もう離さない……【もう一度抱きしめて……】スピンオフ作品

星河琉嘩

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第2章

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「ここまで…、歩いて来たの?」
 いつも乗ってる青い自転車がないことに気付いた栞は、そう尋ねた。輝はニコッと笑って栞を見下ろす。
「バスで来た。だって、自転車だと手を繋げないじゃん」
 さらっと言った輝の言葉に、栞は顔を真っ赤にさせた。その言葉に嫌だと思うことはなく、ただ嬉しい気持ちが膨れ上がっていた。
「……帰るのに距離、あるよ」
「いいじゃん。その分、たくさん栞さんと一緒にいられる」
 そう言った言葉に、輝自身が驚いた。そんなことを自分が言えてしまうのかと。
「今日も…、あの店にいたの?」
「ん…」
「ほんとは、辞めて欲しい」
「……ごめん」
「心配なんだ」
「うん」
「ああいう店って、酒飲まされたりすんだろ」
 心配そうな顔を向ける輝の顔を、ちゃんと見られなかった。
「……私は、お酒飲んでない」
「でも客から強要されたりは?」
「私、人気のあるお姉さんにいつも付いてるの。そのお姉さんたちが、飲まされないようにしてくれてる」
 レイコとアミについて回る栞は、ふたりに守られている。
「この娘は弱くて。代わりに私が飲むわ」
 そう言っていつも代わりに飲む。だから店が終わる頃には、泥酔状態になっている。栞は11時くらいには帰されるから、その姿を見たことはない。
「そっか」
 ほっとした表情を見せる輝は、繋ぐ手をぎゅっとした。
(心配、かけてる…?)
 それが分かっていても、栞にはどうすることも出来ない。だからこそ高校を卒業したら、この町から逃げようと考えている。そのことは、輝には話せていない。


──話せるはずもなかった。


 この町を出て、ひとりで暮らしていくことを話すと、心配され止められると、そう思っていた。だから話すことが出来ないでいた。
(出て行くまででいい…。一緒にいられたら……)
 手から伝わるぬくもりに、せつなくなる。

「栞さん。そういえば、うちの妹がさ」
 隣で話してくる輝の存在が、今の栞にとっては安心出来る存在となっている。今まで我慢してきたものが、爆発したかのように、栞の心の奥で輝を求めていた。そのことに栞自身は、気付いていなかった。



     ❏ ❏ ❏ ❏ ❏



 輝の生活はガラリと変わった。夏休みということもあってか、昼夜逆転した生活を送っている。そのことに両親は呆れていた。時々、妹の沙樹が部屋に入ってきて、輝の顔を見ていく。養女の沙樹は、この家に慣れるのに時間がかかった。輝がいたから、この家にも慣れていったのだ。
「お兄ちゃん…」
 寝てる輝のベッド脇に立って、沙樹が輝に声をかける。その声に気付いた輝は、うっすらと目を開ける。
「どうした?」
 輝はそう言うと、沙樹は寂しそうな目を向けてきた。元々、寂しがりやの沙樹だ。ここ最近、輝が家にいなかったり、夜に出かけていたり、昼間はこうして寝ていたりするのが、寂しくなっているのだろう。
「ん?」
 だけど沙樹はなにも言わない。ただ輝の傍にいるだけだった。そんな沙樹の頭を撫でると、沙樹は満足したかのように部屋を出て行った。その姿を見て、輝はまたベッドに潜り込んだ。
(……眠れねぇな)
 沙樹の行動によって目が覚めた輝は、仕方なく学校の課題を広げた。こう見えても、輝の通う光葉高校は県内でもトップクラスに入るくらい、レベルの高い高校だ。それなのにこの高校は、ギャルやギャル男のような人種や、ヤンキーたちもいるのだ。彼らはいつ勉強をしているのだろうと、不思議に思う。光葉高校は赤点を3教科取ってしまったら、親が呼び出されてしまう。5教科赤点だったら、部活をやってる生徒は退部させられ、卒業まで毎日補習がある。部活に入っていない生徒も卒業まで毎日補習をしなければならない。そうならない為にも、光葉高校の生徒は必死で勉強をするのだ。
「やべ…っ」
 途中で分からないところが出てきた輝は、湊に電話をかけた。湊は学年1位なのではと思うくらい、頭がいい。なにをやらせても器用にこなす。湊は輝の自慢の親友だ。
 何度目かのコールの後に聞こえた親友の声。その声はいつもと変わりのない声をしていた。

『どうした?』
 湊の声になぜか安心感を覚える。この声をずっと聞いてきたからだろう。
「数学、解き方が分からないところがあって」
 そう言うと、湊が電話の向こうでガサガサとなにかを探している音が聞こえる。
『どれ?』
 探し終わったのか、湊の声が聞こえた。
「あ、15ページの問3」
 そう言うと、湊は少し黙ってから問題の解き方を教えてくれた。
「悪いな」
『いや。こっちだって、いつもギター預かってもらってるし』
 湊の家はよほど厳しいのか、家にギターを置いておけない。父親に見つかると、ギターを没収されかねないと、輝の家に預かってもらっている。
「平気だよ」
『そういえばさ、栞先輩とどうなんだよ』
 湊の言葉に輝はかすかに笑う。どう…と言われても、ふたりの関係がどうなのか、よく分かっていない。付き合っていることになっているが、輝と栞は世間のカップルとは違うような気がしていた。
「俺たちのことに興味あんのかよ」
『ねぇな』
 バッサリと言う湊の顔が、どんな顔だったのか安易に想像出来た。
『ま、頑張れよ』
 電話を切った後、輝は課題の続きをする為に問題集とにらめっこすることにした。
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