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第2章

5 王家の秘密

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 王家には秘密が存在する。それを知っているのは王位を継承する者のみ。スティール王国の王位を継承するのは、第一王子とは限らない。
 その王位継承争いが、数十年ぶりに行われる。スティール王国の王位継承争いとは武術、知力、魔力などのいくつかの項目をクリアした者が次の国王になることが出来る。
 その継承争いが行われる条件は、現国王が病床に伏せっていたり、王位を譲ると公表したりと様々な理由により行われる。
 今回は現国王、アンドリュー国王が高齢の為、王位を退くと発表されたのだ。
 それにより王位継承争いをすることが決定したのだった。
 参加するのは第1王子から第15王子までと、ひとり、王女が入っていた。第1王女のフェデリカだ。兄妹たちの中では一番上だった。
 この王女は王子たちに負けを取らないくらいのものを持っていたのだ。
 知力はもちろん、男勝りな性格の為か武術もやる。そして魔力。父親と同じ魔力の持ち主。人の心を読み解く魔力。その力で人々の困ってることをいち早く察知し解決に向かわせる。それが出来るのだ。
 そんな話題が国中で広がっていた頃、フェデリカ王女がひとりでやってきたのだった。


     ◇◇◇◇◇


 目の前にいる王女様にさすがのエレンも緊張した。
 銀髪で青い瞳を持つフェデリカはとても美しかった。


「今日はなんの目的で?」
 フェデリカは人の心を読み解く力を持っているから、エレンの考えていることも分かってしまうのではと、ドキドキしていた。
「そんなに緊張しないでちょうだい。心は必要な時にしか読まないのよ」
「そう……なんですね」
 エレンが緊張してることを察知したってことは読んでるのではと勘ぐってしまう。だけど、エレンは分かりやすく態度に出ていたのだ。

「実はね、私は今回の王位継承争いに勝ちたくないの」
 唐突に言った言葉にエレンは驚愕した。
「王位を継ぎたくない……と?」
「ええ。私は女ですもの。他の役割がある筈よ」
 ひとつひとつの仕草が洗練されていて、とても上品だ。こんな女性を見たことはない。
 他のどの令嬢よりも上品な方だ。
「私が負けるようなものはないかしら」
「それは……、ご自身がお勝ちになることが確信されているように思えますが?」
 思わず聞いたエレンにフェデリカは真っ直ぐ目を見た。
「私が負けるとでも?」
 それは確実に勝つと決まっているとでも言うようだった。

「失礼なことを申しました」
 頭を下げたエレンにくすっと笑った。
「いいえ。ちょっと意地悪を言いましたわ」
 口元を隠しながらクスクス笑う。そんな仕草もとても上品だと見惚れてしまうくらいだった。
「私はね、同盟国であるサージ公国のアルフレッド様の元へ嫁ぎたいのです。今はアルフレッド様の婚約者となっておりますが、王位継承争いで勝ってしまうとそれが破談になります。それを避けたいのです」
 初耳な話だった。婚約者がいる身で王位継承争いに参戦するとは思わなかった。

「王位継承争いは、国王の子供全てが参加しなくてはならないの。15歳以上の子供は男も女も関係なく、参戦する掟なのよ」
 だから今回、唯一の王女であるフェデリカ王女は参戦しなければならない。しかも婚約をしている身でありながら。
「もし私が勝ってしまって、婚約を破棄されるようなことがあれば、我が国と公国の同盟が崩れ新たな戦争が起こるでしょう。私はそれを避けたいのです」
 この国のこと、公国のことを考えて自分はサージ公国へと嫁ぎたいと言ってるフェデリカ王女はとても強い女性だと感じた。
 自分の好きな人のところへくのでなく、すべては国の為にと考えることが強い人だなとエレンは感じ取っていた。

 立ち上がり棚の中から何かを取り出す。小さなリング。それを大鍋へ放り込み、ハーブや乾燥イモリや何かの液体などを一緒に入れた。それらを混ぜ呪文を唱える。
 その 呪文はもちろん、フェデリカには分からない。
 
 大鍋から取り出したリングをフェデリカへと渡す。
「これを着けて王位継承争いに参戦するといい。ただ、試合の時だけ着けて。すべて終わったらそれを私に返して」
「返す?」
「それを持ち続けることは自らを危険に晒すようなものだから」
 リングを見つめたフェデリカは「分かったわ」と答える。
「これはどういうものなの?」
「自らの力を抑えるもの。だから持ち続けることは危険なの」
「力を抑える……。そんなことも出来るのね」
 エレンを見たフェデリカは感心したような顔をしていた。
 そして立ち上がると「お代は?」と聞いた。
「要りません。お金は必要ないです」
 そう言うとエレンをじっと見た。
(心を読まれてる……?)
 エレンはそう感じた。
「そうね。今、あなたの心を読んだわ。成る程。いつもお金も貰わないで必要なものを対価としてもらっているのね。では私からは王家の秘密を教えて差し上げるわ」
「え!?」
「それじゃ足りないかしら」
「いえ!というより、それを私に教えて大丈夫なのですか!?」
「たいしたことじゃないわ。では、返しに来たときにその秘密を教えて差し上げる」
 真っ直ぐエレンを見たフェデリカは颯爽と森を真っ白い馬で駆けて行った。



     ◇◇◇◇◇



 王位継承争いが終結したのはそれから二月ふたつき経った後だった。
 再び、フェデリカは真っ白い馬で颯爽と現れたのだった。
「久しぶり、エレン」
 馬上からそう挨拶したフェデリカは、馬から降りるとそな馬を撫でて落ち着かせる。
「この子に水をもらえるかしら?」
 そつ言われて裏にある井戸から水を汲み桶に入れた。馬の前に桶をおくと置くと、馬は水をゴクゴク飲み出した。

「中へどうぞ」
 エレンはフェデリカを中へ促す。木のソファーに座るとエレンに顔を向ける。エレンはそれを気付いているが、炊事場へ行きお茶の準備をする。
 いつものように湯を沸かしポットにハーブを入れて、そのポットに湯を入れて蒸らす。カップに注ぎ、それをフェデリカへ差し出す。
「王家ではもっと美味しいものがありますでしょうが……」
 フェデリカはそれを一口、口に含む。
「あら。美味しいわ。これは?」
「この森でしか育たぬハーブです」
「あら!本当に美味しい」
 ハーブティーをべた褒めされたエレンはなんだか照れくさかった。

 コトンと、テーブルにリングを置いた。
「これ、ありがとう。おかげで私は嫁ぐことが出来るわ。王には第一王子のフェルゼンが 即位することに決定したわ」
 リングの力のおかげでかなり力を抑えられたフェデリカは、フェルゼンに即位させることが出来たた安堵した。
「でもこれが国王にバレたら大変なことになるとは思うけど……」
 なんせ、アンドリュー国王はフェデリカと同じ心を読み解く力を持っている。ただ、高齢の為その力は薄れてきていたのだ。それが退位する理由のひとつでもあった。

「さて。王家の秘密だけども……」
 と、一冊の本を渡した。
「王家の歴史を記したものの複製コピーよ。こちらを差し上げるわ」
「でも……」
「いいのよ。読んでるとおかしいから。秘密にする必要あるのかしらと思う内容だから」
 と茶目っ気のある笑顔を向けて来た。こうやって見ていたらフェデリカは普通の女性なのだ。
「では私は失礼するわ」
「フェデリカ王女様。サージ公国へはいつ?」
「これから準備期間に入るから年内には嫁ぐことになるわ」
「そうですか。おめでとうございます」
「ありがとう」
 そう言ってまた颯爽と馬に乗り駆けて行った。


 フェデリカが置いて行った王家の歴史が書かれている本。複製とはいえ、しっかりとした作りの本であった。
 それを読むと王になった方たちの本当の姿が書かれていた。
 例えば先々代の国王のことはエレンはよく知っているが、実は妻であった女王には頭が上がらないとか。
 例えば5代前の国王は妹姫が大好きで妹姫の為に毎年豪華な誕生日の祝宴を行ったりと、まぁ、秘密といえば秘密なのだが王家の人々の人間臭いことが書かれているのだ。
 そして現国王アンドリューは、娘姫、フェデリカが大切で大切で嫁ぎさせたくないと書かれているのだ。

「ぷっ……」
 思わず笑ってしまったエレンにホエールが何事かと顔を出す。
 エレンが声を出して笑うのは珍しく呆気にとられる。
 
 エレンは王家の人々も普通の人なのだと安堵したのだった。
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