紅い薔薇 蒼い瞳 特別編

星河琉嘩

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その先に…

その先に…

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 左手の薬指に嵌ってる、紅い石のリング。耳には紅い石のピアス。それは私のトレードマークになっていた。


「秋月」
 高校生になってから、私は随分と大人しく過ごしている。みんなあのだとは気付かない。いくらピアスしてても、他にもたくさんピアスしてる子がいるから、全然気付かれない。
 ガラがいい学校でもないから、金色の髪なんて結構いる。自分を隠すように、目にはカラコンを入れた。
 あんなに嫌がったカラコン。
 でもそのカラコンは黒ではなく、ブラウン。


「宮下くん」
 あたしを呼び止めた男の子、宮下くんににっこりと笑った。
「ちょっと、いいか?」
 宮下くんはこの学校では珍しい子。もっといい学校に、行けたのではという感じのマジメな子。
「なに」
「話、あるんだけど」
 私を恐れることなく言う、宮下くんの後を追って歩く。長い廊下を歩いて、使われてない教室に入る。
 こういう時のカンってやつは、ある方じゃない。けどこう態度に出てると、こんな私にだって分かる。
「秋月。俺、君が好きなんだ」
 やっぱりというかなんというか……。高校に入ってから何度目だろう。何度、告白されたんだろうか。そして何度同じ言葉で、断って来たんだろうか。


「ごめん。あたしには好きな人がいる」
 それだけ言うと、黙って教室を出て行く。
 他に言えない。私は追求されないうちに、その場から去ることにしてる。



     ◆◆◆◆◆



「リナ」
 自分の教室に戻ると、コウが私に近寄った。
「なんだ、コウ」
 隣のクラスのコウは、なんだかんだって言いながら、うちのクラスにいる。だからコウのクラスは、うちのクラスなんじゃないかって思うくらいだった。
「またなのか」
 私を見下ろしながら言うコウは、困った顔をしていた。
「もう、何度言えば気が済むんだろ」
「毎回違う相手だろ」
「そうだけど。噂で知ってるでしょうが」
 呆れた声を出しながら、私は自分の席まで歩く。その後ろをついて来る、コウの方が困った顔をしていた。


「なぁ、リナ」
 私の机の上に座る迷惑なコウは、窓の外を見ながら言った。
「追悼暴走、来んだろ」
「……」
 夏休みに入ってすぐに、追悼暴走があることをお兄ちゃんから聞いていた。だけど私はまだ、あの場所に行く勇気がない。
「来いよ」
 それだけ言って黙り込んだコウ。だから私も何も言わなかった。

 お兄ちゃんにも来いと言われる。アキにもユリさんにも、カズキさんや大熊先輩にも。
 みんな、放っといてくれてればいいのに、誰も私を放っておいてくれない。

 黒龍の現在の総長を務めるのは、大熊先輩。私たちの中学の先輩。お兄ちゃんたちの後輩でもある大熊先輩が、黒龍十代目総長となった。

 あの事件が起こってからすぐに、お兄ちゃんもカズキさんもユリさんもヒデさんもアキラさんも引退した。
 悲しい悲しい引退の仕方だった。
 そして悲しい悲しい十代目の誕生となった。


「先輩も心配してんだよ」
 コウの言葉は分かる。私のとこにかかってくる電話。大熊先輩からの電話。いつも心配した声で言う。



 ──大丈夫?



 その声を聞く度に切なくなる。心配されることに苦しくなる。その言葉が苦しくなる。
「リナ」
 もう一度そう言うコウに、「考えておく」とだけ言った。
 でも分かってる筈だ。コウは分かってる。私は絶対に暴走には、参加しないってこと。
 あの時からずっとそうだった。倉庫に行っても、暴走に参加することはなかった。あの人がそれをさせなかったし、それに私は大人しく従ってた。嫌な顔されるのが嫌だったし、踏み込んではいけない気がしたから。
「リナ」
 何か言いたそうな声を出すコウを見ないで、私はため息を吐いた。
「授業、始まるよ」
 そう告げると、仕方なく自分の教室に戻って行った。


 窓から空を見ると、真っ青な青空だった。
 もう直ぐ夏休み。
 あの悲しい事件から1年経つんだ。


 もう1年も経つんだ……。


 あの日のことは忘れたことはない。思い出すことも嫌なくらいなことだけど、話したくもないくらいだけど。
 それでも忘れたことはない。



 左手の薬指。
 私は自然と触っていた。直接手渡されたものではない。だけど大切な思い。


 私の大切なもの──……。




「秋月。あんた宮下に告られたって?」
 前の席に座る山下が、そう声をかけて来る。
「まぁ……」
 はっきりと言わない私に、クスッと笑う。
「モテるねぇ」
 授業中にも拘らず、後ろを向いて私の机に両手で頬杖をついた。
「なんで断ったの?」
 この山下はいつもこうやって聞いてくる。誰かに告白されるのが面白いのか、そうやって聞いてくる。


「付き合う理由ないし」
 好きな人がいるっていうのは、噂で分かりきってる。
 それにこのリング。
 このリングは学校中の噂のひとつ。



 秋月理菜は婚約している。



 そう噂がたったのは、入学してすぐのことだった。それが面白いらしいのか、この山下がからかったりする。それが結構ウザい。


 時間は流れてる。それは分かってる。
 だからこそ、みんな私をいろんなとこに連れ出すんだ。
 アキもコウも。
 大熊先輩もカズキさんも。


 お兄ちゃんの生活もガラッと変わった。どこかの専門学校に、遅れて入ったお兄ちゃん。毎日、学校とバイトに明け暮れている。それでも夜は私をひとりにしないように、早く帰ってくる。
 そんなお兄ちゃんから、「リナを頼む」と言われたのか、皆がみんな私をどうにかしようとしてる。
 ひとりでいたいのに。
 放っておいて欲しいのに。


 あの日。
 私は死んでしまいたかった。ヨシキの後を追って、死んでしまいたかった。

 けど、それが出来なかった。
 死なずに済んだのは、ふたりの赤ちゃんのおかげ。産まれてくることが出来なかった、赤ちゃん。

 そっとお腹に手を置く。
 もうそこにはいない赤ちゃん。本当なら、もう産まれてる筈だったのかな。
 でも赤ちゃんが、私に生きる道を示してくれた。生きなきゃいけないって、教えてくれた。


 それでいい。
 私にはそれでいい。
 この先なにがあっても、忘れることが出来ない現実。


 大切な時間だった。
 ヨシキと出会ったことも。
 ヨシキを愛したことも。
 ヨシキの子供を授かったことも。


 それはとても大切なことなんだ。



 前を向いて歩かなきゃ。
 後ろ向いてちゃダメだ。



 だって、私は今、生きてる──……。



 ガタッ!
 授業中にも拘らず、立ち上がる私を不思議そうに見るクラスメート。でもそんな視線が痛いと感じない。中学の時によくしてたことだ。


「秋月?」
 山下がびっくり声を上げる。
「秋月!」
 先生が叫ぶ。
「帰る」
 にっこり笑った私は、隣のクラスで授業受けてるコウのとこへ向かう。
 伝えなきゃいけない。
 心配してくれたみんなに。



 私は今、生きてるってことを。
 示さなきゃいけないから──……。





 Fin
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