もう離さない……【もう一度抱きしめて……】スピンオフ作品

星河琉嘩

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第2章

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 栞と輝が夜中に会うようになって一ヶ月。もうすぐ夏休みが終わる。


「新学期始まったら、こうやって会えなくなるかも」
 2学期が始まると、生活習慣が変わる。それは輝だけだった。栞は違った。学校へ行って、一度家に戻ってから一郎に呼び出されて行く。そしてAquamarinで11時まで働き、その賃金を一郎に渡す。ただ違うのは、夏休みは予備校に行っているが、新学期が始まったら、輝とは別の高校に通っているということだ。


「前に話してた、ライブなんだけど」
 輝は栞にチケットを手渡す。
「来られる?」
 高校生バンドだからか、Heavenのオーナーは、彼らのライブの開始時間を早めに設定していた。
「16時から?」
 チケットに書かれた時間を見る。
「難しい?」
 輝は栞にそう尋ねた。
 土曜日の16時。その時間はAquamarinに出勤する頃と重なる。栞が出勤する時間は、まだ明るい時間なのだ。他のキャバ嬢たちが出勤する前に、店にいるようにしているのだ。
「聞いてみる」
 栞はそう言った。


 駅からふたりで歩いて行く。輝は栞の手を離さずに、ずっと握りしめる。それはもう当たり前のようになっていた。
(同年代の男の子に女の子扱いされるの、恥ずかしい)
 栞の記憶の中では、栞を女の子扱いする男子はいなかった。だから輝の行動ひとつひとつが、恥ずかしくて仕方ない。
「栞さん」
 そう呼ぶ声は、とても優しい。その優しさに甘えたくなる。

 駅から話をしながら歩いていると、自分たちが住んでいる地域に戻ってきていた。その間ずっと輝が話をしていた。輝が話す内容に、栞が相づちを打っていた。夏休みの夜は、そうやって過ごしていた。
 輝の家族の話。友人たちの話。突然出来た妹の話。
 それらをずっと話してくれた。だから輝の友人たちよりも、輝のことをよく知っていたのではないかと、そう感じていた。

「栞さんのところは?」
 栞の顔を見た輝はそう聞いてきた。
「え」
「兄弟とかいるの?」
 輝は栞の話を聞いたことがなかった。
「えっと……」
 一郎の非道な話をしたことはあった。だが養父との関係や母のこと、そして異父姉妹のことは話したことがない。
 養父との関係は悪くはないと思う。だが思春期に入った頃に一郎と再会し、一郎によって養父のデマの話を聞かされてしまい、それが本当か嘘かは分からない。そんな思いから養父と、どう接していいのか分からなくなってしまったのだ。
「栞さん?」
 黙り込んだ栞に、輝は心配そうな様子を見せる。それに気付いた栞は、輝に笑いかけ心の中を悟られないようにした。
「私の話はいいから、もっと輝くんの話が聞きたい」
 そう言って誤魔化した。
(私の話なんて聞かされても困るだけよ…)
 自分の話を聞いて、離れていくのが怖かった。



     ❏ ❏ ❏ ❏ ❏



 ライブの日は、瑞原に話をして休みをもらっていた。輝に渡されたチケットを持って、時間ギリギリにライブハウスへと行った。ライブハウスは、Aquamarinからさほど遠くない。だからこそ、輝に再会出来たのだ。
 初めて入るライブハウスに、栞の心はドキドキしていた。栞が会場内に入った時は、もう暗転していて会場内にいる観客がステージを見つめていた。その中に入っていくと、ドキドキが最高潮になっていた。


──ワーッ!


 ステージに輝たちが出てくると、観客が歓声を上げる。この頃にはもうBLUE ROSEは人気バンドへと成長していたのだ。その熱気に栞は圧倒された。まだデビューもしていない彼らの姿に、驚いていた。
「あ…」
 ステージ下手側にいる輝を見つけて、いつも見る輝とは違う姿に夢中になっていた。
(かっこいい…)
 ベースを弾く輝の姿に、栞は目が離せなかった。


「AKIRA~!」
 歓声の中に輝の名前を呼ぶ女の子たちもいた。メンバーそれぞれの名前を叫び、夢中になってステージ上の彼らに愛を届けているのだ。



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