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第6章
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ピンポーン──……。
秋から冬になろうとしている頃。マンションのインターフォンが鳴った。キッチンを片付けていた沙樹は、その手を止め、インターフォンのモニターを覗き込んだ。
「え?」
モニターに映っていたのは、崇弘の兄の幸弘だった。沙樹は驚き、その場に固まった。
崇弘は仕事で朝からいない。そんなところに幸弘が来たことが、不思議でならなかった。
「ごめんね」
玄関先でそう言う幸弘は、手にした土産を渡す。
「これ、うちのババァから」
ババァという言葉に驚き、思わず幸弘を見る。
「あ、ごめんごめん。うちじゃ母ちゃんのこと、ババァって呼んでるんだよ。親父のこともジジイって呼んでる」
幸弘がそう言って、沙樹に笑う。
三浦家の三兄弟は、実は荒れていた時があった。幸弘は中学の時から高校2年の時まで。崇弘は中学の時。雅弘は中学の時から高校卒業するまで。
その時にこの兄弟たちは、両親をジジイとババァと呼ぶようになっていたのだ。
「ずっとそう呼んでたから、呼び方を変えられなくて。今さら親父とかオフクロとかって言えなくて。父ちゃん母ちゃんとも呼べない」
幸弘はそう笑う。その笑った顔が、崇弘にそっくりだった。
「さすがに人前では、ジジイとかババァって呼ばないけど」
リビングにあるソファーに座った幸弘は、沙樹を見る。
「この前は、悪かったな」
「え」
「ビビらせた」
頭を下げる幸弘は、実家でのことを言っている。崇弘が沙樹を連れて実家へ行った時、幸弘は大声で結婚を反対していた。その声が沙樹の不安を煽ったのだ。
沙樹には兄が3人いる。その3人も大声で喧嘩をすることがあった。だけど男の人の大声には、慣れるなんてことはなかった。
「体調は?」
幸弘はそう気遣う。それに対して沙樹は首を横に振る。
「あまりよくない?」
「……はい」
「そっか」
幸弘は困った顔をして、沙樹を見ていた。
「無理しないようにね。あのバカになんでもやらせてね」
「あの…、それで……?」
「あ、うん」
幸弘は、どう切り出そうか迷っていた。だけど言わないわけにはいかなく、真っ直ぐ沙樹を見据えた。
「この前は、ああ言ったけどさ」
一息ついて、幸弘は言葉を選びながら話をしていく。
「本当は、沙樹ちゃんが心配なんだよ」
「え?」
「まだ大学生だろ。10離れてるし。それなのに、あんなオッサンと結婚しなくても……って思って」
幸弘は頭ごなしに反対しているのではなく、本当に沙樹のことを心配していたのだ。
「……私には、タカちゃんしかいないんです」
沙樹は丁寧に言葉を紡いだ。たったひとことなのだが、その言葉の奥にある意味を、幸弘が受けとるには十分過ぎる言葉だったのだ。
「後悔、しない?あんなんでさ」
「子供の頃から、タカちゃんなんです。タカちゃん以外の人を、私は好きになれません。だから後悔はしません」
お腹に手を置いて、未来のことを想像する。沙樹には、楽しい毎日しか見えてこないのだ。
そんな沙樹を見て、幸弘はにっこりと笑った。
「なら良かった」
「え」
「これでも崇弘は、弟だからさ。心配だったんだよ」
母同様、崇弘の生活リズムのことを心配していた。
「アイツがあんなに酒を飲むようになるとは、子供の頃は考えもしなかったさ。それも酔うと手がつけられない」
呆れたような顔をする幸弘は、兄として心配をしていたのだ。だからこそ、沙樹で大丈夫なのかと思ったのだ。
「アイツが酔った時のこと、分かってるんだよね?」
「はい」
「酔って君に暴力とか振るわない?」
「はい」
崇弘は、いくら酔っていても沙樹に手を上げることはしない。それはさすがと言うべきか。
「そっか。もし、なんかあったら連絡しておいで」
そう言って、幸弘は会社の名刺を沙樹に渡した。その裏には手書きで、幸弘の携帯番号が書かれていた。
「ありがとう…ございます」
沙樹はそう言って、それを財布の中にしまった。
「じゃ俺は帰るから。崇弘に俺が来たこと、言わなくていいからね」
幸弘はそう言い残して帰って行った。
秋から冬になろうとしている頃。マンションのインターフォンが鳴った。キッチンを片付けていた沙樹は、その手を止め、インターフォンのモニターを覗き込んだ。
「え?」
モニターに映っていたのは、崇弘の兄の幸弘だった。沙樹は驚き、その場に固まった。
崇弘は仕事で朝からいない。そんなところに幸弘が来たことが、不思議でならなかった。
「ごめんね」
玄関先でそう言う幸弘は、手にした土産を渡す。
「これ、うちのババァから」
ババァという言葉に驚き、思わず幸弘を見る。
「あ、ごめんごめん。うちじゃ母ちゃんのこと、ババァって呼んでるんだよ。親父のこともジジイって呼んでる」
幸弘がそう言って、沙樹に笑う。
三浦家の三兄弟は、実は荒れていた時があった。幸弘は中学の時から高校2年の時まで。崇弘は中学の時。雅弘は中学の時から高校卒業するまで。
その時にこの兄弟たちは、両親をジジイとババァと呼ぶようになっていたのだ。
「ずっとそう呼んでたから、呼び方を変えられなくて。今さら親父とかオフクロとかって言えなくて。父ちゃん母ちゃんとも呼べない」
幸弘はそう笑う。その笑った顔が、崇弘にそっくりだった。
「さすがに人前では、ジジイとかババァって呼ばないけど」
リビングにあるソファーに座った幸弘は、沙樹を見る。
「この前は、悪かったな」
「え」
「ビビらせた」
頭を下げる幸弘は、実家でのことを言っている。崇弘が沙樹を連れて実家へ行った時、幸弘は大声で結婚を反対していた。その声が沙樹の不安を煽ったのだ。
沙樹には兄が3人いる。その3人も大声で喧嘩をすることがあった。だけど男の人の大声には、慣れるなんてことはなかった。
「体調は?」
幸弘はそう気遣う。それに対して沙樹は首を横に振る。
「あまりよくない?」
「……はい」
「そっか」
幸弘は困った顔をして、沙樹を見ていた。
「無理しないようにね。あのバカになんでもやらせてね」
「あの…、それで……?」
「あ、うん」
幸弘は、どう切り出そうか迷っていた。だけど言わないわけにはいかなく、真っ直ぐ沙樹を見据えた。
「この前は、ああ言ったけどさ」
一息ついて、幸弘は言葉を選びながら話をしていく。
「本当は、沙樹ちゃんが心配なんだよ」
「え?」
「まだ大学生だろ。10離れてるし。それなのに、あんなオッサンと結婚しなくても……って思って」
幸弘は頭ごなしに反対しているのではなく、本当に沙樹のことを心配していたのだ。
「……私には、タカちゃんしかいないんです」
沙樹は丁寧に言葉を紡いだ。たったひとことなのだが、その言葉の奥にある意味を、幸弘が受けとるには十分過ぎる言葉だったのだ。
「後悔、しない?あんなんでさ」
「子供の頃から、タカちゃんなんです。タカちゃん以外の人を、私は好きになれません。だから後悔はしません」
お腹に手を置いて、未来のことを想像する。沙樹には、楽しい毎日しか見えてこないのだ。
そんな沙樹を見て、幸弘はにっこりと笑った。
「なら良かった」
「え」
「これでも崇弘は、弟だからさ。心配だったんだよ」
母同様、崇弘の生活リズムのことを心配していた。
「アイツがあんなに酒を飲むようになるとは、子供の頃は考えもしなかったさ。それも酔うと手がつけられない」
呆れたような顔をする幸弘は、兄として心配をしていたのだ。だからこそ、沙樹で大丈夫なのかと思ったのだ。
「アイツが酔った時のこと、分かってるんだよね?」
「はい」
「酔って君に暴力とか振るわない?」
「はい」
崇弘は、いくら酔っていても沙樹に手を上げることはしない。それはさすがと言うべきか。
「そっか。もし、なんかあったら連絡しておいで」
そう言って、幸弘は会社の名刺を沙樹に渡した。その裏には手書きで、幸弘の携帯番号が書かれていた。
「ありがとう…ございます」
沙樹はそう言って、それを財布の中にしまった。
「じゃ俺は帰るから。崇弘に俺が来たこと、言わなくていいからね」
幸弘はそう言い残して帰って行った。
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