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第6章
19
「オギャア…っ!オギャア!」
高幡家からは、赤ん坊の泣き声が響いていた。その赤ん坊の世話に追われる沙樹は、泣いている暇はなかった。
「ヒロくん」
泣いてる赤ん坊、弘樹を抱き上げると慣れない手つきであやす。産まれてきた赤ん坊は、崇弘そっくりだった。弘樹を見た崇弘の両親は、泣いて喜んでいた。そして余程嬉しいのか、毎日のように高幡家に贈り物を持ってやってくるのだ。
「沙樹ちゃん!崇弘くんのお母様がいらしたわよー」
階下から由紀子の声が聞こえる。弘樹を抱えた沙樹は、ゆっくりと階段を下りていった。
「お義母さん」
「沙樹ちゃん。体調はどう?」
崇弘の母親はそう言って、沙樹から弘樹を受けとる。小さな弘樹は、崇弘が亡くなってから1ヶ月後に産まれてきた。予定よりも半月早い出産だった。
「ヒロくんもだいぶ大きくなったわね」
産まれてきた時よりも体重は増えてきた。小さな弘樹は懸命に生きている。
崇弘が亡くなったニュースは、全国に衝撃を与えた。刺した犯人は、TAKAの熱狂的なファンだった。TAKAが結婚したことに、怒りを覚え衝動的に行なったと言う。捕まったあとの犯人は、「私は悪くない。TAKAが結婚したのが悪い」とずっと言っていたらしい。
TAKAの葬儀には、多くのファンが駆けつけた。全国から車を飛ばしてくるファンもいた。飛行機に飛び乗ってくるファンもいた。
ファンの中には悲観に思い、自ら命を絶った人や車で葬儀に来る途中に、事故に遭った人もいた。
その事実を知った沙樹は、胸を痛めた。崇弘との結婚が、こんなにもファンを悲しませているのかと、泣いていた。
マンションの周りにもファンが押し掛けていた。そこには誰もいないことを分かっていても、ファンは押し掛けている。
「マンションは手放した方がいいわ」
崇弘の母親はそう言うが、沙樹は首を横に振った。誰もがそう言うのを分かっている。
崇弘を失った悲しみは、計り知れない……。
◇◇◇◇◇
「お母さん……」
崇弘の母親が帰ったあと、店先に出ていた由紀子に沙樹は言った。
「私、マンションに戻ろうと思う」
「沙樹……」
「仕事も、探さなきゃ……」
「でも沙樹ちゃん」
「この子を、守らなきゃ……」
沙樹の腕の中で眠る、崇弘によく似た赤ん坊。大切な大切な我が子。守るために強くならなきゃ…と、そう思った。
崇弘が亡くなったあの日。倒れた沙樹が目覚めると、夢ではないんだと痛感した。崇弘の家族とメンバーたちと一緒に霊安室へ入った沙樹は、目の前に横たわっている崇弘を見ても、信じられなかった。信じられなかったから、涙が出てこなかった。
手術室の前で待っていた時には、涙が溢れてしまっていたが、目の前で横たわっているのを見ても、泣けなかった。
その日から、沙樹は泣いていないのだ。
◇◇◇◇◇
「ほんとにあのマンションに戻るのかよ」
輝は呆れたような顔をして、沙樹を見た。マンションに戻ると言った沙樹は、早々に荷物をまとめた。そんな沙樹を迎えに来たのは、輝だった。
「仕事、探すのか」
「やっていけなくなるもん」
「実家にいれば問題ねぇだろ。タカの実家からも援助もらえるんだろ?」
「……甘えてばかりは嫌」
荷物を車に積み、弘樹を抱き上げる。
「沙樹」
奥から両親が顔を出す。
「本当に大丈夫?」
「うん」
「無理、しちゃダメよ」
「…分かってる」
そう言うと、玄関を出る。
「沙樹」
いつもは口数の少ない父親が、沙樹に声をかけた。
「いつでも帰ってきなさい」
「うん」
輝が用意したチャイルドシートに、弘樹を座らせる。その隣に沙樹は座ると、輝は運転席に回った。そしてゆっくりと車を走らせて行った。
車は都心に入り、見覚えのある街並みが見えた。いつの間にかこの街が、沙樹とって居心地のいい場所になっていた。
マンションの周りには、ファンが大勢いた。そこにいない者を思って泣いている。輝の車は、その横を通りすぎていく。輝の車に気付いたファンは、車目掛けて走っていく。
「沙樹。身を伏せろ」
「え」
「窓開ける。弘樹を抱いてろ」
慌てて弘樹を抱くと、そのまま後部座席の裏に隠れる。後部座席にチャイルドシートが載せられてるのを、見られたくない沙樹は、チャイルドシートに持っていた膝掛けを掛けてみた。それでもそこに何かあるのか分かってしまうだろうけど。
沙樹が隠れたことを確認すると、スーと窓を少し開けた。
「危ないよ!追って来ないで!君たちに何かあったら悲しいから」
そう告げると、窓を閉める。
「もう少しそうしてて」
そう言って輝は、崇弘のマンションを通りすぎていく。
「お兄ちゃん?」
「夜にはいなくなるから。昼間はダメだ」
そう言って車を走らせる。バックミラーから後ろを見ると、ファンが輝の車を見つめて立っている。だが、もう追っては来ない。
しばらく走っていた車が、輝のマンションの地下駐車場へ滑り込んでいく。
「少し、うちにいればいい」
車を停めた輝は、沙樹に振り返る。
「弘樹は?大丈夫?」
「ん」
車から荷物を取り出す輝と、弘樹を抱いてる沙樹は、周りを気にしながら輝の部屋へと向かった。
高幡家からは、赤ん坊の泣き声が響いていた。その赤ん坊の世話に追われる沙樹は、泣いている暇はなかった。
「ヒロくん」
泣いてる赤ん坊、弘樹を抱き上げると慣れない手つきであやす。産まれてきた赤ん坊は、崇弘そっくりだった。弘樹を見た崇弘の両親は、泣いて喜んでいた。そして余程嬉しいのか、毎日のように高幡家に贈り物を持ってやってくるのだ。
「沙樹ちゃん!崇弘くんのお母様がいらしたわよー」
階下から由紀子の声が聞こえる。弘樹を抱えた沙樹は、ゆっくりと階段を下りていった。
「お義母さん」
「沙樹ちゃん。体調はどう?」
崇弘の母親はそう言って、沙樹から弘樹を受けとる。小さな弘樹は、崇弘が亡くなってから1ヶ月後に産まれてきた。予定よりも半月早い出産だった。
「ヒロくんもだいぶ大きくなったわね」
産まれてきた時よりも体重は増えてきた。小さな弘樹は懸命に生きている。
崇弘が亡くなったニュースは、全国に衝撃を与えた。刺した犯人は、TAKAの熱狂的なファンだった。TAKAが結婚したことに、怒りを覚え衝動的に行なったと言う。捕まったあとの犯人は、「私は悪くない。TAKAが結婚したのが悪い」とずっと言っていたらしい。
TAKAの葬儀には、多くのファンが駆けつけた。全国から車を飛ばしてくるファンもいた。飛行機に飛び乗ってくるファンもいた。
ファンの中には悲観に思い、自ら命を絶った人や車で葬儀に来る途中に、事故に遭った人もいた。
その事実を知った沙樹は、胸を痛めた。崇弘との結婚が、こんなにもファンを悲しませているのかと、泣いていた。
マンションの周りにもファンが押し掛けていた。そこには誰もいないことを分かっていても、ファンは押し掛けている。
「マンションは手放した方がいいわ」
崇弘の母親はそう言うが、沙樹は首を横に振った。誰もがそう言うのを分かっている。
崇弘を失った悲しみは、計り知れない……。
◇◇◇◇◇
「お母さん……」
崇弘の母親が帰ったあと、店先に出ていた由紀子に沙樹は言った。
「私、マンションに戻ろうと思う」
「沙樹……」
「仕事も、探さなきゃ……」
「でも沙樹ちゃん」
「この子を、守らなきゃ……」
沙樹の腕の中で眠る、崇弘によく似た赤ん坊。大切な大切な我が子。守るために強くならなきゃ…と、そう思った。
崇弘が亡くなったあの日。倒れた沙樹が目覚めると、夢ではないんだと痛感した。崇弘の家族とメンバーたちと一緒に霊安室へ入った沙樹は、目の前に横たわっている崇弘を見ても、信じられなかった。信じられなかったから、涙が出てこなかった。
手術室の前で待っていた時には、涙が溢れてしまっていたが、目の前で横たわっているのを見ても、泣けなかった。
その日から、沙樹は泣いていないのだ。
◇◇◇◇◇
「ほんとにあのマンションに戻るのかよ」
輝は呆れたような顔をして、沙樹を見た。マンションに戻ると言った沙樹は、早々に荷物をまとめた。そんな沙樹を迎えに来たのは、輝だった。
「仕事、探すのか」
「やっていけなくなるもん」
「実家にいれば問題ねぇだろ。タカの実家からも援助もらえるんだろ?」
「……甘えてばかりは嫌」
荷物を車に積み、弘樹を抱き上げる。
「沙樹」
奥から両親が顔を出す。
「本当に大丈夫?」
「うん」
「無理、しちゃダメよ」
「…分かってる」
そう言うと、玄関を出る。
「沙樹」
いつもは口数の少ない父親が、沙樹に声をかけた。
「いつでも帰ってきなさい」
「うん」
輝が用意したチャイルドシートに、弘樹を座らせる。その隣に沙樹は座ると、輝は運転席に回った。そしてゆっくりと車を走らせて行った。
車は都心に入り、見覚えのある街並みが見えた。いつの間にかこの街が、沙樹とって居心地のいい場所になっていた。
マンションの周りには、ファンが大勢いた。そこにいない者を思って泣いている。輝の車は、その横を通りすぎていく。輝の車に気付いたファンは、車目掛けて走っていく。
「沙樹。身を伏せろ」
「え」
「窓開ける。弘樹を抱いてろ」
慌てて弘樹を抱くと、そのまま後部座席の裏に隠れる。後部座席にチャイルドシートが載せられてるのを、見られたくない沙樹は、チャイルドシートに持っていた膝掛けを掛けてみた。それでもそこに何かあるのか分かってしまうだろうけど。
沙樹が隠れたことを確認すると、スーと窓を少し開けた。
「危ないよ!追って来ないで!君たちに何かあったら悲しいから」
そう告げると、窓を閉める。
「もう少しそうしてて」
そう言って輝は、崇弘のマンションを通りすぎていく。
「お兄ちゃん?」
「夜にはいなくなるから。昼間はダメだ」
そう言って車を走らせる。バックミラーから後ろを見ると、ファンが輝の車を見つめて立っている。だが、もう追っては来ない。
しばらく走っていた車が、輝のマンションの地下駐車場へ滑り込んでいく。
「少し、うちにいればいい」
車を停めた輝は、沙樹に振り返る。
「弘樹は?大丈夫?」
「ん」
車から荷物を取り出す輝と、弘樹を抱いてる沙樹は、周りを気にしながら輝の部屋へと向かった。
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