心の音

星河琉嘩

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心の傷

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 ずっと考えてた。
 何で私なんだろうって。
 でも考えても、答えは出てくるはずはない。
 だってそれが現実なんだから……。


 手術が終わって仕事に復帰するまで、私は趣味であるハンドメイドで気を紛らわせてた。
 そうでもしないと気が狂いそうだった。
 睡眠時間も減った。
 いつもと同じ時間に布団の中に入るけど、なかなか眠れなくなった。
 身体が怠いと感じるようになった。
 会社に行くことが嫌だと思うようになった。


 会社に行って、同僚や上司になんて言えばいいんだろうとか、なんて言われるんだろうとか思うようになった。
 毎日同じことが、頭の中に浮かんでは消え浮かんでは消えの繰り返し。
 そして私は思ってた。



 



 私の所為せいで赤ちゃんを産んであげられなかった。



 毎日泣いた。
 毎晩泣いた。


 昼も夜も泣いた。
 ひとりでいると泣いた。


 泣かない日はなかった。あの日の痛みを鮮明過ぎる程、思い出す。
 夢に見てうなされる。


 この時には壊れ始めていたんだと思う。
 私が壊れていくことに、誰も気付かなかった。
 私も含めて……。




「いい加減にしてッ!」
 会社の管理部で響く私の声。
 島村に対して私は怒鳴っていた。
「これ、前教えたでしょ!覚えてないの!」
 会社を休む前に教えた仕事を、覚えてない。
「ノートに書いてたんじゃないの!?」
「あ~、ノートどこかにいっちゃったんすよ」
 その言葉たカチンときた。
 毎日毎日、島村に対して怒鳴る私を部署の人たちは何を思っていたのか分からない。
 もう自分のことでいっぱいいっぱいだった。


「おはよう」
 朝、会社に行き自分の部署の部屋に入る。
 みんなはいる。
 けどいつまでたっても島村は来ない。
「また来ない……」
 連絡なしの行動にイラつく。
「はぁ……」
 ため息を吐き相川さんに内線を入れる。
「おはようございます。島村くんから連絡ありましたか?」
 その言葉に「またか」という溜め息混じりの声が聞こえた。
「電話入れてみるから」
 そう言われて電話を切る。


 毎朝のやり取り。
 島村が朝ちゃんと来てる方が珍しい。
 本気で社会復帰する気があるのか、疑問に思うくらいだ。



「ほんと疲れる」
 朝からそんな言葉が漏れてしまう。
 毎朝のこのやり取りは、島村が来てからずっと行われてる。

「勘弁してよ……」
 前日島村がやった仕事が全然なってなくて、記録を取ったノートが読めなくて頭が痛くなる。


「読めない……」
 何を書いたのかさっぱり分からない。


 ほんとにどうにかして欲しい。
 ひとつひとつの行動に、嫌気が差してくる。
 嫌気がさすけど、小言を言う相手がまだ出勤していない。
 出勤どころか、休みかどうかも分からない。


 毎朝のこのやり取りは、島村が来てからずっと行われてる。


「なんて奴なんだ」
 ボソッと呟いた私に後輩は笑った。
「あまり干渉しない方がいいですよ」
 この後輩は島村が配属される前に、他部署に転属されてしまった。


「でもね、連絡くらい寄越せっちゅーの!」
 半分怒鳴り気味の私に苦笑いしながらも「そうですよね」と同意してくれる。


「そのうちキレるかも」
「放っておきます」
「狂うかも」
「その時も放っておきます」
「自傷するかも」
「さすがに止めます」


 そんなやり取りをしていたら、他の人たちが笑ってた。
 いつもそんなやり取りをする私たちが面白いらしい。


「もうっ。笑わないでよ~」
 後ろを振り返りそう言った私に、また笑いが部屋の中を包み込んだ。



 何気ない会話。
 ずっと、こんな会話をしながら仕事をこなしてきた。
 島村が来るまではある程度の愚痴は言っていたものの、極度の愚痴というか悪口に近いことを言うなんてことはなかった。


 楽しく仕事をしていたかった。
 昼過ぎになり、相川さんから内線が入る。


「はい」
 電話に出る前から予想はしてた。
 だけど、ほんとにその通りだとは思いたくなかった。


「島村君、今日休みだって。さっき、連絡ついたから」
 相川さんは呆れたって声で、私に言う。


 私にそんな声で言われても困る。
 そう思いながら「分かりました」と返答した。
「結局来ないの?」
 パートのおばちゃんが、私に聞いてくる。
「さっき連絡ついたって相川さんが」
 ほんと呆れてしまう現状に疲れる。


「仕事、任せられないなぁ」
 私のぼやきにみんなも苦笑いする。
 苦笑いするくらいだから、みんながみんなも思ってる。
 この会社でこうなんだから、別の会社に行ってもやってはいけないと思う。
 そのくらい、島村は何やらせてもダメだった。

 そしてそのことに関して、私が上からいろいろと押しつけられてる。
 相川さんになんとかしてくださいと、何度言っただろうか。
 それを言うだけでも疲れてしまう。



 次の日。
 島村は平然と始業開始ギリギリにやって来た。
 今日も休みかと思うくらいに、時間にルーズな彼はそのことを深く考えてないのか、何も考えてないのか平然として現れるからムカつく。



「今日は来たんだ……」
 彼の姿を見つけてそう言葉が洩れる。
 いなきゃいないで文句を言い、いたらいたで文句を言う始末。
 それは管理部の誰もが思ってる。
「来るだけいじゃん」
 品管の子はそう言ってくるけど、来ても役に立たない。



「島村君。製品、梱包出来てるの結構あるからそろそろ車で向こうに運んで」
 会社の受付がある場所から荷物を配送する為、その場所まで車で運んでもらう仕事も彼にお願いしていた。


 荷物が溜まれば自分から持って行ってくれりゃいいのに、それをしない。
 言われて「あ~、はい~」なんて言ってる。


 こんなやつが入社当時、「リーダーになりたい」なんてことを言ったのかと思うと呆れてくる。
 しかも居眠りはいつものこと。
 前の部署では製造部だったから、プレス機を扱う。
 プレス機を扱ってるのに居眠りをして、手を怪我したことが何度かあったらしい。


「やる気、あんのかねぇ」
 島村を見てそう言う子に、私は「ないんじゃないの?」と言ってやる。

 そのくらい、彼の行動はダルダルな感じだった。
「また昼寝てるな」
 午後の始業が始まって戻ってこない島村に、溜め息を吐く。


 相川さんに内線をして「島村君が戻って来ないんですけど」と告げる。
 それに対して相川さんは「分かった」といい、会社の駐車場まで彼を迎えに行く。


 これも何度目だろうか。
 何度、こうして相川さんに昼迎えに行ってもらってるか。


 ほんとに信じられない。
 彼がいるだけで、私の苛々は最高潮にまで達してる。



 ある日。
 会社のリーダー会議があった。
 私はリーダーではなく、サブリーダーだから出ることはなかったけど、相川さんがその会議が終了した後に、わざわざ部屋にまで来て話をしてくれた。



「みんなちょっといいかな」
 と言って入って来た相川さんに、みんな視線を向ける。
 作業を止めて話を聞くのは、当たり前のことだった。


 だけど島村くんは違ってて、何かしながら話を聞こうとするから「ちゃんと聞きなよ」と小声で言う。

 さすがに手を止めて、相川さんに顔を向けた。
 だけど、甘かった。


 島村くんの神経はどうなってるのかってことを理解しきれてなかったッ!




「今日の会議での話をするから」
 と話始めた相川さん。
 その話をみんなは手を止めて、顔は相川さんに向いててちゃんと聞いてる。



 けど、島村くんは違う。



 椅子に座り、足と腕を組んで踏ん反り返って聞いてた。
 その態度に私は、怒りに近い感情を覚えていた。
 相川さんは話をすることに夢中で、島村の態度に気付かなかった。
 いや、気付いていながらも黙っていたのかもしれない。
 だけど私はその態度が気に入らなくて相川さんが、「じゃそのようにお願いするね」と部屋を出て行った後、怒鳴り声を上げた。


「島村くん!今の何!?」
 私が上げた声に「え?」と素っ頓狂な声を上げた。
 それに対して、余計に怒りが私の中を駆け巡らせる。


「え?じゃないわよッ!今の態度は何って聞いてんのッ!」
「え……?」
「キミ、相川さんが大事な話をしに来てくれてるのよ。それなのに腕組んで踏ん反り帰って聞くやつがどこにいるのよッ!」
「あ、はい」
「聞く態度じゃないでしょッ!」
「はい」
 何を言っても「はい」とかしか言わない島村に苛々苛々していた。


 私が島村に怒鳴った後、島村は部屋を出て行った。
 何しに出て行ったのかは分からないけど出て行った。



「もうッ!ムカつく!」
 島村が出て行った後、私の叫び声が部屋に響いた。
「なんなのよ、アイツッ!信じられないッ!」
 その後、言葉にならない声で叫び、部屋に置いてあるダンボールに当たって、カッターを持ち出しそのダンボールを切り刻んでいた。
 それだけじゃ気がすまなく、奇声を上げながら自分の腕に噛み付いていた。



 さすがにみんな、引いていたと思う。







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