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第5章
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「おはようございますー」
陽気な零士がスタジオに入る。その様子を見てるメンバーとバンドのマネージャーの優樹菜。
あきらかに酒を飲んでる。
「ちょっと!」
優樹菜は心配して現場入りしていた。最近の零士はずっとアルコール漬けだ。
「また飲んでたの?」
「仕事に穴空けてるわけじゃねぇんだからぁいいじゃんー」
最近の零士はタクシーで現場入りする。それはこの状態だからだろう。
優樹菜はどうにかしたい思いがあるけど、どうにも出来ずに困っていた。
「どうすればいいの……?」
優樹菜やバンドメンバーは零士が柚子と別れたことを知っていた。
事務所がどうにか週刊誌に記事が載ることをやめさせることが出来たが、それでも噂は凄く。ネットニュースでは《BLUE ROSEのREIJI、女子大生と熱愛!》という記事が出回っていた。
その記事には写真も一緒に載っていた。
事務所が抑えた筈の記事とはまた別の記事で、流れてしまった。
スタジオの隅から零士を心配そうに見る優樹菜。零士はアルコール漬けでもいつもと変わらない様子で仕事をこなしていく。
でもやっぱり共演者やスタッフの印象が変わってしまうだろう。
スタジオを一旦出た優樹菜はスマホを取り出した。
「湊」を探すと躊躇せずに電話をかけた。
湊は医大生。毎日忙しくしているだろう。
そんな湊に優樹菜は助けを求めた。
『はい』
聞こえた湊の声に切なくなる。優樹菜と湊は高校卒業した頃に別れている。
「湊……」
『どうした』
「大槻くんを……助けて」
『何があった』
「もうずっと……れいちゃん、お酒飲んだまま仕事に来るの。れいちゃんのマンションに行くとお酒の空き缶や空き瓶が散らばってて……。毎日凄い量、飲んでるみたい。見てられなくて……」
泣き崩れてしまいそうになる優樹菜は、それでも必死で立っていた。
『……悪ぃ。今、零士に構ってられねぇ』
湊の苦しそうな声が届く。
『柚子をひとりに出来ねぇ』
聞けば柚子の方も大変なことになってるらしい。
『別れてから……、柚子は毎日泣いてる』
泣いて泣いて眠ることもしない。何かを口にすることもない。部屋に籠りっきり出てこない。
別れて1ヶ月。ずっとそんな状況だった。
無理やり何かを食べさせる。その度に吐いてしまう。
水分も取らせないと思い、水を飲ませる。
それはとりあえず少しは口にする。
けど、柚子は大学に行くこともなくなった。
『これ以上こんな状態が続いたら、休学させて実家に戻そうと考えてるくらいだ』
柚子のことが一番大事だと豪語していたくらいだったから、どんなことよりも柚子のことを考えるのは優樹菜も分かっていた。
柚子も零士もお互いがいないとダメなんだと優樹菜は苦しくなる。
なんで別れなきゃいけないのかと、そう思うと苦しい。
事務所からの命令を自分が伝えたとはいえ、なんで?と苦しくなる。
「なんでこんなことに……」
電話を切った優樹菜は涙を堪えてスタジオに戻るしかなかった。
◇◇◇◇◇
「柚子!」
カーテンを閉めっ切ったままの柚子の部屋。窓も開いてない。
部屋の隅で小さくなっている柚子がいる。
零士と別れてからずっとこんな感じだ。毎日泣いて泣いて。体調も思わしくない。
寝不足だから肌も荒れていた。
「柚子。メシ」
食べやすいだろうと、作ったお粥。それすらも受け付けない。
「柚子……」
見てられない状態の柚子を直視出来ない。
あの日。朝方に帰ってきた柚子。
部屋に飛び込むように入り静かに泣いていた。
湊は零士に話を聞いていた。週刊誌に載ること。柚子に何かあってからじゃ遅い。別れること。
湊はそのことに何も言えなかった。
そして柚子にもそれを言えなかった。
零士のことを愛してることを知っていた。この人じゃないとダメだと周りが分かるくらい。
何度、零士に電話かけようかと思った。柚子をどうにかしろと。
でもそれが出来ない。
零士もまた精神的に狂いだしてる。
優樹菜から話を聞いて胸が苦しくなる。
親友と妹がここまで愛し合ってるのに、別れなきゃいけない。それを目の前で見てなきゃいけない。それがツラい。
「柚子。大学、どうする?」
柚子の傍にしゃがみこみ、顔を覗く。顔色が悪いのが分かる。
「柚子」
もう一度名前を呼ぶが、柚子は答えなかった。
「俺、休めないから行くけど」
そう言うと立ち上がる。
大学に行く準備をしてスマホを取り出す。
「母さん、柚子を頼むよ」
母親に電話を入れた。
母親は毎日のように一時間かけて湊と柚子の住んでるアパートに来る。
湊が帰ってくるまで母親は柚子を見ていた。
ひとりには出来ないから。
鍵をかけて湊はアパートを出て大学へと向かう。
少しの間でも柚子をひとりにすることがツラい。
柚子の中ではどう思っているのか、それすらも分からない。
時間が解決するのを待つしかないのかと、頭を悩ませる。だからといってただ黙ってはいられない。
◇◇◇◇◇
「愛川くん」
大学で優奈に声をかけられた。
「どうしたの?」
湊の顔を見てそう言う。湊は振り向いたが何も答えない。
「いつもならちゃんと出来ることも出来ないでいるから」
講義の間、湊は失敗だらけだったらしい。まだ研修の時じゃなかったからまだ良かったが、だとしてもこれ程の失敗をするなんて……と、誰もが思った事らしい。
湊は構内のベンチに座ってため息を吐いた。そんな湊の隣に座った優奈は湊が話してくるのを待つことにした。
「柚子が……」
重い口を開いた湊は、どう言ったらいいのか迷ってるようだった。
だが、優奈は色々と内情を知ってる。柚子と零士のこともある程度は知っていて黙認してくれていた。それに暴行された時も、真っ先に動いてくれて、病院の手配もしてくれていて。柚子を連れていった病院は優奈の実家だとしても、感謝しかないのだ。
「………零士と別れた」
その言葉に優奈は驚愕した。ふたりを見たことがあるから、驚いたのだ。
優奈から見たふたりはとても想い合っていて、誰も入る隙間がなかったのだ。
ふたりに纏う空気感が、入り込めないのだ。
それを分かってるから、優奈は自分のことのように苦しくなる。
「それで……、柚子ちゃんは?」
湊はただ首を振るだけ。それがあまりよくないことなんだと感じとる。
湊にとっては柚子も親友も大切だ。そんなふたりが離れることでここまでの影響があるのかと、実感せずにはいられなかった。
落胆している湊に、優奈は何も言えなかった。何か言ったとしても、その言葉は安っぽい言葉になってしまう。
それが分かってるから、優奈は何も言わずにただ隣に座ってる。
きっとそれだけでいい。
暫くそうしていたが、湊がすっと立ち上がり「悪かったな」と告げてどこかへと行ってしまった。
その後ろ姿を優奈はただ見送った。
陽気な零士がスタジオに入る。その様子を見てるメンバーとバンドのマネージャーの優樹菜。
あきらかに酒を飲んでる。
「ちょっと!」
優樹菜は心配して現場入りしていた。最近の零士はずっとアルコール漬けだ。
「また飲んでたの?」
「仕事に穴空けてるわけじゃねぇんだからぁいいじゃんー」
最近の零士はタクシーで現場入りする。それはこの状態だからだろう。
優樹菜はどうにかしたい思いがあるけど、どうにも出来ずに困っていた。
「どうすればいいの……?」
優樹菜やバンドメンバーは零士が柚子と別れたことを知っていた。
事務所がどうにか週刊誌に記事が載ることをやめさせることが出来たが、それでも噂は凄く。ネットニュースでは《BLUE ROSEのREIJI、女子大生と熱愛!》という記事が出回っていた。
その記事には写真も一緒に載っていた。
事務所が抑えた筈の記事とはまた別の記事で、流れてしまった。
スタジオの隅から零士を心配そうに見る優樹菜。零士はアルコール漬けでもいつもと変わらない様子で仕事をこなしていく。
でもやっぱり共演者やスタッフの印象が変わってしまうだろう。
スタジオを一旦出た優樹菜はスマホを取り出した。
「湊」を探すと躊躇せずに電話をかけた。
湊は医大生。毎日忙しくしているだろう。
そんな湊に優樹菜は助けを求めた。
『はい』
聞こえた湊の声に切なくなる。優樹菜と湊は高校卒業した頃に別れている。
「湊……」
『どうした』
「大槻くんを……助けて」
『何があった』
「もうずっと……れいちゃん、お酒飲んだまま仕事に来るの。れいちゃんのマンションに行くとお酒の空き缶や空き瓶が散らばってて……。毎日凄い量、飲んでるみたい。見てられなくて……」
泣き崩れてしまいそうになる優樹菜は、それでも必死で立っていた。
『……悪ぃ。今、零士に構ってられねぇ』
湊の苦しそうな声が届く。
『柚子をひとりに出来ねぇ』
聞けば柚子の方も大変なことになってるらしい。
『別れてから……、柚子は毎日泣いてる』
泣いて泣いて眠ることもしない。何かを口にすることもない。部屋に籠りっきり出てこない。
別れて1ヶ月。ずっとそんな状況だった。
無理やり何かを食べさせる。その度に吐いてしまう。
水分も取らせないと思い、水を飲ませる。
それはとりあえず少しは口にする。
けど、柚子は大学に行くこともなくなった。
『これ以上こんな状態が続いたら、休学させて実家に戻そうと考えてるくらいだ』
柚子のことが一番大事だと豪語していたくらいだったから、どんなことよりも柚子のことを考えるのは優樹菜も分かっていた。
柚子も零士もお互いがいないとダメなんだと優樹菜は苦しくなる。
なんで別れなきゃいけないのかと、そう思うと苦しい。
事務所からの命令を自分が伝えたとはいえ、なんで?と苦しくなる。
「なんでこんなことに……」
電話を切った優樹菜は涙を堪えてスタジオに戻るしかなかった。
◇◇◇◇◇
「柚子!」
カーテンを閉めっ切ったままの柚子の部屋。窓も開いてない。
部屋の隅で小さくなっている柚子がいる。
零士と別れてからずっとこんな感じだ。毎日泣いて泣いて。体調も思わしくない。
寝不足だから肌も荒れていた。
「柚子。メシ」
食べやすいだろうと、作ったお粥。それすらも受け付けない。
「柚子……」
見てられない状態の柚子を直視出来ない。
あの日。朝方に帰ってきた柚子。
部屋に飛び込むように入り静かに泣いていた。
湊は零士に話を聞いていた。週刊誌に載ること。柚子に何かあってからじゃ遅い。別れること。
湊はそのことに何も言えなかった。
そして柚子にもそれを言えなかった。
零士のことを愛してることを知っていた。この人じゃないとダメだと周りが分かるくらい。
何度、零士に電話かけようかと思った。柚子をどうにかしろと。
でもそれが出来ない。
零士もまた精神的に狂いだしてる。
優樹菜から話を聞いて胸が苦しくなる。
親友と妹がここまで愛し合ってるのに、別れなきゃいけない。それを目の前で見てなきゃいけない。それがツラい。
「柚子。大学、どうする?」
柚子の傍にしゃがみこみ、顔を覗く。顔色が悪いのが分かる。
「柚子」
もう一度名前を呼ぶが、柚子は答えなかった。
「俺、休めないから行くけど」
そう言うと立ち上がる。
大学に行く準備をしてスマホを取り出す。
「母さん、柚子を頼むよ」
母親に電話を入れた。
母親は毎日のように一時間かけて湊と柚子の住んでるアパートに来る。
湊が帰ってくるまで母親は柚子を見ていた。
ひとりには出来ないから。
鍵をかけて湊はアパートを出て大学へと向かう。
少しの間でも柚子をひとりにすることがツラい。
柚子の中ではどう思っているのか、それすらも分からない。
時間が解決するのを待つしかないのかと、頭を悩ませる。だからといってただ黙ってはいられない。
◇◇◇◇◇
「愛川くん」
大学で優奈に声をかけられた。
「どうしたの?」
湊の顔を見てそう言う。湊は振り向いたが何も答えない。
「いつもならちゃんと出来ることも出来ないでいるから」
講義の間、湊は失敗だらけだったらしい。まだ研修の時じゃなかったからまだ良かったが、だとしてもこれ程の失敗をするなんて……と、誰もが思った事らしい。
湊は構内のベンチに座ってため息を吐いた。そんな湊の隣に座った優奈は湊が話してくるのを待つことにした。
「柚子が……」
重い口を開いた湊は、どう言ったらいいのか迷ってるようだった。
だが、優奈は色々と内情を知ってる。柚子と零士のこともある程度は知っていて黙認してくれていた。それに暴行された時も、真っ先に動いてくれて、病院の手配もしてくれていて。柚子を連れていった病院は優奈の実家だとしても、感謝しかないのだ。
「………零士と別れた」
その言葉に優奈は驚愕した。ふたりを見たことがあるから、驚いたのだ。
優奈から見たふたりはとても想い合っていて、誰も入る隙間がなかったのだ。
ふたりに纏う空気感が、入り込めないのだ。
それを分かってるから、優奈は自分のことのように苦しくなる。
「それで……、柚子ちゃんは?」
湊はただ首を振るだけ。それがあまりよくないことなんだと感じとる。
湊にとっては柚子も親友も大切だ。そんなふたりが離れることでここまでの影響があるのかと、実感せずにはいられなかった。
落胆している湊に、優奈は何も言えなかった。何か言ったとしても、その言葉は安っぽい言葉になってしまう。
それが分かってるから、優奈は何も言わずにただ隣に座ってる。
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