当はそんな気分じゃないのに、電話の向こうに話す。
『ありがとうございます。じゃお大事に』
そう言われるが、何がお大事なのか分からない。
ダメだったって分かっても、私の身体は悪阻の所為で吐き気などの症状がある。
まだ信じられないから、「お大事に」と言われても実感がないんだ。
だから違和感を感じるんだ。
他人事のように聞こえたその言葉に、「うん」と微かに答えて電話を切った。
その日、会社の女の子からかかってきた電話の回数は4回だった。
「いい加減にしてッ!」
私の叫ぶ声が部署内に響く。
その声に周りにいた人たちが振り返る。
みんなが驚いてるのが分かる。
普段の私はそんな大声を発したりしない。
そんな私が大声を出す原因は、たったひとり。
数ヶ月前に配属された島村だった。ここ最近、私は島村に対して叫んで怒鳴ってばっかだった。
島村は元々製造部にいた26歳の男。
それが1年くらいうつ病が原因で、会社を休んでいた。
その男が社会復帰の為、会社に戻って来たのは、私の妊娠が発覚する三日前だった。
島村は復帰するに当たって、会社に条件をつけた。
元いた部署には戻りたくない。
それで私のいる管理部に配属された。
管理部とは名ばかり。
やってる仕事は製品の梱包。
在庫を管理したりもするが、殆どは力仕事。
そんな部署だってちゃんと理解しているのかしてないのか分からないけど、配属されて早々周りを巻き込む。
まず、配属されたその日が悪い。
会社の健康診断の日だった。
管理部は女性だけの部署。
健康診断を受ける為に、部署の全員が部屋から出て行くハメになった。
その間、島村に仕事をやらせるわけにもいかず、エアコンや部署内の掃除、そしてマニュアルを読んで待ってるように告げた。健康診断を受けてる間、気にも留めずにいた。
だから戻って来て、彼が言った言葉にびっくりした。
「エアコンの蓋、閉まらないからいいっすよね」
その言葉にエアコンを見上げた。
掃除はしてある。
けどエアコンの蓋が、パカッと開いたままだった。
どうやって外したんだよと言いたい思いを押し殺して、「閉まらないわけないでしょ。開けたんだから」と島村に言う。
けど、「閉まらない」と言ってエアコンに見向きもせず、マニュアルを読み始めてしまった。
だから私が椅子を持って来て、エアコンの蓋を閉めようと試みた。
何度かやって閉まらない原因が、蓋にロックがかかってるからだと分かりそれを言ってあげる。
「あ、ロックかかってたんっすか~」
とへらへら笑う島村の態度に腹が立った。
それが最初に感じたイラつきだった。
その日の午後、健康診断は終わっていたので、仕事を与えた。
こっちとしては丁寧に教えたつもりだった。
だけど、島村は全く話を聞いていなかったのだ。
「あ~…どうするんでしたっけ?」
忙しく製品を計量していた私に、ボソボソと後ろから話しかけられる。
ついさっき、「ここまでやったら教えてね」と言ったのにそれすら出来ていなかった。
「計量器の使い方、教えたよね?」
そう言うと「はぁ」とだけ言う。
初めに計量器の使い方をちゃんと教えて、報告書も書いてもらった。
にもかかわらず、島村は理解出来てなかったってことだ。
それとも何だ?
私がいけないのか?
頭の中をグルグルと考えを巡らす。
だけど、私は悪くはない。
何度か教えた。
ちゃんと教えた。
なのに島村は教えられているのに、ちゃんと聞いてない。
聞いてないどころか、聞く気がないらしい。
教えられる立場なくせに、腕を組みふんぞり返って聞いてる。
そんな態度では、頭に入らないのは当たり前だった。
「覚えられないんならメモくらい取ったら?会社からノート、支給されてるでしょ」
私がそう言ったもんだから、「はぁ……」と、ため息だかなんだか分からない返事をして、渋々とノートを取り出していた。
次の日。
同じ仕事を与えて、自分は他の仕事をしていた。
ところが後ろでボソボソと何かを言う島村がいた。
振り返ると島村がこっちを見ないで「分からないんだよな」と呟いていた。
「何が?」
私が尋ねると、ハッと気付いたようにこっちを見る。
「あ~、これっす」
昨日やったばかりの品物を指す。
教えたこと、何一つ出来ていないことにびっくりした。
「昨日やったでしょ」
「そうでしたっけ?」
とぼけたことを言う。「メモも取ってたでしょ」
そう言ったけど、「あ~…」と言うだけでメモを見ようとはしない。
「メモを見てやりなさいよ」
それを言うと「どこいったか分からない」と言われ愕然とした。
私の教え方がいけないんだろうか!
何がいけないんだろうか!
憤慨しそうな思いを耐えるのは、大変だった。
私だってそんなに出来た人間じゃないから、ムカつきもするし人並みに怒りもする。
そのくらい、イライラしていた。
「私、アイツを育てる自信ない」
島村がいない時、そうぼやいた。
もう自分でもどうにもならないくらいだった。
「それは誰でもだよ」
同意してくれる部署の子たち。
その言葉をかけられても、私の気持ちは晴れない。
うちの部署と関わり合いのある隣の部署の子も、「あまり怒らない方がいいよ」と気遣ってくれる。
「胎教に悪いからね」
分かっていてもどうにもならない。
自分でも分かってる。
こんな状況、胎教にいいわけない。
「相川さんに言った?」
「言ってもどうにもならないよ」
みんな分かってる。
上司に言ってもどうにもならないことくらい分かってる。
それでも言わないわけにはいかなかった。「どうにかして下さい!」
私は上司である相川さんにそう言った。
「何かあったの?」
そう尋ねてくる。
「島村君ですよ、本当に」
ムカつきが抑えられない私は、上司に食ってかかる。
うちの会社は変わってる。
上司に対して敬語を使わなくても平気な会社。
むしろ普通に話してる方が喜ばれるといったヘンな会社。そんな会社だけど、やっぱりある程度は礼儀とかは必要で……、なのに島村はそれを分かってない。
「島村君に簡単な仕事教えても、覚えてはくれないです」
だけど「根気よく教えてあげて」と言われる始末。相川さんにそう言われるから、私は何度も何度も、忙しい合間に仕事を教えていく。
それでも島村は全然覚えてはくれない。
計量器の使い方は覚えてくれた。
だけど、それでもまだ何度も教えてる。
「単重がおかしい」
と小声で言われ振り返ると、製品単重が重い。
「数、合ってる?」
聞くと「合ってます」と答える。
私が製品の数を数え直した。
「数、多いよ」
そう言うと「ああ。そっすっか」とブザけた答えが返ってくる。
やっぱり私の教え方の所為だろうかっ!
そうなんだろうかっ!
「もう一回数えてみて。数え間違えがあると、単重おかしくなるから」
そうは言ったものの、島村はたいして気にも留めず「はぁ」という返答が来る。
もう何なんだろうか。
コイツのやる気のなさは。
頭にくるくらい、やる気のないバカ男に腹が立つ。それでも教えないわけにはいかなかった。
一応、私は島村の上司という立場になるわけだから、見捨てることは出来ない。
そうは思ってても、島村に対する嫌悪感は強まる。
検診の為に会社を休む日は安心半分、不安半分だった。心配になり、同僚にメールしてみる。
同僚からの返信は、私をドギマギさせるものだった。
『今日来てないよ!』
そのメールに「ん?」となる。
『休みって連絡なし』
再び来たメールに頭を抱える。
島村は無断欠勤、無断遅刻などをよくする。
午後の業務開始しても、部署に戻って来ないのもいつもの事だった。
「またなの……?」
呆れた声が思わず出る。
ほんとに呆れる。
社会人としての自覚がない。
いくらうつ病で病院通いしてるからって、休むなら連絡くらいするでしょ!
『相川さんに島村くんへ電話してもらってる』
いつもそう。
休んだり昼休みから戻って来なかったりした時、相川さんに連絡してもらってる。
でもなかなか携帯につながらないという。
疲れてくる。
ほんとに疲れてくる。
そうでなくても検診の日は気が気じゃない。
「小林さん~。内診室にお入り下さい」
そう言われて入り、内診室に入る。
内診する時、結構恥ずかしい。
内診台が動き、勝手に足が開くような形になる。
それが恥ずかしい。
内診されてる時、先生の顔は見えないとは言え、先生が女の人とは言え、やっぱり恥ずかしい。
病院にいると会社のことは忘れる。
内診してる時の緊張とか、婦人科の独特な雰囲気の所為か、妙な緊張が私の身体の中を走らせる。
「赤ちゃんの袋は大きくなってますけど、心音は確認されません」
もう何回目だろう。
その言葉を言われたのは。
婦人科に来たのが三週間前。
この日で三回目になる。
診察室に移り、先生から話を聞かされた。
この日の話は聞きたくない話だった。
「小林さん。今回も赤ちゃんの心音が確認されませんでした。残念ですが、今回赤ちゃんは諦めて下さい」
その言葉に頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。
「稽留流産といって十組に七組の割合で起きます。これは母体の方ではなくて、胎児に問題があると言われています」
淡々とされる話の内容は、耳から耳へと通り過ぎていくようだった。
診察を終え、待合室に戻った私は惨めな思いだった。
周りはお腹の大きな妊婦さんだらけ。
惨めにならない方がおかしいというくらい、私がここにいるのは場違いだと痛感させられた。
病院を出た私は、泣きながら和に電話を入れた。
ちょうどお昼休みだったらしく、和はすぐに電話に出てくれた。
「ダメだった」
そう言う私に「そっか」という落胆の声が聞こえた。
「後で旦那さんも一緒に来て下さいって」
そう告げた私は泣きながら家に戻った。午後の一時頃、和が帰ってきた。
ご飯を食べる気も起きず、家で寝てた私は突然帰宅した和に驚いた。
「大丈夫か?」
声をかけられて顔を見上げた。
顔を見た途端、堪えられなくなって、涙が溢れてきた。
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何だか、矛盾してると思う。
それでも地獄に突き落とされたような気分だった。
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和の中には、「もしかしたらダメかもしれない」という思いがあったことを後から聞いた。
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確かに私も思った。
でも確率として「今週は確認されるかも」って方にかけてた。
でも真実は酷いものだった。
話を聞いてる間も、信じたくなくて黙って聞いてた。
私がそう思うなかんて思ってもみなかった。
子供が苦手。
いや、寧ろ嫌いの域に入ってた私が、流産だっていう事実を受け入れられないでいる。
私は疑うことをしなかった。
赤ちゃんを授かれば必ず産まれてくるって。
分かってはいた。
流産してしまう人もいるって。
でもまさか自分がそのうちのひとりに入るなんて思ってもみなかった。
だからこそ、受け入れることが出来ないでいるんだ。
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何故だか私と話が合い、よく飲みに行ったりしてた。
もちろん和とも会ってる。
泣きながら電話をしてきた私を、どんな風にかんじたのだろうか。
怖くて未だに聞けない。それはたぶん、これからも聞くことはないと思う。
その日から約14日間。
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休まなきゃいけなくなった。
手術の日までの4日間と手術の日からの10日間。
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絶対安静
そう言ったのに、会社から電話がかかってくる。
『すみません!』
と、電話がかかってきたのは休み初日の午前中だった。
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「どうしたの?」
携帯の向こうにそう話す私はなんで?という思いがあった。
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仕方ないことだ。
私の部署は、殆ど入社してまだ一年足らずって人が多い。
私しか知らない仕事もあった。
「あ、それね」
身体を起こし、仕事のやり方を教えていく。
本当はそんな気分じゃないのに、電話の向こうに話す。
『ありがとうございます。じゃお大事に』
そう言われるが、何がお大事なのか分からない。
ダメだったって分かっても、私の身体は悪阻の所為で吐き気などの症状がある。
まだ信じられないから、「お大事に」と言われても実感がないんだ。
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これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
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